EP:08 模擬戦
空に浮かぶ太陽、雲が長閑に漂い、冷たい北風が静かに吹く。暖かい服を着て、カゴに入れたサンドイッチとジャスミンティーを持って、小高い丘を登る。そして、シートを引いたのなら、一息ついて、サンドイッチを頬張り、ジャスミンティーで食事を喉を潤わす。
そんなピクニック日和のいい天気だろう。
こんな呑気な事を考えていていい状態ではないのだが。
広々とした訓練場に対峙するように立つ二人の人影。
片方は艶のある長髪をポニーテールに結び直しており、もう一人は与えられた長剣を見つめて品定めしていた。
周囲にはエリクサーきっての戦闘力を誇るテミスの戦闘を一目見ようと、または衝突に現れた新人の実力を見計らうために、はたまた無様に負ける新人を嘲りにきたのか大勢の観客が集まっていた。
エッジ「…何故こうなった?」
俺は思わずそう呟いた。
数時間前……
模擬戦をする流れに逆らえず、俺はテミスに連れて行かれ、武器庫と呼ばれるところに向かった。武器庫は地下室であり、片手剣、両手剣、蒸気甲冑、魔導甲冑、魔術火器、銃火器、この時代に通用するありとあらゆる武器や防具が所狭しとラックに並べられていた。
白い電灯の光に鈍い光を反射するそれらは素人目に見ても、どれも上質な武器であることがわかる。
テミス「手前が実剣、奥のがユニット適性のあるもの、右のレーンのは銃火器、左のレーンは汎用的なもの…まあ、好きに選んでいい。並べ順なんか適当だ」
エッジ「そう言われてもな…」
戦闘経験は旅の途中に僅かにある程度だし、武器はその時にあったものを適当に使う感じだったため、練度などは低いどころかない。
一つ、目に入った武器は片刃の剣だった。エドワード王国やレフランでよく見られる直剣の形をしていたが刃が付いているのは片側だけだ。白い刀身のそれには無駄な装飾など一切ない柄に僅かな模様を入れられているぐらいだった。何処となく、東洋国のカタナに似た雰囲気も感じる。
エッジ「なあ、テミス。この剣って丈夫か?」
テミス「丈夫…そうだな。直剣よりは脆いかもしれないが…扱えれば強力な武器だな。最も、どの武器も扱えれば強力なことに変わりはないがな」
耐久性に優れた物が好ましかったがこれを一目で気に入ってしまった。片手剣よりも全長は大きく、それであって大剣よりは小柄、その中間に位置するような剣なのだろうか。
ラックから外し、備え付けられている鞘に収めてから装着する。それなりの重さだ。
テミス「…さて、選んだのならついてこい」
エッジ「あぁ…テミスの武器はその腰のなのか?」
俺がそう聞けば、テミスは振り返りながら腰の剣に触れる。彼女は剣の刀身を鞘から僅かに抜くと、青い金属の刀身が光を反射しているのが見えた。スカルリカプカーとの戦いの時、彼女が持っていた結晶のような剣ではなかった。
テミス「…ああ。そうだな。ワンハンドソードだ。銘はサフィリファイス"一様、オーダーメイドだな」
エッジ「オーダーメイドか…いいな。武器庫を見て思ったが、全部エリクサーの刻印があったがここで作られたのか?」
鞘にこそ、刻印はされていないものの刀身や目立たぬところに小さい小瓶が傾いているマークが記されていた。エリクサーという名前だが、旅の途中で人から聞いたことがある逸話や伝承の中に出てくる万病を治す自然の恵み、エリクサーという薬から取られているのだろう。
テミス「そうだ。社会の病巣を取り除くというのが主目的だが、そのための経営費として武器の販売をしている。相手は基本的に国家軍隊や自衛団に対してだな。エリクサー工房なんて言われたりもする」
