EP:04 新人

さて、まずこの状態になった経緯を教えよう。


テミスからエリクサーに加盟することができると伝えられ、人事部から発行された証明書代わりのカードキーに己のコードネームとなるhuge edgeを書き記してから、テミスの部隊、つまり、俺が所属することになったホワイトディーラー隊の宿舎に向かったのだ。

そして、新人歓迎ということでパーティー的なことが起こった。俺はそういったことに初めてだったせいで少し気疲れを起こしてしまった。

パーティーがお開きになったあとテミスから「あいつらが、騒ぎたかったから、それの口実に使われたな」と、笑われてしまった。まあ、彼らとも多少交流できたので悪くはなかった。

そのあと、パーティーの主犯格である大柄の男に連れられて温泉なる所に連れて行かれた。温泉は素晴らしかった。広く、ゆったりとお湯に浸かれた。

そして、そこで問題が起きた。


後から温泉に来た同部隊の医者が俺の古傷を見つけてしまったらしい。俺的には痛みももうないので放置していたのだが、どうやら、だいぶ酷い状態だったらしく、医者の彼女から見れば問題だらけなのだろう。

ついでに、男の方、名前はガードなのだが彼は俺の傷を見て「おお、お前猛者みたいだなぁ!」といった感想だけだった。


そして、温泉から引き摺り出された俺は宿舎に連れ戻されて、傷の手当てをされた、そして、説教されている。


ヒア「良いですか!?もう絶対に傷を放置しないこと!化膿したり、感染症に罹ったら、幾らスペル治療と医術治療をした所で完治しないかもしれないんですからね!!最悪、体を切断する必要があるんですからね!わかりましたか?!」


怖い。可愛らしい顔つきをしていて、声だって聞き心地が良いはずなのに何故ここまで怖いのだろうか。おそらく、彼女のその圧のせいだろう。下手な犯罪者よりも怖い。


ガード「ま、良いじゃねーか。新人を扱きすぎてやめられたら面白くねぇ」


エッジ「安心してくれ。やめる気はないし、死んでいないなら治るはずだ」


ガードの横槍に助かったと思い、彼に言葉を返す。

しかし、彼女の怒りは収まる気配は余りない。


ヒア「ですから!死んでいなくても大怪我ならそれに適した対処をしないとダメなんです!貴方の腕の傷、背中の傷、至る所にある傷、碌な処置もされていません!傷口を洗って、消毒して、包帯を巻くという応急処置すらされてしませんでした!」


エッジ「悪いが、旅をしている最中にそんなものを用意できるほど余裕がなかったんだ…以後は気をつけるよ、すまない」


平謝りと言い訳の二つ言うのはこの説教中で四回目くらいだった。彼女のピンク色の瞳がジトっと俺を睨みつけている。成る程、テミスの部下ということは一味変わったやつだと思っていたのだが、それは事実のようだ。

可愛らしい外見に反して恐ろしい彼女、ヒアに対して俺は逆らわないようにしようと思った。


アシャート「まぁまぁ、そのくらいにしてあげて、ヒア。彼も反省しているようだから。あと、そろそろセリティアが眠る時間だから、静かにしなさないよ」


助け舟を出してくれたのはお風呂から上がったばかりなのか髪をタオルで拭いていた身長の高い女性、アシャートだった。歓迎パーティーの食事は彼女が作ったもののようでどれもこれも非常に美味かった。料理はどうやら、レフラン料理だった。

ついでに、レフランはこの大陸、モノ大陸の西部にあり、北と西を海に面している国。ついでに、エリクサーの本部があるのはフィエリア王国だ。レフランは共和制だ。もちろん、旅の途中に寄ったことがあるのだが、レフラン料理がここまで美味しかったとは…


ヒア「…はぁ、そうですね。これからはちゃんと手当てをするか、私に言ってくださいね。それは約束してください!」


エッジ「わかった。約束しよう。俺もわざと傷を無視していた訳ではないからな」


俺がそういえば満足したかのように深く頷いたヒアは腰に当てていた手を俺に差し出す。その手を取りながら正座から立ち上がる。長時間の正座だったせいで足が痺れているが気にはしない。そのまま、カウンターの椅子に腰掛ける。

