EP:05 朝
小鳥の囀り、人の話し声、静かに唸る暖房の音。
心地よい睡眠からゆっくりと浮上していくこの感覚を、ここまで穏やかに感じたのは初めてかもしれない。
カーテンに遮られていてもなお、太陽の光は部屋を照らし出し、眠っていた少年の意識を覚醒させた。
ゆっくりと起き上がらせたものの、まだ寝ぼけていたのか、周囲をキョロキョロと見渡してから、彼はポツリと言葉をこぼす。
エッジ「……いい朝だな」
テミス「寝坊ギリギリだがな」
かけられた声にびくっと反応して、声のする方に視線を向ける。呆れたような表情をしている少女が腕を組み、扉の入り口に寄りかかりながら、こちらを見ていた。
エッジ「テミス…あ、ああ、すまない。すぐに支度をするよ」
テミス「安心しろ。朝食まではまだ数分かかる。何故なら…」
彼女がそこまで言うと少し離れた部屋で扉が勢いよく開き、壁にぶつかった音が聞こえる。何人かの足音と明るい声が宿舎に響いた。
テルミシア「おっはよー!ひぃー寒い寒い!」
ガード「急に扉開けんな!ぶつかるだろうが!」
何人かの言い争いとも勘違いしそうなほどの言葉のキャッチボールにテミスはやれやれ、と肩をすくめてから微笑んだ。優しそうな笑顔だった。
テミス「賑やかな客人が来たようだよ。早く来るんだぞ」
彼女はは背を向けて、部屋を出ていく。少し経てば賑やかな話し声に彼女の声も混ざっていた。暖かい布団から名残惜しいが出て、軽く畳む。開いているカーテンからは太陽が雪原を照らして、銀世界を眩しく輝かせていた。起き上がった俺はタンスから支給された制服を取り出す。白を基調とし、ピンクのラインが所々に入れられている制服は一見、防寒性能が高そうではなかったが、着替えてみれば、見た目に反して暖かく、動きやすくもあった。
自身がずっと愛用していたグロープをはめ直し、部屋を出る。
テミス「テルミシア、朝食を並べるから準備してくれ」
テルミシア「はいはーい!あれ、なんか数多くない?」
ガード「そういや、お前ら昨日どこ行ってた?せっかくパーティーしてたのによ」
テルミシア「パーティーしてたの?!えぇ〜!参加したかったよぉ!」
セミター「昨日は任務だったろうが…」
リビングを覗き込めば、同隊のメンバーに混じって、オレンジ色の髪の活発そうな少女と青い髪の切れ目の少年が会話をしていた。
五人用の宿舎に10人近くもいるものだから少し広かった部屋が手狭に思えたが、それを気にせずに俺は洗面台の方に向かう。洗面台がある部屋を開ければ、踏み台にのって、背伸びをして髪を梳かしている小さい少女が目に入る。
セリティア「あ!おはよう!エッジお兄さん!」
にこやかに明るい笑顔を向けながら声を上げているのはまだ幼い少女でありながら、ホワイトディーラー隊の先輩であるセリティアという名の少女だ。
彼女は寝癖で凄いことになっている灰色の髪をよいしょ、よいしょと直そうとしているようだが、あまり上手くいっていなかった。
エッジ「おはのう。セリティア。髪を直すの手伝おうか?」
そう問いかけてやれば、パァッ、と明るい笑顔をこちらに向けてきた。そして、踏み台からぴょんっと降りて、俺に櫛を渡してくる。
蠍の尾のような尻尾はピリオネという種族の特徴であり、硬質な蠍に似た尻尾を持ち、低身長であることが特徴だ。旅をしているとそれなりの数の種族に出会うことがあった。その際に種族の特徴については学んだことがある。
セリティア「うん!お願い!」
エッジ「ああ、任せてくれ」
彼女のたんぽぽのような健気さと向日葵のような明るさが相まった笑顔を見ると自然とこちらも笑顔になっている。受け取った櫛を髪の波にそって櫛で梳かしていく。
決して痛く無いように丁寧にしてやっているとセリティアが機嫌良さそうに鼻歌を奏でる。彼女の髪の総量は非常に多い。彼女が着ている白いもふもふなルームウェアと灰色の髪も合わさって非常にもふもふな羊のようなイメージを抱く。種族によっては偏見や差別を与えるのだが、俺にとっては関係のない話だ。
エッジ「はい、終わったよ」
セリティア「ん!ありがとうエッジお兄さん!ねぇねぇ、テミスお姉さーん!」
満足気に笑えば、彼女はトテトテと洗面台から出て、リビングに向かって走っていく。小さい少女はあんなに可愛らしいものなのか。久しぶりに幼い子の相手をした気がする。自身の寝癖を直せば、彼女を追いかけてリビングに向かう。
テミスがセリティアを抱っこしていた。セリティアは笑顔でテミスの髪を撫でたり触ったりしており、テミスも穏やかな表情だ。キッチンの方からはいい香りとがしてくる。朝食の香りだろう。
