第16話「大切なのは慣れ」
「ターニャさんのご飯は美味しいですね」
アイリは勇気を出して言ってみた。
「褒めてもおかわりさえ出せないよ?」
ターニャはまんざらでもなさそうに答える。
「いえ……」
そうじゃない。
アイリは思っただけだった。
「妖精様は何もいらないんですか?」
ターニャの関心はすぐエルに移る。
彼女はアイリにくっついているものの、食事は摂らない。
「あたしはいらないよ?」
とエルは断る。
「妖精は魔力があれば平気ですからね」
アイリがかわりに補足した。
「食べようと思えば食べられるはずですけど、性格しだいです」
「へー、さすが魔女ちゃん様は詳しいね」
彼女の解説にターニャは感心する。
「はあ……」
アイリはもごもごさせたが、結局言い出せなかった。
「あたしは興味ないんだよねー。ながめるのは好きだけどさ」
とエルはニヤニヤしながら言う。
彼女の様子を楽しんでいるように見えるのは気のせいだろうか。
気のせいだといいな、とアイリは思う。
「魔女ちゃん様のおかげで村は上向きだ」
ガズまでがうれしそうに言った。
「ほんと、幸運の女神さまだねえ」
とターニャがしみじみとつぶやく。
「ひゃ? ち、ちが!」
アイリは真っ赤になって否定を試みる。
幸運の女神の名前は、魔女たちにとって重い。
「め、女神さま、じゃないです!」
彼女は頭の中が真っ白になり、必死に否定する。
「あ、うん」
「何かまずかったみたいだな」
それがターニャとガズに伝わり、
「魔女ちゃん様はさすがって言いなおそう」
と夫婦で話し合う。
「……それならまだ」
アイリはホッとして言いかけ、
「あれぇ?」
首をかしげたくなる。
「魔女ちゃん様」のほうもやめてほしい。
ただ、この空気じゃ改めて言い出すのは難しそうだ。
「ど、どうして?」
アイリは半泣きになりかけ、
「ぷっ、くくく」
エルは愉快そうに体を震わせる。
「もう……」
彼女は妖精の態度に不満を抱く。
「ごめんごめん」
エルは笑みをひっこめたあと、
「でも、八つ当たりはやめてね」
と言う。
「それはそうかも」
アイリは受け入れた。
「仲良しですね」
「すごいよな」
夫婦はアイリを尊敬のまなざしで見つめる。
自分の親くらい年が離れた人たちに、そんな態度でいられるとアイリは恥ずかしい。
「ど、どうしよう?」
アイリはおろおろすると、
「役に立った結果じゃん?」
エルは淡々と事実を告げる。
「そ、それはそうなんだけど」
アイリはごにょごにょと口を動かす。
言われてみれば、役に立てないよりずっといい。
どうしようもないものを見る目よりは、いまのほうがまだマシだ。
「堂堂としていればいいのに」
とエルは言う。
「む、無理」
アイリは即答する。
役に立ちたいとは思うけど、現状は何かが違う。
「ええ」
エルは舌打ちしそうな声を出す。
「あなた、意外とめんどくさいね」
「ど、どこか?」
アイリはびっくりして彼女を見つめる。
「はぁ~、無自覚なんだ」
エルはこれ見よがしにため息をつく。
「え? え?」
アイリは本気でわからない。
助けを求めるようにターニャを見ると、
「親友同士の掛け合いって感じだね」
娘を見守る親という顔で言われる。
「なつかしいな」
ガズも妻に同調した。
「……なんか違うと思います」
娘あつかいされるなら、うれしいのだが。
「ふふ、村暮らしなんてこんなものだよ?」
とターニャは言う。
「それはそうでしょうけど」
村での暮らしは助け合いが基本だから、距離感も近い。
アイリもそれくらいは承知している。
「すでに村の一員になったということだ」
とガスは告げた。
「はぇ?」
アイリは間が抜けた声を出す。
さすがに早すぎないだろうか。
「まだ来たばかりですけど?」
彼女が言うと、
「時間なんて二の次さ」
夫婦は笑う。
予想外すぎてアイリは固まる。
一年くらいかかると彼女は思っていたのだ。
「ウソだと思うなら、村を回ってみるといいさ」
とターニャは提案する。
「おふたりを疑うわけじゃないですけど」
アイリが前置きを入れると、
「そんな気遣いなんていらないよ」
ターニャに笑い飛ばされた。
「では行ってきます?」
アイリは言葉に甘えてみる。
外に出たとたん、
「やあ、魔女ちゃん様じゃないか! おはよう!」
お隣のおじさんから笑顔であいさつされた。
「おはようございます」
びっくりしたアイリは反射的にあいさつを返す。
「本当にありがとうよ」
「いえ……」
おじさんの勢いに彼女は押されていく。
「困ったことがあれば言ってくれ! じゃあな!」
と言っておじさんはすたすた立ち去る。
「明らかに昨日と違うね」
エルが楽しそうに言う。
「ううう」
アイリも同感なのでうなる。
昨日までは知り合いに対する態度だった。
いまはまるで親しい友人か家族のようである。
「あら、魔女ちゃん様」
ターニャの家の斜め前から若い女性が出てきた。
「おはようございます」
「……おはようございます」
笑顔であいさつされると返すしかない。
「みんな悩みから解放されたんです。あなたのおかげですよ」
改めてていねいにお礼を言われる。
「は、はい」
アイリは何とか相槌を打つ。
「何でも妖精様の加護が得られたとか?」
「えっと、たぶん?」
次の話題にアイリは自信なさげに答える。
フェアリーアークは吉兆には違いない。
ただ、妖精の加護がどの程度のものなのかは、気まぐれでいたずら好きなエルの気分次第なのである。
実情を知る彼女としては安請け合いしたくない。
「あなたたち次第だけどね」
ところが無責任なことを言い放つ存在が彼女の肩に乗っている。
「恐れ入ります」
女性はエルに対して神妙な顔つきで応じた。
いやでもアイリは親しまれているとわかる落差である。
「……輪に入れてよかったと思お」
アイリは自分に言い聞かせた。
でなきゃ胃が持つ気がしない。
胃腸を整える魔法は存在するが、彼女にあつかう器用さはなかった。
エルでは管轄外か、やれても使ってくれないだろう。
「慣れよ、慣れ。大切なのは慣れ」
三度も自分に言ったものの、先はまだ長そうだった。
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