■■■■■■■■ 2

 黄金は打ち砕かれた。

 敵は漆黒。

 世界すら意のままにする漆黒。

 倒れた黄金を見下ろす漆黒の瞳は、宇宙のような深い黒と煌めきを宿している。


『君じゃあ"私"には勝てないさ。……おっと』


 倒れたダネカを見下ろす竜人シサマを、灰色のカーテンが包み込み、口調と姿が聖職者の時のものへと巻き戻った。


「貴方じゃ"私"には勝てませんよ。まあ、とはいえ"私"は最強を名乗るにはあらゆるものが足りてないとも思いますが……貴方くらいが相手なら楽なものですね」


 ケタッ、と。

 竜人が擬態した男が、嘲笑った。


 そこには、有り得ぬ地獄が存在していた。


 防御力を【銃殺】された鎧が転がっていた。

 一見して金属に見えるのに、バラバラに千切れ、硬度はなくふにゃふにゃで、まるで金色のスライムであるかのように、地面の上でプルプルしていた。


 攻撃力を【銃殺】された短剣が土に埋まっていた。

 それは対魔族特攻の武器として、ダネカが鎧の背中側に付けていた彼の切り札であったが、敵に投げつけたはずのそれは、もはやただの鉄クズと化していた。


 重力を【銃殺】された空間が広がっていた。

 そこでは、砕けた鎧の破片や、地面の石ころが、無数に空中に浮かんでいる。


 ダネカが放ち、経過時間を【銃殺】された炎魔法がぷかぷか風に流されていた。

 経過時間の概念を失った炎魔法は、当たることも消えることもなくなっていた。


 摩擦を【銃殺】された砂場が広がっていた。

 踏めば変形し、足が埋まりつつも反発するはずの砂場が、砂粒一つ一つが摩擦力を失っているために、砂に見えるのに水場に等しい落とし穴になっている、そんな『今回の戦いではダネカが踏まなかった罠』がそこにはあった。


 無数の破壊。

 無数の改竄。

 無数の計略。

 それら全てが、万能に近い【銃殺】によって成立していた。


「ふふふ。世界だって救えてしまう刻の勇者が、呑気に笑っているその陰で、誰にも気付かれないままに勇者の親友を壊す。いいエンターテイメントですね」


「て……めっ……」


「こういうのを見るために生きている、そんな気持ちになれます。素晴らしい」


 漆黒。

 おそらくは、外見も、中身も。

 ダネカはここまで『悪の側に振り切った』存在を、人生で何人も見たことがない。何度か戦った魔王軍の指揮官以上クラスの存在、それに匹敵する精神性。

 罪の無い人々を最も苦しめるのはこういう手合いだと、ダネカは知っている。


 ゆえに、倒さなければならないと思うものの、もう体が動かない。

 黒龍の双銃使いの力は圧倒的であり、ダネカは手も足も出なかった。


「"私"が思うに、悪巧みっていうのは最高効率を求めると意外に先を読まれやすいんですよね。自分を隠して、手札を隠して、時々適当に、気ままに動いて、頭の良い人の予想や推測を適当に外しつつ、善人の思考を読み切って、強い能力で『正義の側の急所』を崩す……これが一番良いと思うんですよ。ま、個人的意見ですけどね」


「てっ……めェ……なにが、目的、だ……!」


 呻くように問い詰めるダネカ。

 聖職者は宇宙色の瞳を、愉快そうな角度に曲げた。


「そうですね。つまらない話をしましょうか」


 立ち上がれないダネカの横にシサマが腰を下ろし、ダネカに微笑みかける。


 気持ちが悪いほどに甘ったるい微笑みだった。


「ある時、"私"という絶滅存在ヴィミラニエは宿主の後悔に取り憑き、自分達を絶滅させた人間の祖先を抹殺するため、時間を遡り、勇者に勝ちました。宿主の復讐対象と、"私"を絶滅させた人間の祖先と、勇者を射殺した。そうして過去を好きに塗り替えて、現在を置き換える権利を得たのです」


