28ページ目 何ともグレーな決着

 ボクの全身全霊の落書きによって、ノミコの黒魔術は封印された。

 校舎を覆っていた黒い雲も消え、校内は落ち着きを取り戻していった。


「そんなっ……なぜだ! 今すぐ解除しろよ! クラマ!」


 自分の望みが潰えて、へたり込む佐咲。


「それはたとえ死んでもお断りだ。キミが自分のために悪用する限りは……」


「お前も私利私欲のために使ってきただろうが! なんでオレはダメなんだよ!」


「ボクの時は、振りかかる火の粉を払うために使ったけど、キミは違う。皆からの羨望のまなざしに負けそうになり、黒魔術に頼ったんだ」


 そうだ。

 お前の魅力は、なにも魅了魔術チャームが発動していることだけが理由じゃない。

 お前から湧き出る自信は、お前自身の努力のたまものなんだ。

 小学5年生から、背のデカい奴らに必死に食らいついて勝負してきたお前の姿をボクは知っている。

 女子に人気があるのも、お前がイケメンなだけだからじゃない。お前が誰とでも分け隔てなく優しく接するから、そういうところに惹かれているんだ。

 ずっと後ろから見てきたボクだから、わかる。 


「ダメだよ逃げちゃ。ボクが言うのもなんだけど、佐咲瞬は、いつもみんなの中心で輝いている姿がいちばん似合っている」


「そんなことねぇよ……。クラスの中心に居ても、例え輝いていたとしても、それを見てほしい人が居ないとオレはダメなんだよぉ! オレは……オレは……本当はただ、お前に一緒に居てほしかったんだよ……。どんな理由を並べても、ただそれだけだったんだよ……」


 うっ、うっ。と泣き出す佐咲の姿にボクは心を痛めた。ボク達もっとちゃんと話し合って、お互いを理解すべきだったんだ。


「佐咲くん……」


 ボクは彼に近づき、肩をポンと叩いた。


「そうか。それじゃあ今度こそ、ボクと佐咲くんは本当の友達だ」


「クラマぁ……」


 涙ぐみながら、ボクを見つめる佐咲。


「お前は、友達じゃないんだよぉ……」


 えっ? 今なんと? 想像していた言葉と違う。


「オレは……オレはなぁ!」


 佐咲は、ボクの肩をがっちり掴んだ。



「お前を、心から愛してるんだよおおおおおおおぉぉぉぉっ!!」



 7月にもかかわらず、ボクの心に、真冬のごとき寒風が吹きすさんだ。


「あの、佐咲……さん?」


「転校したときから、ずっと気になってた。女の子みたいな顔立ちに小さく華奢な体。転校先で不安になっていたオレに真っ先に話しかけてくれた優しい奴。いつもノートを貸してくれて、後ろの席で見守ってくれて。オレはだんだんと惹かれていったんだ。しかし相手は男! オレは、必死に想いを押し殺した!」


 佐咲の口調がどんどん饒舌になっていく。


「だけど、ある日……そう、中学2年生の文化祭の時だ。お前、クラス演劇の配役を選ぶとき、くじ引きで女性役を引いて、みんなのノリに負けて、しぶしぶメイド姿になったことがあるよな。そのときだった! お前のあまりの可憐さに、オレは心を鷲掴みにされてしまった! もう男でもいい! 倫理観なぞ知ったことか! とオレの中で何かが吹っ切れた」


 確かに、中学生の時にボクは何度か女装をさせられたことはある。

 忌まわしき黒歴史の一つだ。

 みんなは爆笑していたが、そういえば佐咲だけは切なそうなまなざしで見ていた気が……。

 あれは、ボクを憐れんでいたのではなく、恋に落ちた表情だったって言うのか?


「あと掃除の時間に、クラスの奴が足滑らして、バケツの水をお前に盛大にかけたことあるよな? そん時も、お前が小さくて代えの制服が無いからって、女子が無理やり、セーラー服を着させたよな? オレはあの時、激しくトキめいたんだよ。それから体育のプールの時、お前、必ず片腕で胸を隠すようなポーズするよな? 何なんだよ、あれは! もう興奮してドキドキして、オレいっつも前かがみになって、正直大変だったんだ! まだあるぞ!」


「いや、もう結構です……本当に……」

 

 これが精いっぱいの回答だった。

 佐咲の告白に頭がクラクラし、倒れそうな自分を引き留めることに必死だった。


「だからクラマ! オレと付き合ってくれ! お前がじゃなきゃ、オレはダメなんだよ!」


 ボクの両肩を押さえつけ、熱いまなざしを向ける佐咲。

 顔が。

 非常に。

 近い!