隣に座っていたテミスとは2席分間隔を空ける。流石に隣に座るのは馴れ馴れしいだろう。


部屋はソファーがこたつを囲むように三つ置かれ、その空いているスペースにテレビが一つ、リビング側から見て右に部屋を出る扉とキッチン、左はダイニングでキッチンの様子が見えるカウンター席が置かれており、その後ろはガラス張りであり、一面の銀世界とブルームーンが空に浮かんでいた。所々に見える暖かい光は他の宿舎だという。キッチンとダイニングのさらに奥には武器のラックが壁に作られており、テミスが使っているのであろう細身の奇石剣、ガードの大楯とショットガン、アシャートのスペルウェポンのフルート、そして自室にいる少女セリティアの暗器類が置かれている。

俺は旅行く先々で武器を取っ替え引っ替えし続けていたため、愛用と呼べるものはなく、俺の分のラックは空いていた。


テミス「……まあ、これでわかったろう?ヒアが怒れば、私でも止められない」


エッジ「よく理解した。二度と怪我は放置しない」


そう言いながらカウンター越しにアシャートが差し出してくれた冷水を礼を言いながら受け取り、喉を潤す。

俺とテミスの間の席にガードが座る。相変わらず、図体がデカい。彼はゴアと呼ばれる種族であり、身長は2m近くあり、体つきはしっかりとしている。以前出会ったゴアと比べたら小柄に見える。どうやら、彼はゴアの中では低身長でガタイがそこまで良くないらしい。

硬そうな赤色の髪に黒色、一見真面目そうな雰囲気があるが話してみると意外とジョークをいうやつだった。



ガード「白ワインがいい」


アシャート「銘柄は?」


ガード「俺が銘柄選べるわけねぇだろうが」


カウンターに立つアシャートはやけに様になって見える。以前寄り道をしたBARの店主と同じ雰囲気がする。


エッジ「アシャートはBARで働いていたりしたのか?雰囲気が、こう、様になっている」


ワインや酒瓶などがずらりの並べられている棚の方に向かっていき、見定めている彼女は背を向けたまま、自分の質問に関して答えてくる。ガードはといえば、カウンターの机にぐてぇっとへばり付いている。聞いた話では午前中に特訓を受けていたらしい。その後に俺の歓迎会を開いて大騒ぎ(今更だが、歓迎会には他のエリクサーの人々も集まっていたようだ。どうやら、パーティーをするというのに釣られてか、ガードやセリティアが呼んでいたようだ)をしたので疲れてしまったようだ。

そのまま、アシャートを観察していると棚ではなくクーラーボックスからお酒、恐らくスパークリングワインを取り出してグラスに注ぐ。ちゃっかり、白色のスパークリングワインだ。


アシャート「どうぞ」


ガード「センキュ…ん…っぅ?!これ、スパークリングだろ!」


テミス「今更気づいたか…」


アシャート「貴方なんかに飲ませる白ワインはないわ。私のお気に入りを譲る気もね」


くすくすと笑うアシャートと呆れ切った様子のテミスに小馬鹿にされているガードを眺めると面白くて仕方がない。俺も堪えきれず小さく笑ってしまった。



ガード「くそっ…はぁ、これを飲んだらサッサっと寝る。おい、笑いすぎだろ…」


グラスを一気に傾け、スパークリングワインを飲み干したガードはカウンター席から立ち上がり、部屋の出口に向かっていくのだが、途中で何かを思い出したのか、振り向いて俺を指差す。


ガード「そういや、こいつの部屋、どうするんだ?」


アシャート「そうねぇ…部隊に人が増えるなんて珍しいからね」


エッジ「珍しいのか?」


テミス「そうだな、人が増えることはもちろんあるが部隊に人が増える、新しい人が部隊に編入されるっていうのはそうそうないパターンだな。新人たちは新人で部隊を組んで、それに部隊に入っていない熟練兵が教官役として部隊に編入されて、一つの舞台になる…っていうのはあるが、お前は違うだろう?」


エッジ「そうか…部屋が用意されるまでソファーでも床でもいいさ、寝れるからな」


野営や宿に泊まることは旅路で多くあったが、このような設備が整った場所に泊まるのは初めてだ。

部屋は暖かく、雨漏りや隙間風はもちろんない。それだけで俺は満足だ。

ガードは自身が着ていたエリクサーの制服、白色と黒色を基本としてピンクのアクセントが入ったジャケットをハンガーにかけてジャケット置き場にかける。あの制服は後日、俺にも配布してくれるようだ。性能面は耐刃耐弾に優れているようであり、見た目も良い。正直、もらえるのは結構嬉しい。


