第36話 アイシテル

夕暮れの教室で泣き続けるエレンと、よく分からず困惑するラティとアシュレイ。


ガタッと教室の戸が鳴る。


「誰かいるのか」とラティが戸を睨むと、

「ラティに落とし物届けに来ただけのつもりだったんだけど」

とルークがラティに闘技場の鍵を渡しながら入って来た。





「それよりも、お前の姉がレオナさんって本当なのか」

眉間に皺を寄せ問うルーク。

嗚咽を上げる彼女を怪訝そうな目で見遣る。


「顔写真、を、見た訳じゃ、ヒック、無いから…分かんない…っ、けど、でも特徴聞く限りっ、姉で間違いない……」


両手で涙を拭いながらつっかえつっかえ答えるエレン。



「……そうか、まあ、女でこれ程魔力が強いならレオナさんの血縁だって事も納得だな。二人とも何か他の奴と違うオーラだし」


暮れ行く日を窓越しに見、外からの他人同士の「また明日ー」の会話を聞きながらため息混じりにルークが言った。




「歴代の四聖星シエルの肖像画、確かアンヴァンシーブル城にあったよね?」と

彼女の背中をさすりながら言うアシュレイ。



「学校からそんな離れてないし、行くか?エレンが良ければ。二人のこと少し興味湧いてきたっつーか…知りたいし」と机に座って黄色の頭をぽりぽり掻きながらラティが言う。




嗚咽が少し落ち着き、徐々に冷静さを取り戻してきたエレンの口が開き、一度閉じた。

そして意を決したようにまた開く。


「私、まだお姉ちゃんがここに居たって信じられないけど……でも、お姉ちゃんのことについて、怖いけど、知らなきゃいけない気がする……」




そうして四人は女王陛下の居る城へ向かった。



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従者が重厚そうな部屋の扉を三回ノックして言う。

四聖星シエルの者達が陛下にお聞きしたいことがあると申し上げております」



「いいわよ、通して」



中に居た女王様は変わらず御美しかった。


目を紅く泣き腫らしたエレンを見て驚きなさった。

「まあ!どうしたのエレンちゃん、そんなに目を赤くして……」



女王様はエレンをふわりと抱きしめ背中を優しくさする。


そして男子四聖星の方を向いて頬を膨らませた。

「貴方たちが泣かしたの?」




「「「え!?いやいやいや!!!!」」」

男子ズはそれぞれ全力で否定した。




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男子ズが事情を説明すると、女王のダイヤモンドのように透き通った眼を長いまつ毛が伏せた。


「そうですか、気付いてしまったのですね」


女王の、毛先がほんのり桃色に色付いたミルクティー色の髪が哀しそうに揺れた。




「”気づいた”って事は二人が姉妹だと知っていたのですか」とルーク。



「あら、そんな怖い顔しないでちょうだい」

ドレスの袖を口元に当てて軽く笑う女王。



「いや別に怖い顔をした訳では……」と彼は目を逸らした。



「四人とも付いて来て」と何処かへ行く女王の後を追う四人。

アシュレイはエレンをちらちら見ながらずっと気にかけていた。



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レッドカーペットの果てしなく長い廊下に煌めくシャンデリア。


第一代の四聖星の原寸大の薄汚れた写真が額縁に入れられ壁に飾られていた。

その横に第二代の四人、第三代の四人…と両側の壁にずらりと金縁に囲まれた英雄達がこちらを向いている。

どれも男、男、男…。


しばらく歩くと『第四十九代四聖星』と彫られた金板を発見した。

その横に、女のその人は佇んでいて、桜色がかった黒い目で寂しげにこちらを見ていた。



────”レオナ・ヴィクトワール”────



炎を彷彿とさせる赫い髪は肩まであり、片耳にはエレンとお揃いの深い藍の宝石のピアス。



エレンの方を見ると目を見開いて固まっていた。が、次第にその目尻には再び雫が溜まっていき、静かに堰を切ったように流れ出した。



彼女が震える手で自身のネックレスを取り、レオナのピアスへ重ねる。


二つの宝石は一ミリもズレることなくピタリと重なった。

うっうっとしゃくり上げながらその場にへたり込むエレン。





女王が静かに語り出す。


「レオナちゃんは勘が鋭くて、先のことまで見通す力を持っていた。

異能は貴方と同じ『具現化』だけれど、私は『未来予知』もあったと思っているの。

妹がこの星に来ることも四聖星になることもあの子は知っていたわ。

私は、四聖星に女の子がなるの、初めてで嬉しくって。娘のように接していた」


嬉しそうな顔から笑みがすっと消える。



「あの子は”何が起こるのか”は予知できた。だけれど"いつ"起こるかは分からなかった。」



そこまで話したところで思い出したように「あ」と声を出す女王陛下。

へたり込んだまま陛下を見上げていたエレンに女王は目線を合わせてしゃがみ込む。



「ここに来る時の門の暗号、14106だったでしょう?あれ、レオナちゃんが決めたのよ。

“アイシテル”っていう意味を込めた語呂合わせだってあの子は言っていたわ。

『エレンは気付くかなー?いや、エレン毎回私の想像超えてくるからそもそも疑問視しないかも』って笑っていたわ。」



エレンは「はは…」と弱々しく笑う。


「確かに疑問にも思わなかったな…"愛してる"か……お姉ちゃんらしいわ……」




そして涙声で呟く。


「そんなの、まるで私宛ての遺言みたいじゃん……」





四聖星の男子ズはエレンを気の毒に思って、何も言葉が出なかった。

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