善と悪のクインデット

白嶺雅のニア図書館

シーズン01:序曲 EP:01 奏名

神秘に魅入られたもの、心を失ったもの、己の正義に取り憑かれたもの。


彼らは社会の異端児であり、神に対する冒涜者。


彼らが信じるのは傷と痛みの果てに繋がれた絆。


心を失った魔術師は月の魔術を持ってして、己のため、そして、復讐のために対峙する相手を射抜く。


神秘に魅入られた剣士は、己を救ってくれた者たちに報いるため、剣士の先導者となる。


己の正義を信じるその騎士は全てを犠牲に大義を果たそうとがむしゃらに前にと進む。


彼らは善とは言えず、彼らは悪とも言えない。


ただ強欲であり、ただ傲慢であり、ただ純粋に。

その心に偽りなく、薔薇の旅路を進む。





現在地:犯罪者組織の地下牢獄


薄く、折れてしまいそうなほどの剣から血が滴る。返り血こそついていないものの、先ほどまで戦場に居たのであろう冷たい瞳がゆっくりと溶けていき、驚きに変わる。それもそうだろう。地下牢獄に人など自分以外おらず、唯一の囚人である俺は体を鎖でぐるぐる巻きにされ、逆さまに釣られているのだから。


テミス「……」


白薙「……助けてくれn」


テミス「よし、誰もいなかったな」


白薙「居るけど?ここに」


お互いに合わさった視線をわざと逸らされ、地下牢獄の出口の方向に体を向けられれば、流石に声を掛けざるを得なかった。

上の方で聞こえた物音と悲鳴から誰かしらが戦っているのは容易に想像ができたが、それを起こしたであろう人物が端麗と表すのがピッタリな美女なことには少し驚いた。

美少女かもしれない。きっと、俺とそう変わらない年齢だろう。


テミス「…質問」


白薙「どーぞ?」


テミス「どうして逆さ吊りされているんだ?」


白薙「…たぶん、拷問しても何も言わなかったし、なんか色々面倒になったら放置してるんじゃない?世間話すらしてくれなかったよ」


テミス「当然だと思うけど」


俺をこの牢獄に閉じ込めていたあの犯罪者達は最初こそ俺を痛ぶりーー全然痛くなかったーー、何かを聞き出そうとしてきたが、勿論、俺がここにきたのはただ腹が減って何かしら食べたかったため、物乞いまがいのことをしに来ただけだ。

惨めな気持ちになりそうだったからチャイムを鳴らしたタイミングで物乞いはやめて、帰ることにしたが、そうしたら、謎に怪しまれる、地下牢に連れて行かれた。


白薙「君の剣なら鉄格子を切るのは容易だろうし、鍵は今君が斬ったやつが持っているんだ。助けてくれない?」


テミス「……わかった。いいだろう」


仕方なさげにため息をついた少女は倒れている男のポケットを探り、牢の鍵を取り出せば、鉄格子の扉を開ける。そして、逆さ吊りにされている俺の顔をじっと見る。

美少女に見つめられた経験などないがそこまで焦る理由はない。構えることはせずに手に持ったままの剣を鋭く振るえば、天井に繋がられている鎖を素早く切り落とした。


白薙「いだっ!」


頭から逆さまに落ち、強くぶつける。いきなりの衝撃で思わず声が出る。

立ち上がった男は背を大きく伸ばしながら、よし!と機嫌をよくし、たたたと牢獄を出れば、倒れている男たちの犬を一つ一つ確認する。


白薙「ありがとう。助かった」


テミス「大したことでは無い」


簡素すぎる会話をする二人の耳に地下牢の入り口の方からドタドタとした足音が聞こえてくる。どうやら、"おかわり"が来たようだ。


犯罪者「くそっ!みんなやられてるぞ!」

犯罪者「相手は一人なんだ!全員で囲んで殺しちまえ!」


元より、この犯罪者たちはそこまで規模の大きい奴らではなく、頭数ばかりがある弱小な犯罪者グループだ。

がむしゃらに窃盗、強盗、殺人に脅迫。いわゆる犯罪のレパートリー、その全てを埋めているような奴らであり、タチが悪い組織としてこの地域ではよく名が通っていた。だが、見る者が見れば、それはただの悪質な犯罪者グループではなく、何かしら大きな支援を受けて気が大きくなった虎の威を借る狐のように見えていた。


