黄金の戦士ダネカの過去回想 10

 いつだったっけか。


 アオアがやけにマジな感じに、俺に、忠告? してきた時があった。


 ああ。思い出した。アオアが仲間に加わって一年目とかの頃だ。


 いつも無感情でジトっとした目をしてたあいつが詰め寄ってきて、やたら真剣な声色で、俺に冗談も許さないような語調で、俺に言ったんだ。


「忠告。ダネカ。貴方は勇者を目指すべきではない」


 あ? なんでだよ。


 俺はなるぜ、最高の勇者に。絶対なれるさ、伝説に残る男に。


 だってよ、キタがなれるって言ってくれたんだぜ。


 悪ぃけどよ、お前とキタなら、俺はキタを信じる。


「否定。勇者は心の在り方を示す者ではない。勇者は生来の資格性。後天的に勇者になることなどできない」


 資格性?

 んなわけねーだろ。

 勇者ってのは心だ。

 心だぜ。

 伝説に残ってる勇者は皆勇者の心を持ってんだ。

 常識だぜ?


 だから皆勇者に憧れて、勇者の在り方を真似るんだ、男の子ってのはな!

 なろうってハートで決めて、最後までその在り方を貫けりゃ勇者だ。

 そん中で格別でっけえことをやり遂げれば、伝説になる。

 俺はそれになるんだよ。


「否定。勇者は確かに一様の精神性を持っている。しかしそれはそういう精神性を持つ者だけが勇者に選ばれるというだけのこと。勇者の心を真似ただけの人間が勇者になれることはない。勇者の精神性は選ばれた者が皆似たような心を持つという結果論だから。勇者になれるのは生まれた時から勇者である者だけ」


 え。

 なんだお前。

 勇者限界勢? 解釈が強火な上に聞いたことねえ設定が出て来たな。

 まあいいと思うけどよ。

 『これが勇者』も鉄板の話題だ。

 『これが勇者じゃない』も鉄板の話題だ。

 わざわざ喧嘩することじゃねえよな。


 それに、だ。

 俺のことを勇者だと認めてくれねえやつに認めさせるのが楽しいんだろ?

 要は俺がもっと強くなりゃあいいんだろ、勇者と認められるくらいによ。


「当然。強いだけの人間が勇者になれることもない」


 はーん。

 強いだけでも、優しさだけでもダメ、的な。

 アオア、お前なかなかの勇者通だな?


 ますます気合いが入るってもんだ。

 テメェに認めさせて見せるぜ、俺の勇者っぷりを。

 世界でも救って見せりゃあいいんだろ?


「忠告。勇者は諦めるべき。諦められない時間が長いほどに傷になる」


 ……傷?


「でなければ。いつか……」


 いつか?


「貴方は自分が勇者になれない理由を、自分自身の行動によって知ることになる」


 なんだよ、それ。

 自分自身の行動で?

 俺が、俺が勇者になれない理由を、自分から行動で示すってのか?

 ありえねえだろ。


「ワタシは貴方に親しみを感じている。潰れてほしくはない」


 ……なんじゃそりゃ。


 まあいいや。


 お前に仲間意識があるって分かったんだ、それだけでいい。


 明日からも一緒にクエスト挑戦頼むぜ、夢追いのアオア。






 そんな、懐かしい夢を見た。


「うご……アオアが仲間になってからもう二年か……時間はえー……」


 朝だ。いい感じの朝。

 俺は拠点を離れ、王都の時計塔の屋根の上で夜を明かしていた。

 ちょびっとだけ、本当にちょびっとだけ、寝たことでメンタルも蘇った。


 皆には手紙で間接的に連絡を終えてる。

 いや、ってか。

 顔合わせたくねえ……キタとチョウには特に。

 あぁー。

 今の俺の思考、マジで嫌だ。

 自分を見つめたくねえ。


「……全部ぶん投げてぇー……助けてくれキタ……キタに会いたくねえ……」


 何が嫌かって。


 俺が一番仲良い男と、一番仲良い女が運命的に巡り合ってんのに、それを応援できねえクソみたいな自分が一番嫌だ。


「タフに……タフに生きたい……キッツ……はぁ……あん?」


 あれは。

 アオアと、ヒバカ?

 あれ。

 あいつら二人きりで行動するほど仲良かったか?


 こんな早朝に、あんな、王都の隅っこの裏路地の奥に……?

 んん?

 何か密談、ってことか?


