(伍)ユキモン稽古・壱

 さて。

 この日は興長の計らいでもう一部屋用意して貰ってそこに泊まることになった。女将が「まぁた興長の旦那は人を拾ってきて……」のようなことを言っていたので、人を連れてくるのも初めてではないのだろう。

 湯を浴びて、新しい服に袖を通し、まともな布団で眠る──一日のうちに色々とあって、疲れもあったのだが、あまり深くは眠れなかった。

 朝になるとほとんど癖で日が昇る前に目が覚めてしまって、何もしないのも落ち着かない。しかし勝手に外出するのも、ということでその後はおえんと話しながら興長が来るのを待っていた。

 興長が起きてきたのは、日が完全に昇ってからである。

 朝ごはんには美味い鶏粥が出された。ほろほろと解ける肉に、茸まで入っている。おえんと半分ずつ啜れば、柔らかい滋味が胃まで染み込んでくる気がした。そんなユキを興長は微笑ましく眺めている。


「よく休めたかな」

「はい。……あの、興長さん」

「ん?」

「どうして俺と契約したんですか」


 昨日の晩から、ユキからしてみれば天変地異のような出来事ばかりだった。妖刀と契約を交わし、長く暮らした屋敷を離れ、破落戸ごろつきに襲われたかと思えばやたら親切な人に助けられて、共に旅をすることになった。頭が追いつかない。


「俺にだって興長さんに旨味のない取引だと言うことはわかります。ご飯もそうですし、ただの使用人だった俺の情報なんかで一緒に旅をしてくれるというのもそうです。初対面の相手にするにはいささか……その」

「はは、うん、お人好しが過ぎるって言うんだろう。そんなこともないけど……。さて、妖刀殿はどう思う?」

「あたしか? 知らんナ、どーせモンモンは人助けが趣味なんだろーヨ……ってどーせ聞こえてねーだろ! なんであたしに振るンだ!」


おえんは口を尖らせた。ユキは少しだけ微笑んで、興長に視線を戻した。


「……おえんが言うには、趣味なんじゃないかって。そういえば、宿の人も『また拾ってきた』と言ってましたし」

「俺の力で助けられる人を、放って置けない性質なのは否定しない。それが趣味と言われればそうなんだろう。──しかし女将も拾った・・・とは酷い言いようだな。一人は酔い潰れの男を介抱しただけだし、もう一人も腹を空かしたというから飯を食わせただけだ」


興長は眉尻を下げて笑った。やはり随分なお人好しなのだろう。それこそ、困っている人が目に入れば声を掛けて何かしてあげねばならないほどに。

 だからこそ、ユキを放っておかなかった。


「もう一つあるとすれば好奇心だな。きみはかなりあやしいから」

「……そうでしょうか」

「うん、かなりちぐはぐ・・・・だ。きみの剣の腕は目を見張るものがある。それこそ一朝一夕じゃこうはならないだろうね。けれど知っていて当然のことは何も知らないし、要所要所で警戒心も足りないじゃないか。…………こりゃ一体どういうことなんだろうと気になったというわけさ」

「興長さんを騙そうとしているとは思わないんですか。なにもかも嘘で、とか」

「きみは疑って欲しいのかな」

「そういうんじゃ、ありませんけど」

「なら良いじゃないか」


あっさり、そう言い切った。


「人を手玉に取れるようなら、きみの旅は快適なものになるだろうね。妖術も簡単に使えているはずさ──まあ、そこについてはこれからやっていけばいいさ」

「これから」

「そう、これから。特別の急ぎの旅ではないんだろう」


興長はニッと口角を上げて、おもむろに立ち上がった。


「ひとつ稽古をしようじゃないか」



+++



 ひゅるりと涼やかな風が通り過ぎる。薄着のまま出てきたユキはぶるりと身体を震わせた。昼前だからか、町の人通りは多い。

 興長の勧めで、(今回はおえんをよく説得して)えんきりには布を巻きつけていた。一晩すぎて、改めて誰かに咎人の子だと指さされるのではと心配はしていたものの、宿の人も通行人も特段ユキには気を留めることはなかった。

 興長について辿り着いたのは街道から外れた山中である。その中に、ぽっかりとひらけたところがあって彼はそこで立ち止まった。


「ここでいいかな。人の通りも少ないし、広さもある」


そう言ってユキに木刀を放る。ユキはそれを受け取ると宙に逆さまに浮いているおえんを見上げた。


「妖刀殿、ひとまず少年の力量を知るのに別の刀を握らせたいが、構わないかな」

「構わンけど、気分は良くねェナ。だからさっさと済ませろヨ──って伝えてくれ! ああもう、直接言えねェとメンドイナ!」

「あはは……大丈夫みたいです。あんまり好きじゃないみたいですけど」

「大丈夫、数度打ち合ったらすぐに妖刀に持ち替えてもらうつもりだよ。最初にきみの純粋な太刀筋を見たくてね。流石に昨日の今日出会ってで真剣を向けられちゃあ対処を間違えるかもしれない。きみの動きを掴まないとね」


まるでわずかな打ち合いさえ経れば、真剣勝負でも余裕で立ち会えるかのような口振だった。ふと昨日の加勢を思い出して、それもそうかと納得する。


(きっとこの人、俺の今の剣じゃ届かない)


 木刀を振って感触を確かめる。あくまで妖術士を名乗る興長の剣の腕前は知らないが、随分と慣れた構えをとっていた。ユキは深呼吸をひとつ、木刀を青眼に構えた。


「興長さん、準備できました」

「よし、では開始の合図はきみが出してくれ、カゲユキ。 加減は無用だ」

「……はい。では」


 ユキが一歩を踏み出した。


「行きます!」


 瞬間、興長が動いていた。凄まじくはやい身のこなしで、すでにユキの目の前に木刀が迫る。どうにか身を捻ってそれを受けた。


──重いッ!


ユキは受けた一撃を流し、咄嗟に跳び退く。

 見えない火花がちらついた気がする。じっとりと脂汗が浮かんだ。

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