「……」


「ところが困ってしまいました。その当時は魔王ズキシは居なかった。絶滅存在ヴィミラニエは魔王ズキシと協力関係を結ぶことができず、人類を丸ごと抹消する手段を持っていなかったんですね。まあ、"私"は単純に人類を絶滅させる以外にもやりたいことが多くあったんですが……"私"は色々と理由があって魔王ズキシの誕生と能力を知っていたので、自分のタイミングの悪さを分かっていたんですよ」


 それは、彼の始まりオリジンの話。


 この世界にとっての悪夢が生まれた日の話。


「じゃあ、しょうがないか、と。私は過去に居座って、『彼』ズキシを待つことにしたんです。それで神にも勇者にもバレないように、人間社会に紛れ込んで、色々と遊んでいたのですが……これが面白くて、ハマってしまいまして」


「ハマ、った?」


「これは、と、生まれて初めて思ったんですよ」


「やりこみ……ようそ……?」


「色んな人間の終わりエンドを見たくなったんですよ。それも、見ている"私"の胸が大きく揺れ動くような、とても大きな悲しい終わりバッドエンドを」


 絶滅存在ヴィミラニエの目的は二つ。

 自分達の種を滅ぼした人間への復讐。

 滅ぶ運命にある自種族の救済。

 そのために宿主の後悔を利用し、時間改変を行い、魔王ズキシを復活させ、時を守る勇者と戦い、悲願を果たさんとする。


 など、絶滅存在ヴィミラニエにはありえない。

 それは、在ってはならない異端だ。


 情に流される絶滅存在ヴィミラニエもいる。

 彼らは元はただの動物であり、失った者の悲哀を知っているからだ。

 宿主に感情移入してしまい、目的を脇に追いやる個体も居るだろう。

 だが、絶滅の原因によっては、寄り道があまりにも行き過ぎてしまい、目的をだいぶ後回しにしながら、別の目的を果たそうとする個体も発生してしまう。


「この世界は、意外に在野の秩序維持者が多いのですよ。1000年を生きる勇者の覚醒誘導者。辺境に隠居した2000年前から戦い続ける大英雄の魚人。海と空の境界線に居を構える中庸の監視者。"師匠"としか呼ばれぬ未来の担い手を育成する超越者。私は昔一度だけ勇者に勝っただけで、彼らに勝てるとは思っていません」


 絶滅存在ヴィミラニエ


「でも、勝てなくても、彼らが大切に思ってる世界を壊すことはできるんですね」


 人類を絶滅させる過程を絶滅存在ヴィミラニエ


「"私"はもう計画を全部投げ捨てました。その方が楽しそうですからね。しばらくは『弄られた』君がどう踊るかを楽しく眺めながら、新しい計画でも始めて、その伏線でも準備することにしますよ」


「な、にっ……す……る……気だ……」


「いいことです。とてもいいことですよ。貴方は自由になるんですから」


 倒れて動けないダネカを仰向けにして、シサマはダネカの頭を優しく膝に乗せる。そして、手を銃の形にした。

 細い指先で、額をなぞる。

 親が愛しい我が子にそうするように。

 殺人者が、獲物の額に突きつけた銃口でそうするように。

 愛するように、脅すように、指先でダネカの額をなぞる。


「"私"が一番好きなのって『自業自得』なんですよ。知性なく行動した自業自得で生物が絶滅する。他の生物を滅ぼした自業自得で人類が滅びる。人類を滅ぼそうとした自業自得で魔王が滅びる。人助けなんてしようとしたせいで自業自得で勇者が死ぬ。ほら、そういうのって、見てて楽しいでしょう?」


「はな……せ……はなれ……ろっ……」


「"私"が誘導すると、自業自得の純度が少し下がってしまうのが残念なのですが……それでもやはり、自業自得に感じられる要素を、できるだけたくさん残しておくと、見ていて胸躍るコンテンツになると思うんです。貴方にもそうなってほしい」


