EP:02 火薬

上空からの奇襲にギリギリで反応し、グレネードランチャーの仕掛け刃を受け止めた雅はスカルは押し返そうとするものの、その勢いを利用して背後に飛び去る。


雅「このっ…!」


雅は爆発的な加速で接近して食らいつこうとするが、素早い身のこなしでサイドにステップを刻み、剣の間合いに入った瞬間だけ、加速することで意図も容易に白薙の剣戟を回避し、後ろに後退る。

そして、グレネードランチャーの銃身を向け、引き金を引く。


射出されたグレネードが真っ直ぐに向かってくる雅に直撃するコースだ。


テミス「『剣魂』っ!」


二人が切り結んでいた隙に相手を挟み込むように移動していた。そして、奇石剣を切り払いながら意識を集中させれば、身体に宿る『イロスタル』が金色に発光する。

金色の半透明な結晶剣が立て続けに現れ、対峙する二人の間に放つ。それがグレネードを切り裂き、爆炎が上がった。


テミス「…はぁっ!」


足を止めず、そのまま接近すれば、鋭い二段突きを仕掛けるがそれを、スカルリカプカーは振り向きながらグレネードランチャーの仕掛け刃で弾き、もう片方のグレネードランチャーを向ければ、テミスは後ろに下がる。


白薙「おっらぁ!」


爆炎を突き破り、横一閃に切り払う。テミスに意識を割かれていたスカルリカプカーは前に移動しながら振り向き、剣戟をギリギリで受け止め、力の競い合いになることを避け、後ろに何度も下がる。


テミス「『剣魂』!」


回り込むように走りながら、結晶剣を次から次へと放つが、スカルリカプカーは肉薄してくる雅と回り込もうとするテミスを直線に捉える位置取りによって、多方向からの攻撃を遮ろうとする。


白薙「逃げまとうな!」


苛立ちを込めた怒声が響き、剣と仕込み刃が互いにぶつかり合えば、弾き、下がろうとするスカルリカプカーに対して、さらに距離を詰める。


スカル「この猪武者が!」


もう片方の仕込み刃で切り付けようとするもグレネードランチャーを抑えられ、身動きが取れなくなり、ゆっくりとだが、グレネードランチャーが押し込まれてくる。


テミス「そのまま抑えていろ!」


足が止まったスカルレンジーに攻撃を仕掛けようと、横側から結晶剣と共に剣を振り上げる。

両手の武器を雅によって抑えられているスカルリカプカーにテミスの挟撃に対応する手段はない。


そのはずだった。


雅の掴んでいたはずの左手のグレネードランチャーが無くなり、再度それを視認すれば、それは先ほどまでの銃火器ではなく、拳銃に変わっていた。

そして、その銃口は迷いなくこちらに向けられていた。

急いで銃口を逸らそうとするがそれよりも早く、引き金が引かれた。

弾丸が腹部を貫通し、蹌踉めきながらも相手が動けぬように手を伸ばすが、自由が効くようになったスカルリカプカーによって蹴り飛ばされてしまう。


白薙「ぐぁっ…!」


楔の役割を担っていた雅が蹴り飛ばされてしまったため、大振りな剣戟ではなく、隙がない突きに構えを変える。結晶剣たちが集まり、テミスを守ろうとする。

すぐさま、照準が合わされ、放たれるグレネードを結晶剣が切り飛ばし、爆炎が上がるがそれを突き抜け、剣で首を狙い突く。仕込み刃で軌道を逸らせど、即座に放たれる二度目の突きは心臓や首の急所ではなく、こちらに向けられかけていた拳銃に放たれる。


スカル「ちぃ…!」


グレネードランチャーの牙突を避けるために距離を空け、雅の方に移動する。同じようにスカルリカプカーは移動し、手元から弾かれた拳銃を拾い上げる。



テミス「無事か?」


白薙「あぁ、丈夫さが俺の売りだ」


よろめきながら立ち上がる雅に声をかければ、まだはっきりとした声で冗談を言えるくらいには余裕があるらしい。先ほど、スカルリカプカーが両手に持つグレネードランチャーは確かに雅が剣で片方を、手でもう片方を捉えていた。

