2)令和4年12月14日

 昨日の朝、バス停でノリさんに「そこのカフェ行ってみたんですよ」と話した。

 この冬は家からタンブラーに入れた飲み物を持ってきているノリさんは、口をつけようとしたそれを離し、僕に「遅くね?」と聞いた。

「できて半年にはなるでしょ」

「だって、男子高校生がひとりで行くような店じゃなくないですか」

「うーん……でもまあ同じ金払うなら牛丼とか食いたいよね。確かに」

「はい」

 ノリさんは、そうかあ、と言いながら飲み物をすすり、その店のほうを見てから僕に目を戻した。

「それがなんで急に行く気になったの」

「まあ、ちょっといろいろあって」

「ふうん」

 ノリさんは、あんまり深く突っ込んでこない。僕はこれがちょっと物足りなく思うときもあるし、心地よく感じることもある。きっと、ノリさんが仲良くしてたあの(いろんな意味で適当な)コーヒースタンドの店主もそうだったんじゃないかな、と思う。


 とまあ、そんなわけで、僕はそのお店のコーヒーについては何もしゃべらないままその日を終えてしまった。もちろん今朝もバス停ではノリさんとは一緒になったけど、同じ話題を二日続けて振るのもしつこい感じがしたので、今日は僕はノリさんとは挨拶だけにとどめ、スマホを見ながらバスを待った。

 ノリさんは珍しく眼鏡をしている。夏ころにもかけていたことがあって、聞いたらコンタクトのストックが切れたので買いに行くまでつなぎで使ってるって話だった。意外だなと思ったのを覚えている。ノリさんは裸眼だと思いこんでいたので。

 バスが来て乗り込んだ。運転席のそばに、あの店主が立っていた。ノリさんが「フミさん」と呼んでた記憶はあるけど、本名は忘れた人。ふみあきか、あきふみ。でも乗ってる車は分かる。ストレートに僕の好みで、あの後も何度か調べたので。

 ノリさんがやたらうれしそうに、おはよう珍しいじゃん、と言いながら近寄っていくのを見、僕も近くまで進むと小さく会釈だけして、ノリさんの後ろに少し背を向けるようにして立った。


 バスの中は、信号待ちの間はエンジン音も落ちてとても静かだ。それでもふたりの会話は、ふたりとも声が割と低めなのもあり、そんなにはっきりは聞こえない。下を向いたまま必死で聞き耳を立てていたところ、どうやら「フミさん」さんは今晩は飲んで帰る用事があるみたいだった。

 ノリさんはそれに、何か使えばいいのに的な返事をしていた。「何か」のところは、後ろの座席から聞こえた女子(たぶん中学生)ふたりの笑い声に重なってちゃんと聞き取れなかった。大きな笑い声だったので、僕以外にも何人かそっちを振り向いた。女子ふたりはちょっと頭を下げ、そのまま前の席の陰に隠れるように小さくなったけど、そのあともクスクス笑っていた。


 ノリさんと並んでいる「フミさん」さんは、僕が思っていたより背が低い。僕と同じくらいはあるのかと思っていたけど、むしろ僕のほうがちょっとあるくらい。ノリさんは少し見下ろすようにして話していた。

「フミさん」さんは、僕と同じバス停で降り、数十メートルは僕と同じ方に歩き、そこで横断歩道を渡ると、すぐ目の前のコンビニに入っていった。

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