黄金の戦士ダネカの過去回想 9

 剣を振って、振って、振って。

 クタクタになってから眠るのが、癖になり始めた。

 じゃねえと、眠れなかった。


 怖い。

 夜が怖い。

 一人が怖い。

 夜に一人でベッドに入った時に、『考えたくないこと』が無限に頭ン中に湧いて来やがるのが、怖い。


 その思考に身を委ねたら、俺は、キタに失望されて、チョウに見限られて……そんな自分のままでになりそうな気がする。

 怖い。

 死ぬのが怖い。

 怖さに負けて、俺が俺じゃなくなるのが怖い。


 剣を振って、振って、振って、クタクタになってから眠る。

 そうすりゃあ、何も考えないで泥のように眠れた。

 『』───なんて、クッソくだらねえ、クッソ情けねえ、頭に浮かぶのも嫌な言葉を、考えないまま眠れた。


「うああああああああっ! あっ、ああっ、あああああああっ!」


 そんで、寝て、悪夢を見て、深夜に飛び起きる。

 何も手にできないまま、眠っている時に死ぬ夢だった。

 俺は寝ながら、寝ている時に死んじまう夢を見る。


 眠る時にも恐怖があった。

 目を閉じて、眠りに落ちる時、もう二度と目覚めねえんじゃねえか、って。

 もう二度と目を開くことはねえんじゃねえか、って恐怖。

 頭の中に、爆弾がある。

 いつ爆発するかは分からない。


 いっそ、すぐ爆発してくれてた方が、気持ち的には楽だった。


「あ? ああ? あ……夢、か……はは、俺メンタル雑魚すぎ……」


 上手く隠せてる。

 隠し通せてる、はずだ。

 ───これまでの俺の言動や性格がいい感じに隠れ蓑になってくれてる、のか?


 勘付いてるとしたら……外見ロリなくせに人生経験豊富なアオアくらいか。

 まあ、あいつも妙なところで鈍感だから、気付いてねえかもしれねえけど。


「……水飲もう……」


 下に降りて、水を飲む。

 椅子に腰掛けて、肘を立てる。

 余計な考えがまたどんどんと湧いてくる。

 『どうせ死ぬんならなにやったっていいだろ』と、囁いてくる。

 俺が俺を嫌いになりそうだ。


「……何か考えて、思考を逸らすか」


 昨日、ロボトが仲間に加わった。

 前々から、探索系と後方支援系は欲しいって話はしてた、が。

 俺が急かして、キタがどっかで知り合ったっていうやつを入れた。

 待望の盗賊。

 遺跡探索とか拠点侵入のエキスパートだ。


 俺とキタが二人で冒険してた時、獣人が欲しかったのは探索担当としてだ。

 その上で俺が欲しかった獣人は、キタを守ってくれるやつだった。

 そんでキタが選んだのは、チョウだった。

 チョウは天才で、強かった。

 が。チョウは結構器用なやつだったが、探索職の代わりにはならなかった。


 以後、罠とかを見つけたり、解除したりすんのは、独学で勉強したキタの役割になった。

 キタは『技能と言うほどのものじゃない』って言ってたが、何も学んでねえ俺達よりはよっぽどマシだった。

 あいつは皆の先頭で危険を犯して、罠を探って、解除する役割をしてくれた。


 だけど、それももう終わりだ。

 俺が死んだ後は、お前がリーダーなんだぜ、キタ。

 いつまでも前で危ないことしてちゃあいけねえよな?


「……ちょっとは安心、か」


 キタの一番危ねえ役割を代わりにやってくれる男は、用立てた。

 あとは、バックアップ。

 キタの代わりに書類仕事とか、資金調達とか、ギルドとの交渉とか、なんかあった時に頭を下げて回るやつとか、そういうことをしてくれるやつ。

 商人がいいか?

