また会えたから、また頑張れる 2

 皮切りは、カイニの初撃であった。


「おいで、クタチ」


 飛来するクタチ。

 一瞬で肉体の主導権を少女から奪い跳ぶ絶滅存在ヴィミラニエ

 追って跳ぶカイニ。

 空中で青い『硬質な殻』に包まれた魔人の姿へと変じていく絶滅存在ヴィミラニエ

 空中で魔剣を握り、振るうカイニ。


 空中で、両者が交錯する。

 岸壁を斧が打つような、重く鈍い音が響き渡った。

 カイニが音もなく柔らかに着地し、魔人が王都中央広場の砂場に墜落する。


 魔人が腕についた三つの切り傷をさすりながら立ち上がる。

 勇者が振るう、超高速の三連撃。

 魔人も冷や汗ものの剣速であったが、なんとか防ぎきれたようだ。

 カイニもまた、敵の耐久力──STAGE IIの基礎スペックの高さ──をまたしても見せつけられ、内心舌打ちした。


「っ。甲殻類系の絶滅存在ヴィミラニエ……まーた硬いやつ……脆いけど速いってタイプの方がボクは相手しやすいんだけどなぁ」


『ぼくが勇者の土俵にわざわざ合わせてやる義理無いだろ! ってか、ぼくの殻に傷を付けるバカ力見せといて何非力なスピードタイプ気取ってるんだ?』


「可憐な女の子だからね」


『苛烈な女の間違いだろ』


 カイニは喋りつつも敵の分析を忘れない。

 この敵は、かなり同調率が低いようだ。

 何故なら、声がから。


 ルビーの魔人のように、ある程度以上にでも同調率が高く、絶滅種と宿主の相性が良ければ、二つの声が重なるように聞こえるはずだ。

 現にルビーの魔人は、人と鳥が重なったような声を発していた。

 ネサクが喋ろうと、ルビーハヤブサが喋ろうと、同じように二つの声が重なって聞こえていたものだ。


 この絶滅存在ヴィミラニエは未だ声が重なっていない。

 つまり、心が重なっていないのだ。

 何らかの理由で、二つの意思が同じ終着点を目指していない。


「こら! ディっちゃん! おんなのこに、そんなこといっちゃめーなの!」


『あいつは敵だ!』


「でも、あしたにはおともだちかもしれないのよ!」


絶滅存在ヴィミラニエが勇者と友達になるかああああああ!!!!』


 コントかな? とカイニは思う。


 イマイチ調子が狂う相手であった。

 変身前の幼い女の子。

 あれがおそらくは宿主だろう。

 そしてこの推定甲殻類の絶滅存在ヴィミラニエが取り憑いた。

 ……と、カイニは予想するが、あまり決めつけすぎない方が後々良いこともあるので、あまり予想の決め打ちはしないことにした。


「で、なんでこんな絶滅存在ヴィミラニエっぽくないことしてるんだい?」


『そんなことお前に教えるわけないだろ!』


「けんかはめーなの! とめなきゃだめなの! こどもだってしってるのよ!」


『ロウナぁ!』


「ホント調子狂うなぁ」


 魔人は一人二役みたいなものを一通りやってから、手をパンと打った。


 打ち合わせた手の平を、カイニへと向ける。

 一息の間。

 そして、弾丸の速度で、雨粒が如く数の針が放たれた。


 速く、鋭く、多く、途絶えない。

 ともすれば、これだけで国家間の戦争を決着に導けそうなほどの極大攻撃能力。

 だが。

 味方と、敵が悪かった。


 絶滅存在ヴィミラニエと融合している少女が、「けがさせちゃう!」と勝手に全ての針の先端を丸めてしまう。

 これでは何にも刺さらない。


 加え、相手が時間改変による弱体化を受けてないフルスペックのカイニ。

 『幸せ』による緩みで、魔王を倒した時と同等の強さを持っているとは言えないものの、もはやこの規模の攻撃の相手など慣れたものだ。


 つつつ、と魔剣クタチの剣頭が持ち上がり。


 春風が肌を撫でるように、柔らかく、流れるように、全ての針が斬り落とされた。


『うげっ』


「こりゃ楽勝かな……」


 推定、ルビーハヤブサの半分以下の脅威度。

 カイニは種族を特定するまでもなく倒せると、そう判断した。


 だがそこで、魔人が逃げに入る。

 どうやらカイニには勝てないと、状況を読み切って逃げに入ったようだ。


 その後を追うカイニだが、やはりSTAGE IIの基礎スペックは凄まじい。

 カイニのスピードでも、中々追いつけない。

 それどころか、逃げている魔人が放つ先端が丸まった針の嵐が飛んでくると、それを迎撃するためにカイニの足が止まり、距離はむしろ遠ざかっていく。


 両者の距離は、徐々に開いていた。


「攻防速技、一通り揃ってる。元の種族特性と絶滅存在ヴィミラニエとしての戦闘スタイルが上手く噛み合ってるな……宿主と意識の足並みが揃ってたら結構な脅威だったかもしれないね、これは……」


