刻の勇者カイニの過去回想 3

 ボクは名を売って、才能を見せつけて、自分が勇者だと世界に信じさせた。

 騙した数で言うなら、世界で一番ワルい詐欺師だ。

 世界中の普通に善良な人達全部を、ボクはペテンにかけた。


 キタを救いたいって気持ちが大きくなかったら、ボクはきっと、罪悪感に潰されて途中でやめちゃってたに違いない。

 世界中の希望を騙し取り続けるのは、本当に気分が悪くなる。


 旅立ちの日に、ボクを立派な勇者だと思い込んで送り出してくれたキタの表情は、今でも思い出せる。

 ボクの、守りたい人。


「守りたい人がいるんだ、ぼくには。だから頑張るんだよ」


「……追いかけるから! 必ず、カイニちゃんを助けに行くから!」


「来ないで、来ないで。キタおにいさん弱っちいんだから」


「うぐぅ」


「あ。お守りにもらった、ぼーけんのしょのページ、持ってっていいよね」


「? いいけど」


「ありがと、キタおにいさん。だいじょーぶだいじょーぶ、任せといて」


 ボクは旅立った。

 魔物、魔獣、魔族、魔王。

 全部ひっくるめて魔族と呼ばれる奴らが、一斉に足並み揃えて全部ボクの命を狙うようになった、らしい。


 正直に言えば、心配があったし、不安だったし、怖かった。

 ボクに勇気は無かった。

 あったのは強がる理由だけ。

 村を出て王都に辿り着くまでの短い間にさえ、三回魔王の刺客が来た。

 実力を測る目的だったからか、幹部と比べればそんなに強い敵ではなかったけど……あそこでボクが死んでいてもおかしくなかったと、そう思う。


 王城にも行けた。

 王族も騙せた。

 教会も騙せた。

 貴族も、大臣も、商人も、騎士団長も、冒険者ギルドのギルド長も、騙せた。

 ボクは意外と、キタ以外の人間の前だと演技が上手かったらしい。


 ネバカさんがくれた本を参考に嘘を選んで、冒険の書の力を借りて勇者試験の精神干渉を全て跳ね除けて、過去の勇者のように平然と魔剣を使ってみせた。

 振る舞いも、言動も、一部は過去の勇者を参考にした。

 人間は、『過去の本物をなぞる偽物』を、本物と誤認しやすいって、ネバカさんに教わったことがあったから。


 教会に所属する長命種の人が、「あの人と同じことを言ってるわ。本物の勇者よ」と泣きながら言っていたのが、遠くからかすかに聞こえた。

 先代以前の勇者の仲間か。

 もしかしたら、先代以前の勇者の恋人か何かだったのかもしれない。


 罪悪感が、本当に無くなってくれなかった。


「おお、勇者カイニよ! 今、前線で多くの勇士が戦っておる! その中から三人、冒険者ギルドに実績と実力で選ばせた供をお前に付けよう! まずは前線で戦えるだけの力をつけるため、各地の魔族の討伐と修行で剣技を伸ばすがよい!」


「はい、王様」


「まだ6歳のそなたにこんな重責を背負わせることは心苦しい。しかし、大きな声では言えぬが、歴代の勇者にはもっと幼い頃から戦いを始めた者もいるという。そなただけではない。皆苦しい。だが、だからこそ、誰もがそなたの苦しみを軽んじることはない。誰もがそなたの助けとなろうとするだろう、幼き勇者よ」


「お心遣い、感謝します」


「……公人としてではなく、今少し、私人として語らせてほしい。我の娘もそなたに近い年頃だ。そなたを見ていると、我の娘を思い出す。目に入れても痛くないような可愛い娘だ。しかし……このまま戦いが続けば……この王国も、今の世界も、娘の未来も……残りはしない……娘に未来をやれない我が、憎くてしょうがないのだ」