 商人がいいな。


「俺に、リーダーの仕事ができなくても。実質リーダーのキタが今やってる仕事を分担して引き受けてくれるやつを探すことなら、俺みたいなやつにもできる」


 さて、次は何考えるか。

 何考えりゃいいかな。

 何か考えようか。

 考えねえとな何かを。

 早く何か思いつかねえと。

 なんかあるだろなんか、考えること。

 ほら考えようぜ俺。

 まさか考えることが無くなったわけじゃねえよな。

 そんな浅い人間だったか俺は?

 考えろ、考えろよ。

 それに没頭しろ。

 何かあるだろ。

 戦い以外で俺が知ったことの中で、何か。

 没頭できるもの、何か。


 ああ。


 嫌だ。

 こんな嫌な思考、俺の頭ン中に浮かんでくるだけで、嫌だ。


「……うっ……」


 一時間?

 二時間?

 そんくらい俺がテーブルに突っ伏して自分の思考と戦ってた、そんな時。

 誰かが、俺の背中を優しく撫でてくれて、俺は顔を上げた。


「ダネカさま、どうなされたのですか?」


「……チョウ……?」


 チョウが、俺の背中を撫でていた。

 銀色の髪に、ピンクのパジャマ、ピンクのショートパンツ。

 彼女も深夜に起きてしまって、水を飲みに来てたらしい。


 『見られた』と、俺は背筋に冷たいもんが走った。


 バレちゃならねえ。

 隠し通さなきゃならねえ。

 チョウに、キタに、無駄に心配かけるわけにはいかねえんだ。


「え……あ……いや! 腹痛くてよ! ははは! もう直ったから心配すんな!」


 チョウの優しげな目が狭まる。

 俺の下手な嘘は一瞬で見抜かれた。

 ……そうだよな。

 お前とも、何年も、一緒に居たんだもんな。


 チョウは穏やかに、優しく微笑んで、近くのソファーに座って、膝の上をぽんぽんと叩いた。

 ショートパンツで剥き出しな、真っ白いふとももが俺をいざなう。

 え。

 いいんですか。


 そ、そういうのって……世界を救わなくてもしていただけることなんですか!?


「どうぞ、おいでください」


「え、えっ」


「大丈夫ですよ。いきなり突き落としたりしません」


 誤魔化さないと、とか。

 どうにか騙さねえと、とか。

 隠しきらなきゃな、とか。

 そんなことばっか考えてた俺の思考が全部吹っ飛んだ。


 だって俺は、チョウのことが好きだったから。

 綺麗で可愛くて、義理堅くて、ちょっと愉快なチョウのことが好きだったから。


 好きな子のふともも。

 狂ってしまう。

 狂った。


「し、しつれいします……」


「……ふふ。ダネカさま、なんですかその下手な敬語は」


「う、うっせ」


 あ、俺死ぬんだっけ。

 もういいや死んでも。

 どうでもいいわ死ぬとか生きるとか。

 既に全ての悔いが消し飛んだ。

 おれ、しあわせ。


 やわらかい。

 あったかい。

 まっしろで、きれいだ。

 って、いうか、いいにおいする。

 きょりがちかい。ちょうのいきのおとがきこえる。


 はぁー。もう、死んでもいい。

 ああ、長生きしたくなってきた。

 毎日チョウに膝枕してもらってジジイまで生きていたい。

 チョウのふとももを温めるだけの仕事に就きたい。


 なんでこの子にはこんなに包容力があるんだ。

 幸せで溶けそう。


「ダネカさま」


「にゃっ……な、なんだ?」


「チョウが傍にいます。だから泣かないで。何があったのかは聞きません。でも、話したくなったらどうぞ。チョウはダネカさまの味方です」


「───」


「強い人にずっと強いままで在れなどと、チョウは申しません」


 ああ。

 俺。

 チョウのこと、好きだ。


 この優しい白銀に見合う黄金で在りたい。


 俺の頭を撫でてくれるチョウの手があったかい。

 すげえ、救われた気持ちになってる。

 心の荒れてたところに、軟膏の傷薬が優しく塗られていく、みたいな。

 チョウが触れたところから、俺に入ったヒビが直っていく、みたいな。


 安らいでいく。

 和らいでいく。

 救われていく。


「チョウがダネカさまを支えようと思うのは、恩があるから。でもそれだけではありません。貴方が好ましい人であるからです。恩があってもなくても、チョウが守りたいと思う人だからです。どうか悲しまないで。チョウが傍にいます」


