2 西岡佑弥

1)令和4年12月12日

 先週終わった期末試験は、今日さっそく何科目かの結果が返ってきた。今のところ可もなく不可もなくという感じだけど、国語だけは思ったよりよかったので、なんとなく国語の先生への好感度が上がった。まだ進路のこととかしっかり考えてないけど、これなら文系かなあという気もする。

 学校を出て本屋に寄った。テスト期間中に発売になった漫画の新刊を買うためだ。漫画は店内の真ん中あたりにあり、レジは入り口の近くだからお会計は引き返すことになる。せっかく来たのになんかもったいない気もして、いつも奥まで進んで他の棚も冷やかしてしまう。ただこの本屋では、漫画コーナーの突き当たりを左に曲がるとすぐにアレな漫画がある。僕は迷いなく右に曲がった。見上げないと見えないところに置いてるのは一定の配慮だとは思うけど、学校近くの立地なんだから、もうちょっと考えてほしい。


 突き当たりの壁には資格関係の本がたくさん並んでいる。いろんな資格があるんだなと思いながら通り過ぎ、壁沿いに曲がると今度は雑誌の並ぶ棚。僕が今いる奥のあたりは旅行関係のものがまとまっていて、その先に自動車関係とか。ネイビーのスーツを着た男性がひとり、つま先の尖った焦げ茶の革靴の間に鞄を挟んで、男性ファッション誌を立ち読みしていた。

 その男性の手前に平積みにされた雑誌の表紙には、黒い背景に僕の好きな感じの腕時計とか文具とかの写真が並んでいて、今年一年を振り返るみたいな特集が組まれているみたいだった。僕が欲しいメーカーの鞄も載っている。僕のお小遣いじゃそうそう買えないやつ。僕は手に持っていた漫画を脇に挟み、一冊とりあげて裏側を見た。漫画の半分くらいの厚みだけど、サイズが大きいしフルカラーだからか千円近い。

 財布を確認したくてリュックを降ろそうとしたら、男性がこっちを見た。僕は急に恥ずかしくなり、リュックを背負い直すフリをすると素知らぬ顔で本を元の場所に戻し、そそくさとレジに向かった。


 結局、もともと目当てにしていた漫画だけを買って帰路についた。バスの中で読もうと思っていたけど、僕が立った通路の真横の席には背中を丸めたおばあさんが座って、手首から杖のストラップをぶら下げ、前の座席の裏側につけられた持ち手をしっかり握っていた。僕は、その人の頭上で本を開くのはなんとなく気が引けて、結局本は鞄から取り出さないままバスを降りた。日はほとんど落ちていて、風が冷たかった。

 少し歩くと見えてくるカフェは、かつてダサい名前の税理士事務所(とコーヒースタンド)があったところにオープンしたものだ。もう半年くらいにはなるはず。店内の照明は暖かい色で、窓のそばにコーヒーマシンが置かれている。あの店主にとっては飾りでしかなかったけど、今はちゃんと使われているみたい。


 僕は立ち止まった。つや消しステンレスの銀色をしているはずのマシンは、照明のせいか少し赤みがかかって見えた。ちょっと無骨な感じが、あの雑誌の表紙写真のアイテムたちと雰囲気が似てないでもない。でも、フックで小さいクリスマスリースをぶら下げられながら自分の役目を果たしているそのマシンは、おとなしく写真に収まってた品々より、なんか、かなり、よかった。


 玄関先の看板に目を移し、数字を読んだ。さっきの雑誌を買わなかったので、四百円払うのくらいなんてことはないはずだ。

 漫画を読む間だけ。僕は意を決し、ガラスのはまった木枠の扉を引いた。

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