参話 断ち切る因縁

(壱)興長、合流する

 興長が合流したのは朝になってからだった。

 うまく寝付けなくて、見張りも兼ねて外で素振りをしていたところ、ふわふわと飛ぶ紙の蝶に案内されてやってきた。迷う素振りもなくまっすぐにユキを見つけると、ゆったりと手を挙げる。


「きみは変なところにいるなあ、すぐそこに町があるのに」

「おはようございます、興長さん」

「うん、おはよう。待たせてすまなかったね」

「いえ。もう少し遅くなるかな、とも思ってはいたので」

「途中で野暮用を済ませていたら存外遅くなってだな──」


 彼はそのままにこやかに続けようとしたのだが、すぐにユキの背後にある小屋に気がついた。ユキは戸を少しだけあけて、中で眠っているアンドレを見せる。緊張の糸が切れたのか、当の御仁はぐっすりと眠っていた。


「あの、俺の方も野暮用というか……ご相談したいことがあるんです。この人のことで」

「…………カゲユキ、この人は?」

「アンドレさんです。近くで怪我をして倒れてたので、取り敢えずここで手当てをしています」

「尚更、何故きみたちはこんなところにいるんだい。僕はてっきり、もう町に入っているかと思っていたんだが」

「……本当は医者に診せたかったんですが、実はその、通行証を貰う前に屋敷を出てきてしまって……ええっと、あの、俺は慌てん坊みたいで」


ユキは視線を彷徨わせて咄嗟に下手くそに笑って見せた。こんな言い訳、自分でも苦しいとわかっている。

 実際、興長は目を閉じて何か言いたげな表情を見せた。


「…………なるほど」

「面目ないです」

「うん、聞きたいことは山ほどあるが、町に入れないのは想定外だったな。僕もそこまでは考えてなかったよ。……それじゃあ、きみの通行証もミヤトに着く前にどうにかしないといけないなぁ」

「どうにかできるんですか」

「そりゃあね。ああいうのは大体は形だけ、名前と身分が分かれば良いんだから。身分を保証する第三者がいれば問題ない」


曰く、興長が保証人として立てばいいだけとのことだが、ユキにはどんなものなのか全く想像がつかない。それだけでなく厄介そうな依頼まで勝手に呼び寄せたのだ、ユキはきゅっと身を縮こませた。


「面倒をかけてすみません」

「ないものは仕方ない。突発的な人助けも仕方ないだろうさ、僕だってそうするだろう。だけどまずは話を戻そうか──この人は何故怪我をしているのか、聞いたかい」

「人に追われてるみたいです。町には近づきたくないそうで、俺たちも全然聞けていないんです。ただ、逃げるのを助けてほしいと依頼されました。守ってくれとも」

「逃げる? 何からだろうな、厄介ごとの臭いがする。……それで、きみは受けたのかな、その依頼を」

「いいえ、俺一人の旅じゃないので。まずは興長さんに相談しようと思ってました」

「安請け合いしなかったのは偉いな。まずは話を聞かないといけないが──参考までに。きみたちは彼をどうしたい?」


 ユキはちらりとおえんを見上げた。おえんは答えず、何を思ったか突然ユキを引っ張って小屋の中へ押し込んだ。たたらを踏んで、バランスを崩して、どん、と上り框に尻餅をつく。アンドレにぶつかることはなかったが、床の軋みはからのところへ届いてしまっただろう。

 興長とユキは眉根を寄せた。


「おえん!」

「まったく、部外者二人で話してたって無意味だろ? いっそコイツも起こそーぜ! 三人で話して決めろヨ」


それももっともなのだが。おえんとしてはどうしたいのか決まっていそうである。


「だからって乱暴な……」

「……うぅ、……騒がしい」


アンドレが呻いて、薄らと瞼を持ち上げた。すぐ近くのユキ、それから興長の方へと視線を動かして、怪訝そうに眉根を寄せた。ただ、敵意がないことは察したのだろう。彼はゆっくりと息を吐いて、ユキに視線を戻した。