「チョウ……」


「チョウはお二人に仕えられていることを、何より幸せに思っています」


 俺は、チョウだけを好きになったわけじゃあない。

 チョウの前には色んな美少女や美女にアプローチをかけてた。

 可愛い子、好きだし。

 綺麗な人、好きだし。

 俺の人生で今んところ一番本気になったのがチョウってだけで、御伽噺の勇者の何人かみてえに、最初から最後まで一人の女しか好きになってねえってこともない。


 ただ、今この瞬間、俺はチョウにマジで惚れてる。

 チョウが欲しいって、そう思ってる。

 だから本気で好きだし。

 本気で俺のことを好きになってほしい。


 俺が、チョウのことを守れたら、チョウは好きになってくれるかな。


 チョウを苦しめるものを、全て殴ってぶっ飛ばせるなら。

 チョウを泣かせるものを、一つ残らず蹴っ飛ばせるなら。

 そんで、俺がもし、チョウの恋とか愛とか、そういうもんを勝ち取れるなら。


 それと引き換えなら死んだって良いって、胸の奥が叫んでた。






 俺とキタは14歳に、チョウは12歳になった。






 王都を熱気が覆う。

 来たぜ、今年も、この季節が!

 王都カドミィリィダ一周競争大自転車レース・最強コンビ杯!


 王族、冒険者、兵士、傭兵、エルフに魚人に老若男女、誰もが参加OK!

 しかし、条件が一つだけ!

 二人一組で参加すること!


 参加者に配られるのは運営が用意した二人用自転車!

 近年の生物絶滅に配慮した最強にクリーンな乗り物の極みだ!


 こいつには二つの席があり、前の席に座ってるやつしかハンドルを掴めねえ!

 後ろの席に座ってるやつしかペダルを漕げねえ!

 前と後ろ、二人が阿吽の呼吸で動かなきゃ最速は出ねえってわけだ!


 前後の連携力!!

 前の判断力!

 後ろの身体能力!

 そして、運命の女神が微笑むほどの絆の強さ!

 全てが今、試される!


 イカれた参加者を紹介するぜ!


 エントリナンバー1!

 この国の王様と姫!

 初手から終わってんな!


 エントリーナンバー2!

 ギーア先輩&ミハギ先輩!

 俺らの冒険者としての先輩のエントリーだ!


 エントリーナンバー3!

 アオア&チョウ!

 アオアは身長ちっさすぎて後ろだとペダルに足が届かねえから必然前!


 エントリーナンバー4~12!

 『ムンジの子ら』の奴ら!

 体力自慢のハゲマッチョ達が道路を埋めてる! 絵面やばすぎる!


 他にも色々居るが省略!


 そして俺とキタ!

 キタが前、俺が後ろ。

 へっ。

 これで負けるわけがねえ。


「聞こえるかい、ダネカ……風の声が」


「ああ、キタ。だけどこの風、少し泣いてるな……」


「行こう……風を独りにしないために……僕らが『風になる』」


「ああ……寄り添ってやろうぜ、王都の風に……」


 一昨年は俺とキタが優勝した。

 去年も俺とキタが優勝した。

 今年も普通に俺とキタが優勝した。


 フン……雑魚どもが!

 出直してきな!


