第18話「ウーブリ」
「か、かしこまりました」
旅商人たちは震えあがってしまった。
「対処法、教えましょうか?」
気の毒になったアイリが申し出ると、
「そ、それはまた今度ということで」
ふたりは明らかにエルを気にしながら答える。
「そうですか」
アイリは無理強いできないと引き下がった。
「あ」
それでもすぐに次の問題に気づく。
「菓子のお代はどうすればいいですか?」
フェアリーアークを売るお金を当て込んでいたのなら、いろいろと支障が出てしまうのではないか。
「対処すれば平気なんだろ? ならかまわないさ」
商人たちは平然としている。
「あれぇ?」
アイリは思ってた展開と違って面食らう。
商人は損得勘定にうるさいし、貧しい村には厳しい。
払えるものがないので仕方ないのだが、彼らにも生活がある以上飲み込むしかないのだ。
「俺らだってべつに悪魔じゃないんだから」
と若いほうが笑う。
「返ってくるあてがないならともかく、その心配はいらないからな」
ふたりの視線がアイリに集まる。
「……ほぇ? わたし?」
何で自分なのだろう。
「魔女ちゃんがいるならどうにでもなるさ」
商人たちは遠慮がちにエルを見る。
なるほど、とようやくアイリは合点がいく。
「わたしがいるかぎり、エルとの関係は続きそうだから、ですね」
と言葉にすると、
「ああ。期待はしてもかまわないだろう?」
年長者が表現を選んだような言い回しで聞いた。
「それはそうです」
決めつけてるわけじゃなくて期待。
とても上手い言い方でアイリは引き下がるしかない。
口で商人には勝てないと言ってた父を思い出しながら。
「ま、いいんじゃない?」
エルのつぶやきで、明らかにふたり組は安心していた。
「あたしもなんか食べよっかなー?」
意に介さず彼女は言う。
「じゃあ半分こする?」
アイリはウーブリを見せながら聞く。
「いいわね。言っただきー」
エルはいきなりかじりつく。
咀嚼して無表情になる。
「……あんまり味がしないわね。薬草っぽい?」
期待外れ感が声ににじんでいた。
「菓子と言うよりは保存食だから」
アイリは苦笑いする。
「妹とふたり、お小遣いを出し合ってこれ買ったけどね」
と過去を思い出す。
リエルはあの頃から姉大好きっ子で、彼女と同じものを欲しがった。
それはいいのだが、「二種類を買って半分こすれば?」という提案すら、なかなか聞き入れてくれなかったときは困ったものである。
「ニンゲン、こういうのが好きなの?」
エルが信じられないものを見る目で、アイリを見た。
「珍しさが勝ってるというべきかしら」
彼女は正確な表現を思いつけずに悩む。
「都会で人気のお菓子とは違うけど、これはこれでいいの」
とアイリは語る。
「ふーん」
エルはウーブリから離れ、彼女の肩に乗った。
もういらないのだと解釈して、彼女は残りを味わう。
「魔女ちゃんは妹がいるんだね」
と若い商人が話しかける。
「ええ。王都に」
きっと魔法学園でも活躍しているはずだ。
羨望と姉としての誇らしさが混ざった感情でアイリは答える。
「王都なら探すのは無理だな、人口が違いすぎる」
年長者が苦笑する。
「そうでしょうね」
リエルならどこでも目立ちそう。
なんて本心は隠してアイリは同意する。
「ま、よかったら今後もよろしく。俺はリック」
「そして僕が息子のミックだよ。よろしく」
とふたりは名乗る。
親子だったのかとアイリは納得し、
「わたしはアイリです」
と名乗り返す。
「じゃあ我々はこれで」
とリックは言い、片付けと旅支度をはじめる。
「王都に行くんだ」
とミックのほうが教えてくれた。
「あ……」
アイリは声に出しかけたが抑え込む。
彼らが言ったようにリエルと会える可能性は低い。
幸い彼らには聞こえなかったようで店じまいをはじめる。
「いいの?」
聞こえてたらしいエルが耳打ちをした。
「うん」
アイリはうなずく。
リエルならそのうち名をあげて探しやすい存在になるだろう。
それまで待てばいい。
「いますぐ連絡をとりたいわけじゃないし」
と言うとこれは聞こえたようで、
「手紙とかあるなら有料であずかるけど」
とリックに言われてしまう。
「平気です」
アイリは即答する。
手紙を書くとしたら両親だろう。
でもここからだと故郷と王都は反対だ。
さすがに頼めない。
彼女が口に出したのは、
「護衛はいないんですか?」
という疑問だった。
残念ながらこの国に盗賊のたぐいは存在する。
護衛がいない商人はいい獲物じゃないだろうか。
「ああ、平気ですよ」
とリックは笑って懐から金色の笛を取り出す。
「ギャラルブルー?」
アイリは目を丸くする。
「おや、こいつを知ってるのかい。さすが魔女だね」
商人たちも村人も感心した。
「ならわかるだろう? こいつを吹けば一日、敵意あるモノから身を隠せる。とても素晴らしいアイテムなんだ」
「は、はい」
知ってるも何も製作者はアイリの師、サーラだ。
悪用されたときに備えた対策アイテムも作ったはずだが、商人たちが身を守るために使うならよいだろう。
「大魔女サーラは知ってるかい?」
とリックに聞かれてアイリはうなずく。
弟子だと明かすか迷う。
「大魔女と呼ばれるだけあってすごいよね」
とリックは語る。
「おかげで俺たちも安全に旅ができるもんね。じゃあ」
彼らは言いたいことを終えると出発した。
見送ったあと、アイリはふり向いて
「ごめんなさい」
と村人たちに謝る。
フェアリーアークが売れなかったからだ。
「詫びはいらないよ」
村人はみんな笑う。
「よく教えてくれた」
「知らなかったらと思うとゾッとするよな」
彼らは災いを避けられたと喜んでいる。
「どうやればいいのか、相談してもかまわんかな?」
と村長に聞かれたので、
「もちろんです」
とアイリは快諾した。
エルが反対しないので何とかなるだろう。
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