第35話 どうして、

翌日の学校で、エレンは休み時間にラティの居るクラスを訪ねたが、彼は男友達ととても楽しそうに笑いあっていた。



─────だめだ、前の四聖星のことを訊くにはもっと人の少ない所じゃないと…



エレンはその日の授業を受けるにつれて、彼にその事について訊く事を忘れていった。





終礼が終わり、クラスの人たちが別れの挨拶と共にばらばらと帰ってゆく。

中学生に進級しても心友の、水を操る珊瑚さんごはエレンと同じクラスだった。



「エレン!一緒に帰ろ!」

と蜂蜜色の髪をふわりと三つ編みにして片側に垂らし、星形の髪飾りを付けた珊瑚がエレンの席に近づく。




珊瑚の声でまだしてない予定を思い出し、エレンは両手を合わせて謝罪のポーズをとる。


「ごめん、今日予定あって、先帰ってて!」




珊瑚は少し残念そうな素振りを見せて、

「そっか、じゃ先帰ってるね、また明日!」と手を振って帰っていった。






珊瑚と別れたエレンは"やること"をしに行った。


四聖星の一人───ラティとは同学年だが、エレンとは違うクラスだった。


まだ居るかな、もう部活行っちゃったかなと考えながら彼のクラスへ急ぐ。

彼のクラスのドアを開けると、ラティの他にアシュレイも居た。


「あ、エレン」



見知った先客がいた事に一瞬たじろぐエレン。



────アシュレイはこの話題、嫌かな……



「エレンどうしたの」

と男子二人が彼女の方を見て尋ねる。




「あ、あの、あのさ、急にごめんね、ちょっと聞きたいことがあって」

タブーな質問をするのを躊躇して挙動不審な動作をする彼女。



意を決して訊いてみる。


「べ、別に話したくないならそれで良いんだけど、

……前の四聖星シエルで、ここの守り神だった女性について教えてくれない……?」



目を丸くするラティと、少し顔を強ばらせるアシュレイ。






そして同時刻、丁度ルークがそのクラスの部屋に入ろうと戸に手をかけていた。


前に都市巡りを四人でした時にラティが落として忘れていった闘技場の鍵を彼に渡そうとしていたのだ。


部屋の中からの予想もしていない会話の内容に、眉を眉間によせ、ひっそりと外で盗み聞きをすることにした。


『透視』の異能を使い、中にいるのは他の四聖星の3人だと知る。






「え、前のシエルの女性って、あの病気を蔓延させたっていう……?」

とアシュレイが青色の瞳を不安そうに揺らす。





そして、その後にラティが付け足した言葉にエレンは耳を疑った。




「たしか名前は……レオナ・・・だったな」


「えっ?」



それはあの日、ヴィルジールの研究所で生き別れになってから一時も忘れることのなかったエレンの最愛の姉と同じ名前だった。





姉と同じ名を聞いた途端、エレンの胸元のネックレスの中で不安そうに碧紺がうごめき、目頭が熱を帯びたように熱くなった。


次第に呼吸が乱れ、鼓動が速くなっていく。



─────はぁ、はぁ、はぁ、はぁ



過呼吸を起こし、頭が混乱するエレンの様子に異常を感じたアシュレイとラティが「大丈夫!?」と声をかけて駆け寄る。



エレンの耳にはその二人の言葉がとても遠い音のように感じた。





「おね…え……ちゃん……?」

震えるエレンの唇から絞り出すように言葉を紡ぐ。


「レオ…ナ、レオナって今言ったよね?名字は、名字は"シャルム"?」


エレンがラティにすがるように自分の姓を口に出す。





ラティが困惑した顔で答える。

「…いや、シャルムじゃなくてヴィクトワール……」



名字はエレンの生まれつきのとは違ったけれど胸騒ぎがした。何故か違う人だとは思えなかった。





「どんな見た目の人?赤い髪……?」


エレンは地面にへたり込んで目を朱く染めながら尋ねた。



ラティが頭をぽりぽり掻いて思い出しながら答える。


「赤色だったよ。燃えた炎みたいにあかくて肩くらいの長さの髪だったな。

あ!そういえば片耳に丁度エレンが着けてるネックレスと同じような青色の宝石のピアスを付けてたな……」




その言葉を聴いてエレンの涙腺が崩壊し、堰を切ったようにとめどなく雫が溢れてきた。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


叫んで、嗚咽をあげる彼女にとりあえず背中をさすってあげるアシュレイ。







『これ、エレンにあげる!お姉ちゃんとお揃いだよ~』



姉から貰った日が脳裏に蘇る。


感情によって色が変わるチャーム。


エレンが悲しんでいたら駆けつけるね、と屈託のない太陽のような笑顔でプレゼントしてくれたお揃いのもの。



肌身離さず、ずっと大切にしていた宝物。



エレンだけが、姉のピアスの色の意味を知っていた。




─────深い深い紺色は、尽きることのない哀しみの色……






「どうしてお姉ちゃんのこと、気づけなかったんだろう……」




姉と生き別れになったショックで数年間、衣吹の家の自室にずっと閉じこもっていた。



お姉ちゃんがヴィルジールから逃げ出していたなんて。

私の前の四聖星だったなんて。

街のみんなに疎まれていたなんて。


どうして気づかなかった、どうして助けてあげられなかった、どうして、どうして………



ずっと助けて貰ってばかりで、何も恩返し出来なかった………



会えるチャンスがあったのに逃したという後悔。



そしてもう、二度と会えない。



『エレン』


優しく微笑みかける姉の顔を今でも鮮明に憶えている。



「なんでよぉ……お姉ちゃん……」





放課後の、夕陽が差し込む教室で彼女の泣き声が悲しく響いていた。

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