 ……キタとチョウの隠し事の次は、あいつらの隠し事か。

 ハッ。

 マジで俺はリーダーだと思われてねえんだな、こりゃ。

 いいぜ。

 じゃあ、勝手に聞いてやる。

 隠し事してたお前らが悪いんだからな。


 俺は音を立てずに建物の上をひょいひょい飛び移り、アオアとヒバカがこっそり話してる内容が聞こえる距離まで近付いた。

 アオアは尾行をチェックしてたらしいが、流石に時計塔の上で寝てたやつが上から来ることは想定してなかったらしい。


「最悪。今の時代は最悪の流れにある。魔王ズキシに絶滅存在ヴィミラニエが力を貸した。流れによってはもはや魔王ズキシを倒してすら終わらなくなる。魔王を倒しても倒せなくても人類が滅亡する暗黒時代の到来がありえる……ただ。流れは少し変わってきた」


 ゔぃみ……なんだ? 何の話だ?


「勇者カイニが『音喰らいの耳』ンドゥを倒しましたね! 若干12歳で! アオアさんのお弟子さんでしたっけ! 流石夢追いの弟子という感じでしょうか!」


「否定。大したことは教えていない。あれは最初から強かった」


「あはは! なんですかねアレ! 仲間ありとはいえ12歳で魔王直下最強の『魔王の五覚』を倒しちゃう勇者って! あはは! 五覚相手なら聖剣使っても勝てない勇者の方が多いと思うんですけど! 王都で人類最強扱いされてるチョウさんが仲間の援護ありでも撤退が限界の相手のはずなんですけど! ……いやあ、ヤバいですねアレ。あれどっから生えてきたんですか? どこぞの仙人か剣聖の娘だったり?」


「既知。あれはただの村娘」


「あはは! アオアさんも冗談がお上手! あんなただの村娘がありますか! 書の断片を持ってるだけのただの村娘って言うんですか! あんなバケモノが! 『こっち側』のあたしやアオアさんより強いのに! アレ敵に回したらあたしやアオアさんでもたぶん勝てないのに! ただのその辺の村娘! ……まあ、本当にそうみたいなんですけどね……いやはや、これだから人間は怖い」


 ぞわっ、とした。

 ヒバカ?

 お前、そんな喋り方するやつだったか?


「間に合うんですかね『本物』の方! いや、『本物』なら魔王が倒された後だとしても仕事は山程あるんですけど! 『偽物』じゃ聖剣抜けないでしょ! 『偽物』に全部片付けさせるのは無理ですよ! 『本物』が『到達』しなきゃ結局あたし達も終わりのない戦いを延々してないといけないんですけどどうなんです!?」


「不明。ただ、ワタシの同族の多くもまた夢を追った。そして届かなかった。『到達の可能性』はあったはずなのに。全てが『到達』まで届かなかった。ワタシもまた届かない可能性はある。何故ならば。覚醒するのは勇者。頑張るのは勇者。『到達』するのも勇者だから。ワタシは促すことしかできない。ワタシは脇役」


「『本物』の心の成長の過程次第! 運次第! めぐり合わせ次第! ってことですね! やんなっちゃうなあ! 使命とか全部投げ出した方が楽ですよ!」


「否定。これはワタシ一人の夢ではない」


「真面目ー!」


 なんだ?

 何の話をしてる?

 なんでこいつらは、誰にも盗み聞きされないよう、尾行をチェックしながらこんな王都の隅っこまで来て、こんな意味分かんねえ話をしてるんだ?


「使命って言うなら! あたしも殺しちゃうのがアオアさんの使命の内にまあまあ入る気がするんですけど! しなくていいんですか!? まあそうしたらあたしも反撃して殺しますけどね! キタさんには後で謝ります!」


「貴方は本質的にキタくんのためになろうとしている。ただ人の心が分からないだけ。恩返しの仕方が的確でないだけ。ワタシは貴方を信頼できない。キタくんは貴方を信頼している。貴方は信頼に応えようとしている。ならば今のところはワタシが言うべきことなどない」


「……お慈悲に感謝!」


 こいつら、今の会話の中で別の噛み合い方してたら、今ここで殺し合ってたのか? なんでだ? どういう理由で?


「訂正。慈悲ではない。どちらかと言えば恩義」


「むむっ! なんと!?」


「貴方の何代か前の生産体ロットには特別に世話になった。ワタシには恩を返す義理がある。アジ・ヒハーカ」


 ひはーか?


「あー! また旧語体読みで名前呼んでますね! それもう今の時代には使われてないって言ったじゃないですか! 綴りは同じでも読みはもう違うんです! これだから千年生きてるおばあちゃんは困りますね! あたしの名前はヒバカ! アジ・ヒバカって読むんですよ今時は! もうっ! 困っちゃいマックスですよ!」


「……自戒。人の言語は移り変わりやす過ぎる。ワタシがアジ・ダハーカと共に戦っていた時代はそこまで流動的では無かった。言語は非情に画一的だった。あの時代の感覚や慣習に依らないシステマチックな言語が好き。揺らぎが無いから」


「感想が完全におばあちゃんですねえ……」


「肯定。ワタシは貴方達のように世代交代をするコンセプトで作られていない。長く生きる単一の個体に単一の目的を持たせるのがコンセプト」


 だはーか?


