第19話 山へ進め 5

「ああ……あの広大な青い空を見上げてみろよ!……些細な事なんて、みんな忘れてしまえばいい!」


「レイ!おまえ。本当にそれで、昼寝してた僕の顔に落書きしたのを誤魔化せると思ってるのか?」


「私も鼻がもう一つ増えていましたよ?アラン様」


 きょうは!みんなで……「おい聞いてるのか?レイ」……たのしい楽しいピクニックに来ているんだ。……「聞こえないふりは十八番おはこですよ」……ああ……とっても楽しいな♪




「ところで、レイは大きな弓を背負ってるけど、結局一度も使わなかったな。だから言ったろ、この辺りには小動物しか居ないって。矢だって普通より太くて長いし、そんな弓で射貫いたら熊ぐらい大きくないとぐちゃぐちゃになって肉も摂れないぞ?」


「そろそろこのあたりなら良いかな?見通しがいいし、誰も人は居ないな……」


「試し撃ちをするのか。……それにしても変わった矢筒だな?しかも背中じゃなくて横に。……とは言っても筒じゃないし、横から見るとL字型の板?

 矢の一本一本をひもで結んで長いたての板に束ねて、矢の先を全部、底の板に貼ってある針坊主みたいな綿わたに突き刺して。

 そうか。それなら激しく動いても、一本でも矢が落ちてしまう心配がないな。でも如何するんだ?やじりが結んだ紐の輪に引っ掛かって矢が抜けないぞ?」


「抜くのが逆なんだ。先ず矢の先の、やじりの近くを握って針坊主から抜く。そのまま矢筒の下方、いや前方に近いか、そうして押し抜くと、結んだひもの輪の中を矢羽根が通って御覧の様にするりと、矢羽根を整える手間も省ける。……優れ物だろ?」


「普通の矢筒の逆に抜くのか。矢の進行方向に。……こんな矢筒?は、初めて見たよ」


「箙(えびら)と呼ばれる遠い異国の矢筒だそうです。補足ですが利き手の腰の横に針坊主の部分を固定してありますから、いつでも手探りだけで矢が抜けるそうです。針坊主に鋭い矢先を埋めていますから、手を怪我する心配もありませんしね」


「もう一つだけ、箙(えびら)には最大の利点がある。背中の筒から矢を抜こうと手をやると、上体が反り返り、伸びて上がり大きな隙が出来る。だがこいつなら矢を抜いてる最中でも姿勢はほとんど変わらない。

 いつでも矢を手放せば、即座に短刀に持ち替えて反撃する事だって出来る。手放した矢も紐で結ばれた侭だから落とさないしな。

 また、握っている矢を手放さずにそのまま近接の武器として使う事も多い。いや、この方が主流だったかな。大抵、握っているやじりの付近を残して矢は折れてしまうが、でもそうなってしまった方が使い易くて好都合だ。

 受けたり殴ったりは左手にある弓を使うからな。どうせ壊れるし。太刀を抜くか、拾うか奪うか迄のつなぎには充分だった。」


「……何か……説明が多くて……全部は良く分らないけど……随分と詳しいんだな……まるで自分でそういう風に使ってた様な?」


 懐かしいな。……こいつを腰に幾度戦場を馬で駆け回った事だろうか。……さあ、感傷に浸るのはやめて、思う存分矢を射るぞ!





「おい!……あんな遠くにある大きな岩が欠けて落ちたぞ!……あれが矢の威力か?どおりで、訓練場で禁止されてる訳だ」

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