良い剣が見つけられなかったが落ちているものの中で一番丈夫そうものを見繕い、それを拾い上げる。


雅「恩返しになるかは知らんが、戦うんだろう?」


首を傾げながら向けてくる深い黒色の瞳が少女を見つめて、問いかける。

呆れながらも、そうだと頷く少女に満足気な笑みを浮かべ返せば、少年は上の階から降りてきた敵兵にゆっくりと歩いて近づけく。


雅「散々…散々閉じ込めてくれたなぁおいっ!腹減ってんだよこちとらぁぁっ!!」


叫びながら、地面を蹴り飛ばす爆音と共にその剣が彼の剛腕によって振り翳された。



現在地:エリクサーの本拠地。


霧が立ち込める森の奥、エリクサーと呼ばれる者たちの帰るべき家である城塞。

外に降り注ぐ雪、一面の銀世界。美しくも人の身には厳しい天候。暖房のない廊下は確かに冷え込むが保温に優れたエリクサーの制服は冷たい空気を遮断してくれる。

キャンドルが照らす廊下を進みながら呼び出された執務室に向かう。

扉をノックすれば、耳当たりの良い女性の声が「どうぞー」と帰ってくる。


テミス「失礼します」


アラネア「呼び出してごめんなさいね。少し、火急のお"仕事"をお願いしたくて」


そう言ってくるのは自分を保護して、新しい生き方を示してくれたエリクサーの首領。『交渉人』のあだ名を誇る女性であり、何処の国や大規模な組織、派閥から正式な庇護を受けず、あくまで協力契約のみで立ち回っていられるのは彼女のその手腕のお陰だろう。


テミス「ベイカーに呼ばれるよりマシ」


アラネア「そんなこと、本人には言わないであげて。彼、作戦立案だったり、計画を立てるのが何より好きだから」


アラネア、首領を筆頭にその下には各部隊長がそれぞれが横一列に並ぶため、上下関係と言えるものはあくまで首領とその他だけだろう。

だが、部隊と言っても、作戦立案などを務める参謀部隊、拠点で生産活動や仲間たちのサポートをする補佐部隊、そして、自分が率いるような「行動部隊」。


ウェーブがかかったピンク色の髪を片側だけに寄せている彼女はティーカップに口をつけたあとに、ため息をつきながら本題に入った。


アラネア「ボストという街を知っているかしら?三年前のとある犯罪組織と神楼警備兵との争いでもう人が住んでいない廃墟の街。そこを隠れ家にしている小さい組織が少しやらかしちゃってね〜」


テミス「つまり、そいつらを倒せば良いのだな?」


アラネア「気が早いって…!してきて欲しいのはその人たちが神楼警備兵から強奪した要人警備の書類を回収、もしくは燃やして欲しいの」


任務の内容自体は潜入か小規模戦闘が得意な自分には適したものであったのだが、一つ気になることがあった。

神楼警備兵。キィルテ共和国の治安維持部隊であり、楼と呼ばれる層に分かれる建物が多いキィルテ共和国の特殊な建造物から名前が取られているらしい。


彼らの実力は共同作戦や交流訓練などで実感しており、軽装な装備に機械技術によって作られたヒートソードやヒートランス。練度は高いとは言えないが頭数や集団戦法を得意としており、小規模な犯罪組織程度が敵う相手では無いと思うのだが…


