EP:09 相互理解

白い部屋はそこにいる人の心を癒すためかそれぞれのベッドの横に置かれているサイドテーブルの上にはそれぞれが鮮やかな色を誇らしく咲かしている花が飾れていた。エリクサーの拠点、深き雪の森林の奥にある城塞こそが戦士である彼らの帰るべき家であり、慣れ親しんだ第二の故郷でもあった。

そして、この部屋はその戦士たちが戦場から持ち帰った傷を治すための医療部屋だった。ベッドの上に横たわる少年は頭をはじめに体のあちこちに包帯をぐるぐる巻きにされ、絆創膏やガーゼをありとあらゆるところに貼られていた。


さて、俺が何故医務室にいるかを説明しよう。

俺は自分の上司であり、所属する部隊のリーダーであるテミスと模擬戦を行った。最初こそ、互いの剣術を競うようにして戦っていたがその差を埋めようと俺はスペルとストレングの「青竜」、「黄竜」、「赤竜」を使いテミスの優位に立とうとした。

「青竜」による身体能力強化でテミスの逸脱した速度に追いつき、「黄竜」の武器性質変化で鋭さをさらに特化させ、「赤竜」で片腕を鉤爪に変え、テミスの剣戟を防ぐ。一撃離脱の戦い方を取ろうとしたものの、結局はテミスのスペル、戦技である「時雨」の飽和攻撃とあの結晶の剣の二刀流の緩まない高速の連続攻撃の前に俺は敗れた。

互いに白熱しすぎたこの戦いは俺が軽くはない怪我を負っても、テミスが人の声が聞こえないほどに集中してしまっても戦いを止めようとせず、結果としてガードやセミター、観戦していたエリクサーの剣士たちが全力で止めることになったと言う。

ついでに俺は深い集中に入りすぎて俺も止めれなかった。


「全く貴方は!!模擬戦だって言うのにこんなボロボロになって!セミターさんもですよ、どちらも擦り傷や大きくない傷だからって継戦させるなんて…」


そうお見舞いに来てくれた青年、セミターに怒鳴るのは俺の治療経過を見に来ていたヒアだ。

どうやら俺の負った傷の幾つかはそれなりに深く骨が切られているのもあったらしい。それさえなければ、ここまで長く医務室には居ない。


「しかし、あそこまで白熱した試合を止めるのはなかなかに難しい、それに惜しい。あれを見た大勢の構成員はまた新しいインスピレーションを得たんだ。お前だって見入ってしまったろ?」

「確かに見入ってしまっていました。ですが!それとこれとは別です。貴方は模擬戦の審判役だったんです。実剣を扱う模擬戦では寸止めがルールです。深い傷を両者共に負わないようにしないといけないのに…今回のは中傷です。致命傷ことありませんでしたが、一週間は安静ですよ?いいですね!」

声を平時よりわずかに荒げながら部屋の換気をテキパキと行っているヒアにまたもや注意を受けてしまったがきちんと改善しなければ、呆れられるかもしれない。以後はあまり怪我をしないように注意しよう。怪我をしても、なるべく自分で応急処置をして放置することを無くそうとまた新たに心に決めながら世間話に移った二人の会話を他所にサイドテーブルに置かれた絵本を手に取る。

怪我の処置が終わった後にセリティアが医務室に来て、

「え、えっと…これ、医務室にいる時、暇だと思うから、よんでね」

と言われた絵本だ。ずっと読まれ込んでいるのか僅かにだが角が潰れて、何度も捲った後がついていた。

俺はその絵本を読みながらいつ頃からここの仕事を受けれるのだろうかとぼんやりと思っていた。



現在地:エリクサー本拠地WD隊宿舎


「それで、お前から見てあいつ、エッジはどうだ?」


先ほどの模擬戦の記録映像に情報の上乗せや勝負前のやり取りや後の止めるための騒動の部分をカットするなど映像の編集をしていたガードは忙しくなく動かしてきたマウスとキーボードから手を離し、模擬戦の報告書を書いていたテミスの方に視線を向ける。