「やめ、ろっ……!」


「今日はいい日ですねえ。昨日もいい日でした。明日もきっといい日になりますよ。だって過去も今も未来も全部、"私"のものですからね」


 空の暗雲から、水滴が落ち始める。


 冷たい雨が降り始め、二人を濡らす。


 ざぁ、ざぁと、雨音が王都を包んでいく。


 空が泣いていた。


「では、そうですね。貴方を貴方たらしめるもの、相棒との思い出の中から、君の信念を形作っている特に重要なものを選んで、消しておきましょうか」


 【銃殺】がなされた。


「恋心って、色んな側面があるんですよ。褒められる側面もあれば、褒められない側面もあります。でも"私"はそういうものの全てを愛してますからね。普段は否定されがちな側面をクローズアップして残して、他の側面をいくつか銃殺してしまいましょうか。思いやりを銃殺して、身を引く気持ちを銃殺して、愛した人の幸せを理解する気持ちを銃殺して……」


 【銃殺】がなされた。


「貴方は我慢しなくていいんですよ。相手のためを思って止まる、くだらない。大好きな人を傷付けたくないから止まる、くだらない。周りに迷惑がかかるから止まる、くだらない。人間は『自由』が好きなんでしょう? 知ってますよ。だから貴方にも差し上げます。人間がとっても好きな、『自由』をね」


 【銃殺】がなされた。


「大丈夫です、バレませんよ。ここ数百年でそれなりに実験してきましたからね。私の能力は『貴方の自制』などを銃殺するだけです。基本的には貴方の人格のままですからバレたことはありません。変化するにしても徐々にしか変わりませんから。ああでも、貴方ほど心の地金が強い人だと、悲劇まで四年か五年かかかるかもですね」


 【銃殺】がなされた。


「おや。これは驚いた。砂場で砂を抉り取っても、周りの砂がその穴を埋めるようなものでしょうか。銃殺した心の空白部分が、なんと埋まり始めていますね。こんな人間は始めて見ました。これはいけません。いけませんよ。強い貴方が見たいわけではないのです。銃殺で開けた穴が二度と埋まらないようにしておきましょう」


 【銃殺】がなされた。


「思ったのでしょう? 彼が真の勇者だと知った時に。『俺が欲しかったものを全て手に入れるのがアイツなんだ。許せない』と……分かりますよ。から、、そんな許されざる存在と戦うために、貴方はこの世に生まれて来たのです。ほら、そんな友情はもう要りませんよね」


 【銃殺】がなされた。


「さぁ、貴方は自分の意思で、自分の欲望で、自分の願いで、自分の情動で、自分の癇癪で、思うがままに選択していくんですよ。それはどうしようもなく貴方の選択なのです。私は君を操りません。自分の意思で、皆に爪を立ててください」


 【銃殺】がなされた。


「人間ってなんでも撃ち殺すでしょう? だから私もなんでも撃ち殺せるんですよ。それが"私"の絶滅の原因なので。人間のおかげで、私は人間にとって一番恐ろしい存在になれたんですね。おっ、他人の痛みが分かる気持ちがまだ残ってるの発見。ちゃんと隅々まで掃除しておかないと。"私"は奇麗好きですからね、ふふふ」


 【銃殺】がなされた。


「これが貴方の最後の良心ですね。これは深い疵をいくつかつけて、時間経過で死ぬ程度の銃殺にしておきましょうか。四年か五年経って、貴方がちゃんと変わり果てて戻れなくなった頃に、これが死んで、貴方は完全に救えない存在に成り果てるでしょう。それが勇者キタに対する布石にもなってくれるはずです」


 【銃殺】がなされた。


「ダネカ様。どうか、脳の爆弾を抱えて死ぬまでの残り時間を、善人として生きるだなんてつまらない生き方はなさらないでください。悪人として無様に生きて、周りに嫌われながら死を迎えてください。貴方の最後の残り時間を、救えないほど悪辣に無駄に使い切ってください。そして死を迎えるその瞬間に、ほんの少しだけ正気に戻って、最後の時を過ごした自分があまりにも救えない存在であった自覚を得て、魂を吐き出すような絶望の慟哭を、私に見せて下さい」