 高い耐久、台無しになっているとは言え対人で凶悪な針攻撃、空中でカイニの斬撃を腕で受けられる眼と体捌き、そして非常に高水準のスピード。

 この魔人が本調子になる前に仕留めたいと、カイニは考える。


 なにせ、おそらくこの敵もSTAGE II。

 時間改変を成功させて魔王ズキシを復活させれば、カイニと戦うまでもなくカイニを消してしまえるのだ。

 そうなれば、キタがこの魔人を倒すまでカイニは強制退場。

 最悪キタが殺され、そこで終わりだ。

 中々追いつけない、それどころかどんどん距離を離されていくため、カイニは心中相当な焦りを感じていた。


 あの絶滅存在ヴィミラニエが過去に戻る前に、殺す。

 それだけが最も確実にキタを守る方法である。

 カイニは追い立て方を変えて、王都の袋小路に魔人を追い詰めるという方針を考えて、実行に移そうとする、が。


「あれ」


 、王都を疾走する銀の光があった。


 それは、朝の陽光をきらきらと反射する、艶のある銀の髪が生む光。


「あれは……」


 銀の軌跡が空中に刻まれ、逃走中に跳ねた魔人の背中へと接近。


 銀色の強烈な一撃が、魔人を大地に叩き落とす。


「……銀麗奴隷、チョウ。だったっけ」


 かつて、王都最強とも謳われた少女。


 何もかもを諦めたはずの少女が、ぐちゃぐちゃの感情をクールな表情の奥へと押し込んで、青き魔人と相対した。






 魔人は、勇者カイニの強さに撤退を選んだ。

 逆説的に言えば、カイニ以外の強さはさして計算に入れていなかった。

 人間なんてどうとでもなる、という驕りが少々あったのも否めないだろう。


 それは大いに間違いだった。

 魔人がダネカとカイニの仲裁をした時、あの場にはもう一人いたのだ。

 魔人を殺し得る、人類の頂点に数えられる一人が。


 銀麗奴隷、チョウ。

 王都で最も名を知られた最上位冒険者が一人。

 剣士キタの指示を聞き戦場を駆け抜け伝説を打ち立てた、銀色の疾風。


「キタさまの奴隷のチョウと申します。以後お見知りおきを」


 めいどさんだ、と、魔人の人間の側が思う。

 槍と銃? と、魔人の絶滅種の側が思う。


 チョウは白黒のメイド服を身に纏い、銀色の髪をなびかせて、右手にライフル状の魔導銃、左手に細身の槍を持っていた。

 槍には黄金の彩りが施され、銃は木を素材にした茶色に覆われているがゆえに目立たないカラーリングをしているが、上等な油でよく磨き上げられている。


 右銃左槍。

 それこそが、銀麗奴隷チョウの戦闘スタイル。


「冥土の土産に、ささやかな舞を披露させて頂きます」


 チョウはまず魔人の眉間に向け、ライフルを発射した。

 超高速の弾丸が魔人に迫るが、魔人は眼前に構えた右手で弾く。


 だがそれは囮だ。

 眉間に弾丸を撃って防御させることで、チョウは『魔人の腕で魔人の視界を塞ぐ』という、敵を利用した目くらましに成功していた。


 その隙に接近し、左の槍で魔人の眼球を狙い撃つ。

 チョウのスピードは、最強の勇者であるカイニと同等、あるいはそれ以上。


『うおっ!?』


 魔人は遮二無二体をひねって槍をかわす。


 チョウは突き出した槍を引き戻し、槍を引いた際に生まれた反作用を上手いこと軽い体に乗せて体を回し、そのまま空中回し蹴りをみぞおちに叩き込んだ。


『ぐっ!?』


 たたらを踏む魔人。

 チョウはすかさず、追撃の弾丸を抜き打ちで魔人の顎に撃ち込んだ。

 ぐらっ、と魔人の頭が揺れる。


 一瞬の間も開けず、チョウは手にした槍を投擲。

 それが魔人の胸に命中しガンッ、と音を立て、チョウは跳ね返ってきた槍を見やり、槍を銃で撃った。

 空中で撃たれた槍が猛烈な勢いで回転し、その回転の勢いで魔人の頬を斬りつけるように引っ叩いた。


『づっ!』


 魔人が痛みを堪えた一瞬で、チョウはまたしても接近。

 空中を流れていた槍を掴み、渾身の力を込めた片手三連突。

 一般人では何度突いたのかさえ分からない、超高速の三連突である。


 そして三連突でダメージを受け、姿勢を崩した魔人の膝に、チョウは体ごと回る全身全力の回転蹴り。

 更に回転中、魔人に背中を向けたまま、長銃を魔人の腹に背面撃ち。

 並行して、槍がチョウの魔力を吸い上げ、槍が輝く。

 膝と腹にダメージを受けた魔人の喉に、チョウは回転力の全てを乗せた槍の刺突を叩き込んだ。


 ミシッ、と、非常に硬いはずの魔人の甲殻に大きなヒビが入る。


 瞼が降りて上がるまでの時間より更に短い、刹那の一瞬に繰り出された、超高速の連続攻撃。これこそが、銀色の疾風にたとえられる彼女の立ち回り。


『ぐっ、がっ……!?』