テミス「わかった。詳細はいつも通り、携帯端末に送ってくれ」


アラネア「はいはーい。ミカを通して送っとくね〜」


彼女が交渉の場に出る時の印象とは大きく変わり、年相応と言うべきか、無邪気というべきか不真面目な態度のまま彼女は手をこちらに振る。

一様、上司であるため、礼儀を欠くわけにはいかずお辞儀をしてから部屋を退出する。

あの無邪気な女の子らしい振る舞いを見ると以前、バレンタインデーにチョコを作ろうとして大失敗ーー大爆発を引き起こしたーーしたことを思い出す。


あれは凄惨だったな…と思い出を振り返りながら自分が率いる行動部隊に割り振られた寮に戻る道を歩き出した。



現在地:ボスト東地区(犯罪組織の隠れ家周辺)


黒い髪が風になびき、光が強く宿るその瞳は廃墟となったこの街をじっと見つめていた。


予想外だった。彼は私が思っている以上に彼は強く、そして勇ましかった。何処から現れたのか犯罪者達は数だけは多く少なくとも30人はいたことだろう。本来なら書類の始末が完了しているため、離脱しようと思っていたがあの男は敵の群れに突っ込んでいったのだ。

仕方がなく、男を追いかけ、敵と交戦を始めた。


たった二人だけで、それも戦術性が取りづらい剣士二人で30人の相手を倒すのは用意では無い。

相手一人と対峙するわけにはいかず、囲まれぬように、しかし、確実に相手を負傷させるという手間が掛かる戦法を取る必要があっただろう。


だが、この男は突っ込んでは出鱈目な腕力を用いて大勢を吹き飛ばし、相手の勢いを正面から砕いた。

彼一人で大勢の敵を相手取ってくれそうだったため、自分は遊撃と戦技による攻撃で相手を次から次へと打ち取れた。


白薙「凄かったな。魔法の剣みたいなの、作れるんだな」


彼がそう指摘するのは恐らく、自分の戦技のことだろう。


テミス「ああ、魔術の派生系、ソードスペル。戦技とか言われている」


白薙「成る程。それのおかげでずいぶん楽に終わらせれたな」


テミス「それを言うならお前の腕力はどうなっている。人をまとめて吹き飛ばす奴なんてそうそう見ないぞ。重装備でも無いやつで」


白薙「そうか。褒め言葉として受け取っておく」


お互いに称賛しあっているようだが、二人には血が流れ、肉が切られる戦場から生還、つまり、勝利に対する高揚感は見受けられなかった。ただ、それが当然であるかのように倒れ伏した男達を他所に少年は曇り空で星が見えない夜空を見上げて、少女は任務の報告書についてと気絶している男達の捕縛を任せる警備兵を待っていた。



犯罪者のボス「あ、あいつらだ!あいつらが俺の部下を散々倒したんだ!早くやっちまってくれよ!!」


耳を劈く甲高い悲鳴のような声でそう叫ぶのは小太りな男であり、今し方壊滅させられた犯罪者達のボスだ。

しかし、威厳や傲慢さなどは二人の剣士の強さによって完全に萎縮しており、怯えていた。

その男の横に身長の低い性別不明の人物が佇んでいた。


顔を覆い隠すマスクはスケルトン柄にペイントされており、妙に長いマフラーは風に靡き、かぶっているフードや黒色のコンバットシャツや防弾ベストには赤いアクセントカラーが施されており、右腕につけている腕章は鎖を踏み砕くイラスト。


それが目に入ったテミスは息を飲み、嫌な予感を感じた。何処かに付けてあるであろうもう一つの腕章を探す。


そして、嫌な予感は見事に的中した。


テミス「スカルリカプカー……!」


世界を騒がせる組織のエース部隊。幾度となくこの国だけではなくこの大陸の様々な軍隊に治安維持部隊、警備兵を悉く撃破し続けている強軍。その部隊の名前こそがヴァニング・ウェルのスカルリカプカー。


ヴァニング・ウェルは現在社会から排斥されたものたちが集まり、彼らのためだけの世界を作るという過激的な思想をもとに武力行使を行う組織であり、その武力は未知数、何よりも特定の拠点を持たず下級市民やスラムに住む人間を自分たちの幸せを得るための闘争という謳い文句によって次から次へと味方に引き込んでいるというのが奴らの厄介なところだった。


