(拾壱)えんを斬る・参

「な、なんで俺の縁が、それに妖術って」

「なんでもかんでも、先に言ったじゃねェか。妖刀えんきりは縁を斬る刀で、妖術も断ち切れるンだって」

「……言ってた、けど」

「まー、重たい契約の妖術だと太くて斬り辛いし、今のおまえに力が足りないのは確かだけどヨ。こんなボロ蔵の鍵を固定する程度の妖術なら簡単さ! ひひ、さっき契約不履行の話したろ? 見てろよ、あの妖術使った奴、今に痛い目に遭うぜ」

「痛い目……」


 得意げなおえんに反して、ユキは顔色を失っていた。

 妖術で鍵をかけたのは間違いなくイナタである。彼はどんな目に遭うのだろうか。一緒に絶ったという縁も気になる。ユキと縁があるのは、今やこの屋敷内に限られた話ではあるが、万が一にも芥間イヅミとの縁が切れていたらと青褪あおざめた。


「んー多分違うナ。聞く限りじゃそんなふわふわした縁でもなさそうだし、錆びれた鋸で木を斬るようなモンだ。色的にゃー扉の妖術掛けた奴と同じだろ」

「…………俺と坊ちゃんとの縁が切れたってことだ。よかったのかな、坊ちゃん的には」


本来関わることのない立場だ。そんな彼の憂いの種が己ならば、会わないで済む方が互いにいいだろう。


「まー縁なんてモンはきまぐれだからナ、想定外に簡単に切れたりもすりゃ、切れてもまた結びついちゃうこともあるからナ」


そうやってめぐるのがえにしなのだとおえんは呟いた。切っても切れない、結びたくても結べない、なのに気がつけば結びついているもの。廻る縁を切る妖刀が、このえんきりだと。

 ユキとの縁が切れたのはイナタにとって悪いことではないのだが、気になるのは妖術の方である。


「契約不履行の時ってどうなるの?」

「不履行の代償、掛けた力の跳ねっ返りだナ。契約の程度によるケド、ふむふむ……この使った気の量からして二日三日熱出してあちこち痛んで咳して寝込むくらいかナ? まー軽いもんだろ」

「酷いもんだ」

「そうかあ? でも、妖術も使えないおまえの仕業だってことはバレないぜ? 強制的に他人の縁を断ち斬るなんて、あたしじゃなきゃ不可能だし。だからいいじゃんか」

「そういうことじゃなくて……大丈夫かな、イナタ様……」


 ユキはこめかみを押さえた。これまでイナタは病気をあまりしてこなかったのだ。慣れない体調不良はさぞ苦しかろう。

 バレないと言うおえんの言葉が本当ならばそれは不幸中の幸いと言えるだろう。もしもバレたなら、流石に親子だ。これまで息子に無頓着だった芥間イヅミだって、苦しむ後継を見ればユキの方を見放すだろう。そうなればユキはどうなるのだろうか。

 思考がまた巡りだしてユキはぎゅっと刀を抱く。


「……おえんと契約したはいいけど、どうしよう。こんな立派な刀、持ち出したら流石に咎められると思う。……きみを見たら坊ちゃんも欲しいと思われるだろうし。どうにか姿を消せないかな」

「姿を消す?」

「きみのその、妖術とかで見えなくするとか」

「ウーン、まぁさ、出来なくはないケド。あたし、そういう系はあんま得意じゃないンだよナ。誤魔化せてもちょっとの間だけだし、それなりの妖術士ならすぐに気がつくだろうし。あたしは斬る専門だもん」

「旦那様に暇をいただくまではきみを隠さないといけないんだ。きみとの約束もあるし、見つかったらきっと取り上げられちゃう」


 ユキがこの妖刀の新たな主人になったところで、芥間イナタはそれを認めないだろう。他の使用人も盗んだなんだと言うのは目に見えている。ユキがこの刀を持つことを認めてくれる人はいまい────ただ一人、芥間イヅミを除いて。

 芥間イヅミであれば話を聞いてくれるはずだとユキは信じていた。勝手な願いではあるが、事情をきちんと説明さえすれば、近く暇をつけてくれるかもしれない。この刀も貸してくれと頼めば貸してくれる可能性はある。

 それには誰よりも先に芥間イヅミか、或いは彼に近しい人に会わなくてはいけないが、蔵を開けるのはきっとイヅミ以外の誰かなのだ。


「そンならバレる前に、とっとと出ていきゃ良いだけじゃねェか」


おえんは理解ができないとばかりに眉根を寄せた。


「今言っても後で言っても、その旦那様とやらに結局許してもらえンなら一緒だ一緒! どうせ妖術士の坊ちゃんは契約不履行の跳ね返りで明日は起きてこれねえだろ。そしたら開けるのは誰になるンだ?」

「……立花さん、かな。多分」

「ソイツ、妖術は達者か?」

「そこまで得意じゃないと思う」

「そンなら簡単さ。ユキ、縁切りといこうぜ? おまえにゃ良縁悪縁色々あるが、綺麗さっぱりいこうじゃねえか。アイツ以外との縁がなくなりゃ、お前が此処に居座る理由はない」


 言いながら、おえんはユキの手を取る。


「おまえ自身を縛る縁なら、この先は不要だろ?」

「……そう、だけど」

「さ、ユキ、手を貸してくれ! 一晩もやりゃあ、おまえも少しはあたしの扱い方がわかるかもだしナ」


ユキは溜息を零した。仕方がないだろうが、おえんに従うほか、なさそうである。

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