3)令和4年12月17日

 今日はお母さんと、あのカフェに来ている。

 あの晩帰って、僕は「遅くなるならちゃんと連絡しなさい」と叱られた。自分でも、連絡したほうがいいかなとは思っていたので、僕はお母さんにお土産を渡しながら素直に謝った。

 

 そのお土産は、お店の人が僕に、今日の最後のお客さんだからといって持たせてくれた売れ残りのタルトだ。お母さんは夕飯の後片付けを済ませてコーヒーを入れ、お父さんを呼んで、テレビを見ながらそれを食べた。そしてお母さんは、タルトが入っていた箱を調べてお店の名前を見つけ、スマホで検索した。そしたら土日のお昼はサンドイッチのランチがあるとわかって、お母さんはタルトのお礼という口実で僕を連れて視察にきたというわけだ。


 テーブルについて渡されたメニューには、サンドイッチは二種類しかないみたいだった。豆腐ハンバーグを使ったやつと、チキンの。木のプレートに、結構分厚いサンドイッチが三切れと、サラダとスープとコーヒーがついていて、デザートはオプション。僕がお母さんに、決めた? と聞くと、お母さんは「佑弥はどれにするん」と言った。

 僕はチキンのほうにした。お母さんは僕と違うほうを選び、デザートもつけた。


 コーヒーマシンがうなるような音を立て、誰かのコーヒーを入れている。僕は先にサンドイッチを食べ、それからサラダに移ったけど、細切りされた野菜は残り少なくなるとフォークではどうにも食べにくい。僕がプレート上で、ドレッシングにまみれたにんじんを追い回していると、お母さんは自分のプレートの上に乗っていた豆腐ハンバーグのサンドイッチを一切れ僕のプレートに置きながら、「チキンどうやった?」と聞いてきた。

 お母さんの乗せたサンドイッチのパンが、僕のプレートからドレッシングを吸い上げた。僕は、おいしかった、と答えながら、お母さんのと一切れ交換してあげたらよかったな、と思った。


 コーヒーとタルトが運ばれてきた。マスカットがたくさん乗ったタルトにはフォークが二本ついていて、お母さんは当たり前のようにその一本を僕に差し出すとタルトのお皿を真ん中に置いた。お母さんはタルトの真ん中をフォークで割って、僕に「どっちにする?」と聞いてきた。

 僕が小さい三角のほうをフォークで突き刺すと、お母さんは、そっちでいいのと言いながらも、自分のほうにお皿を寄せた。


 僕はフォークにタルトを刺したまま、お母さんに「ここ前はすごいダサい名前の税理士事務所やったんよ」と言った。お母さんはタルトの外側の固いところにフォークを突き刺して割り、散らばってしまったサクサクの部分をフォークの背に押しつけて拾い集めながら「そうなん」と答えた。

「じゃあこのお店の人は、その税理士さんとなんか関係があるん?」

「いや、ないと思う。ビルのオーナーさんの親戚やって」

 僕はフォークを口に運ぶとタルトを飲み込んで、その事務所の名前をお母さんに言うかどうか考えたけど、やめた。


 お母さんは帰り際、お父さんにお土産にすると言って、チョコレートのタルトを一切れテイクアウトした。

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