1-7 赫色の瞳

「いつものアレ取ってきて」とエレンが言うと、

「はぁ...はいはい」

ハクは溜息混じりに渋々頷いた。


羽をぶるっと一振するとハクは透明になり、ファサッと風をたて『アレ』を取りに行った。





衣吹は信用出来る人柄だったのでエレンの過去を覚えている限り全て話したが、エレンの『魔術師ではない姿』を衣吹に実際に見せたことは無かった。姉のレオナにも。




エレンが歯をグッと強く噛み締めると心臓がドクンと大きく動いた。血流が速くなるのが自分でも分かる。

すると上の歯2本だけが剣のように鋭く伸びた形に変形した。



桃色の髪は毛先から徐々にカラスのように真っ黒な髪に変化し、黒に薄いピンクがかった瞳は深紅の目に染まった。



衣吹にも姉にも見せたことがない姿──それはヴァンパイアの姿であった。けれど生まれた時からヴァンパイアの一面を持っていた訳では無い。


『アイツ』に、ヴィルジールにやられたのだ。




蛇男ヴィルジールが住む城は言わば研究所のようなもの。



ヴィルジールは実験台にする人を別惑星から捕まえてきては改造し、気に入らなかったら捨てるころすという最低な奴だった。


姉はまだ改造されてはなかったが、エレンは身体にヴァンパイアのDNAを無理矢理入れられ改造された。





その時はまだ何処で産まれてどのようにあの研究所へ連れてこられたか覚えていた。


けれど改造されたらその衝撃で過去の故郷の思い出を忘れてしまった。

後に姉に教えて貰ったものの故郷がどんな場所だったのかが思い出せないのである。


母親の顔さえも忘れてしまった。




ヴィルジールが実験体にするのは決まって子供だった。子供の方が異種の血を掛け合わせた時に拒絶反応が小さいのだとアイツの家来に笑って言っていたのを思い出す。



エレン達姉妹の囚われた檻の周りにも子供の声がしていた。


笑い声は無く、ただ冷たい空間に子供が苦痛で泣き叫ぶ声が聞こえるだけだった。




子供を玩具おもちゃのように扱う蛇男ヴィルジールを姉妹は憎んでいた。しかし、反逆するものは首を掻き斬られ殺された。誰一人勝てなかった。





ヴァンパイアの姿を誰にも見せなかったのは『怖いから』だ。どこの国でも吸血鬼ヴァンパイアは悪魔の遣いと言われる。エレンは鏡に向かって口角を上げてみた。



「うん、怖い」



血のように赤い目に縦長の瞳孔、鋭い牙、両側に緩く赤い紐で結んである漆黒の髪を自分でも恐ろしいと感じていた。






モヤモヤと考えていたらファサッと羽の音がして窓の方を見ると、鋭い爪で赤い液体の入った小瓶をしっかり掴んだハクが透明な状態から近づくにつれ白色に戻って帰ってきた。


「おかえり、ありがとう」


エレンはハクから瓶を貰った。

階段を降りて一階のキッチンにストローを取りに行き、二階に戻るとその野球ボールくらいの大きさの小瓶を回し開けストローを差して飲んだ。




1ヶ月に一回程度、血が呑みたくてたまらなくなる発作があり、その期間には喉が渇いたこと以外考えることが出来ないほどに血に飢えてしまう。


魔術師の姿でいる時も勝手にヴァンパイアの姿に変化してしまう時もあるので飲める時に飲まないといつ発作が起きてもおかしくない。






二年前、衣吹と散歩をしていたら輸血所を見かけ、衣吹に聞くと


「魔術師の喧嘩は怪我が付き物だからね、怪我した魔術師がそこで血を輸血してもらうんだ。

病院の輸血もあの場所から貰ってくるんじゃないかな?

心優しいボランティアが献血に来るんだよ」

と言った。



ハクはその輸血所に置いてある小瓶を盗んで持ってくるのだ。





「ふぅ...」

血を飲み終わったエレンは瓶を机に置き両手を合わせ「ご馳走様でした」と言った。




見ず知らずの人の血を飲むのは抵抗があり、極力飲みたくないのだが飲まなきゃどうなるか分からない。餓死してしまうかもしれない。





「普通に生きたい...」




ベットに横たわったエレンの瞳から涙が一粒こぼれ落ちた。

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