第5話特別キャスト

夏目は一通り相手を選んだ基準や役割を生徒たちに理解させるために、言葉を選びながら想いを伝えた。


「実は今回のミュージカルでは僕の友達でもあるプロの役者を主役の相手役に連れてきました」


その言葉に、生徒たちは歓喜の声を上げて、相手を見る前から興奮と高揚を隠すことなく教室が盛り上がっていた。


夏目は笑顔を向けたあと、後ろを向いた時、怪しげに一瞬だけ微笑んでいた。


「さあ、入って」


皆が入り口に注目すると、ゆっくりと、現れたのはマッドだった。


美しく、誰もが見た目だけで魅了されてしまう、不思議な感覚に陥って行く。


愛美もその一人だったが、マッドに真っ直ぐ見つめられ、突然、胸が騒つき始めた。彼を知っているような、懐かしさと、その妖艶さを持つ彼に心ごと持っていかれそうで、怖くなり愛美は視線を逸らした。


その様子を、夏目は冷静な目線で見守っていた



夏目はすぐに、いつもの笑顔に戻ると、マッドの紹介をする。


「彼は舞台俳優をしていてね、現場ではマッドと呼ばれています。アリアの相手役、ルシファーを勤めてくれます。みなさん、よろしくお願いしますね」


クラスの女子たちはマッドの容姿に、釘付けになる。それを知ってか、マッドは余裕の笑みを浮かべ教壇に立つ。


「皆さん、初めまして、これから稽古のときは皆さんとご一緒させていただきます。よろしくお願いします」


マッドの色香のある声色は、心地よく人の心に入ってくる。


教室にいる女子たちがみんな、マッドの相手役に選ばれたいという想いが一層強くなっていく中。


ついに、夏目の口からメインキャストの発表が行われた。


次々に呼ばれる生徒たちは出れる嬉しさと、主役ではない落胆さを交えながらも、ミュージカルに出れる悦びを感じていた。


「次に、メインキャストラストは主役を務めてもらうアリア役、間宮愛美」


その名を呼ばれた瞬間、皆の空気が張り詰めた。地味で友達がいない愛美は、ただ、クラスメイトから妬まれるだけ、この結果は、誰もが予想していただけに、実際現実のものになると、皆からの殺気が強く感じられた。


「おめでとう、間宮愛美さん。あなたならきっと素晴らしいアリアを演じてくれると信じていますよ」


「とても光栄です。ありがとうございます」


痛い視線なんて、気にしていられない。

愛美は悦びを満面の笑みで表現した。


そして、マッドは改めて愛美に視線を送ると、今度は愛美も目が逸らさなくなった。


「間宮愛美さん、お相手役よろしくお願いします」


マッドの言葉に、愛美も慌ててマッドにしっかり向き合い、


「こちらこそ、よろしくお願いします。マッドさん」


と、互いに握手を交わした。


優しく見える微笑みは、まるで無機質なダイヤモンドのように冷たく感じた。


愛美はそんなマッドの存在に高揚しながら、少し恐ろしく思えた。

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