1-14 食わず嫌い

これまで何人も余裕で倒してきたのに、最後の四人だけになると一気に難易度が高くなるんだなと思いながら、ルークの背中を一筋の汗がつーっと垂れて行った。



ラティが次の技を出す為に鳴らした指の音と同じタイミングでルークは素早く辺り一面を霧術きりじゅつを使って覆った。


地面を蹴って後方に跳び、ラティから距離をとる。




観客席の方から

「おいっ、これじゃあバトル見れないじゃないか」

という文句が飛んできたが、見せる為に戦ってんじゃねえよとルークは頭を搔いた。


前方に目を向けると遠くでぼぅっと灯る火の玉がうろうろしていた。





立て続けに他の種類の術を行使しないことから、きっとラティは雷と火しか操れないのだろう。


ルークは水術を使い、左手で一つの丸い泡を作り、そこにフーっと息を吹きかけた。


中に小さい波が現れ、瞬き一つする間にその水の入ったやわいボールは直径三メートルの大きな水の球になった。


ルークがスマホを上にスワイプするように指を動かすと、大きな水の入った玉はラティの方に飛んで行き、火の玉の上空で風船のようにパンッと弾けた。





中から溢れ出した大量の水は地面に着くと同時に津波となってグラウンド一面にドドドドドドという地鳴りと共に流れ広がった。

余った水はグラウンドの端の壁に跳ね返り、激しく水飛沫みずしぶきをあげた。


波が地面に吸い込まれ、次第に霧が引いてくると周りのモヤも消えてきた。





ラティがびしょ濡れの状態のまま倒れている。


1秒、2秒、3、

(ラティは立ち上がろうとしていた)、

4、5…

倒れてから5秒経ち試合終了のブザーが鳴った。




係の人が毛布を持ってラティの元へ駆けつける。

少し派手に攻撃し過ぎたかもしれない。



ラティは係の人に支えられながらなんとか立ち上がった。

彼はこちらを見て、少し恥ずかしそうにしながらへにゃっと力の無い笑顔を見せた。







他の係の人に「ルーク・フォルスさん、戻ってください」と言われ、その場を後にした。


戦う相手が絞られ、瞬きする間に横に居たラティに負けることに焦っていたのかもしれない。


やはり四聖星の卵と、一般の魔術師では攻撃の威力が違いすぎるのだろうか。

フラフラと立ち上がるラティを見て、ルークは少し本気になってしまった自分に後悔した。




………ガチャッ…と待機所のドアが開いた。毛布を頭から被ったラティがヘヘッと笑いながら、さっきの敗北なんて忘れたとでも言うように普通に入ってきた。


「あの、…さっきはごめん」


ルークが謝ると、


「え?何が?」


とラティが素っ頓狂な声をあげた。


「何がって...水術の威力強すぎたから、怪我とか、危険に晒したっていうか...」


「ああ、なんだ、そんなことか。」


ラティは毛布で髪をわしゃわしゃと乾かしながら言葉を続ける。


「まあ、威力が強かったけど、オレは手加減されるほうが嫌だよ。そっちも嫌だろ、手加減されて勝つのは。

本気でぶつかってこそ男の勝負じゃん?いろんな術使ってたし、四聖星の卵だろそっち、でもだからって遠慮する事は無いよ」


と、ラティはルークの目を真っ直ぐ見てはっきりと言った。





意外だった。こんなチビで馬鹿そうな黄髪色の男が、こんなにも真っ直ぐでまともな言葉を言うなんて。



──『ルークは食わず嫌いが多いぃねぇ。何でも見た目で判断すると、実際はいいものだったことも知らずに一生が終わっちゃうよ、それは、とても、寂しいことだよ』──



ルークと亡き祖父の最後に交わした言葉が、真っ直ぐと見つめるラティの緑色エメラルドの瞳を見て蘇った。



──”食わず嫌い”か───



バトルでは勝ったのに、何故か負けた気がした。

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