コードネーム、ヒュージエッジ。テミスが連れてきた新人は一言で言い表せば予想以上だった。


「そうだな。良いんじゃないか?今までの切り込み役はテミスだったけどあれほどなら任せても平気だな、なんなら全体のサポート役をあいつに任せても構わない」


映像を見返せばこそわかるがエッジには技術といった面があまりない。いい言い方をすれば野生みあふれる戦い方で悪い言い方をすれば脳筋だ。どちらにせよ、技術面を磨けばテミスに追い越しはできないだろうが劣らないほどの力を身につけることだろう。


「ガード、コーヒーを淹れてくれ」

「はいはい。そっちの仕事はなんだ?」

「訓練のシフト表だ。教官役ができるやつが足りない」

「また俺が入ろうか?」

「ダメだ。来週には任務がある。エッジの相手をしてやってくれるか?あいつには多少、私たちの部隊の特徴を把握させたい。詳しいだろう?」

「勿論」


テミスとガードの付き合いは長く、エリクサーの最初期の構成員であったテミスとほぼ同時期から彼も所属していた。そのためか互いにやりとりはテキパキとしており、その様子をからかって夫婦なんかと呼ばれるが互いに一切の恋愛感情などはなかった。あくまで友人、戦友としての信頼だった。


コーヒーミルが騒々しい音を立てながらギェレス産のコーヒー豆を挽いた。ガードはコーヒーを趣味や好みとして嗜むがテミスから見ればただのカフェインを摂取するための苦い液体に変わりがない。彼女に手間をかけて、取り寄せた貴重なコーヒーを淹れてやるのを躊躇ったことはないが、少しくらい感想が欲しいと思ったことはあった。


「ほら。アインゼリアのギェレス産のコーヒーだ。口に合うといいが」

「…私がコーヒーが好きではないことを聞いてそう言っているのか?」

「一様聞いただけだ。特段期待してない。感想が欲しいなら、アシャートに飲ませるさ」

「………美味い…んだろうな」

「やっぱり口に合わないか」


テミスはその外見や声色、必要以上に会話をしないーー必要ならそれなりに喋るがーーをしないせいかクールな印象を受けることがあるようだが、その実、彼女の内面は随分と女子らしい。甘いものが好きなところ、実はお洒落が好きなところ。ふむ、こう思うと随分とテミスのことを知っているな。

そう思いながらガードは話の話題を元に戻す。


「エッジの訓練についてだが、とりあえず剣術関連はお前に任せていいな?スペル、ストレングは俺の方が担当しよう」

「構わない。来週からの任務はあいつも連れて行くから出来る限り、基礎は叩き込んでやってくれ」

「了解した。アシャートとセリティアにも手伝ってもらうが…ヒアが一週間は安静にしろと言っていたな。あいつに仕事を押し付けられるか?」

「………はぁ、やりすぎたな。どう考えても」


模擬戦での白熱ぶりを思い出したのか、それに付きまとう面倒ごと、特に血の気の荒い奴らはエッジとの模擬戦をやらせろとWD隊の宿舎に乗り込んでくるわ、アラネアやブレイニー、派手にはベイカーにすらも注意を受けたようだ。最近は注意を受けないようにと気を付けていたようだが…相変わらずアラネアの前では信用しているのかクールな面が欠けるのが面白い。

扉をがチャリと開ける音にコーヒーを飲みながら書類を読んでいたテミスも自分用のコーヒーを淹れようとしていたガードも扉を開けて入ってきたであろう来訪者に視線を送る。


「全治一週間と言われたが暇で抜け出してきた」


清々しい笑みを浮かべながら彼は空いているキャスター付きの椅子に座れば、ギブス付きの腕を机の上に乗せ、背もたれに寄りかかる。


「おいおい、ヒアにまた怒られるぜ?体は平気なのか?」

「あぁ。傷はもう平気だ。痛みもない。ここの治療技術はすごいな」

「…いや、ここの治療技術は至って平凡で街の医療機関と変わらない。早く治ったのはお前の体質だろう」

「へえ。それはいい体質だな。喜ばしいぜ」


旅の不健康な生活をしていれば傷の治りは質然的に遅くなるし、化膿したらさらに治るのは遅くなる。病だって同じだろう。健康的な生活や満足な食事、そして適切な処置が行われれば、傷や病など基本的には治る。