「帰結。なんにせよ。事態は動いた。魔王の五覚の一角が崩れた。これは『偽物』の強さが一つのラインを越えたことを意味する。魔王に負ければそれまで。魔王に勝ったとしても絶滅存在ヴィミラニエが進化した次の戦いが始まる。我々は準備をしなければならない。どこで我々が死ぬか、が肝になる」


「そうですね! 『本物』にどう逆境を与えるか! いかにして『本物』を死なせないセーフティを用意しておくか! 長期的に『本物』が戦うために必要なものの用意もしておかないと! できれば『本物』と『偽物』の協力体制が構築できると盤石ですね! 推定『STAGE II』の内実が完全に未知数なのが痛いところです!」


「有望。彼女は、『本物』を必ず守りに来る。確信がある」


「なるほど!!!」


 どこで死ぬか?


 なんだこいつら。


 こいつらの言ってることが、まるでわからねえ。


「───というプランをワタシは提案する」


「ふーん! なるほど! でもこれなんかちょっと不確定要素多すぎないですか! 運次第であたし達の前準備全部パーになりかねませんよ! それに『本物』の負担が大きすぎるんじゃないかって思います!」


「我々の共通認識としてあるもの。それは『彼ら二人』の決別。あるいは追放。それは高確率で起こり得る。それを軟着陸させたい。『彼ら二人』が別れるにしても、せめて親友という関係が継続されるように。痛みを抑えてやりたい」


「……あははは! 面白! アオアさん! アオアさんって千年前の魔導時代に千年後の『本物』さんに試練を与えて覚醒を促すために作られたんですよね!? でも『本物』の心に傷を付けることを躊躇ってるじゃないですか! 本末転倒って言うんですよそれ! 使命を果たしたいなら『本物』をとことん追い詰めないとダメじゃないですかぁ!」


「……」


「千年生きてても人生ヘタクソな人って居るんですね! 面白!」


「……否定はしない」


「でもあたしはそういう人好きですよ! 甘い食べ物も甘い人も好きです!」


「そう」


 誰のこと話してんだ?


 アオアが人生の不器用を煽られてるのは分かる。


 だよな、アオア不器用だな。前から俺も思ってた。


「アオアさんの使命! 部分的にあたしが代行しましょうか?」


「……何?」


「不安ですか? あたし、アジですよ? ま、扇動者アジテーターの出来損ないで成り損ないで、もう完全に人間になっちゃってんですけども!」


「……遠慮しておく」


「まああたしが姉妹と比べて人を操るのに長けてるかって言うとむしろ苦手な方なんですけど! まああたしですからね! たぶん姉妹の中で一人選んで貰えるってなったら! あたしを選んでくれるのキタさんくらいしか居ないと思います! 嬉しいけど悲しいですね!」


「肯定」


「肯定しないで! 悲しっ! ああ、誰にも選ばれないあたし! かわいそうなあたし! 今日も殺していい犯罪者を探して回る悲しい青春!」


「血生臭すぎる」


「じゃ! そろそろ帰りましょうか! 別々の道から! 帰る時間もズラして! あたしは教会に祈りを捧げに行ってた! アオアさんは森に魔力を高めに行ってた! またそういう感じで! よろ! です!」


「慣例。では、そのつもりで」


 二人が去っていく。


 俺は、怖気が抜けなかった。


 なんだ。


 俺はこのPTの、何を知ってて、何を知らねえんだ?


「なんだあいつら……何企んでやがる? キタに伝え……」


 と、そこまで考えたところで。


 今まで考えたくもなかったこと、少しの間忘れてられたことを、俺は一斉に思い出して、吐きそうになった。


「……がああああああああああっ!!」


 ああ。

 くそ。

 マジで嫌だ。

 昨日まで迷いなく大好きって言えた親友に、会いたくねえ。


 でも、忠告に行きてえ。

 なんなんだ俺は。

 キタに何を思ってんだ?

 キタに何をしてえんだ?


 「……俺は……キタを……嫌いになってんのか……?」


 認めたくねえ。

 そんなこと、認めたくねえ。

 まだ大丈夫だ。

 まだ俺は、キタの相棒でいられるはずだ。

 こんなもんは、気の迷いだったってことで、乗り越えられるはずだ。


「キタに、忠告しに行く。それができりゃ……俺はまだ、キタを嫌ってねえってことになる……はずだ……きっと……」


 行こう。


 まだ、どうにかなる。俺はまだどうにかなるはずだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る