第3話 無職の少年、聖都

 ぞろぞろと連れ立って歩く。


 ずっとずっと続いている一本道。


 一番奥に見えるのは、恐らくこの町で一番大きな建物。


 お城、なのかな。


 あれ? でもお城ってもう無くなったって聞いたような……。



「武器ならウチが一番安いよー! 大量に買うならウチをご利用ください!」


「ウチのは合金製だ! 丈夫で軽いのが売りだよー!」


「刃物ならウチが――」


「刃こぼれ知らずな鈍器が一番――」



 左右からひっきりになしに声が飛び交う。


 どれも物騒な物ばかり。



「聖都の入り口付近は武器防具のお店が並んでいるの。後は道具屋かしらね。もっと進めば普通のお店があるわ」


「お店だったんですね」


「そうよ。壁ほどじゃないけど、聖都にも騎士が多く居るから」



 後ろで編まれた空色の髪が揺れる。


 手を引かれ、広く長い道を歩いてゆく。


 道には沢山の人。


 道の左右には沢山の家、じゃなくてお店。



「みんなの家は無いんですか?」


「もちろんあるわよ。表通りはお店ばかりだけど、さっきキミが居た裏路地が住宅街になってるわ」


「あんなに暗いところに住んでるんですか?」


「暗いかどうかは日の陰り次第ね。日照を妨げる高さにはしていないもの。日が高くなれば明るくなるはずよ」



 そうなのかな。


 ここみたいに、広い道にすれば明るくなると思うんだけど。



「あ、ほら、ここら辺が道具屋よ」


「さぁさぁ、薄まっていないポーションなら、こちらにございますよ!」


「薬草、毒消し草、毒草、果ては媚薬効果の香草に至るまで。草ならば色々と取り揃えております」


「魔物の素材の換金ならこちらでどうぞ!」


嵩張かさばる道具をきっちり整頓。バッグやポーチなら是非!」



 ここもやっぱりうるさい。


 故郷とは大違いだ。



「変な草を扱ってる店があるな。おい、店をあらためろ」


「ハッ!」



 また変な口調になった。


 何で女の人なのに、男の人みたいに喋るんだろう?



「表通りでこうも堂々と……巡回の質も問題かしらね」


「また捕まえるんですか?」


「え? そうね、人体に有害な物を売っているのは問題だもの」



 鎧兜を着た男の人が駆け寄り、お店のおじさんを問い詰めている。


 並んでいるのは、色んな草みたいだけど。


 そう言えば、さっきよく分からない言葉があったかも。



「びやく、ってなんですか?」


「キミは知らなくてもいい言葉なのは確かね」



 笑顔を向けられているけど、妙な迫力がある。


 教えてはくれないみたい。






 さっきの店のおじさんは、やっぱり捕まった。


 危険な草を売ってたみたい。



「そうそう、やっと思い出したわ」



 また道を歩きながら、お姉さんが不意に声を上げた。



「銀髪を見て女の子って勘違いしたのは、きっとアレの所為だったんだわ」



 独り言なのか、それとも僕に話し掛けているのか。


 よく分からないままに続けられる。



「何度も読み返した本にね、銀髪の女の人が登場するのよ」



 故郷でも、そしてこの町でも、銀髪は見かけない。


 姉さんもよくキレイだって褒めてくれる。



「かつて魔王を倒した勇者様の冒険だけじゃなく、その後の日常なんかも書いてある奇妙な本でね、その奥様が――」



 ユウシャ。


 勇者。


 目的の人物。


 ドクン。


 鼓動が一際大きく脈打つ。


 続けてブルッと全身を震えが走る。



「言い伝えられている話とは結構違ってて、でもワタシはその本の方が――」



 話はまだ続いている。


 でも、もう耳には入って来ない。


 どこに居る。


 いや、どこに居ようと、見つけてやる。


 必ず。


 絶対に。


 どれほど善行を重ねていようとも。


 どれほど人から慕われていようとも。


 僕は、僕だけは、本性を知っている。



「キミは勇者様の物語って知ってるのかな? 勇者様って好き?」


「嫌いです」


「え」



 妙にハッキリと聞こえてきた言葉に、反射的に答える。



「勇者は正義の味方なんかじゃない。アレはただ危険な存在です」


「勇者様を嫌いって言う子には初めて会ったわ。でもそうね、融通は利かないし、粗暴なところもあるかもしれないわね」



 何か、おかしい感じがした。


 本当に物語とやらの中の話なのかな?



「お姉さんって、もしかして」


「何かしら? あ、もう直ぐ着いちゃうわね」



 着くってどこへ?


 視線をお姉さんから正面へと向ける。


 遠くからも見えていた大きな建物が、随分と間近まで迫っていた。


 でも、何だか変な形をしている。



「これがお城なんですか?」


「お城? いいえ違うわ。これは塔よ」


「とう?」



 とうって何だっけ?


 確か誰かに聞いた気がする。


 あれは誰から聞いたんだったかな。



「まだ土台部分だけみたい。いつかは、あの世界樹よりも高くするって話だけど、どうなのかしら」


「世界樹って、とっても大きいですよね?」


「そうね。雲の上まであるのだから、きっと完成しないと思うわ」


「副団長。そのお話は控えられた方が」


「コホン。ともかくあの塔こそが教会の象徴にして聖都の、いえ、人族の導き手たる教皇様のおわす場所よ」



 教会。


 人族の多くは、神様を信仰してるんだったけ。


 そして魔物や魔族だけじゃなく、世界樹や精霊も敵視しているとか。


 何だか、気持ちが悪い。


 あの建物は人族の想念の塊のようで。


 世界樹すら超越して、人族が世界を統べようとしているみたい。



「あら? 何だか騒がしいわね」


「塔の正面。騎士と何者かが口論している様子に見受けられますが」


「ワタシが不在だとこのざまか。副団長代理は何をしている」


「あの場には見当たりませんね」


「二人先行して仲裁に当たれ」


「「ハッ!」」



 また口調が変わった。


 付いて来てる男の人たちは変に思わないのかな。


 それにしても、騒ぎって何のことだろう。


 僕には何も聞こえないし、見えてもいないんだけど。



「塔の手前側にワタシたちが滞在している教会があるから、そこで一旦休憩しましょうか。お姉さん探しは、その後に改めて付き合ってあげるわ」


「あ、いえ、どうかお構いなく」


「キミって妙に言葉づかいが丁寧よね。あ、別に変な意味じゃなくてね? とても良いことだと思うわ」



 何故だか褒められた。


 でも解放しては貰えそうにない。


 姉さんは見つからず仕舞いだし、どうしよう。





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