刻の勇者カイニの過去回想 2
昔、ボクは自分のことを私と言ってた。
髪もできるだけ短くしてた。
話し方も、荒っぽい男の人の真似をしてた。
でも、しょうがない。好きになっちゃったんだから。
キタが僕って言ってるから、ボクもボクにした。
髪は伸ばし始めたけど、女の子っぽく腰まで伸ばすには時間がかかっちゃう。
話し方はキタの真似をしようとしたのに、なんだかそれっぽさが出なくて、部分的に似てるけどだいぶ違うなあ、という感じに。
6歳のボクが、だいぶおバカになってそんなことをしていても、キタはバカになんてしなかったし、それでからかうこともしなかった。
だから、好き。
「キタおにいさーん! 呼び捨てにしていい!?」
「とつぜん何?」
「兄と妹という関係に甘んじていたくないの……!」
「いや……僕とカイニちゃんは最初から兄妹ではないけど……」
「そうだった」
キタの後ろをついていくのが、なんとなく好きだった。
あの時は理由なんて考えてなかったけど、今思い返すとすぐ分かる。
キタは頼まれると、すぐ聞いちゃう。
でも甘えすぎてる人は、叱って嗜める。
子供のお願いは無条件で聞く。
大人の言うことを聞く時は、助け合いを作ることを忘れない。
そうして、畑仕事を手伝って。
壊れた家を直すのを手伝って。
うんと小さな子供と遊んであげて。
大人も読めない文字を読んであげて。
誰かを助けた後のキタが、助けた人に『ありがとう』と言われた時。
微笑むキタが、好きだった。
キタは他人が幸せになった時、他人が助かったと思った時、他人が自然と笑顔になった時、とても幸せそうに微笑む。
「キタおにいさんは、ほかの人がしあわせになってるのを見るのが好きなんだね」
「んん? ……あ、たしかに。すごいなあカイニちゃんは。よく他人を見て、それを言葉にできるんだね。えらいよ」
「えへへ」
だから、ボクもずっと笑顔でいられた。
ボクが笑顔になるとつられて笑ってくれるキタの笑顔が好きだった。
ずっと、答えの出ないようなことを、答えを出さなくていいようなことを、考えていたのが、ボクだったような気がする。
ボクに優しい人じゃなくて、誰にでも優しくできる人にだけある価値、みたいなのはある気がする。
ボクが好きだから優しくしてくれる人と、頑張ってる人に優しいからボクに優しくしてくれる人は、何か違う気がする。
ボクのことが好きだからボクの欠点に目を瞑ってくれる人と、ボクの長所をちゃんと見てくれてるからボクが好きになってくれる人は、真逆な気がする。
世界にも、村にも、色んな人が居た。
ボクは、キタがどういう人なのか、もっと知りたかったのかもしれない。
そんなまとまりのないことを話してると、ネバカさんはめっちゃめっちゃに興奮していた。
「いい! めっちゃいいよ! リアル・ラブだ! きゃー! あたしは恋はちょっと怖いんだよね! だってなんか弱くなりそうじゃん! でも創作の恋愛は好き! 基本的に強くなるのばっかだから! 愛の力ってリアルには無さそうだけど! あったらいいよねとは思うよね! そう思えるのが本の力!」
「ネバカさんは今日も早口ですね」
「強口だよ! これは!」
「早口でも軽口でもないやつだ」
ボクは、ネバカさんを、友達だと思ってたのかもしれない。
その時のボクにはもう戻れないから、分からないけど。
短い付き合いしかなかったのに、大切に思っていたのは間違いないと思う。
「恋をして! 強くなっても! 弱くなっても! たぶんどっちでもいいんだよね! 一番大事なのは! 恋をして変わること! 恋は肯定しやすい変化! 良くなっても悪くなっても! 恋なら別にいいやって感じしない!?」
「……変わること」
「カイニちゃん! よかったね! 恋ができて! 恋をした人生は! 恋をできなかった人生より! 絶対に素敵なものだから!」
「……うん。ありがとう、ネバカさん」
キタはよく言ってた。
できれば平和な世界がいいよな、って。
ボクもそう思った。
世界が平和であればいいって、そう思ってた。
でも、ボクは知っていた。
できれば平和な世界がいいよな、って言う人がいる世界は。
平和じゃないんだ。
記憶が曖昧だけど、雨が降っていた日のことだったと思う。
ボクらの村がある地方にだけたまに降る、赤い雨だ。
この地方には、人を喰う魔獣と人を守る神様が戦って、神様が勝ったけど、空に永遠に残る傷がついてしまって、そこからときどき空の血が滴るようになってしまったっていう伝説が残ってる、らしい。
実際どうなんだろうね。
魔獣の時代は全然記録が残ってないから、どれが正しくてどれが間違ってるんだか全然わからないんだって。
大昔のイキり創作武勇伝が伝説化、とかもあるのかもしれない。
赤い雨が降る中で、あの人達はボクの前に姿を現した。
いや。あれ、そうだっけ?