テミス「いや、隊長部屋のベッドが空いている。そこを区切ってお前の部屋にしよう」


彼女がそう言った瞬間、ジャケットを置いていたガードはハンガーを落とし、アシャートは飲んでいた白湯に咽せ、俺は椅子から落ちかけた。


アシャート「…流石テミス」


ガード「おいおい、男は狼だぜ?」


テミス「お前のような情けない狼が居るか」


ガード「酷くない?!」


エッジ「……なぜ?」


テミス「お前はエリクサーの加盟を認められたがまだ信用を得たわけじゃない。私は観察眼に優れているとよく言われる。お前がどんな反応をするかを見定めるように首領から言われている」


背筋がゾクっとする。それ程までにテミスの瞳は深く、冷たく、鋭かった。部屋の気温が数度下がった、というレベルでは無くまるでの体をめぐる血が一斉に止まったような感覚。それを感じるほどにテミスの纏う殺気は恐ろしかった。スカルリカプカーとかいうやつの殺意の比じゃない。


テミス「まあ、冗談だ。安心しろ」


落ち着いた微笑みに表情は変わり、手をふらふらと振ってから彼女は部屋を出た。零度の冷たい気配も射抜かれるような殺意も消えて、広間に残るのは三人の呼吸音と静寂だけだった。


ガード「……慣れねえなぁ。ありゃあ」


アシャート「地下組織出身だからね、仕方ないわ」


エッジ「…恐ろしいな」


それぞれが顔を見合わせ、この空気感どうする?とでも言いたげな表情をしているがすぐにそれがおかしく思えて、苦笑いを浮かべた。

そろそろ眠ろうと思い、席を立てばガードが近づいてくる。何だろうかと思っていれば握った手を差し出してくる。


ガード「これからよろしくな。エッジ」


改めてそう言われるとどうしてかむず痒く感じながらも俺は同じように手を差し出して軽くぶつけた。


エッジ「ああ、頼む」


アシャート「はいはい、それじゃあ寝ましょうね〜。セリティアもヒアも先に寝てるし、明日も訓練あるんだからね」


各々が就寝の挨拶を済ませれば、廊下で別れる。一番奥の部屋の扉を開ければ、キャスターがついた仕切り板で部屋はきっちり半分に分けられていた。物音がしない方に入れば、パイプベットが一つ置かれている内装が目に入る。箪笥が備え付けられているが俺が持ち込んだ着替えが数着入っているだけだろうし、確認はしない。


テミス「箪笥に訓練着がある。訓練着だが着心地はいいだろう」


エッジ「何から何まで…感謝しきれないな」


テミス「任務での働きで返してくれ」


エッジ「もちろんだ」


ブーツの紐を解き、着ていたコートを乱雑に脱いでから地面に放り投げる。

ベッドに倒れ込めばスプリングが体を押し返してくる。すぐに寄ってくる眠気に身を委ねる。彼女と同じ部屋というのは何だか少し違和感が残るが気にしない。

え、男なのに何も感じないのかって?

生まれてきてからそういった欲は一切感じたことはない。

掛け布団を被り、横向きにうずくまる。ここまでリラックスして眠れる機会なんてそうそう無かったからか、静かな空間で己の呼吸の音、鼓動する心臓の音が酷くうるさく感じる。


エリクサー。彼らの信念である社会の治療。

それにどうして期待しているのだろう。碌に知らないのに。惑わされているわけでもないはずだ。嘘を見抜くのは得意だ。

……いや、考えるのやめよう。俺はきっと、まともな組織に属したかっただけだろう。

思考を放置して、柔らかい寝具の心地よさに集中すれば、意識がゆっくりと消えていった。




起き上がった少女は音もなくベッドに掛けかけた剣を手に持ち、鞘から引き抜いた。寝息を立てて眠る少年の顔をじっと観察しながら、剣を逆手に持ち直し、振り翳す。


テミス(…いや、こいつ程度なら、怪しい行動をした時に即刻切り捨てればいい)


表情一つ動かさずに彼女は自身のベッドに戻り、剣を鞘に戻す。

エリクサーの最大戦力、ホワイトディーラー帯。

そして、隊長であるテミスはエリクサー最強の剣士。

だが、彼女の過去はエリクサーの首領であるアラネア以外に知るものはいなかった。

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