29ページ目 エピローグ 白黒つかない そんな毎日

 佐咲の黒魔術騒動から一週間後。

 ボクたちの日常は平穏を取り戻していた。

 ノミコを封印したボクも黒魔術が使えないため、以前のように、ボクを見下し不利益を与えるヤツラに対処が出来なくなった。

 その代わり――


「クラマに危害を加える奴は、今後一切、オレが容赦しない!」


 と佐咲が皆の前で宣言したこともあり、クラス内でのボクの立場は以前より穏やかになった。

 しかし、休み時間中は相変わらず佐咲の周りに人が集まるため、ボクはクセのように染みついた校内散歩に出かけるのであった。

 そのたびに寂しそうな視線を向ける佐咲を意図的に無視して。


 ――*――


 体育館側面から外に向かうコンクリート製の低い階段に腰かけると、どこからともなくアカリがつられるように近づいてきた。

 最近は魔術のことに関して、アカリとこの場所で連絡を取り合うことが日課になっていた。


「バスケ部のトサカ先輩。今日から学校に来てるって、先輩が言ってたよ」


「そう……よかった」


 かすり傷程度だが、それでも今回の黒魔術騒動によって唯一、肉体的・精神的な被害を受けたトサカ先輩だったが、体調が良さそうであることを聞けてホッとした。


「ボクは黒魔術を使ってまで、何をやりたかったんだろう……」


 つい青臭いことをつぶやいてしまった。

 しかし、あの騒動のあと、ボクはそのことをよく考えるようになった。 

 初めは灰色の学園生活を避けるため。

 次はボクをこき下ろす人々への復讐のため。

 そして自分が得た力を守るため。

 最後は結局、学園への被害を避けるため黒魔術を自ら封印することになった。

 ……見事なマッチポンプだ。

 こうして考えると、ボクの欲望はその場その場によって、様相を変えて全く一貫性がなかった。


「きっと自分を変えたかったのよ。高校生デビューってやつ」


 単純でありがちな答えを返すアカリ。

 心の奥底では、その願望もあったかもしれない。

 

「ボクは変わったのかなぁ。考え方は腹黒くなった気がするけど」


「それはあたしも同じよ。椎音くんの黒魔術を受けてから、狡猾な女になった気がする。ホントあたしのピュアな心が汚れちゃったわよ。どうしてくれるの?」


 いいや。

 黒魔術は、アカリの素の性格をあぶり出しただけにすぎない。

 ただ黒魔術のことがなければ、アカリが裏で苦労をしていることを知るよしも無かっただろう。


「ゴメン。巻き込んじゃって」


 まぁ「それは峰岸さんの素の性格だよ」なんて言えば鉄拳が飛んできそうなので、殊勝な態度に徹するけど。


「じょ、冗談に決まってるじゃない。いざというときは白魔術で治せるから、真剣に考えなくてもいいわよ」


 ボクの凹んだ演技を見て慌ててフォローを入れるアカリ。

 ちょろい。


「ただ、治さない。という選択をするかもしれないけど」


「なんで?」


「あたしにとって、いまの方が何というか、バランスが良い気がするの。闇雲に自分の正義だけを信じて突っ走ることだけが良いわけじゃないってわかったし、あの駄本に嫌味を言われてハッとしたのかも」


「そうだね。峰岸さんは、いろいろ考えて行動した方が……」


「なにっ?」


「いいえっ、何でもありません」


 アカリが睨んだので反射的に顔を背けた。


「椎音くんこそ今回の騒動を起こした黒幕として、ご感想は? 教訓でも何でも、得たものはあった?」


「ボク? そうだな。人には光もあれば影もあるってことがわかったよ」


 そう。一見、脚光を浴びている人が、その裏でプレッシャーや妬み嫉みに苦しんだり、水面下ですごい努力をしていたり……。

 その人の一面だけを捉えて人間すべてを判断するって、実は偏見なんだとわかった。

 きっとこの世は、白黒つけられないモノばかりだろう。

 それに気づくまで、ずいぶんな遠回りをした。


「ふーん。よくわかんない」


 こんなあいまいな感想こと、アカリに言っても理解されないことは予想していたよ。

 そこが彼女の良さでもあるのだが。

 他に黒魔術と関わって得たものってあるだろうか?