エッジ「成程。表では武器工房、裏では粛清組織…ってわけだな」
テミス「粛清組織、それとは違うだろうな。偽善組織といった方が適切だ」
エッジ「確かにそうかもしれないな。先日加わったばかりの俺が言うのもおかしいかもしれないが…」
テミス「観察眼には優れているのかもしれないな、お前は」
意外な返答が返ってきた。エリクサーが掲げる『社会の毒となるであろう者を始末する』という目的、それはあまりにも抽象的であり、独善的だと思っていた。それを盲信的に信じているのかとも思っていたがどうやら、少なくとも彼女は行っていることが偽善であることを理解しているようだった。
社会を良くするという殻を被って、各々の信念や理想が混沌とする組織、それがこの組織の一片かもしれない。
これは俺の考え方だが、偽善は悪ではない。偽善によって齎された結果が他者に与える救いであれば、それは偽善から正義や善に昇華される。だが、その結果が結局、誰も救わないものであったなら、それは正義ではなく、独りよがりで、自己満足の偽善となる。
テミス「…ふむ、考えれば考えるほど、お前がなぜエリクサーに加わりたいのかがわからなくなってくるな。
最初はエリクサーの信念や正義に同調して加わったのかと思えば、私がそれを否定すると貴様はその案を肯定するのだから、不思議でしょうがない。どう言う真意があって、ここに加わったんだ?」
エッジ「………ただ、群れに加わりたいだけだったかもな」
止むことのない雨、マフラーを揺らす暴風、鳴り響く雷鳴、嵐の中で倒れ伏した幼い子供達を助けるには俺は弱かった。
一人、一人と減って、孤独の旅路になった後でも道が偶然同じだったからと共に歩む旅人や傭兵との道のりは楽しかった。だから、俺はまた誰かの隣に立ちたかったかもしれない。
現在……
テミス「準備はいいか?実剣での模擬戦だ。一騎打ちで互いに寸止め。それ以外に特にルールはない。モラルには反するなよ」
エッジ「わかっているさ。全力で挑む」
テミス「……いい心がけだ」
セミターが見届け人となり、開始の宣言をするといっていた。会場のボルテージは右肩上がりでさながら、闘牛同士の決闘を見ようとするインドマーレの民衆の騒がしさと騎士決闘によって己の力を示すエドワード王国の貴族達の緊迫感に似たようなものを感じる。
後者に関しては実際の経験はないのだが。
剣士「どっちが勝つと思う?やっぱテミスさんかな?」
射撃手「んー、そりゃそうだろ。あの人、訓練でもずっと平然としてるし、全力は誰もわからないって話だぞ」
先鋒兵「いや、意外と新入りが頑張るかもしれないぞ。アラネアさんに面会したって噂もあるんだぜ」
炎術師「私はテミスさんが勝つのに250賭ける」
工兵「じゃあ、アタシは新入りに300だ。勝てたなら大儲けだな!」
賭け事を始める人たち、面白いものが見られるかと期待しているもの、何か技術を盗めないかと真面目に観戦するもの。時折、エリクサーで行われるこういった実力者同士の対決は一種の娯楽として、教育として、様々な面で加盟する戦士達に影響を与えていた。彼らは一度、戦場に出るか、粛清任務に就くかなど、それぞれが命を秤に乗せたことがあるもの達ばかりだ。だからこそ、抜け目がない。
楽しもうと思ったものは全力で楽しむし、何か学べないかと思ったものは瞬きすら忘れて見る。
傭兵たちの思考にも似た習慣が広く伝わっていた。
セミター「実剣での模擬戦のため、非常時に備えて医者と医務室を用意してある。だが、互いに寸止めで止めるように気にかけろ。何方が降参したらその場で終了だ」