「……。……大丈夫、です。ボクは勇者です。必ず魔王を倒して、世界を救ってきます。王様のお子さんの未来も、きっと残ります。ボクが必ず勝ち取ってきます」


「おぉ……おぉ……! ありがとう、ありがとう……そなたのその気持ちに、胸が震えるようだ。そなたこそがまことの勇者だと、我は信じる」


 心が。


 苦しかった。


 ボクは、頑張って世界を守ろうとしている善き人々、その全てを騙している。






 ボクはそのまま、前線ほど過酷じゃないところで、戦いと修行を繰り返した。

 『6歳で要塞を救った勇者』なんて言われたこともあったけど、たまたまだ。

 マヤロ城での戦いは皆に助けられて、それでようやく成せたこと。

 あの戦いのことで褒められるたび、嬉しくなくて、居心地が悪かった。


 でも、「魔王軍との終わりなき戦いには希望が必要なのです」って言われたから、マヤロ城での戦いを宣伝することにもオッケーを出した。

 居心地は、悪かったけど。

 ボクにとって不快な話題が、他の人の希望になるなら、ボクが我慢すればそれでいいんじゃないかって、そう思った。


 「今代の勇者様は剣の天才らしいぞ、戦いの終わりももうすぐだ」という噂も一緒に流されていった。

 いや、偽物なんだけどねボク。


 本来の勇者は心で選ばれる。

 だから戦いでは弱い勇者の方が多い。

 心で選ばれてないボクは、つまり勇者の平均値から突出した強さがあった。

 そういうところもプロパガンダに使われて、皆に噂として広められていった。

 皆が、ボクが魔王を倒すことを期待して、期待は確信に変わっていく。

 そのたびに、『ボクに応えられるだろうか』という不安が湧いてきた。


 でも、ボクは流石に幼すぎたから。

 最初の方は、実戦より修行を重点的にやらされていた。

 6歳から戦い始めたけど、魔王軍と前線で戦い始めたのは10歳の時で、初めて魔王軍幹部を倒したのは12歳の時、最後の戦いで魔王領に入ったのは14歳の時。

 最初の四年は、本当にしっかりと基礎から仕込まれた。


 偽物の勇者だから……とは関係ないだろうけど、ボクには魔力が無かった。

 魔力が完全に無い人というのは、あんまりいないらしい。

 王都に出て初めて知った新事実。

 やっぱ田舎はダメだ。

 みんな無知だからダメ。

 でもムチムチな女の子になってキタを誘惑したいという気持ちは子供の頃からボクの中にありました。それは揺るがない真実です。


 歴代勇者の2/3くらいは、魔法も使うオールラウンダーだったらしい。

 とはいえ、魔法を使えない人も居るにはいたらしく、そんな勇者を参考にしたり、勇者以外の魔法を使わない伝説の剣士を参考にしたりして、ボクの長期的育成プランみたいなのが出来上がっていった。

 偉い学者みたいな人達と、実戦経験豊富な冒険者ギルドの人達が額を突き合わせて会議をしていたのを、よく覚えてる。


 色んな人が来て、色んなことを教えてくれた。

 ボクを鍛え上げてくれた。

 ボクも『キタの未来を守りたい』というたった一つの願いだけを支えにして、血反吐を吐くような訓練を乗り越えていった。


 そうして、確か、一年くらい経った頃だったかな。

 ボクの師匠役には、色んな人が集められていた。

 ある日集められたその中に、一人。

 変な存在感の人が居た。


「……?」


 青いエルフ。

 青い髪、緑の目、白い肌、低い身長、子供みたいな体格。

 黒い魔女帽と魔法のローブ。

 無感情な表情にジト目があって、無愛想な印象がとても強かった。


 周りの大人に聞くと、『魔法戦闘対策の講師』『伝説の魔法使い』『歴史のところどころに名前を表す』『歴代の勇者の何人かも助けられている』『夢追いのアオア』といった説明が次々と出てきたので、ボクはどっひゃーとなった。

 伝説の人らしいが、全然知らない人だった。

 ボクじゃ名前も聞いたことがない人だった。

 やっぱ田舎はダメだね。


「話してみようかな……」


 興味が湧いた。

 なんというか、不思議な印象を持つ彼女に、ボクは興味を引かれたのだ。


 昔見た、山で掘り出されたサファイアの原石みたいな子だと思った。

 研磨してないからまだ綺麗じゃない、岩や汚れに包まれているからただの石のように見えて、でも本当はとても綺麗で、よく見ないと綺麗だと分からない。

 そういうサファイアの原石が、ボクは昔から好きだった。


 野暮ったい服装と無愛想な無表情に覆われてるけど、よく見ると普通に美少女で、でもやっぱりよく見ないと綺麗に見えない。

 そんなアオアに、ボクは興味を引かれたんだ。

 よく見ないと価値が分からないのは、キタも同じだったから。


 街の外に作られた仮設訓練場の端っこの方に、アオアは居た。

 感情が読めない顔で、アオアは僕を見つめてきた。

 何もかも分かっているといった風に、何もかも知っているといった風に、ボクが来るのが分かっていたかのように、アオアはボクを見ていた。


 そして、溜め息を吐いた。


「落胆。まさかのハズレ。偽物だったとは」


 その時。


 ボクは、心臓が止まるかと思った。


 この世でただ一人、ボクの秘密を見抜ける人が、ボクの前に現れた瞬間だった。


「偽物。教会は騙せてもワタシは騙せない」


「───」


「不快。ワタシは本物の勇者を見分けられる。偽物の勇者に用はない」


 そう言って、アオアは落胆した様子で去っていった。


 ボクはその時、焦燥と、恐怖と、不安で胸がいっぱいだったと思う。


 『あいつに言い触らされたらキタが戦いに連れ出される』って、たぶん一万回くらい頭の中で唱えてたと思う。だから、ね。なんで分かったか聞こうとしたんだ。


「返答次第じゃ殺さなきゃ。キタを死地に送るくらいなら、口を封じなきゃ」


 うん、まあ、そうだね。


 ボクは最初、アオアを殺そうとしていた。大変申し訳無いと思っています。


 いやー、だってね、怖かったんだよね、7歳のボクには本当に。


 ボクにとって一番怖いことは、世界が滅びることでもなくて、ボクが死んでしまうことでもなくて、本当の勇者だとバレたキタが、死んでしまうことだったから。

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