 たまらず、魔人は全力で後方に跳んだ。


 見かけの良さもへったくれもない、ただ逃げるためだけの跳躍。


 着地すらまっとうにできず、地面をごろごろ転がって、魔人は距離を確保した。


『くっそー! 次から次へとぉー!』


「ディっちゃん、わたしたちはけんかをとめにきただけなの。おはなししましょ」


『お話で止まってくれる相手じゃないと思うんだけど!?』


「ディっちゃんはわたしのはなしをわかってくれたのよ」


『……忘れたよそんな話は!』


 カシュン、とチョウの手元の長銃が軽快な音を立てる。

 次にチョウが引き金を引くと、そこから放たれたのは散弾であった。

 魔人は一射目をかわすが、二射目の散弾を全身に浴びてしまう。

 痛みを堪え、魔人は走った。


 茶に彩られた、可変弾頭魔導銃『イキシア』。

 必要な魔力量の多さ、要される戦闘中の判断力、難易度の高い弾頭生成の際の魔力調整技能、単純に音速を超える前線の戦闘者達に当てる射撃技能など、使い手に求められるものが多すぎたがゆえに、全く普及していないライフル系の魔導銃。


 散弾で足が止まった魔人に、チョウは離れたところから槍を振るった。

 槍がチョウの魔力を吸い上げる。

 吸い上げられた魔力は槍の先端で凝縮、銀色の飛ぶ斬撃となって超音速で飛翔、それが魔人に直撃する。

 ダメージが蓄積していた部分の装甲が、浅く砕けた。


 金に彩られた、魔導槍『フリージア』。

 魔力を吸い上げ、攻撃力を上げたり、斬撃を遠くまで飛ばしたりできる、この世界ではかなり普及している形式の魔導槍の一種である。

 ただし、STAGE IIの硬い甲殻を突破する威力を出すとなると、それこそ凡人には絞り出せない量の魔力を込めなければならないだろう。


 チョウは、それを備えている。


 銀色の髪が風に揺れ、銀色の魔力が髪の合間から漏れ流れていた。


『ッ、ヤバい……こいつ……! まさか、魔獣時代のっ……先祖返りか……!?』


 魔人は何かに気付くが、それでこの戦いが何か変わるわけでもない。


 カイニはチョウの攻撃で足が止まった魔人に追いつこうと疾走していたが、追いつくまでの間に眺めていた戦いで、チョウの戦闘力を評価し、口笛を吹いた。


「……へぇ。これは……なるほど。二年前のボクよりは確実に強いな……」


 カイニは仲間の助力があったとはいえ、12歳の頃に魔王軍最上級幹部『魔王の五覚』の一体を倒したほどの、規格外の天才である。

 二年前のカイニであれば14歳。

 その頃のカイニより強いということは、もはやこの世界でチョウに勝てる者は数えるほどしかいないということを意味している。

 あんな人がずっとお兄さんを守ってくれてたんだなあ、とカイニは感嘆した。


 カイニは知らない。

 チョウは確かに最初から規格外に強くはあったが、ここまで強くなったのは、だということも、カイニはまったくもって知りもしない。


 軽やかに跳んで、カイニはチョウの隣に着地する。

 チョウ相手でも勝てそうにないというのに、とうとうカイニまで来たので、青い魔人は青い顔を更に青くした。


「敵のことは分かってる? あ、ボクはカイニね。キミはチョウ?」


「……チョウは、キタさまに頼まれた通りに戦うだけです」


「あ、お兄さんが説得して味方に寄越してくれたんだ。本当にかゆいところに手が届く人だなぁ。強い弱いとは別のところで頼りになる人だ……」


「あれはチョウが倒します。チョウは貴方の味方をしに来たわけではありません」


「いやいや、そこまで簡単な相手じゃないよ。一緒に戦お?」


 カイニが和やかに微笑んで、チョウの肩をぽんぽんと叩く。


 ぱんっ、と音が鳴った。


「え」


 チョウが肩に乗せられたカイニの手を、弾くように叩き飛ばしたのだ。


 チョウは茶に彩られた銃を抱きしめ、泣きそうな目でカイニを睨む。


 まるで、そこに、目に見えているもの以上の意味があるかのように。


「もうキタさまを手に入れているのに、これ以上何を欲しがるのですか?」


「へ?」


「打倒の功績と、打倒の後の褒めくらいは、チョウに譲って下さい」


 呆気に取られるカイニに背を向け、チョウは魔人に一人向き合う。


 この敵さえ倒せば。


 この戦いに一人で勝てれば。


 また褒めてもらえると、また撫でてもらえると、そう信じて。


 もう一度だけ、彼の体温を感じられるなら、その後の人生にいいことが一つもなかったとしても、きっと耐えられるはずだと───そう信じて。


 チョウはまた、茶に彩られた長銃の引き金を引いた。

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