この穏やかな時間がここの日常だと思うとまるで大勢な家族のようにも思えてしまう。一人での旅が長かった俺が慣れるのはもう少し後になりそうだと今感じた。
テルミシア「おっ!君が噂の新人くんかなぁ!おはよーおはよー!」
オレンジ色が視界に突如として現れて、視界を埋めてくる。好奇心に満ちた目を爛々と輝かせながら、そのままズイズイと距離を縮めてくるのに対して、焦りながら後ろに下がる。
エッジ「近い近い近い!!少し落ち着け!」
パーソナルスペースなど知らないかの如くに距離を詰めてくる少女の肩に手を当て、押し返す。ニコニコと笑顔で詰めてくるものだから微妙に怖い。
そんな少女の首根っこをセリティアはを抱えたままのテミスが引っ張っていく。少女はあ〜〜、と可笑しそうに笑いながら引っ張られていった。
テミス「エッジの言うとおり、落ち着け。すまん、こいつの名前はテルミシア。レピドライト隊のメンバーだ」
軽い紹介をされ、テミスによって開かれた距離をまた詰めながらテルミシアは俺の手を握ってぶんぶんと振り回す。一様、握手のつもりのようだ。
テルミシア「はいはーい。自己紹介されたテルミシアだよ!弾をばら撒くのは大得意だよ!もちろん狙撃もね!テミスが推薦したって君、有名人だよ〜!」
テミス「推薦したわけではない」
エッジ「あ、ああ。わかった、わかったから!手を振り回すのやめろ!関節が変になる!」
どうやら、銃火器使いのようで筋力はやはりなかった。強引にだが、手を解き、2歩下がる。騒がしく、明るいやつだと言うことはわかった。ついでに、破天荒だと言うこととわかった。そんなことを思っていたから、また誰かがテルミシアの頭にチョップを食らわせた。
テルミシア「あいた!」
セミター「騒ぎすぎだ…悪いな。えーっと…」
エッジ「ヒュージエッジだ。エッジでいいよ。長い呼び方は嫌だろう?」
セミター「ああ、そうだな。よろしく、エッジ。俺はセミター。こいつと同じレピドライト隊だ。こいつはずっと騒がしいから、迷惑だった締めてやってくれ」
そう言うセミターは青い髪と狐のような耳はフォニア種の特徴的な彼はエリクサーの制服をコートに変えたような格好をしていた。服装の改造は許可されているとは先日テミスから教えてもらってはいたが羨ましいと思う。
テルミシア「あいった!またチョップしたなー!暴力反対!」
セミター「騒音反対」
手慣れたやり取りをしながら、テルミシアを回収していったセミターに心の中で感謝しつつ、その安堵も束の間、すぐにまた話しかけられる。
オルダー「ごめんなさい。うちのメンバーが騒々しいでしょう?元気なのはいいことなんだけどね」
エッジ「えぇ、まあ…騒々しいけど賑やかなのはいいのでは?」
オルダー「それもそうなのだけどね。外回りの時とかは大変よ〜?あ、私はオルダー。一様、スペル魔術師よ。医療のスペルを得意としてるわ。よろしくね」
エッジ「あぁ。ヒュージエッジだ。一様、特技は…剣だな。よろしく」
オルダー「ええ、今日の午後、私が戦術授業をするから、その時はぜひ来てね」
エッジ「ああ。予定がなければ是非行くよ」
会話を続けられた相手は甘栗色のショートカットに彼女の私服であろう教師のようなスーツ姿。なるほど、カジュアルシャツも認められているらしいが本当に自由らしい。彼女はテルミシアとは違い、パーソナルスペースを破ってくるような人ではなく、随分と話しやすかった。勢いもなかったため、たじろくこともなかった。
アシャート「さあ!朝食の準備ができたわよ〜、みんな席に着いて。セリティアはいつも通りの特別席ね」
セリティア「わーい!あの高い椅子だ!」
テミス「今椅子を持ってくる。エッジ、予備の椅子も持ってきてくれ。ラックの近くにある」
エッジ「わかった」
お茶をコップに注ぐか、椅子を移動させたり、食器に装われた朝食を机に並べるかと、支度を進めていく。
ガードとテルミシアは携帯端末で何やらゲームをしている。いや、準備手伝え…
椅子を並べ、適度に端に座れば隣はセミターであり、セリティアとも隣だ。彼女は自分たちが座っている椅子ではなく、少しだけ高い椅子に座っており、膝に両手を乗せて、ニコニコと笑っていた。
エッジ「セリティア、笑っているけど朝ごはんで好きなものがあるのか?」
そんな俺の問いかけにセリティアは少し、ためらないながら安心したような笑顔を浮かべる。
セリティア「えっと…えっと…!苦手な野菜もあるけど…テルミシアお姉さんとかセミターお兄ちゃんとかと、一緒にご飯食べれるのが、久しぶりで嬉しいの!」
エッジ「成る程。セリティアが楽しそうならよかった」
