第20話 山へ進め 6

坊ちゃま達はもう寝ましたね。念の為、快適に深く眠れる様に魔力で包んで置きましょう。防御結界も兼ねてますので安心です。




 山の付近に覚えのある気配があったので確認しに来ました。ピクニックの途中に昼寝をするふりをして探ったのですが、力を自ら封じているメイドの状態では詳しく分かりませんでしたから、落書きされ損でしたね。


 気を緩めるだけなので簡単に一瞬で神楽には戻れるんですが、メイドに変化へんげするにはグラバスの魔術師達が作ってくれた複雑で面倒な術式で少し時間を掛けなければなりません。だからピクニックの道すがらに二人の隙を見て気配を探しに出て、すぐに戻るのは不可能でした。


 急いでメイドに変化する事も出来ない訳ではないのですが、術の掛かりが甘いと、くしゃみひとつで、呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーンですよ。今更ですが大魔王に出世したくはありませんからね。


 それだけの苦労をして変化しても装束しょうぞく以外の、顔や姿かたちの見た目は変えられないんですから、何にでも化けるスライムが羨ましいですね。








「……んぐ……んぐ……ぷっはー!……働いた後は、塩で茹でたエドマメでビールが旨い!」


 串焼きだってまだ山程残っている。明日の朝飯の支度の心配も無い。


「……今日も……一所懸命に仕事を頑張った自分に乾杯!……ごくっ……ごくっ……」


 今日は早とちりで気絶してしまったが、介抱して貰って、売り物もお金も取られるどころか見張りをして護ってくれて、何て優しい人達なんだろう。


「んぐっ……優しいグラバスの街の人達に乾杯!……んがっ…‥ごぐっ……」


 アラゴン侯爵家に住んでいた頃は確かに快適ではあった。誰もが可愛がってくれたり敬ったり。でも何故かよそよそしさも感じていた。そういえば初めて会った侯爵も今の侯爵も名を知らない。忘れたのではなく覚えなかった。何代替わったのかも興味が無かった。だがこのグラバスに来て初めて人の名前を憶える事の楽しさと大切さを知ったのだった。


 お得意さんのダゴサク、ゴンベ、スカトンに衛兵のジョセフ、オマワリサン。メイドのマール、それからもう一人……


「……コン……コン…………ごめんください」


……誰だ?……こんな夜中に。……何でこの山小屋に?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る