そんな組織のエース部隊であるスカルレンジャー中隊は神出鬼没であり、素早い行動と圧倒的な破壊力を保有する中隊規模の部隊。特徴的なのは全員が体のどこかしらにある鎖を噛んでいる骸骨の腕章が彼らを示すマークとなっている。


犯罪者のボス「な、なぁ!早くあいつらを殺してくれよ!あんた、ヴァニングのエースなんだろう!」


黙りこくったまま、倒れている男たちに冷ややかな視線を送るだけで身動きを一切しない。

そして、見上げる形で犯罪者のボスを見やれば、低い声で話す。


スカル「貴様を我々の契約内容は覚えているか?」


テミス「……おい、お前。やつは強いぞ…」


雅「そうなのか?確かに、嫌な予感はするが…」


携帯端末を眺めていたテミスはすぐさまそれをしまい、奇石剣を鞘から抜き、構える。同じように雅は座っていた瓦礫から立ち上がり、鉄剣を拾い上げて臨戦体制となる。


犯罪者のボス「け、契約…あ、ああ!覚えているぞ!俺たちが物資を渡す代わりにお前たちが俺たちに戦闘員を派遣してくれるってやつだろ!それで派遣されたのがお前だ!だから早くあいつらを殺せよ!!」


声を荒げ続けるボスに対して、スカルリカプカーは冷静だった。ゆっくりと腰からグレネードランチャーを取り出す。


スカル「その通りだ。そして、物資はもう届いている。つまり…用済みなんだよ、お前たちは」


そして、ランチャーの照準を躊躇いなくボスに合わせ、素早く引き金を引く。

爆発と共に炎と煙が立ち込め、衝撃波でスカルのコートやマフラーが荒ぶる。赤い光が彼を一瞬だけ照らした。


スカル「ったく…少し期待していたが予想以上に雑魚で低脳だったな…もう少し組織として成っていれば下っ端として取り組んでやれたものの……」


やれやれと言わんばかりに両手をあげれば、呆れがちにそう言い捨てる。彼らは大義を掲げているが故、ただの犯罪者組織を取り込むことはできず、ただ恐喝、殺し、強奪をしているのではない。彼らは本気で自分たちの幸せのために、そして、怒りの苦しみをを晴らすため、戦っているのだ。


スカル「…さて、待たせたな。エリクサーの剣士と放浪剣士」


ゆっくりとした動作でもう片手にもグレネードランチャーを手に取れば、臨戦態勢となる。


テミス「…やるぞ。お前も逃す気はないらしい」


雅「ああ、わかった」


二人は相手の出方を見定めようとじっとスカルリカプカーを睨みながら、それぞれが離れるように、相手を挟み込むように歩き出す。相手は接近戦をするための武装を持っておらず、近接戦に持ち込めればこちらが優位となるだろう。


だが、相手が取った行動は予想外のものだった。

グレネードランチャーを気絶して倒れている男たちに向けて四度放ち、爆炎と炎を持って殺そうとしたのだ。


炎によって気絶から覚め、悲鳴をあげて逃げようとするが立て続けに放たれるグレネードによってすぐに悲鳴はかき消される。

戦う力を失っていた男たちをただ無惨に殺すという行動という予想外の行動と空気を一瞬だけ劈いた悲鳴に気を取られた雅はただ、赤く燃え上がる死体の山を見つめてしまっていた。


テミス「おい!来るぞ!」


テミスが雅に警戒を促すように叫べば、呆気に取られていた彼ははっとしてスカルの方に視線を移すがその場には既に奴の姿はない。


雅「っ…!上かよ!」


鋭い殺気を感じ取り、上空から落下しながらバレルの下部につけられた3本の爪のようなナイフを振り下ろしてくるスカルの奇襲に反応し、剣でそれを受け止める。

火花があがり、剣から嫌な軋む音が聞こえてくる。


スカルリカプカー「さあ!貴様らから奪ってやろう!」

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