第4話 無職の少年、邂逅

 空色の髪が揺れる背に導かれ、次第に前方の騒ぎが分かるようになってきた。


 確かに誰かが揉めているらしい。


 さっき仲裁に向かったはずが、未だ収まってはいない様子。



「ワタシが不在だと、このていたらくか」


「お叱りは後程。今は我々も向かった方が宜しいのでは?」


「そうだな」



 繋がれた手が離される。



「済まない。おっとコホン、御免なさい。危ないかもしれないから、少しここで待って居てくれる?」


「僕なら大丈夫です」



 お姉さんには悪いが、この隙に逃げて――。



「目を離した隙に逃げちゃ駄目よ?」


「……はい、分かりました」



 信用されているのかいないのか。


 にこやかに、でも目だけが笑っていない。


 逃げたら後が大変そうかも。



「一人はこの場で待機。残りは共に来い」


「ハッ」



 あ、やっぱり信用されていないのかも。


 逃走を防ぐようにして、背後に一人が残った。


 こうなっては仕方がない。


 大人しく、お姉さんが戻るのを待つか。


 何とはなしに、様子を窺う。


 騒ぎの原因。


 数人がかりで、一人を取り押さえている。


 妙な既視感を覚える。


 ローブ姿の人物。


 そう、僕と同じような恰好をしている。


 あれってまさか……姉さん?


 目だけでなく、耳にも注意を払う。


 声は?



「――お前たち、何を騒いでいるんだ!」


「ふ、副団長! 巡回、お疲れ様です!」


「既に問いは済ませたぞ」


「ハッ! この者が執拗に塔への侵入を試みておりまして」


「塔へ? 失礼ながら塔へは何用で? 騎士団の者とて、私用での立ち入りは許可されてはおりません」


「随分と狭量な神様なのね」


「……何だと?」


「だ・か・ら! せこいこと言わないで、見学させろって言ってるのよ!」



 あぁ、やっぱり。


 この声は姉さんだ。


 思いがけず合流できた……いやまだできてはいないのか。


 でもどうしよう。


 このままだと、姉さんの方が捕まっちゃいそう。



「おい、いい加減、無礼が過ぎるぞ!」


「乱暴は止めろ。重ねて失礼ながら、そのフードを外して顔をハッキリと確認させていただきたい」


「お断りよ」


「何故です?」


「美人も過ぎれは目に毒ってね。それに、弟君以外の男に見られるのも嫌なの」


「弟……? もしやアナタは――」


「こいつ、調子に乗りやがって!」



 姉さんが地面へと無理矢理に押し付けられてゆく。


 考えるよりも先に、身体が動く。


 駆け出す。


 姉さん姉さん姉さん!


 姉さんはカッコ良くて。


 きっと誰よりも強い。


 でも優しいから、乱暴な真似はしないんだ。


 なら、僕が姉さんを助けないと。



「姉さんから――」



 狙いは一番手前の男。


 その脚。



「離れろぉーーー!」



 全体重を乗せ、ぶつかる。






「何だぁ、このガキ」


「ぐうぅっ」



 腹部に激痛。


 ぶつかる寸前で後ろ蹴りにされた。


 全身が痛みに支配され、何も行動できない。



「何て真似を! 相手は子供だぞ! キサマは騎士の何たるかを理解してないらしいな!」


「え……? 嘘、嘘でしょ? 何で弟君がここに……⁉」


「彼女からも手を離せ! キサマらは揃いも揃って何をしているんだ!」


「え、いや、しかし――」


「離れろ!!!」


「――ッ⁉ 弟君!」



 ギュッと閉じた瞼を僅かに開く。



「付いてきちゃったのね」


「ぐッ、ゴメン、なさい」


「怪我なんてして欲しくない。傷ついて欲しくないから、アタシは――」



 僕は馬鹿だ。


 姉さんを悲しませるなんて。


 でも、どうしても、我慢できなかったんだ。



「随分と騒々しいですが、一体何の騒ぎですか?」


「今更出てきたのか。副団長代理が聞いて呆れるな」


「副団長? もうお戻りで」


「この不始末、キサマにも責任がある」


「はい? 状況もまだ把握していないんですが」


「女性に子供。騎士が力を振るって良い相手では断じてない」


「あー、なるほど。大体状況は理解しましたよ。ですが副団長、女子供とて、時に危険な存在には成り得ます」


「かもしれない、と力を振るうつもりか?」


「ですから、時と場合によっては、ですよ」


「キサマは昔からそうだ。倫理や道徳が欠如している節がある」


「酷い言われようですね」


「キサマは、どうにも勇者に相応しくない」



 ――え?


 今、何と言った?



「好きでなったわけじゃありませんからね」


「人より優れた力を有するからこそだな――」



 ユウシャ……勇者?


 震える身体を無理矢理に動かす。


 薄目で周囲を探る。


 どいつが。


 どこに居る。



「勇者って、本当に本物の……? 何て皮肉。酷い巡り合わせね」



 駄目だよ姉さん。


 勇者は、勇者だけは、僕が。



「物語の勇者はもっとだなぁ」


「またその話ですか? いい加減、聞き飽きましたよ」



 さっきのお姉さん。


 その話している相手。


 アイツが。


 ■い記憶。


 思い出せ。


 あの顔を。


 あのわらい声を。


 あの、あの、あの――。



「勇者ぁぁぁぁぁあああああーーーーー!!!」



 忘れるはずがない。


 忘れられるはずがない。


 痛みなど、もうどうだっていい。


 身体がどうなろうと構いやしない。


 この瞬間のためだけに、生きてきたのだから。


 さぁ、ようやくの終わり。


 報いを受けろ。





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