「ただ、椎音くんも陽キャに対する嫌悪感は減ったでしょ?」


「なりたいとは思わないけど、苦手意識は薄れたかな? なりたいとは思わないけど」


「素直じゃないんだから。本当に猫みたい」


 ボクの頑固さに呆れて、苦笑するアカリ。


「はははっ。日影が好きな陰キャですから」


 ボクもつられて笑ってしてしまった。


「さてと、それじゃあ教室戻るね。また今夜、君の家で会いましょう」


「ん? どういうこと?」


「自分から言い出したのにもう忘れたの? 夕飯ごちそうしてくれるんでしょう?」


「いや覚えているよ……って! 峰岸さんは良いの!? 結構悩んでたじゃん」


「あたしだって、図々しいかなーと考えたんだけど背に腹は代えられないし、また貧血で倒れていろんな人に迷惑をかけるのもまずいし。これまではお断りしたと思うけど、人の好意は素直に甘えようかなと。これも黒魔術の影響ね。もちろん椎音くんのお母様がご迷惑でなければ……ですが」


「あっ……あぁっ! うん! 歓迎するよ!」


 アカリの思いがけない答えに、つい反応が遅れた。


「母さんもすっごく喜ぶから大丈夫だよ!」


 つい母をダシに使ってしまった。素直じゃないな、ボク。


「そう、良かった。それじゃあ、またね!」


「あぁ、また夜に」


 そうか。黒魔術と関わって得たものって、きっと――。


 ――*――


 授業終了後、ボクは自宅に帰り、いつもどおり土蔵にこもった。

 アカリは部活があるので、家に来るのは後になりそうだ。


「あっ、ダーリン! 今日もノミコに会いに来てくれたのね! ノミコ寂しかったぁ」


 土蔵の扉を開けたとたん、駄本が待ってましたとばかりベタベタとボクの身体に張り付く。

 あれだけ生意気な口を叩いていたのに、キャバクラ嬢のような転身にボクも正直戸惑っていた。


「まとわりつくな、うっとうしい。あと思ってもいないことを口に出すな」


「あん。せっかく生涯の伴侶が出迎えたのに、ひどい言い草ですね。さぁ、はやくはやく! いつものお願いしますよ。ア・ナ・タ!」


 あれ以来、ノミコの解呪作業はしていない。

 だが彼女への消しゴムかけは続けていた。

 魔力を込めず、ただ黒塗りのページをキレイにするだけの作業。

 術式は解放されないが、ノミコとしてはそれだけでもうれしいようだ。

 人間に例えるなら、あかすりとかオイルマッサージを受けている気分らしい。


 なぜ、そんなことをしているのか?

 それは、ノミコにどんなことが書かれいて、先人はどうしてノミコのような闇の書物を残したのかを知りたいと思ったからだ。


 佐咲との対決時「お前はこの本のことを何もわかっていない」と指摘されて、ボクはハッとした。

 コイツがなぜ封印されていたのか。どういう存在なのか。なにが出来るのか。コイツの望みは何なのか。

 そんなこと、これまで知ろうとも思わなかった。

 だが、そんな無関心が今回の騒動を招いたのだ。大いに反省しないといけない。

 ボクはノミコの封印を解いた張本人として、祖父の代から続く因縁と向き合っていこうと決めた。

 それが、本当の黒魔術師に至る第一歩だと思う。


「今日はインクの汚れが特にひどい箇所だからちょっと強めにこするけど、痛かったら言えよ」


「やん。ダーリン優しい! でも多少強引なほうがワタシは好きですよ」


「はいはい」


 こいつと真の相棒になる日も、そう遠くないのかもな。


 ――*――


 そして、その夜――


「お邪魔しまーす!」


「あらあら、いらっしゃいアカリちゃん。待ってたのよぉ!」


「ようこそ。アカリちゃん」


「うん。クラマくん」


 黒と白。二人の魔術師の宴が始まる。

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ネクラノミコン パシリが嫌だったので黒魔術で学園中をムチャクチャにしてみた 秋野炬燵 @zankouden

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