だが、次の瞬間には手で掴んでいた方のグレネードランチャーは拳銃に変わり、その隙をついて雅を撃ち、蹴り飛ばしたのだ。


あの状態と結果を考慮するとスカルリカプカーの戦闘技術はおそらく…


テミス「奴は恐らくだが、転移魔法を扱えると思う」


転移魔法はスペルに分類されるスキルであり、マーカーをつけていた物体を手元に寄せる、又は他のマーカーの座標に移動させるといった技術。

以前、私もこのスペルを修得しようとしたのだが、イロスタルの出力と緻密すぎる制御が出来ず、諦めた経験がある。


その情報を雅に伝えれば、納得したような表情をしながら立ち上がれば、剣を軽く振り、肩に担ぐ。


白薙「なら、どうする?接近しようにもさっきみたいに撃たれるぞ?遠距離は論外だろ?」


勿論な事を言ってくる。どうやら、戦闘能力は私と同等らしいが戦闘経験はあまり積んでいないらしい。

それもそのはずだった。白薙はいままでその圧倒的な身体能力だけで危機を切り抜けてきたのだ。自分より強い相手との戦闘は勿論、優秀な策を施す相手、そういった一つ次元の高い相手との戦闘はあまり経験したことがない。


テミス「……お前が奴の余裕を奪い、剣魂で左右からの挟撃、私が背後から仕掛ける。相手が対応できないように数で押すぞ」


大抵の相手に有効な手法ではあるがそれを実際、実行に移したことはあまりない。一対多数、少数対多数の戦闘なら幾度となく経験したがこちらが数的な有利を取れる戦場の経験はあまりない。


白薙「つまり、俺はさっきと変わらずにやりながら、あんたと連携するってことだな」


テミス「……あんたじゃない」


白薙「…?」


テミス「テミスだ。エリクサーのテミス」


テミスの名前はアラネアから言い渡された、エリクサーのコードネームでありながら、私の新しい名前だ。

アラネアには感謝している。仕切れないほどに。

新しい名前、新しい生き方、新しい仲間。

私にとってエリクサーとは生きる意味であり、テミスとはそれを貫くための支柱。それ程に大事なものだったせいでわざわざ訂正してしまった。

自分らしくないが…私はこの名前を誇らしく思っている。なぜなら…


白薙「いい名前だな。秩序の神と共に戦えるのならこれは聖戦と言えるんじゃないか?」


こいつが言ったようにテミスとは旧時代の神話で秩序を司る神の名前だ。それを捻りもなくそのまま名前にするのだからアラネアには恐れ入る。

そう、この名前があれば私は道を違えることはない。

そう思える。


テミス「聖戦かは知らない。だけど、私にとってこれは、必要な戦いだ」


白薙「……そうか。俺の名前は白薙。白薙 雅だ。人助けと思い、テミス、あんたの戦いに助力しようか!」


意気揚々と剣を上段に構える雅に多少の煩わしさを感じるが悪くはない。こいつは純粋なんだろうと思った。

ゆっくりと剣を中段に構えれば、意識を集中させる。

速度に優れた金色の結晶剣ではなく、数に優れる空色の結晶剣が幾つも展開される。


スカル「……我らが怒りが火薬となる。そして、我らが力は弾丸だ。さあ……!」


赤い蒸気が湧き上がり、イロスタルによる発光現象か朱色の光に包みこまれていき、まるで燃えているかのようになる。どうやら、あれはスペルやアーツといった攻撃的なスキルではなく、ストレアやプロクターといった強化や展開型のスキルのようだ。

転移魔法に加え、これほどに精錬されたストレアの強化魔法を扱えるとは見た目によらず術者よりだと思いながらもその驚きはすぐに掻き消されることになる。


白薙「『青龍』、『黄竜』」


彼が何かを呟けば、剣に黄色の結晶が纏わりつき、それが霧散すると刀身が見間違えるほどに変容していた。

手に入れようとすれば手に入るほどのくだらない既製品である剣であったものがまるで長い年月をかけて作り上げられた名刀のような輝きを持っていたのだ。

私が持っている奇石剣のように鋭くも細くもない。肉厚で頑強そうな剣はもしかしたら、盾の役割も担っているかもしれない。武器の性能をここまで変化させるとは。

確かに、武器に何らかの補正をすることは私の稚拙なイロスタルの制御でも可能だ。しかし、ここまで変化させるのがどれ程、緻密で正確な制御技術が必要かは皆目、見当もつかなかった。


そして、もう一つ。この男もスカルリカプカーと同等かそれ以上に精錬されたストレア、身体能力の強化を行えたのだ。オーラのようなものを纏うわけでも体の何処かからもイロスタルの増殖反応も発光現象もない。