会場の賑やかさが戸惑いの反応に変わる。模擬戦は頻繁に行われるが、それは演習用の剣で行う。実剣での模擬戦は流石に珍しかった。
ヒア「ヒーリングスペル、医療箱と薬の準備完了しました」
セミター「あぁ、ありがとう。ガード、観客を擬似戦場か少し離れさせろ」
ガード「あいよ。ほれ、お前ら離れろー」
剣士「離れろ離れろ。巻き込まれて頭が跳ねるぞー?」
セミター「…よし、テミス準備は?」
彼がそう聞く頃にはテミスは腰から剣を抜いており、それを軽く振るう。空気を裂く音を小さく立てたが、彼女は身構えず、自然体を維持していた。心臓部に手を当て、吸った息をゆっくり吐く。雑念を取り払い、目の前の相手に集中する。どれほどの実力者か、それを見計らうための模擬戦ではあるが剣を振るう上で彼女の、アラネアの言葉を忘れる訳にはいけない。
テミス「ああ、できている。始めよう」
手元で軽量な剣を回し、剣先を緊張した面持ちをしている青年に向ける。
セミター「よし。エッジ。いけるな?」
全く、こんな見せ物ののような舞台で戦うのは初めてなせいで振る舞えば良いのかわからない。しかし、対峙する相手を確認すれば、至って自然体だった。
武器庫から持ち出した制式刀は普通の刀よりも若干、大きい。言うならば、制式太刀と言ったところだろうか。
鞘から現れたその刀身は鋭利に研ぎ澄まされ、一切の曇はない。持つ手が次第に熱を帯びるのは、刀が初めての初陣に喜んでいるようにも感じる。
鞘に添えていた手を離し、片足を後ろに下げつつ、体の重心を低く、そしてすぐにでもかけ出せるように姿勢を前に移す。
エッジ「ああ、やろうか」
ゆっくりと視界が暗くなっていく、雑音が聞こえなくなっていく。いつもこうだった。戦うとなれば、血を流すとなれば、体がそれに慣れているかのように無意識に戦闘態勢へと変わっていく。
セミター「では、開始!」
彼がそう、模擬戦の開始を告げる声を高らかに上げれば、対峙していた二人の剣士の姿は消えた。
すれ違いざまに振り上げられた太刀が少女を切り上げようとする。しかし、細い剣はその力を受け流し、そのまますれ違う。二人は剣を切り上げた姿勢、片方は剣を振り下ろした姿勢を自然体に戻してから、振り返る。
奇石術による身体強化なのかエッジの関節部には結晶が現れ、鎧のようになっていた。彼が扱う『青竜』という技は奇石術こストレングに分類されるだろう。
これはどの地域でもそうなのだが、戦場に出るもの達はそれぞれが細かく分けられる。
剣だけを扱うものは剣士、剣とスペルを扱う剣士の中でもアーツに優れたものを魔剣士、ストレングに優れたものを頑強剣士と呼ぶ。
スペル全般を適度に扱えるエッジは術剣士だが、テミスは剣士として分類される。彼女もスペル、その中でもアーツが得意な魔剣士ではあるのだが、剣術のレベルが余りにも高いこととアーツの制御にも剣術が影響を与えている。彼女の戦闘スタイルの元は全て剣術派生だからこそ、剣士として分類されていた。
視点:テミス。 現在地:エリクサー拠点、訓練場。
ゆっくりと振り向いた相手、エッジの体には奇石とは似ても似つかない透明感が強いクリスタルがその身に纏っていた。扱う片手剣を手元で一回転させてから、水平に構えるのと同時に前に一歩、踏み出そうとする。だが、それよりもはやく太刀を振り翳し、距離を詰めてきたエッジは袈裟斬りを仕掛けてくる。大振りで隙がありながらもあの結晶による強化能力か速度は私から見ても速かった。一歩、後ろに下がりつつ、剣を相手の太刀に合わせるように剣先の角度を下げ、相手が振り下ろすのと同時に前に視線を下げつつ、飛び出す。
テミス「!!