「全っ力で、拒否します!」


「そんなこと言わずに!」


 腕を拘束する力が強くなり、どんどん顔を近づけてくる佐咲。

 ボクは唇の貞操が脅かされていたが、佐咲の力はかつてないほど強く、とても振りほどけそうになかった。


「ちょちょちょ! やめて! マジやめてええ!」


 首を左右に振るが、佐咲はかまわず唇を寄せてくる。


「お前の初めてを奪うような形ですまない。だけど、オレの想い……受け取ってくれ……」


「だからいやだってええぇ!」


 くそっ! なんて馬鹿力だ!


「イタタタッ……椎根くん大丈夫……って、えっ? えええええっ!?」


「うっ……ここは……。はっ! 男同士で何してるんですか二人とも!」


 こんな最悪なタイミングで、アカリと黒崎さんが同時に目覚めた。

 この光景を目の当たりにして驚いて固まるアカリ。

 対照的に、即座にツッコミを入れる黒崎さん。


「たっ、助けて……2人とも……」


 ボクは、女子2人にこの窮地を止めてほしかったが。


〈ぶちゅうううううううう!〉


 時すでに遅し……。

 さらば、わが初キッス……。

 出来れば初めては好きな子としたかったな……。


「……んっ?」


 なんか口に当たる感触が、固くて冷たい。


「クラマキュンの初チューを奪うなんて、そうはいきませんよ……。このチャラ男!」


 ボクの初キッスを割り込んで阻止したのは、意外や意外にもノミコであった。


「わたしは、クラマくんに中身を真っ黒く染められ、セカンドバージンを奪われたんです。もう彼のお嫁さんか妾かセフレか性奴隷になるしかないんです! クラマくんの唇はワタシのものですよ!」


 ノミコはまたバカなこと言ってるけど、これって、不本意でトラウマ確定なボクの初チューが回避されたってことでいいんだよな! やったぁ! と心の中で小踊りしていた。


「……ってノミコ! お前、ボクの愛人とか恋人とか何言ってんの?」


「なにって、そのまんまの意味ですよ。汚れたワタシの責任、ちゃんと取ってくださいね?」


 本の下端を曲げ、さながら人が顔を赤らめて、照れ隠すような仕草をするノミコ。


「死が二人を分かつまで、ずっと一緒ですよ! クラマキュン!」


「何言ってんだノミコ! クラマは昔っからオレのもんだ!」

 

 誰がお前のもんだ佐咲


「椎音くん……あなた、そんな趣味があったの……」


『そんな』とは同性愛の方か。ビブロフィリア(愛書家)の方か、どっちの意味だ、アカリさん!


「二股かけて弄ぶ男だったの!? やっぱり黒魔術師は変態だわっ!」


 三角関係そっちの方かい! それにその三角関係の一角は本なんですけど!? 


「そんなわけないでしょうが! 峰岸さん!」


 あいかわらず天然なアカリに怒りのツッコミを入れ、


「黒崎さんも何とか言ってよ!」


 と同志の黒崎さんに助け舟を求めたが、


「『佐咲……いいだろ』詰め寄るクラマ。

 『そんな、オレにはまだ心の準備が……』と、戸惑う佐咲。

 『準備なんかいらない! 二人が愛し合っていれば、他に何がいるんだ!』と、激しく迫るクラマ。

 『クラマ、オレ初めてだから、優しく……』不安と期待が入り混じり、子猫のような瞳で見つめる佐咲。

 『ボクがお前に優しくなかったことなんて、一度も無いだろ?』佐咲をそっと押し倒すクラマ。

 そして、二人は罪深くも淫靡で官能的な世界へ……ってぇ。キタキタキタああぁぁぁ!」


 黒崎さんに何かのスイッチが入った。

 だめだ、完全に自分の世界に入っちゃってる。


「黒崎さんは、佐咲くんのことが好きだったんじゃないの!?」


「そんなそんな滅相もないっ! 二人の濃密な関係に比べたら、私の恋路なんてちっぽけすぎて小さく丸めて、ゴミ箱へポイッですよっ! どうぞお気になさらず存分にBLしてください! そして私に腐養分を与えてください!」


 黒崎さん腐女子属性かよっ! サラッと自分の恋路を捨てたぞ!?


「ねぇクラマキュン! ワタシこそ一番の相棒でワタシが生涯の伴侶ですよね!」


「オレこそ真のパートナーだよな! クラマ!」


「『あぁ激しいよっ、クラマ!』、『そんなこと言っても止まらないんだよ佐咲!』……きゃああああっ! 最高よぉぉぉっ!」


「椎音くんどういうこと!? ちゃんと答えて!」


 全員、野生動物のように、ギャーギャーと好き勝手に吠えまわる。


「うぅっ……ウルサーいっ!!」


 ボクの精いっぱいの抗議は喧騒けんそうに紛れて、むなしくかき消されていった。

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