1-18 二位じゃない


エスペランスバトルの全試合が終わり、

洋風の建物が並ぶ都市『スぺクタル・フェリック』の守り神はエレン、

二位のルークはドラゴンが移動手段の都市『ゼフィール』、

三位のラティは近未来都市『アストル』、

四位のアシュレイは自然に囲まれた都市『ピュルテ』の守り神となった。



四聖星シエルを正式に認める任命式は四人の体調を考慮して翌日に行なわれることになった。







ルークは鞄を持ち闘技場を後にする。


会場で試合を観戦していた人々もぞろぞろと各家庭へと帰っていく。


五月一日のスぺクタル・フェリックは時折強い風が吹き、少し肌寒かったのでルークは行きに畳んで腕に掛けていた茶色の薄いロングコートを羽織った。




不意に肩をトントンと軽めに叩かれ振り向く。

風が吹いていて寒いのをちっとも気にしていていないかのような半袖短パン姿のラティが片手をあげてニカッと笑っていた。


「よっ」


「……」


ルークは無言で視線をラティの斜め後方に立っているアシュレイにずらすと、じっとルークのことを見ていた彼が不意に肩をビクッと揺らした。

ルークは視線をラティに戻し尋ねる。


「そんな格好で寒くねぇのか」


ラティは自身の半袖短パンを見て答える。


「え?寒い?一年中これだからな…むしろ戦い終わった後だから結構暑い!」




火術にけている術者は体温がもとから高いのか、それともラティの中の寒さを感じ取る神経がバカになっているだけなのか。



すると突然アシュレイとの戦いで味わったような、雫が背中を落ちる感覚がした。


「後者の方が有力かもね」


とアシュレイが苦笑いしながら言った。



ルークは顔をしかめて、

「勝手に人の心を読み取るな。ゾワゾワして気持ち悪い」

と彼に言うと、彼は動揺した表情を見せ

「………すみません」

とラティの後ろに下がった。





数分間ラティの今日の感想をルークは表情をひとつも変えず、アシュレイは時々頷いて聞いていたが次第にラティの感想が尽きてくる。




「明日もあるし、今日はこのへんにするか」

とラティがルークとアシュレイに目配せした。

「ああ」「うん」とそれぞれが答え、じゃあな、と各自宅へつま先を向け歩き出す。




ルークは帰宅途中、水色のワンピースに薄いカーディガンを羽織ったエレンが足早に去っていくのを見た。



試合に勝ってもエレンは嬉しそうな表情を見せず、ただ無心にタスクをこなすが如く淡々としていた。


「よく分からないやつ……」


ぼそっと夕方の帰路でルークは呟いた。






家の玄関を開け「ただいまー」とルークが言うと、廊下を全速力で走ってくる母親が見え思わず後ずさりした。

勢いに任せてルークを抱きしめた後そのまま地面に倒れ、ぷはっと母親が息を吸う。




「…苦しい」

至って冷静に嫌がるルークに、興奮した様子で詰め寄るルークの母親。


「凄いじゃない!!四聖星になったのよ、ルークは私たち一族の誇りよ!」


ルークはその母の言葉を聞いて少し驚いた。彼がどんなに百点を取っても前までは

「続ける事ね」

と素っ気ない対応をとられていた為、こんなにも自分の結果に興味を持って貰えるのは初めてだったからだ。




「……でも、二位だよ」


ルークが立ち上がりながら目を逸らして言う。

「別にいいじゃない、しかも『ゼフィール』の守り神よ!私たちの生まれ故郷よ」


その会話を聞きつけ部屋の奥から祖母も出て来て、夜に祝いのパーティを開催してくれる事を知った。





夜、太陽が沈み月が見えだした頃、パーティは始まった。

家族や親戚、近所の人も親が勝手に招きどんちゃん騒ぎ。

ルークの父は酒を飲み、ヘロヘロに泥酔していた。


「ちょっと部屋戻るね」


他の人に心配されている父の様子を横目にルークは自分の部屋へ行きドアの鍵を閉めた。


閉めると同時にへなへなとその扉にもたれ掛かって今日のエスペランスバトルのことを思い出す。

パーティ会場では

「四聖星おめでとう、二位凄い!」

と多くの人に言われて、ありがとうございます、と周りに合わせて喜んでる振りをしていた。





しかし、"二位"という単語を聞く度にルークの心は傷付いていった。


「二位じゃ意味無いんだよ……」


ずっと一位にこだわり続けてきたルークにとって二位は屈辱であり、素直に喜ぶ事が出来なかった。




どうしてエレンに負けたのか、もっとこうすれば勝てたのかもしれないと思い出せば思い出すほどに悔しくなって、涙が出るのを堪えるも堪えきれずにルークの紫色の瞳からぼろぼろと溢れ出て止まらなくなってしまった。


嗚咽と涙でルークの整った容貌が初めて乱れた。

まだエレンとの試合で負った背中の打撲傷がジンジンと痛んでいる。



その晩はルークはもうパーティ会場に戻ることはなく、泣き止むと虚空を眺めて、眠ることは無かった。

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