「起こしてしまってすみません、アンドレさん。具合はどうですか」

「……さして悪くはないが…………その人は?」

「昨日軽くお話しした、合流予定の人です。とても強くて信頼できる妖術士で、ええと……」


ユキはなんと紹介したものか口籠る。勝手に紹介して良いかわからず、名前は伝えてなかった。アンドレが首を傾げた。


「察するにきみの兄……父上かな。いや、違うな、上司とか。見たところ彼も、きみ同様に訳ありというわけか」

「ご明察の通り。息子が世話になりましたね。初めまして、私は興長モンドと申します」


 悪びれることなく、興長は即答した。ユキは思わず「え」と溢れかけた言葉を飲み込んで、ちらりと見るだけに留めた。おえんは何やら騒いでいるけれど。

 当のアンドレも、ものの試しで「親子」と口に出しただけだったようで、一瞬だけ言葉を失っていた。


「アンドレ・シルバだ。しかし……旅の剣士と聞いたが、きみたちは親子で剣を売っているのか?」

「そんなところです。昨今の世の中は妖物も厄介だが、人も悪いときた。我々に出来る人助けのつもりですが、基本的には私が主、息子には細やかな手伝いをたのんでいるのですが──本題にいきましょう。お目覚めのところ恐縮ですが、先ほど依頼があったと聞きました。もう一度依頼をお聞かせ願えますか。場合によっては、息子でなく私がお受けしましょう」


つらつらと適当なことを言って、興長は強引に話を進める。アンドレは気圧されたように顔を引き攣らせていた。


「よろしいですね」

「わ、わかった。助けてくれるならなんでもいい」

「ああ、しかしその前に何か口に入れた方が良さそうですね。飯のついでにききましょうか。軽く人避けの結界を張りますから、そこから動かれませんよう」

「そんなことができるのか」

「ええ、約束を守ってくだされば──」


興長が紙の蝶に触れると、それは真っ直ぐにアンドレの鼻先に止まった。アンドレは不思議そうにしながらも、動くなと言われたのを馬鹿正直に守っている。

 本当ならばここでユキもおえんの力を借りて、と行きたかったものだが諦めた。昨日、休むには休んだのだが、辺りに不審な人がいないかに気を配り過ぎて碌に眠れなかったのだ。疲れは鳩尾あたりにしっかりと溜まっている。ここで倒れては意味がない。

 興長はふっと紙に指先を触れた。


いん

「……変な感覚だ」

「ええ、ただしあくまで仮初の目隠しです……シルバ殿、怪しい人がいた時にはくれぐれも声を立てないように。きっかけさえあれば簡単に崩れてしまうものなので」


わかった、とアンドレが頷いたのを満足げに見て、興長が振り返った。外に出るように促されて、ユキは素直に従った。


「カゲユキ、外に。水を汲むのを手伝ってくれ」

「わかりました」


 

+++



 小屋にも同じく妖術を掛ける興長に、ユキは慌てて耳打ちした。何処まで声が響くかわからないから、念の為。


「興長さん」

「ん?」

「あの、俺、あなたを父さん……って呼んだ方がいいですか」


親子という設定で行くならば、流石に家名で呼ぶほはおかしいだろう。興長はきょとんとしてから、やがてふっと吹き出した。


「そうか、そうだね。確かにそうだ。呼びやすい形で、なんでもいいよ、いっそモンモンに変えてもいいけど」

「親子でそれは流石にないですよ」

「きみの相棒がつけたのに? それに義理の親子なら有り得なくもないんじゃないかな。友達感覚でね」

「……えっと、それじゃあ、父上、疑われてもいけませんし」

「君の好きなように」


堅すぎやしないかと苦笑しながらも、興長はそれで了承した。ユキは緊張しながら、何度か口の中で繰り返しす。ちちうえ、ちちうえ、ちちうえ。


「ち、父上、行きましょう」

「……ははは、参った。こいつは思ったよりも照れるな」

「……俺もです」


照れる興長と、肩のあたりで頬を膨らませるおえん。おえんはユキの頬をむにりと摘んでのばしてきた。


「ナーナーナー! おいこら、ユキ! あたしはどーなんだよ? あたしのが先だぞ、そいつが父ちゃんならよう、あたしはお姉サマって呼べよう」

「え……と、おえん、姉さま?」


上目遣いに浮かぶおえんを見上げる。おえんは何度か「おえんねえさま」を繰り返しつぶやいてから、やがて残念そうに頭を振った。どうやら好みに合わなかったらしい。


「んーいや、やっぱなんかビミョーだナ。やっぱおえんでいいや」

「なんなのさ。妹じゃいや?」

「姉だろー! 何百年離れてると思ってンだよう! でもなーんかしっくりこないからいいやってコト」


そこは譲れないらしい。

 くつくつと笑う声がした。


「……拾い聞くに、妖刀殿も僕の子供なのかな」

「あは、それはそれで楽しーナ、父上サマ? ……ひひ、今は聞こえてねェか。また後で呼んでやろーっと」



 三人で手分けをして食べられる雑草と、木の実を摘みながら、興長の妖術で水を汲む。これだけでいいかと聞けば、干し肉や干し米の類は興長の荷物にあるらしい。

 彼はニッと歯を見せて笑った。


「それじゃあ、娘と息子に父の手料理を振舞ってやろうかな」

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