「キタさまとダネカさまって毎年そのドヤ顔するために参加してるんですか?」


 うるせえな。


 可愛い顔が呆れで台無しだぜ、チョウ。


「今年も……僕らが地上最強のコンビだって世界に示してしまったね、ダネカ」


「ああ……まったく、これが『絆』だって思い知らせちまったな、キタ」


「これが……強者の孤独ってやつなのかな。僕は初めて味わったかもしれない……」


「へっ……ようこそキタ。勝ち続ける勝者の虚しき頂点の世界へ……」


「ふっ……ありがとう、ダネカ……」


 俺とキタが入賞台の上で二十回くらいハイタッチしてたら王様に叱られた。


 王様、暇なんすか?


「あー、気持ちよくいい汗かいた」


「王都が年々デカくなるから毎年距離長くなってくんだよなこのレース……」


「来年も、再来年も、一緒に参加しよう。大丈夫、僕とダネカなら負けないさ」


「……そう、だな」


 俺は来年生きてんのかな、って言いかけて、ぐっとこらえた。

 俺はこういう来年の約束を、軽い気持ちでしていいのか。

 俺がもし約束を破って消えたら、キタはどうすんだろうか。

 遺書は書いた。

 だけどキタは、どんくらい心配しちまうんだろうか。


 心の奥が、ざらっとした。


 だけど、結構平気だった。

 俺のメンタルはチョウとキタのおかげでぐーんと回復してたから。

 いやあ、うん。

 やっぱ世界最強の回復方法は好きな女の子と触れ合うことと、最高のダチと一緒に遊びに行くことだよなあ!


 ……嫌なこと、ちょっとの間だけでも、全部忘れられるもんな。


「ん?」


「どしたのダネカ」


「ああ、いやなんか、昔からいやーなことがあるとキタがなんかに誘ってくれて、それで気分が晴れて大体なんかどうでも良くなるんだけどよ。今思い出してたら、俺が落ち込んでねえ時もキタはなんか誘ってくれてたな……って思い至って……」


「……僕もそういうの考えたことあるな。僕が落ち込んでる時はダネカがどっか誘ってくれて最終的に気分上々で……って思ったけど……いや確かに、落ち込んでない時も頻繁に誘われてる……こんなことあるんだ……」


「俺らもしかしておもしろそーなもん見つけたら即互いにシェアしてるからたまたま互いが落ち込んでる時にヒットしてるだけなんじゃねえか?」


「河に電撃魔法打ち込む違法漁のやつじゃん」


 げらげら笑って、優勝の賞状を旗みたいにぶん回して、歩き出す。


「せっかくだからこれからどっか行くか。どこ行く?」


「武器屋にクソかっこいい竜殺剣が入荷されたって噂が僕の耳に入ってるよ」


「行くか!」


「行こう!」


 俺達の歯車は、どんな時でも噛み合ってた。


 だから、噛み合わなくなるってこと自体、想像してなかった。


 何も分かってなかったんだ、俺は。


 ヒバカの時に分かったはずだった。


 俺の苦しみは、周りが変わったことじゃなくて、俺が変わった事から生まれる。


 俺が変われば、俺の世界は変わり果てる。どんなに変わるなと叫んでも。


 キタは、俺がキタに願った通りに、ずっと変わらない黄金で居てくれたのに。











 アオアから、聞いたことがあった。


「肯定。キタくんは基礎的な呪いの知識を一通り持っている。ワタシが千年分の知識から掻い摘んで知識を与えたというのが正しいが」


 ヒバカから、聞いたことがあった。


「冒険の書の応用をよく考えてる人ですよね! 呪いの無効を独学で発見したのがキタさんの聡明なところだと思いますよ! あたしだったらたぶんずっと気付けないって思いますし! キタさんはうちで一番呪いに詳しいですよね!」


 『ムンジの子ら』の奴らから、聞いたことがあった。


「キタのやつ、個人であんなにギルドの頼みを聞いて何の交渉をしているんだ? ギルドもギルドでキタの頼みを聞いてるらしいが、内容を機密にしているらしくさっぱり分からん。あんなに秘密に調べることとはなんだ? 国家の暗部か? 禁呪か? 伝説の秘薬というやつか? あるいは勇者に関することだろうか」