ボクは……そうだ、何か様子が変だったネバカさんを追いかけていって、どこかで見失って、気付いたらあの人達に見つかって、村に連れ帰られたんだ。
最初は……ボクは……なんて言ったんだっけ。
十年前、昔すぎる。
魔法使いみたいなローブに身を包んで、姿を隠した女の人が四人、その時ボクと出会った……気がする。
「ネバカさんと、同じ顔……!?」
「アバカ長姉様。いかがなさいますか。我々と出会った者の記憶が曖昧になるとはいえ、記憶が曖昧になる前に厄介な言い触らし方をされては……」
「所詮子供だ、殺す必要などない。イバカ、ウバカ、エバカ。先に行け」
「はっ」
「はっ」
「はっ」
赤い雨に濡れた顔が、とても綺麗だったことは、なんとなく覚えてる。
「もしかして、ネバカさんの姉妹の?」
「私はアバカ。妹と友達になってくれて礼を言う。妹は魔族に殺されて命を落としたが、君と過ごした時間は、短い人生の中でも特に満たされたものであっただろう」
「え……あの人、魔族に殺されて……?」
「ああ。君の話も少しだが聞いていた。恋する少女のカイニさん」
そうだ。
ネバカさんは、魔族に殺された。
そう教えられたことは、ハッキリ覚えてる。
親を魔獣に食い殺されて、友達を魔族に殺されて、魔王に好きな人を狙われて。
ボクは、戦わないと守れないと、思い知ったんだ。
「そんな……だってぼく、ネバカさんと話したいことが、まだいっぱい……」
「……ひとつ、心得を与えておく」
「こころえ?」
「『後悔』しないように生きなさい。後悔はこの世界で最大の罪だ。誰もが後悔せずには生きられないのに、後悔が罪になるという。なら、後悔しないように気を付けて生きて、避けられぬ後悔は受け止めるしかない。誰もが明日死ぬかもしれない世界で……人は、目の前の人を毎日大切にする以外に、生きる道を持たないのだから」
「……」
そうだ。
幼い頃のボクの考え方が甘かった。
だって今は魔王の時代。
どこかの戦線が押し切られれば、人類があっさり滅びる時代。
絶滅の崖が近い時代だ。
この世界は、砂漠の砂よりも多い無数の後悔を、いつも生み出し続けてる。
それが、キタを追い詰める。
ボクは真実を知ってからずっと、この世界の構造が憎たらしくて仕方なかった。
ネバカさんは、死んだ。
もう会うことは敵わない。
『みんなに要らないと言われて姉妹を追い出された』と言っていたネバカさんは、どんな孤独を感じて、どんな気持ちで死んでいったんだろう。
そう思うと、姉妹の人にも、ちょっと思うところはある。
というか、ちょっと怒りたくなる。
あんなにいい人をなんで追い出したんだ、って言ってやりたくなる。
ボクの心中を知ってか知らずか、ネバカさんの姉を名乗るその人は、ボクの方を見据えて……袋包みを、ボクに手渡した。
「これは礼の品だ。子供が知っているかは分からないが、魔剣と言う。封印の袋からは決して出さぬように。特に素手で触れてはいけない。商人に目利きをしてもらえばそれなりの額の金になるだろう。……妹のことを、忘れないでやってくれ」
穴だらけの記憶だけど、そこはハッキリと覚えてる。
ボクはネバカさんが教皇様の部屋から手に入れた本のおかげで、冒険の書の力、その力を本当の勇者以外が使う方法、それによって生まれる応用、歴代の勇者の戦闘スタイルの概要を頭に入れることができていた。
だから、気付いた。
この魔剣があれば、できる。
この魔剣が、最後のピースだ。
『冒険の書の力を使って魔剣の呪いを無効化している姿』……それを教会の人達の前で見せつければ、ボクは偽物の勇者になりすませる。
幸い、ボクには剣の才能もあった。
魔剣を使って、強い魔物を派手に倒して、周囲に見せつけるんだ。
『剣の天才の勇者』という幻想を。
『あの幼さであの強さなら勇者というのも納得だ』という幻惑を。
そして隠し切るんだ、一番大切な人を。
ボクはまだ6歳で、細かい粗は年齢を言い訳にできる。
教会を騙して、大人を騙して、誰にも本心を見せなければいい。
きっとそれでなんとかなる。なるはずだ。
決意と共に握った魔剣は、思った以上に重かった。
そうしてボクは、十年の戦いを共にする、魔剣クタチを手に入れた。
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