 【銃殺】がなされた。


「その最後に、貴方が『俺は幸せになりたかっただけなんだ』と叫んで死ぬ……そういう最高に楽しくて面白い光景を見た時だけ、"私"は幸せに笑えるのです」


 【銃殺】がなされた。


「では、"私"に関する全ての記憶は消しておきますので」


 【銃殺】がなされた。


「どうか貴方に残された僅かな時間、よい人生を。生きた証を腐らせて下さいね」


 【銃殺】がなされた。











 これより先は、ダネカという人間には一度も記録されていない。











 雨の中、シサマは甘ったるく微笑んでいる。


 シサマが右手を掲げると、シサマの眼前に突如五人の女が現れた。


 雨の中、赤髪の女五人はシサマの前で跪き、シサマの言葉を待った。


「アバカ。イバカと共に、この男を人目につかないところに捨ててきてください。ああ、ヒバカにだけは見つからないようにお願いします。面倒になりますからね」


「はっ」


「そんなに肩肘張らなくとも大丈夫ですよ。"私"はあなた達を信頼しています。、あの時からずっとね」


「……光栄の極みです」


 アバカは深々と、シサマに向けて頭を下げる。


 大昔から、大陸西部辺境の一部には、伝説が残っている。

 悪いことをすると、アジが来ると。

 誰かを騙すと、アジが来ると。

 人を傷付けると、アジが来ると、言い伝えられている。


 アジは、悪を裁き今までの世界を守るのだと。

 アジは、人が蛇の顔を見分けられないように、同じ顔をしていると。

 アジは、人の理性を試すために豊満な美女の姿をしていると。

 アジは、人を悪を討つ方へ、正義の方へと駆り立てると。

 アジは、人の味方ではなく、秩序の味方だと。

 アジは、だから人を裁くことを躊躇わないと、言い伝えられている。


 その言い伝えは現代、民俗学研究者によって『子供が悪いことをしないために大昔の大人が作った御伽噺なんだろう』と考えられている。


 『アジは過去に大罪を犯した聖女の亡骸なきがらから生まれたものだから、時間に嫌われていて、誰にも憶えてもらえない、だから永遠に誰からも愛されないという罰を、今も受け続けている』───そう語り継がれている存在。


 シサマの前で膝を折っている五人は、かつて『そう』だった女達。


 秩序塔の姉妹を裏切りし長女、剣のアバカ。

 黒龍に魅入られた愚かな次女、槍のイバカ。

 魔王に壊された欠落品の三女、杖のウバカ。

 盗賊ロボトを憎む妄執の四女、針のエバカ。

 そして、太古の時代より全てを見守り全てを見通す女───永遠のダバカ。


 黒き龍に従う、赤き五匹の蛇女。


 秩序のアジを裏切りし、邪悪なる蛇の姉妹メドゥーサ


 イバカは顔を上げ、雨に濡れるシサマに問いかける。


「しかし、シサマ様。刻の勇者を娯楽として鑑賞するのは、いいのですが。刻の勇者の親友に手を出して、もしこちらに勘付かれ、恨みに思われたら……」


「勇者など大したことはありません。所詮"私"程度に負ける、女神の性癖に合致した無駄な優しさを持つだけの人間達です。優しさだけの人間など、せいぜい世界程度しか救えぬものです。千年前よりアオア達が求める『夢の結実』など、勇者に成せるわけがない。千年叶ってないのですよ? 心配するようなことは一切ありません」