 俺とキタが寄付をしてる孤児院の教会のシスターから、聞いたことがあった。


「それでですね! キタちゃんヒバカちゃんもこの前仲良く街を歩いてて……と、そんな話をしに来たのではありませんでしたわ。『明日への靴』は噂に聞く地獄の沼のアンデッド軍団とでも戦うのですか? キタちゃんが教会の禍ツ祓いの十字架を片っ端から買っていったので、少々心配になりまして……」


 いつの間にか王都冒険者ギルドの冒険者管理長になってたマメハから、なんか遠回しに聞かれたことがあった。


「あなたの相棒に、異変はない? あの子……チョウにいきなり暴言を吐いたり暴力を振るったり……ああ、その反応だとなさそうね。ごめんなさい、なんでもないわ。忘れてちょうだい」


 でも、会話の途中でちょっと出ただけだったそれらの会話を、俺は綺麗サッパリ忘れてて、あの日に全部まとめて思い出した。

 真実を知って、全部が一本に繋がったんだ。

 そう、あの日に。


 あの日に、知らなきゃよかったんだろうか。

 それとも、もっと早くに知っておくべきだったんだろうか。

 俺の頭の爆弾が爆発するまで、何も気付かないべきだったんだろうか。


 分かんねよ。


 教えてくれよ、キタ。


 俺、頭悪ぃから、正しい答えなんて分かんねえんだよ。






 俺はその日、ギルドの奥のギルドマスターのとこで、俺が行方不明になった時とかにキタがリーダーの代理を務められる書類にカキカキしていた。

 結構重要な書類らしいから、ギルドマスターの前で書く。

 終わった。


「この辺りはスタッフしか入れず機密も多いから、まっすぐ帰りなさい」


「へーい」


 俺はまっすぐ帰ろうと、して。


 運悪く。いや、運良く。……どっちでもいいか。その話が耳に入った。


「キタくんとチョウちゃんだけの秘密にしてても、限界はあるものね」


 浅く、息が漏れた。

 俺の一番の親友と、一番大好きな人の名前が聞こえた。

 聴き逃がせるわけがねえ。

 俺は話し声が聞こえた部屋の、僅かに隙間が空いていた扉の横でしゃがんで、聞き耳を立てる。


 スタッフ用の休憩室っぽいところだった。

 ソファーが四つ、大テーブルが一つ、本棚が二つ、食器棚が二つ、あと魔導食料保存箱が一つと、台所か手洗い場みてえなのが一つ。

 そこに、二人の女がいた。


 片方は、この前キタに負担をかけてる俺にキレかけてた眼鏡の女だった。

 ああ。

 ギルドの受付を担当してる女の内の二人か。


「あんなこと、ここでしか話せないです。外じゃ誰が聞いてるか分からないですし」


「うん。本当に……又聞きの協力者でしかない私達でさえ、知ってしまってよかったのか不安になる秘密だもの。でも、知ったからには……手を尽くしたい」


「ええ、そうしましょう。キタさんだって自分一人で解決できないと思ったから、いざという時ギルドに迷惑をかけると思ったから、ギルドに打ち明けてくれたんですもの。冒険者ギルドの全記録を洗って、手がかりを探さないといけません」


 どくん、と、軽く心臓が跳ねた。


 ギルドの奥でしか話せないこと?

 キタとチョウの秘密?

 ギルドもグルで隠してる?

 ギルドを頼らないといけないこと?


 俺はキタのことはなんでも知ってる。親友だから。

 俺はチョウのことはなんでも知ってる。恩人で、主人だから。

 そう、思ってた、はず、なのに。


「本当に許せないわ。まさかこんな時代に、魔王軍とも関わりのない犯罪者が、女の子に遊び半分で禁呪カースを掛けていくなんて……魔導時代の遺物よ。掛けるだけならともかく、解呪なんてこの時代にそう簡単にできるわけがないわ……」


「奴隷にされる前も、チョウさんは地獄だったんですよね……」


 呪い?


