1-4 蛇の牙、冷たい悪夢


────その夢は3年前、エレンの実の姉と生き別れになった日の事だった。



姉の名はレオナ。艶のある赤色の髪をなびかせ、エレンをいつも守ってくれる勇敢で強く優しい姉だった。

夢の場面は、檻の中から逃げ出すところであった。



エレンとレオナが囚われている檻の周りは松明の薄暗い光で点々と足元が照らされている。




レオナは指先で炎を操り、檻の鉄の棒をゆっくりと溶かしていく。エレンは溶けた鉄の棒を魔法でぐにゃりと曲げて、逃げる為の出口を広げている。


2人の周りには誰も居ない。


姉妹はひっそりと檻から出た。もうこんなに暗く寒く怯えて生きていくのは嫌だ。


食べ物もろくに貰えず、姉妹は骨が見えるほどに痩せ細り、他の檻に閉じ込められていた他の子達も、日に日に数が減っていった。






二人は魔法を器用に操り、あと数メートルでこの建物を出るところまで来た。レオナは見張りをし、エレンはドアを開ける。


5歳のエレンの小さな体で、高さがそれなりにある鉄の扉を魔法を使いながら開けるのはとても力がいるものだった。


エレンは少しずつ開けていたが、その時、

コツ、コツと奥から足音が聞こえてきた。




レオナもエレンも顔が青ざめ、レオナが

「だだ誰か来ちゃうよ!」

と言った途端、エレンは丁寧さよりも焦りの方が勝ってしまった。


分厚く、大きい扉は「ギギギギ・・・」という鈍い音を立て開いた。



建物全体を震わせる音がしたものだから、監獄のような不気味なこの研究所にいる大人達は形相を変えて全速力でダダダと走ってきた。どの男の人も武器を持っている。





武器を持った男の人達の後ろから1人だけ違う威圧感を放つ男性がコツコツという足音と鎖を引きるような音を立て近づいてきた。


「ヴィルジール様!」


家来達は素早く跪く。




その男の髪は毛先に向かって紫色に染まってぼさぼさな髪型であり不潔な見た目だった。

頭部左側にはコウモリのような黒い片翼が生えている。


顎には髭を生やしており、首には黒い蛇が巻きついており、服は金のチェーンがジャラジャラと付いて、黒っぽい生地に目玉の模様が施されており、その模様のいくつかがギョロギョロと気色悪く動いていた。



ヴィルジールの目は吸血鬼のように赤く、瞳孔が猫のように縦長だった。


「ひぃッ」


エレンは短い悲鳴をあげ、姉の後ろに隠れた。


ヴィルジールは姉妹を見て不気味な笑みを浮かべた。


「何の騒ぎかと思ったらドブネズミが逃げようとしていたと、ハハ、面白い。

いい度胸じゃねぇか。

逃げられると思うなよ、まあ、いきなり殺すのはつまらねぇ、お前らの最期の言葉くらい聞いてやる」

とヴィルジールはニヤニヤして言った。



「なら話させてもらうわ」とレオナ。

声が震えている。


「私は捕まってもいい、けど、妹には手を出さないで。エレンを見逃して。お願い」


レオナの頼みにヴィルジールは首をゆっくりわざとらしく傾けた。


「は?言葉を聞いてやるとは言ったが、望みを叶えてやるとは一言も言ってないぞ?

・・・まあいい、俺は顔を歪めて泣き叫ぶやつを見るのがゾクゾクして楽しいんだ、面白い、

ならお前の言う通りそいつを放してやろう、子ネズミ、後に、俺に憎しみをぶつけに来れば良い」


ヴィルジールが髭を擦りながらそう言うと、彼の首に巻きついている毒蛇が脱力するようにぶら下がり、姉妹に「シャー!!」と威嚇した。



エレンはビクッと目をつぶってしまった。




「おいおい、ビビってるのかぁ?姉は貰ったぞ」とヴィルジール。




エレンは「えっ・・・」と言って目を開けた。



太く黒い毒蛇はレオナの体に巻きついていて、口を開けよだれを垂らしている。あの鋭い牙で噛みつかれたら即死だろう。


レオナが「エレン!!逃げて、走って!!」と叫んだ。



ヴィルジールが「あと10秒数える間に逃げなかったらお前も餌になって貰う」と言った。


「10」


ヴィルジールがカウントダウンを始めた。



逃げなきゃ、そう思っても震える足が言うことを聞いてくれない。


「9、8…」


「エレン、早く!」

「7」


エレンは唇を噛み締めた。

自分にもっと力があればお姉ちゃんを救えるのに。


「6、5」


エレンはレオナに謝った。


「お姉ちゃん、ごめんなさい、いつか、私が必ず仇を打つから!!」


「4、3」


エレンは建物を飛び出した。

「2、1」





「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」





エレンは大声を出し、とにかく力が尽きるまで全力で走った。



涙でぐちょぐちょに乱れた顔をそのままにして。

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