エッジ「?」
テミス「硬いな、お前」
相手の剣をすれ違いながら受け流し、ガラ空きの脇腹を切り抜けるが結晶を切りつけたのか、硬い物を切った感触だけが手に残った。また背中合わせになったが、お互いその場で反転し、向かい合う。エッジが水平に切り払うそれを、一歩後ろに下がりながら、それをまたもいなす。いなした返しで切り上げるが流石に防がれる。
エッジ「っ…!!」
斬り合いでは敵わないと思ったのか距離を空けようとするが下がるのならば、追い立てる。切り掛かるが太刀で受け止められる。すぐに一歩下がるがその時にはもうエッジとこちらの距離は開けてしまった。
エッジ「『黄竜』」
太刀が結晶に包まれ、それが霧散する。名刀の輝きを未だ放ちながら剣はさらに長く細く、そして鋭くなる。
元の反りがない刀のような制式太刀から反りがあり、細くなったことから鋭利なイメージがさらに際立った。
テミス「機動戦か?良いだろう」
エッジ「…はぁっ!」
テミス「…!」
互いに同時に地面を蹴り、エッジが切り下せば、テミスはそれを避けるか受け流し、反撃に切り付ける。それをエッジはなんとか受け止めるか結晶の鎧が傷つく。
足を止めず、動き続けながら互いに致命傷を狙う。
太刀が空を切るたびに訓練場に鋭い風が吹き、剣と太刀がぶつかり合えば衝撃と激音が響く。
工兵「ひゃぁー…なにこれすご…」
剣士「速いな…テミスさんは突然だけど新入りの方も結構速い…」
先鋒兵「んー…だけど、テミスさんが…押してる?」
射撃手「いや、どっちが押してるとかわからないな」
荒れる暴風雨かのように、互いに激しく剣を振るうがエッジの剣戟は空を切るか、相手に受け流されるばかりでそれが相手を捉えることはない。逆に、テミスの剣は太刀に防がれることはあるが確実に相手を捉え、軽いものの切り傷を与えている。
ヒア「…押されてますね、エッジさん。テミスさん相手なら仕方ないのでしょうか」
セミター「そうだな。臂力では上回っていても剣術の腕前で劣っているせいでそれが意味をなさない。速度でも互角だからそれで喰らいつくこともできない」
仮にでもあるが医療従事者であるヒアは自衛程度の戦闘技術しか学んでおらず、この高速戦闘をついていくことができず、理解できていないようだ。セミターも接近戦ではなく中距離のスペル戦を得意としてはいるが、洞察力に優れているため、この戦闘を観察することができた。彼が持論をヒアに述べていると、先ほどまで野次馬のように観戦の声を上げていたガードがヒアの肩を腕を回す。
ヒア「うわっ」
ガード「そうでもないぜ、セミター。エッジの方はストレングを使ってはいるが二人ともアーツを使っていない。テミスは確かに剣術や身体能力じゃ秀でてるけどアーツが得意ってわけじゃない。
エッジのアーツ能力次第ではテミスに噛み付くくらいできるぜ」
長いことテミスと共に前線に居続けてきたガードは別部隊のセミターよりはテミスに対して理解しており、ヒアよりも戦術に対する造形が深い。だからこそ、彼はこの先の展開を予想できていた。
怪訝そうな顔をして反論しようとセミターが口を開こうとした瞬間、一斉に歓声が上がる。
エッジが放った早く力強い剣戟をテミスはすれすれで避けるが掠った二の腕に切り傷が刻まれる。だが、テミスの剣に抑され、太刀は地面に突き刺さり、それを彼女は踏みつける。流れるように首を狙った刺突が素早く放たれる。が、
エッジ「!危ない…」
『赤竜』、結晶がエッジの手を包み込み、獣の鉤爪のような形状へと変わり、強固な武器へと変わる。己の喉に突きつけられてそうになっていたその剣を彼は握り、防ぐ。
テミス「面倒だ。全力でこい」
エッジ「望むところ…!」
同時に二つの影は離れ、片方は大量の剣を、もう片方は己を中心に結晶の嵐を作り出し、次の瞬間には誰もが瞬きを忘れるほど、美しく、それでいて苛烈すぎる戦いが巻き起こされた。
燃えるように苛烈に、どんなナイフよりも鋭く、弾丸よりも素早く。二つの剣は混じり合い、弾かれ合う。
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