(陸)旅の再開

 旅を再開するに、ゆうに五日ほど必要だった。

 普段なんともなさそうに妖術を使う興長も、珍しく気分が悪そうにしていたのだが、それでもせっせと旅支度を整えてくれていた。予備のユキの旅の服なんかも揃えてくれていて、約束していた八年前の事件の情報も役人のところへといつの間にか取りに行ってくれたらしい。


 興長の持ってきてくれた情報には特段目新しいものはなかった──とは言え、これまでのような碌に教えてもらっていない状態よりはよほど良い。少なくとも父が犯したとされる罪、その場所は明確になった。そして、やはり父の名前につきまとう「人斬り」の文字。


 八年前、舞台は裳倉もぐら家のコウロウ領にある別邸。療養のために若君が滞在し、いよいよ明日には首都に戻ろうとしていたところ、手配中の人斬りが再来し、無法の限りを尽くしたとある。斬られたのは下人下女が幾人、若君に怪我はなし。人斬りカゲヨシは直ちに無名の剣士に斬られたとのこと、とある。


(人斬りの再来──この前にも父さんが人を斬った事件があった、ということ?)


 これまで父が人を斬ったという話は村にいた頃も聞いたことがなかった。そんな人、受け入れないだろう。だが、父も己も、あの日までは普通に周りの人からも受け入れられていたはずだ。


(それともこれも別の人で、全部父さんのせいにされてるとか?)


 考えたが何もわからない。少なくても幼少の頃に見続けた父の背中からは人斬りの気配はちっとも感じたことがなかったし、彼は朗らかで、ひたすら剣を握り、道場剣術を極めていたような男だ。いつかの夢も、生天目流の道場を開くことだけ。

 母さんの話だってよくしてくれた。裕福でなくとも、平和そのものの家だったはずだ。


(父さんが人斬りなら、親友の芥間さまが知らないはずはない。なにか噂くらいは聞いたことがあるはずだ)


それとなく手紙で聞いてみようとユキは決心した。まあ、それで教えてくれるならば屋敷にいた頃に話があっておかしくはないのだが、それとは別に勝手に家を出た詫びを入れなくてはいけないのだ。仇を討ちたいユキの心情も知っているはずなので、もしかしたら何かを教えてくれるかもと期待はしている。

 ほかの資料についても、ユキの父とは関係のなさそうな人斬り事件ばかりだったが、念のため大切にしまっておいた。


「興長さん、旅の道中で手紙をやりとりしたい時ってどうすれば良いんでしょうか」

「シルバ殿とのかい」

「いえ、別の知り合いに出しておきたくて」

「そう言うことなら、妖具の作り方を教えるよ。伝書鳩のような、手紙を運んでくれる鳥を紙で作るのさ。これは高いものでもないから都度買ってもいいが、自分で作れた方がなにかと良いだろう?」


にこりと微笑んだ。

 なお、払う対価も大したことのない程度だという話だった。運ぶ距離が遠くなればなるほど大きくなるが、それでも倒れるほどのものではないと。

 ユキは少しだけ期待に胸を躍らせる。いつだって、知らないことを知るのは楽しい。それに、


(芥間さま、驚くかな? 俺が妖具を使って手紙を出したら。あの屋敷では使ったことなかったし)


よくやったと褒めてくれるかもしれない。自慢の弟子だと──いや、それは望みすぎだとすぐさま自分に言い聞かせる。

 思い上がってはいけない。自分は父や芥間のような善い剣士から遠い人間なのだと戒める。ユキはえんきりを丁重に布に巻いて背負うと、身支度を整えた。


 この間、役人たちが調べにくることはなかった。

 宿を出て、門を抜ける時も何か言われることもない。事務的な手続きを簡易に済ませて、終わりだった。ユキはほっとしながらも、どこか淋しさを感じずにはいられなかった。


「それでは、カゲユキ、おえん殿。行こうか」

「…………はい。行きましょう」

「よーし、行こう!」


 いい天気にユキは目を細めた。立ち止まっている場合ではないことはわかっている。

 ユキとおえん、興長は街道をのんびりと進みだした。




【廻る縁の妖剣士 一章 無名剣士】(了)

※小話が続きます。

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