「……安心しました。失礼します」


 蛇の姉妹が気絶したダネカを抱え、どこぞへと消える。


 ケタッ、と。

 竜人が擬態した聖職者が、雨の中で嘲笑った。


 それは世界に対する嘲笑。


 それは人類に対する嘲笑。


 この世に満ちる『人を人たらしめる善なるもの』全てへの嘲笑だった。


「優しさに力があるなどという幻想は、私が銃殺して差し上げましょう」


 嘲笑った。


「時間と記憶が力をくれるなどという幻想は、私が銃殺して差し上げましょう」


 嘲笑った。


「信頼と絆が力をくれるなどという幻想は、私が銃殺して差し上げましょう」


 嘲笑った。


「そう、"私"は」


 嘲笑った。


「そんな甘ったるい幻想を『絶滅』させてから、人を滅ぼしたいのです」


 それこそが、この男が胸に抱えた唯一無二にして絶対の信念。


 その黒龍は、絶滅存在ヴィミラニエ







 絶滅存在ヴィミラニエには、四つの系統が存在する。

 『破壊』。

 『汚染』。

 『天敵』。

 『変化』。

 彼らは四つの形のどれかで絶滅し、その絶滅の形によって、怨念を形にした固有能力をその身に備えている。


 太昔、ある絶滅存在ヴィミラニエは勇者に勝利した。

 そして光の神の眼を誤魔化し、歴史を『改変』するのではなく、歴史に『同化』することを選択した。


 絶滅存在ヴィミラニエは、自分達の種族の復活と人類の絶滅が目的であり、人類や魔族の戦争の推移には興味がない。

 復讐心に縋って、絶滅の原因になった人間の祖先を抹殺しても、滅びた種族が蘇るだけで、人類全ての根絶には至らない。

 彼は待った。

 人の世界を間接的に操る方法を研鑽しながら、ただ待った。

 人類の歴史そのものを消し、過去に絶滅をもたらして未来を崩す存在を。

 何故なら彼は、『それ』が現れる未来を、知っていたから。


 そうして、待望の魔王ズキシが誕生し、人類の絶滅に王手をかける。

 彼は、動き出した。

 聖霊教会という、長い長い時間をかけて人類の信頼を勝ち取った組織に混じり、人間というものを熟知して、彼は暗躍する。




 歴史は綴られる。

 時は遡ること、神王歴1999年、空に七つの月が輝いた頃。

 神王歴2000年に魔剣時代が終わり、魔王時代が到来する、その一年前。

 一つの種が滅び、絶滅存在ヴィミラニエが生まれた。

 一つの種より、歴代最悪の魔王が生まれた。


 前者の名は、黒龍種アンゴ・ルモアの絶滅存在ヴィミラニエ

 後者の名は、恐怖の大王ズキシ。

 魔剣の時代が生み出してしまった、世界と時間の膿の極致である。


 アンゴ・ルモアは1999年の悔いる人間の後悔を利用し、過去に戻り、刻の勇者の抹殺を成功させた。

 魔王ズキシはその絶大な力で魔剣時代を終わらせ、魔王時代をもたらした。


 同じ時代に生まれた二者は、黒龍が過去を目指して進み、魔王が未来を目指して進み、それぞれのアプローチで世界を手中に収めようとした。

 神王歴1999年に生まれし二つ悪夢は、世界を貪る、世界の癌。


 アンゴ・ルモアは、貴き血統の、弱き黒龍であった。

 世界で最も古き血統ながら、魔導銃で撃てば一般人でも殺せるほど弱かった。

 ゆえに、『ハンティング』という娯楽の流行により、最高の標的となった。

 弱いから狩るにも安全で、龍であるがために殺した達成感があるからである。


 魔獣の時代、アンゴ・ルモアは英雄達を乗せ、世界を駆けた。

 魔導の時代、アンゴ・ルモアは賢者達の優しき隣人だった。

 魔剣の時代の辺境の人間、野蛮な人間は、そんな過去の全てを忘れていた。


 アンゴは『常ではない』を意味する現地の言葉。

 ルモアは『食べるもの』を意味する現地の言葉。

 すなわちその名は、『非常食』という意味を持つ。

 ハンティングの標的となる前の時代、彼らはただ食われるだけの肉だった。

 そしてハンティングの標的となり、食われることさえもなくなった。


 生きるために食い殺された、ということもなく。

 子供を守るために猛毒生物をやむを得ず絶滅させた、ということもなく。

 工業活動によって意図せず絶滅させた、ということもなく。

 遊び目的で、全てが殺された。


 金持ちの暇潰しで銃殺された。

 娯楽に飢えていた子供の銃で、銃殺された。

 逃げて逃げて、崖に追い込まれて、銃殺された。

 全てが銃による娯楽にて、撃ち殺された。


 彼らはただ、ただ、遊びによって絶滅した。


 。『それ』は遊びで、人類を弄びながら、滅ぼすのだ。


 アンゴ・ルモアを撃ち殺していった人間達は、笑いながら殺していた。


 。『それ』は笑って、人の大切な何かを撃ち殺すのだ。


 人を呪う其の怨念は、今、此処に在る。


 よって、絶滅存在ヴィミラニエは成立する。

 種名は『アンゴ・ルモア』。

 絶滅系統は『破壊』。

 有する因子は『銃殺』。


 其は、人類に牙を剥く歴史。

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