 え?




「『恋をした相手が自分を憎む呪い』。こんなの掛けられたら、チョウちゃんの人生、普通だったら一生恋できないし、誰も愛せないまま終わるしかなかったのよ」


「本当に良かったです。チョウさんが初めて本気で好きになった人が、チョウさんの禁呪をこの世で唯一弾ける、冒険の書を持つキタさんで」




 あ。

 と。

 心の中で、声が出た。

 無音の納得が、俺の胸中に生まれて出て来た。


 呪い。

 好きな人が自分を憎む呪い。

 チョウが誰かを好きになったら、その人がチョウを憎む?


 じゃあ、チョウは誰も好きになれない。

 チョウがうっかり好きになっただけで、その人がチョウを憎む?

 そんなの、怖くていつか誰も好きになれなくなるに決まってる。

 最悪の最悪だ。

 そんな呪い掛けられたら、心が死ぬ。誰も好きになれない。誰とも愛し合えない。幸せになれないどころか、幸せな未来を思い描くことも、できなくなる。


 そんな呪い、俺は知らない。

 キタは、知ってた?


 あ。


───つってもよ……さっき受けた説明の通りなら、合格規格以外の奴隷ってことは、子供、病気、発育不良、性格に問題あり、呪い持ち、身体欠損みたいな弱点を複数抱えてるってことだろ? そんなの仲間にしても……


 そうだ。

 俺が。

 俺が、キタに言ったことだ。


 あの時の奴隷市場に残ってるような、帝国が買い取らなかったようなやつは、子供だったり、欠損があったり……呪いを持ってたりした、やつら。

 チョウは。

 その中の。

 一人、だった。


「キタくんが仲間にも話せないと言ってたのも分かるわ。こんな呪いを掛けられてると広まったら、チョウちゃんは普通に暮らせなくなるもの」


「恋を妨害する呪いに見えますけども、本質的には周囲の人間の心を無差別に支配して攻撃的にする禁呪カースですからね……」


「神経質な人間は『お前、俺を好きになってないだろうな!?』って絶対に絡みにいくものね……それで呪いと関係なくチョウちゃんを嫌ったら最悪。『アイツが俺に惚れて俺は呪いであいつを憎むようになった』だの『あいつの呪いで俺の心が操られてる』だの言い触らされたら……引っ越しても誹謗中傷されるかも」


「隠し通すしかありません。キタさんと、チョウさんと、ギルドだけの秘密にしていかないと、せめて解呪の手がかりが掴めるまでは……」


 女二人は、沈痛な表情で、真剣に話している。


 俺は、心の、芯が、抜けていた。


「仲間を信頼してるキタくんには、苦渋の決断だったのでしょうけども……これは流石に信頼できる仲間にも話していい内容じゃないわ」


「あのダネカなんて男には特に話せませんよ、話しちゃいけません」


「……あー、アナタ、ダネカくん嫌いなんだっけ?」


「ええ。無神経な人に秘密を話すべきではありません。もし、酒場でチョウさんが酔っぱらいに絡まれていて、あのダネカという男がチョウさんがバカにされているのを聞いたら、『チョウはこんなにかわいそうなんだぞ!お前とは違う!』って、熱くなってチョウさんの呪いのことをぶちまけちゃいそうじゃないですか」


