(拾)えんを斬る・弐

 月明かりだけが差し込む蔵の中、ふたつの影が踊っている。

 正確には、おえんがユキを好き勝手に振り回しているのだが、おえんはコレを踊りだと言いきった。ユキは周りのものを壊さないように、大慌てでおえんのステップについていく。左手に刀、右手におえん、おまけに慣れない動きを強いられては周りのものを壊さないようにするのが精一杯だった。

 月明かりがぽろんぽろんとおえんから跳ねるように輝いていた。


「おえん!」


ユキは動きを止めてもらおうと彼女の手を引き寄せる。しかし軽い動きで引っ張り戻されて、元の踊りに戻ってしまう。

 身体があたたまるのとは別に、軽い痺れのようなものが鳩尾に溜まって全身を駆け巡る。なんだろうか、と考えればすぐに「それが気が流れてる合図だ」とおえんが応えた。


「慣れないうちは気持ち悪いかもナ? あたしと手を繋いでいる間は、あたしが無理矢理に気の流れを作るから、まずはその感覚を覚えるコト。妖術はその次だナ」

「な、なんで……」

「何故踊るかってか? だっておまえ色々ドン詰まってンだもん。こう振り回しでもしなきゃ、流れを作れないンだよナ」


まさか、とユキは目を剥いた。


「これからこれで戦うつもりなの!」

「おう! もう少し慣れてきたらここまで大袈裟に動くこともなくなるからサ。まーでも、おまえ筋はいいじゃねェか」


 必死に目玉を動かして、次の一歩を見極める。回転する身体に合わせて、周りにぶつからないように繋いだ掌に意識を注げば、くすぐったい感覚が微かに身体を走り抜けていった。ユキもひとが妖術を使うのは見たことがある。それと似た赤であったり青であったりの鮮やかな光が己の掌にもあるかと期待したが、そういったものは見られなかった。

 くるりくるりと舞っていたおえんだが、突然に動きを止めた。つんのめるユキを軽々と受け止め、


「よし、こんくらいでこなれたかな。んじゃー眼をカッ開けよ。アレが妖術の痕だ、見えるか?」


ぐっとおえんに引き寄せられて、たたらを踏むようにしながらも扉に視線を向けた。

 すると、見える。

 先ほどまでは固く閉ざされたただの扉だったのが、仄かに光を溢す線が複雑に走っているのが見えた。数多の糸のようなものが、おえんが溢す光の粉がくっついたように、点々と見える。ふと胸元に視線を落とせば、ユキから伸びる線もある。扉に絡みつく線もある。


「ヨシ、そンじゃ斬ってみンぞ。あたしの手は離すなよ」

「……どれを斬ればいい?」

「好きなのを!」


 ユキは片手で刀を構えた。

 マトモに構えもとれないので、ほとんど押し当てて引くだけの動作になる──言われるままに扉に絡んだ線を断ち斬った。絡みついていたそれらは、呆気ないほどはらりと切れて、光を失った。

 斬ると言うには軽い。これでは野菜を切る方が手応えがある。それでようやく、おえんも気が済んだのかユキの手を離した。

 途端に線はひとつも視えなくなる。

 ユキはこれでいいの、と首を傾げた。


「ふうん、目の方は気の巡りが良いンだナ。よく見えてるし、上出来だナ。だけど身体の方はめちゃくちゃだ。動かし方はわかってるけど、気が滞ってる。おまえ笑ったり泣いたり怒ったり、あんまり外にださねェ奴だろ」

「そう……かもしれない」

「かーっ! やっぱりナ!」


おえんは大袈裟に頭を振ってみせた。そういえばとユキは思い出す。


「おえんも俺の気を食べるの?」

「そ。あたしらにとっちゃ人間のそう言った気力を喰えば力が沸くんだヨ。金を出すからこの仕事をやってくれ、みたいにナ、気を喰わせてやるから力を貸してくれってのがおまえらの言うところの妖術のカラクリさ。金がなけりゃ人間同士でも契約は成り立たねェ、未払いがありゃあ騒ぎになるし、契約主が怒れば相手に罰も与えられるだろ」

「そう、だね」

「相手が異種ならなおさらってナ。だから気が素寒貧すかんぴんに近いユキは、契約云々以前の問題だ。より美味い方に惹き寄せられるのは人も妖物も一緒──ってなわけで、おまえはまだ・・妖術を使えないのさ」


つらつらと語るおえんは胸を張った。


「おえんは結構詳しいんだね」

「ふふん、閉じ込められるまでは色々旅もしたもんだ」


基本的にはずっと誰かと旅をしていたのだと言った。縁を斬って、新しい誰かと縁を結んで、そういう旅をしてきたこともある。或いはただの刀として旅したこともある。

 ユキは肩を落とした。


「……ごめん、せっかく契約したのに満足に喰わせてあげられなくて……」

「別に、あたしだって相手を見抜けないような間抜け刀じゃない。あたしには時間はたんまりあるからナ。ゆっくり練習すりゃいいだけだし、自分好みに育てるってのも浪漫だろ」


力いっぱいばん、とユキの肩を叩く。


「妖術とは妖物と人との縁、人と人の繋がりもまた縁、それを強制的に断ち切るのが妖刀あたしなんだ。妖術がなきゃただの刀になるけど、それはそれでおまえは扱い方をようく知ってるはずだろ?」

「剣術なら、うん」

「へへ、なら今はそれでいい。おまえは幸運だぞ、ユキ! なんてったってこの妖刀が直々におまえの足りない気を補うんだから。あたしの手を握ってくれりゃ、気を流すのを手伝える。あたしと一緒に刀を振ればおまえも妖術を使えるようにしてやれるんだもの」

「……ありがと」


 そっと微笑んでから、そういえばと扉の方を見遣る。妖術の痕、とは言っていたものの、それが正確になにかはユキは知らなかったのだ。結局何を斬ったのかを改めて聞くと、おえんはなんてことないように肩をすくめた。


「縁切りするぞって言っただろ。とは言え、まだまだおまえも本調子じゃなかったからナ、斬れたのは扉の妖術とか弱い縁がいくつかだ」

「ま、待って、縁って誰の!」


思ったより大きな声が出て、反響したそれに自分で驚いた。おえんはゆっくりと首を傾げた。


「え? おまえの」

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