彼は宿舎に置かれた大きめの五人用ソファーに座るとまだ解けていない雪景色をぼんやりと眺めていたがすぐに立ち上がり、彼は宿舎に置かれているものを物色し始める。

テミスが書類を確認する紙擦れの音とガードがもう一度、コーヒーを淹れる音、そしてエッジがなんだなんだと置かれているオモチャや機材、本や雑誌を拾っては確認し、元に戻すを繰り返していた。


「エッジ、コーヒーを飲むか?席に大人しく座ればコーヒーを恵んでやろう」

「頂くよ。ところでこの雑誌はガードのか?」

「ん、ああ、筋トレの雑誌か。まあ、いつもの訓練で満足できない日はそれをやるな。暇つぶしだけどな」

「暇つぶしで筋トレをするなら、訓練の時間を増やしたらどうだ?」

「勘弁してくれ!ただでさえ書類作りやら、後輩の鍛錬に付き合ったりで忙しいんだ。自己鍛錬の時間さえとりにくいのに」


もう一度ソファーに座り直したエッジの前にことりと音を立てながらコーヒーが淹れられたマグカップが置かれた。焦げた黒色の液体は人が飲むものであるのだが最初にこれを飲んだものはどんな思いを抱いたのだろうかと改めて思った。

以前飲んだ時と同じようにマグカップを持ち、恐る恐る口をつけて黒い液体を啜る。濃い苦みの後にわずかな酸味が広がる。慣れないそれに思わず顔を顰めてしまうが飲み込んでみれば思いの外、すっきりとした後味が残った。苦手ではないし、飲めなくはない。が、好き好む味や香りではなかった。何よりも苦いのだ、思わず顔を顰めるほどに。


「…以前も飲んだが、苦いな」

「テミス、良かったな。同類だぞ。コーヒー苦手の」

「特に嬉しくもないな。エッジ。動けるのならセリティアやアシャートにあってこい。来週にはお前の初任務だ。それまでにこの隊のメンバーの特徴を軽くだけでも抑えておけ」

「わかった、行ってくる」


飛び出すように部屋を出ていった彼に部屋に残っている二人は一瞬呆気に取られ、片方はため息をついた後に書類に向き直る。もう一人は彼に差し出したコーヒーが入ったカップを見てみるが液体は三割近く残っていた。

騒々しく、落ち着きがなく、それでいて長いものが苦手。まるで子供みたいだと思いながら自分の好みに合っているが少し冷めたコーヒーを男は飲んだ。




勢いよく飛び出したものの、俺はこのエリクサーの城と城下町、そして近くの村の地理を全く知らない。銀世界は晴れており、暖かな陽射しが差し込んでいるのにも関わらずに雪は解けず、その陽射しを反射していた。眩しいほどの外の景色から目を離す。

さて、何処に向かおうかと悩みながら廊下を歩いていけば、通りすがった剣士が初めましてと挨拶を軽くしてくる。どうやら、あの模擬戦で何故かちょっとした有名人になってしまった。


俺が会わないといけない人物はふわふわとした印象を抱く少女、セリティアとしっかりしながらも知的な雰囲気の女性、アシャートだ。

ついでにヒアには見つからないようにしなければいけない。見つかったら医務室に連行されるからだ。


何処かに地図でもないだろうかと思いながら廊下を曲がろうとしたその時、自分よりだいぶ背の低い何かと俺は衝突した。そして、勢いよく倒れたのは俺の方だった。


「ぐはっ?!」


後ろに二回、勢いよく転がり、仰向けに地面に倒れ込む。突然の出来事に頭が真っ白になったがすぐに起き上がり、ぶつかった相手の正体を探ろうと相手の方を見れば、予想外の存在がいた事に驚き、呆気ない声が出た。


「……え?」


鋼鉄のボディにカメラアイが二つ、タイヤが四つのロボット。しかも、犬を用いて作られたそのロボットは妙に細かいところまで実際の生き物である犬に似せて作られていた。足はタイヤだが、体は鋼鉄でペイントもされていないが耳はしっかり犬のそれで、尻尾もそうだ。