だが、明らかに纏う空気が変わっていた。

先ほどまでの言ってしまえば一般兵と変わらないくらいの覇気程度しかなかったのに比べ、今はまるで土竜(どりゅう)がそこに居るのではないかと見間違えるほどに巨大で威圧的だった。


だが、テミスも二人に劣ってはいない。スカルリカプカー、白薙ともにテミスの異様に研ぎ澄まされた気迫は息をするのも忘れるほどに圧倒的だったのだ。

他の二人が巨大なクリーチャーであるかのような"気"を纏うのに比べ、テミスのそれは威圧的でも、恐ろしくもないのだが、桁違いに鋭く、明確にそれを纏っていた。


テミス「……『時雨』…」


抜刀すると同時に斜め左に走り出す。同時に雅も真っ直ぐとスカルに突っ込んでいく。

走りながら剣を交差するように切り払い、無数の剣を展開する。先ほどの剣魂に比べれば、威力がなくなり、小柄な結晶剣になっているが、これはその分、数を多く展開できる。


スカルリカプカーの持つ武器が変わり、グレネードランチャーからそれは仰々しいスナイパーライフルがその手に握られると一瞬にして、片手だけで照準を合わせ、引き金を引いた。

放たれる弾丸は真っ直ぐ雅の頭蓋を打ち砕こうとするが、引き金が引かれるよりも早く、剣を切り上げ、それを弾いた。

剣に纏っている結晶は弾いた衝撃によってか、全体的にヒビが入っていた。


スカルリカプカー「……ふん」


スカルリカプカーの左右から挟み込むように時雨が飛翔し、放つがスカルリカプカーは前転を挟みながら前進することで避けた。振り下ろされる剣戟に対して、転移魔法を使い両手の武器をナイフに切り替えれば、剣戟を受け止めながら、押し返そうとする。

しかし、力勝負では雅の方が強いらしい。

そのまま鍔迫り合いを制したのは雅の方であり、スカルリカプカーは後ろに弾かれ、体勢を崩す。


テミス「『時雨』!」


その隙を私は見逃すつもりはなく、時雨の結晶剣を次から次へと四方八方から放つ。

ナイフからサブマシンガンへと変わった獲物は次から次へと弾丸を放つが撃ち落とし、切れなかった結晶石がスカルリカプカーの脚や腕を浅く切り裂いていく。

致命傷に至る可能性がある結晶剣だけを狙い撃ったようだ。


スカルリカプカーが結晶剣の対応に迫られている間に、前後からの挟撃の形を作れた私と雅は剣を構え直しながら距離を詰めていた。私は隙が少なく、素早い攻撃かな可能な突きを、勢いが良い雅は恐らく袈裟斬りだろう。


スカルリカプカー「っ…『パンジャングレネード』」


苛立ったような声色で腰から二つの変わった形のグレネードを前後に投げれば、それは両側についた小型な車輪が勢いよく周り、二人に迫ってから爆発する。



白薙「ぐあっ…!」


私よりも素早く接近していた雅はそれに直に直撃し、よろけてしまい足が止まった。追撃を仕掛けようと態勢を崩した雅にグレネードランチャーを向けようとするが、それよりも早く私の剣が先に届く。


『シャープエッジ』


剣に結晶の粒子が纏わり、剣の動きを加速させる。粒子は電車のレールを引くように並び、スカルリカプカーの首、心臓、そして腹部へと剣を誘導する。粒子による剣の制御は素早い攻撃を楽に可能とするが何かに弾かれやすいという欠点がある。

それを補うために私は剣を強く持ち、粒子による自動操作ではなくあくまでそれを補佐として使った。


テミス「…っ!!」


スカルリカプカー「くぅ…!」


致命傷に至る攻撃をスカルリカプカーは武器をナイフに持ち変え、それぞれを致命傷にならぬようにと絶妙にズラす。

しかし、三段突きを完璧に止めることはできない。

首に浅くはない切り傷、肩と腹部から鮮血が舞い、苦悶の声が漏れる。追撃を逃す手はない。


テミス「はぁっ!」


横一閃に切り払おうとする。しかし、突然、地面から爆発が巻き起こる。炎が上がり、土煙が巻き上がりながら、私は宙に打ち上げられた。


テミス「なぁ…っ…!」


スカルリカプカーは地面にあらかじめ、対戦車地雷のような上に向かって爆発する爆弾を仕掛けていたようだ。

エリクサーの制服に施された衝撃吸収や戦闘時に常に展開している防御膜によって即死や四肢切断には至らない。しかし、その衝撃によって私の体は軽々と後ろへと吹き飛ばされる。