「ええー……どうかなー……結構微妙そうなラインだと思うけど……」


「します。これは性格の善悪の問題ではありません。無神経な人間が、熱くなった勢いでやらかす時、踏み止まれる資質が心に備わっているか、です」


「……まぁ、酒だって、絶対やらかす人と絶対やらかさない人がいるしね……」


 ああ。

 分かってるじゃねえか。

 やるよ、俺は。

 やっちまうと思う。


 そしてやらかした後に、一生後悔するんだ。

 俺の人生には何度もそういう、最悪にやらかしそうな場面があった。

 そのたびにキタがどうにかしてくれた。

 あいつは褒め言葉から入ったトークで、空気をふんわりまとめてくれたんだ。


 でも。

 チョウの秘密を俺が暴露したら、きっとキタでも、どうにもできない。

 俺がチョウの人生を台無しにして、嫌われて、それで終わり。

 絶対に、嫌だ。


「キタさんはチョウさんが呪いで何かの損害を出した場合、全て自分個人が賠償すると契約書を結んでいます。だからこそギルドはチョウさんの恐るべき呪いを認識した上で受け入れ、解呪に協力しているわけですが……」


「あんなに子供なのに、男よね。背負いすぎだと思うけど、キタくんが望んで背負ってるからしょうがないわ。……それに彼ならあるいは、なんて思うし」


「実際チョウさんの呪いは被害を生まず、ゆえにバレていません。一度でも呪いが発動していたらバレていたことは間違いないです。けれど、キタさんが自分の人生を賭ける覚悟で、チョウさんのために生きたから。チョウさんがそれに応え、本気でキタさんだけに一途だったから。奇跡の今が、あるんですよね」


 俺は。


 知りたくなかったと、思った。


「チョウちゃんは始まりの日から今日まで、キタくん以外の男性に『いいな』と思ったことすらないくらい、ずっとキタくんだけに恋してる。ううん、愛してるのよ。だから呪いはキタくんにだけ向けられて、外に害を生んでない。チョウちゃんがあそこまで一途じゃなかったら、きっと呪いで地獄絵図になっていたわね……」


「一生に一回あるかないかの、人生で一番の恋。女の子なら誰でも憧れるものです。ですけど、本ではなくて現実で見ると、こんなにも熱くて、切なくて、でも甘酸っぱいものだったんだなって……そう思わざるを得ません」


「……仕事、再会しましょうか。頑張りましょう?」


「はい。あんなに頑張ってる人達が居るんです。私達も負けてられません!」


 ああ。


 そうだよな。


 俺、チョウを憎んだことねえよ。嫌ったことすらねえ。


 初めて見たその時から、俺はずっとチョウのことが好きだ。大好きだ。


 でも、だから。


 俺がチョウのことをずっとずっと好きなことが───チョウが俺のことを、一度も恋愛的な意味で好きになったことないっていう、証明になるんだな。


 チョウが俺のことを一瞬でも異性として『いい』って思ってたら、俺はその時チョウを憎んでなきゃおかしいもんな。


 俺の恋が、俺の恋が絶対に叶わないことを証明するんだな。


 チョウの心を救えるのは、冒険の書を持ってるやつだけ。

 チョウと本当の意味で心を繋げるのは、冒険の書を持ってるやつだけ。

 チョウがこの世でただ一人、安心して恋ができる相手だって、そう。


 すげーな、キタ。

 やっぱお前、すごいやつだよ。

 俺が見る気も起きなかったあんな膨大な奴隷リストを全部真面目に読み切って、禁呪で幸せになれない運命だった女の子を見つけて、救ったんだな。お前は。

 そんで今は、呪いを解除して、俺が欲しくて欲しくてたまらないチョウを手放して、チョウが自由に恋愛できるようにしてやりたいんだよな。

 わかるぜ、お前はそういうやつだから。


 もし、この世界で、チョウの運命の人が居るんだとしたら。

 それは、俺じゃなかったんだな。

 お前だったんだ。

 チョウにとって、世界で一番の奇跡がお前で、世界でただ一人救ってくれる人がお前で、結ばれたい運命の人が、お前だったんだ。

 そっか。よかったな。




 だめだ。


 なんか。


 疲れた。


 いやだ。


 もう、いやだ。

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