黄金の戦士ダネカの過去回想 11

 歩いてく途中で、俺は知った顔と出会った。

 ほっそりとした高身長。めちゃくちゃに高え頭の位置。上から下まで真っ黒な服。

 『明日への靴』、一番の新参のロボトだ。


 ロボトはいつも誰かをあざけってる。

 国をバカにして、王族をバカにして、貴族をバカにして、他の冒険者をバカにしてる。そういう盗賊だ。

 だけど、今日はちょっと何かが違う感じがした。


 いつもあいつが俺に向けてる視線の色が、今日は違った感じがした。


「ロボト?」


「ダネカお前、いい顔になってきたじゃねえか、ヒャハハ」


「いい、顔……?」


「俺ぁ善人がクソ嫌いでな。このPTに加わったのも半分は、あのキタとかいう全然理解できねえ聖人気取りの化けの皮が剥がれるか、クソッタレな世界が救われるか、どっちが先か見物に来たみたいなもんだ。ついでに手伝ってやるよ、って話でな」


 ロボトは煙草を吸い始めた。

 匂いが消える草を巻いたやつだ。

 あれを吸った後のロボトは、目でも鼻でも耳でも追えなくなる。

 誰にとっても透明な男になるための煙草。

 ロボトがいつも吸ってるやつだ。


 無味無臭になったロボトが、臭みのある嘲笑を浮かべて、毒のあることを言ってんのがいつものことだと、思ってたんだが。今日のロボトは何かが違う。


「お前がもしキタと敵対したら、その時オレはお前の味方についてやるよ」


「は?」


 わけわからんことをいきなり言うんじゃねえ。


 ……いや。俺を揺らすようなことを、いきなり言うんじゃねえよ。


「俺とキタが敵対するわけねえだろ。何言ってんだ?」


「さて、どうかね。ヒャハハ。ま、そん時にならねえと分かんねえわな」


「……?」


「俺にゃ、人間の心の中の善悪の天秤なんざ、見えやしねえしよ」


 まあ……そうだよな。

 分かるぜ。

 俺も、俺の心さえ見えねえ。

 他人の心なんて見えるわけねえんだよな。


 なんだっけ。

 なんか、うろ覚えの、あれ。

 ああ、思い出した。

 初代勇者様が遺したっていう言葉だ。


───信頼は主観である。

───『信じ合う』も主観である。

───『人の気持ちが分かる』も主観である。

───他人の気持ちが分かる気質とは、精度の高い勘以上のものではない。

───他人と築いた絆というものは、自分が在ると信じている幻でしかない。

───信頼という主観は、幻想の上に築かれている。


 初めて見た時は、全然共感できなかった。

 だけど今の俺には、ほんの少しだけ共感できちまう。


 ああ、クソ。

 俺、チョウのこと、本気で好きなんだなあ。

 俺、キタにもっと信頼してほしかったんだなあ。

 俺、仲間外れにされたくなかったんだなあ。

 俺は俺のこと、全然分かってなかったんだ。


 胸の奥がザラついて、ドロドロしたものが溜まってやがる。


「自分を責めすぎんなよ。自分の中の悪を認めてやったって別にいいんだぞ。お綺麗な奴らと同じメンタル持つ必要なんてねえ。自分を責めるくらいなら、開き直って好き勝手生きたっていいと思うぜ。ただし、一つだけ忘れんな」


「なんだよ」


「いいヤツでいようとしても、クソ野郎でいようとしても、最後は同じだ。オレ達人間はオレ達の人生の善行と悪行の報いを受けて、最後に責任を取る。後悔するかしねえかはそこで決まる。そうして死ぬんだ。憶えとけ」


「……責任」


「いいヤツはなんだかんだピンチに色んなヤツが助けにくるし、クソ野郎はなんだかんだ土壇場で何やっても上手くいかねえもんだ、不思議とな」


 まあ。

 そうだよな。


 って、なに俺の頭撫でてんだ!

 唐突!

 お前そんなことしたことねえだろ!

 キャラに合ってねえんだよ!

 何笑ってんだ!


「なにいきなり兄貴面してんだよ」


「これでもお前の二つ年上なんだが?」


「いーから、離せ」


「わりぃわりぃ」


 ロボトが、俺の頭を撫でるのをやめる。


 俺はロボトを睨みつけて、くしゃくしゃになった頭を撫でつけた。


「すっかり忘れてた。オレ、弟いたんだわ」


「俺はお前の弟じゃねえ」


「いや、癖でな。懐かしい。オレとは比べ物にならねえくらいいいやつな弟でよ、聖人みたいな野郎でな。もう二度と会うことはねえけど、あいつは……」


「知らねえよ、お前の弟の話なんて、興味ねえ」


「っと、悪い。ヒャハハハハ。オレもついつい昔を懐かしむ話をするようになってきちまったってことは、そろそろ死に時だな」


「……」


 こんなやつに構ってられるほど、今の俺に元気はない。

 ロボトに背を向ける。

 歩き出した俺に、ロボトがなんか言ってきた。


「全部投げ捨てて裏社会で生きて行きたくなったら言えよ、紹介状書いてやる」


 それは、たぶん。


 ロボトなりの気遣いだったんだろうな。


「……要らねえよ……俺はキタと、チョウと、皆と……」


 俺は、言い切ろうとした。


 だけど、言い切れなかった。






 なあ、キタ。

 俺、お前のこと、ちょっとでも嫌いになりたくねえよ。

 お前のこと、ずっと最高に好きなままでいてえよ。


 なあ、チョウ。

 俺、お前のこと、ちょっとでいいから嫌いになりてえよ。

 お前のことずっと最高に好きままだから、逆に望みの無さが分かっちまうんだよ。

 なあ、二人共。

 俺、どうすりゃいいんだよ。

 どうなったらいいんだよ。

 二人の邪魔しないように、大人しくどっかで、誰にも知られないようにして死んでりゃいいのかな。


 わっかんねえよ。


 助けてくれよ。


 でも、俺の命は助かんねえんだよ。


 諦めさせてくれよ。


 でも、諦められねえんだよ。


 俺、まだ俺のままか?


 俺、俺じゃないものになってないか?


 変わりてえよ、最高にかっこよくて立派な自分に。


 変わりたくなくねえよ、俺が嫌いな俺なんかに。


 どうして人間って、なりたい自分になれねえんだろうな。






「ああ、よかった。ようやく見つけられました」


「あん? お前は……」


「ジャクゴ、と申しますな。あの医院でお会いしました。憶えておられませんか?」

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