第17話「旅商人」

 アイリが今日も子どもたちと遊んでいると、

「子どもたちー! それから魔女ちゃん様ー!」

 ターニャが彼女たちを呼びに来る。

「あっ!」

 子どもたちは喜色を浮かべて、彼女の下へ駆けていく。

「どうしたのかしら?」

 アイリが首をかしげると、

「さあ? 行ってみたら?」

 エルが興味なさそうに助言をする。

「うん」

 アイリが歩いている間に、子どもたちはターニャのところを通り過ぎて、村の入り口のほうへと移動していた。

「何かありました?」

 彼女が聞くと、

「旅商人が来たんだよ。魔女ちゃん様は初めてだろう?」

 ターニャが答えを返す。

「ああ、そうですね」

 アイリは納得する。

 村にとって旅商人の来訪は数少ない楽しみだ。

 子どもたちの態度も当然である。

「わたし、お金持ってないから……」

 とアイリが言うと、

「すこしくらいならあたしらが出すさ! 魔女ちゃん様は恩人だからね!」

 ターニャが肩を強く叩く。

「い、痛いです」

 アイリはうれしさと痛みの両方で泣きたくなる。

「さあ、行こう!」

 ターニャにうながされて彼女は旅商人の下に向かう。

 村の入り口には人だかりができていて、

「わぁ……」

 アイリは立ちすくむ。

 彼女の性格上割って入るのはもちろん、並ぶのもつらい。

「あ、魔女ちゃん様だ!」

 ところが彼女に気づいた村人たちがいっせいに譲ってくれた。

「え、あ? れ?」

 何が起こったのか、アイリにはわからない。

 脳が受け入れたくなかったと言うべきか。

「ほら、行きなよ」

 ターニャにせかされたので、おっかなびっくり進む。

 旅商人は四十代くらいの男性と二十代くらいの青年のふたり組だった。

 馬車を離れた位置に止めて、敷物の上に商品を並べている。

 顔立ちが似ているので、親子か親族だろう。

「おや、新顔さんだね」

 と年上が言うと、

「うわさの魔女ちゃん様かな?」

 若いほうがからかう。

「は、はあ……」

 否定するのはまずい気がしたので、アイリは肯定する。

「すごいね! フェアリーアークなんて初めて見たよ!」

「幻の花をまさかここで見るとは」

 ふたり揃って驚きを口にする。

「たしかに珍しいですよね」

 とアイリは応じた。

 妖精が土地を気に入るという条件を満たさないといけない。

 接点がない人たちには難しく感じるだろうなと彼女は思う。

「???」

 アイリは周囲から奇妙なものを見る目を向けられたと察した。

「どうかしました?」

 と聞くと、

「いや、何でもないよ」

「魔女は感覚がズレててもおかしくないさ」

 旅商人も村人たちも示し合わせたように愛想笑いを作る。

「ええ、そうですね」

 アイリは同意する。

 自分は常識人のはずだけど、と思っても自重した。

「えっと、商品を見てもいいですか?」

 彼女が頼むとふたりはうなずく。

「もちろんさ!」

「満足してもらえるかわからないが見てくれ」

 ふたりが並べたのは塩、砂糖、菓子、パン、干し肉といった保存が効くものだ。

「わぁ、なつかしい。ウーブリですね」

 と言ってアイリは菓子を手に取る。

 ウーブリとは昔からある品で、日持ちするように薬草と小麦粉を混ぜて焼いたもの。

「お、魔女ちゃん様は知っているのかい?」

 意外そうに若者に言われたので、

「わたしも田舎の出身なので」

 と微笑む。

 田舎の村ではこのウーブリ以外の菓子を見ることはレアだ。

 パン職人などがいるところなら別かもしれないが。

「へー、そうなんだったんだね」

 旅商人たちは興味深そうな顔になるも、立ち入ったことは聞いてこない。

「あの、お代はいくらでしょう?」

 アイリはつい聞いてしまう。

 村に出してもらうと言っても知らぬ顔する気にはなれない。

「ああ、その件ですが、フェアリーアークを買い取るので」

 と旅商人が言う。

「えっ⁉」

 アイリはぎょっとする。

「……まずいですか?」

 彼女の反応を見て一同の顔色が変わった。

「うかつにあつかうと怖いですよ?」

 知らないなら教えておかないとやばい。

 アイリの真剣さが伝わったのか、旅商人たちは顔を見合わせる。

「今日のところはやめておくかな」

「それがいいわよ」

 とエルが初めて口を開く。

「よ、妖精様……」

 旅商人たちに動揺が走る。

 エルの言葉が聞けるとは思ってなかったらしい。

「あなたたちがどうあつかおうとも自由だけど、この子が言ったみたいにあつかい方を間違えるとよくないことが降りかかるわよ?」

 とエルは忠告する。

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