スカルリカプカー「…お前たちが長々と話している間に転移スペルを使い、幾つかの罠を仕掛けることくらい、容易だ…。しばらくそこで倒れていろ」


爆風によって体の節々が痛み、動かすことができない。

油断してしまった…二人がかりなら用意と思ったがやつの攻撃は一撃一撃が体を動かせなくなるほどの衝撃を持っていた。


テミス「つぅ…!」


ナイフをさらに切り替えた銃剣によって足を射抜かれる。


テミス「…珍しいな…ヴァニング・ウェルの貴様たちが…捕虜を取るなんてな…」


スカルリカプカー「貴様には聞きたいことがあるからな。エリクサーの部隊長」


問いかけに対して、スカルリカプカーが答え終わるのと同時に背後で連鎖的に爆発が巻き起こる。雅がトラップを踏み抜いたらしい。共闘する彼がどれほどまでの戦略理解があるかわからなかったため、単純な作戦にしていたこと、そして、やつの転移スペルがトラップを瞬時に仕掛けられるほどまでの練度であったこと…。

敗因は幾つも思い浮かぶことができる。


死ぬわけにはいかない…囚われるわけにはいかない……


どうするべきか、必死に思考を回すが有効打を見出せない。


スカルリカプカー「……なっ!?」


背後の爆炎を突き破り、彼が現れる。振り返り、雅を視認しようとしていたスカルリカプカーは即座にショットガンを向け、銃口から散弾が放たれた。


雅「鬱陶しい!」


散弾が拡散し切る前に雅を剣を振るい、シェルを叩き落とし、間合いに入る。


スカルリカプカー「貴様の体は鋼鉄かっ!」


互いに叫びながら、雅はシェルを叩き落とした返しの刃で切り払い、スカルリカプカーは銃剣を突き出す。

互いの剣が交差し合い、互いの体を傷つけた。


雅の剣戟がスカルリカプカーの胴体を深々と切りつけ、スカルリカプカーの銃剣が雅の頬を浅く切った。

そのまま、二人はすれ違う。

勢いを止めることができなかった雅は派手に地面を転がり、私の近くに倒れると、それと同時に剣が砕け散る。


スカルリカプカーはがくり、と片膝を地面につくがすぐに立ち上がり、胴体の前面を守っていた防具を外す。防具に阻まれて、傷を与えられなかったのかと一瞬、慌てるがどうやら、雅の剣は防具ごとその体を切り裂いたようだ。


テミス「無事か、白薙」


白薙「ぐっ…あ、あぁ、少し無茶をしすぎた」


片足が射抜かれているせいで不恰好にしか立ち上がれないが、剣を持ち、雅の前に立つ。連鎖爆発をもろに受けながらも突破し、剣を振るうのは体に甚大な負荷が伴ったことだろう。雅は苦しそうに蹲っていた。


スカルリカプカー「……時間か………次は殺してやるぞ、剣士ども」


あの傷ならばまだ多少戦えたはずだが、スカルリカプカーは腰からスモークを投げ、煙が充満していくのと同時に退散する。意識を集中させ、不意打ちを計画するが奴の気配はそのまま、離れていった。


危機が去ったと思うと体から力が抜ける。しばらく、死戦と言えるような戦場に出会うことがなかったからか随分と精神をすり減らしてしまったようだ。座り込み、呆然と爆発痕だらけの戦場跡を見つめる。


すると、突如、笑い声が聞こえた。

声のする方を見れば、仰向けに寝返りを打った雅が疲れ切った笑みを浮かべて、笑っていた。


白薙「はははっ、あぁ、疲れたな…体が痛い」


テミス「……そうだな、あの男は十分な準備をしていたようだ…良くやったな、私たち」


転移スペルの移動範囲は長くても半径40m圏内が限界近くのはずだ。周囲にあらかじめ銃火器や私と雅が踏み抜いた爆弾を用意して、隠していたのだろう。


雲に隠れていた月が僅かに現れ、月光が戦場跡を照らした。


戦場の後とは思えないほど静かな一時だった。

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