何故こんな存在が廊下を疾走していたのだろうかと思っていればそのロボットを追いかけるようにして少年が走ってきた。


「やあ!君大丈夫かい?いやぁ、ごめんねうちのワン太郎が」

「わ、ワン太郎?」

「そう、この子の名前!救助用犬型ロボット。名付けてワン太郎!様々なワンダフルな機能を搭載した最新型救助ロボットだよ!このタイヤの足だっけ場合によっては四足歩行にだって切り替え可能!それにね…」


奇妙なネーミングセンスのロボットは主人が追いついた事に喜んだのか意気揚々とロボットの事について話す少年の足元をくるくると周りだし、少年は未だそのロボットの素晴らしさを語り続けている。

呆気に取られながらも立ち上がれば、流石にこのまま話し続けるのはまずいと思ったのが彼は申し訳なさそうにロボットの頭に手を置きながら謝罪する。


「いやあ、すまない。少し興奮してしまった。僕の名前はギア。エリクサー技術部の責任者だよ。君がテミスの言っていたエッジだね?初めまして、そしてようこそ、我らが同胞よ」


顔の半分が機械部品でできている事、そして近未来的なデザインの制服と方にある歯車のマークから彼が技術部なる所の人物であることは視覚的にも理解できた。

だが、予想外だったのは彼の振る舞いだ。

勢いよく自慢げに好きなものを語る仕草こそ幼い子供のように感じはしたが、彼は片足を下げ、麗しいような気取った礼をしてからこちらに手を差し出す。


「あ、ああ。初めまして。ギア…さん?」

「まあまあ。上司ではあるけど気軽に接してよ。誰かお探しかな?心理的な観点から君の表情を観察すれば、誰かを探しているのだろう?」

「おお…よくわかったな…セリティアって子とアシャートさんを探しているんだ彼女たちがどんな人なのか知ってこいって、テミスが」


ギアと名乗った少年はうんうんと頷き、そして犬型ロボットの背中を軽く叩けば、壁にエリクサーの城塞の地図映像を照射する。


「セリティアちゃんはたぶん、ユニットの調節をしているはずだから第二工房に行ってごらん」


今いるのはここと最初に指差したところから、道筋をたどりながら第二工房と彼が言った場所までの経路を教えてくれる。


「アシャートさんは多分だけど、オルダーさんの戦術指南の授業を手伝っているはずだから図書館の隣にある第三会議室に行ってみて。多分そこで指南の授業が行われているはずだからさ!」


第二工房なる場所を指差していた少年はそのまま経路を辿り、階段を一度登り直して図書館があると言う東側の廊下を辿り、第三会議室を新たに指差す。


「丁寧にありがとう。助かったよ」

「いやいや、ここの建物は動線こそしっかりしているもののそれらを把握しないとよく道に迷いやすいからね!なんてことないよ」


礼を伝えれば、ギアは胸を張る。それに合わせて映像の照射を辞めた犬型のロボットは一声、ガウっと中々に似た吠え声を上げる。立ったことで気がついたがギアの身長は低かった。セリティアと同じ、おそらく140はあるのだろう。


「ああ、それと。複雑なユニットや変形武器が欲しければ僕の工房においで。君の望む武器を作ろう。もちろん、ちゃんとお仕事をこなした後ならね〜!」

「わかった。ありがとうギアさん」

「はいは〜い」


変形武器、確かに使っている人を見たことがある。確かポラレリアの精鋭部隊がそういった武器を使っていた気がする。

変形武器はその名の通り、本人のアーツやストレングに反応して形や性質を変える武器のことだ。見た目が変わり、大幅に用途や性能が変わるものから見た目は変わらずに性能だけが変わるものもある。優秀な現代兵器だが、メンテナンス面の問題性や制作コストによってあまり見掛けられない貴重な兵器でもある。


幼き技術顧問の彼から伝えられた道順に進んでいけば、第二工房と言われるところに到着する。

工房からは他のところよりも暖かい空気が流れ出ており、それが何かしらの機械の熱であろうと推察できた。

一応ノックすれど、返事は来なかった。


「失礼しまーす」


声を上げながら、工房の少し大きい扉を押し開くと…


ドカンっ!!


爆発音と共に何かがこちらに吹き飛んできて、俺は意識をまた軽く失う事になった。

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善と悪のクインデット 白嶺雅のニア図書館 @niarekito

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