テルミシア「あ〜〜…まじこの子天使、かっわいーんだからぁ!」
椅子をガタンっと音を立てながら立ち上がったテルミシアはセリティアの頭を両手でわしゃわしゃと撫で出し、きゃーっと歓声をあげるセリティア。そして、またテルミシアを連行しようとセミターが立ち上がる。
そんな騒がしい彼らとは違い、湯気がたったコーヒーを持ってきたガードは一つを俺に、もう一つをテミスに渡す。そして、もう新たにもう一つのカップを持ってくる。どうやら、自分用のようだ。
エッジ「ありがとう。ガードはコーヒーを淹れるのが好きなのか?」
ガード「好きってわけじゃねぇけど、目が覚めるだろ?実用性だよ、実用性」
カップを持ち、どこか少し酸っぱいようなフルティーな香りを楽しんでから一口、飲み込む。一瞬、その暑さに顔を顰めたが、慎重にもう一口飲む。あまりコーヒーを飲まない俺でも自然と心が落ち着くような味わいだった。
エッジ「美味しいな…初めてコーヒーを美味しいと思った気がする」
ガード「コーヒーはちゃんと淹れられたのを飲まないのは損だぜ。いつか淹れ方を教えてやろう」
エッジ「それは良いな…!」
彼の提案に食い気味に賛同していると小さくテミスの声が聞こえた。
テミス「あちっ…」
一瞬、俺はフリーズしてしまった。理由は単純でクールな印象ばかりあったテミスが何処か可愛らしい声をあげたからだ。視線をテミスの方に向ければ、気まずそうにカップに口をつけたままそっぽを向き、ガードに紙面を移せば、ニヤニヤと笑っている。
いや、正直なことを言おう。俺もニヤけた顔になっていたのだろう。仕方ないだろう?出会ってまだ数日だがクールで少し怖いイメージを抱いていた相手が熱い飲み物に苦戦して、顔を赤らめてそっぽを向いてるのだ。
ガード「テミスはキャットルフだから暑いの苦手なんだよな」
テミス「違う」
エッジ「ま、まぁ…慕われる理由の一つなんじゃないか?そういうところも」
テミス「サポートになってないぞ」
ギロリと戦場で相手を威圧するときのような雰囲気を纏ってガードと俺を一斉に睨みつけてくれば二人とも目を逸らして黙り込む。怖いのだ。
アシャート「はいはーい!調理完成したわよ!今日はルドロルが居てくれたから豪勢になっちゃった!」
エプロン姿のアシャートと共に所狭しと料理が並べられたワゴンを推してくるのは茶髪の髪で目元まで隠れている少年で、彼もおそらくレピドライト隊の人間だろう。
ルドロル「えへへ…頑張りすぎちゃって、たくさん作っちゃったので皆さん、おかわりしてくださいね」
ヒア「そうだ。エッジさん、アレルギーってありますか?アーモンドとか、リンゴとか」
エッジ「いや、わからないな…多分ないんじゃないかな?」
ルドロル「ふふ…流石ヒアさんですね!抜け目なし、です!」
ヒア「咳とか、呼吸困難とかが起きたらすぐに行ってくださいね」
頷きながら承諾するが、医者はやはりそう言ったことが気になってしまうのだろうか。ルドロルと呼ばれていた子とも自己紹介をして知ったことだが、彼はセリティアと同じくらいの年齢らしく、それでいてセリティアと同じ優秀な戦闘員らしい。
アシャート「はい、じゃあ、食べましょうか!手を合わせて、」
みんな『頂きます!!」
食事の挨拶が流れるように行われ、俺はそれに乗れず、言えなかった。テルミシアがスープを美味しい!と感想を伝えればそれに倣ってから、セリティアやルドロルも何が美味しいかを言い合う。ガードは静かに十字架を刻んでからセミターにコーヒーの感想を問いかければ、セミターは彼が淹れたコーヒーを賞賛し、ガードはをそうだろうと自信満々に笑う。オルダーとアシャートは今日の予定を互いに教え合っていた。
テミス「どうした?食べないのか?」
自分の席の正面に座っていたテミスはパンにスープを浸しながら食べていた、彼女の黒い瞳が俺を見つめてきた。
エッジ「いや、食べる。頂きます…!」
彼らと同じように食事の挨拶をしてから俺はパンを取る。小さくちぎって口にすれば、外はパリッとしていたものの、中はふわふわな食感。テミスがしていたようにスープにパンを浸せば、コーンの風味と味がパンの食感と合わさり、素朴ながらしっかりとした味で美味かった。
セミター「ベーコンも美味いぞ。パンと一緒に食べろ」
エッジ「あぁ。全部食うさ。おかわりもする」
セリティア「私も…!おかわりする!」
まだ、慣れれるかはわからないが彼らと一緒に過ごすうちにこの賑やかな共同生活を続ければ良いと、俺は早々にそう思えていた。
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