第15話「魔女ちゃん様」

「じゃあ魔女ちゃん様に感謝の気持ちを込めて、乾杯」

 と村長が音頭をとる。

「乾杯」

 みんながいっせいにグラスを掲げた。

 と言っても貧しい村なので水である。

 食べ物だって日常と同じだ。

 宴でも何も変わらないのが村の現実である。

「魔女ちゃん様ってすごい人だったんだな」

「さすが魔女って言っていいのかな?」

 村人たちはわいわい盛り上がっていた。

「な、なんか変なのがついたんですけど……」

 アイリは隅のほうで隠れるように参加している。

 本当は出たくなんかない。

 根が真面目な彼女にとって、出ないという選択肢はなかった。

「魔女ちゃん」に敬称がついたら珍妙になる。

「あれ、魔女ちゃん様はどこ?」

 とひとりの若い女性が聞く。

「恥ずかしがり屋だからね。隅っこにいるんだろう」

 とターニャが理解者だとわかる答えを返す。

「それ、わかるなら、呼び方……」

 アイリのつぶやきは闇に消える。

 村人たちにわかってほしいのだが、難しそうだ。

「みーっけ」

 と言われてビクッと震える。

 けど、声色がエルだと気づいてちょっと安心した。

「主賓なのにいいの?」

 とエルは聞いてくる。

 焚火が照らす顔を見なくても、ニヤニヤしているのは分かった。

「いいの」

 アイリは暗がりや隅っこのほうが落ち着く。

 もはや性分になっている。

「それにこっちのほうがよく見えるのよ」

 と彼女はつぶやく。

 苦悩から解放された村人たちの喜び。

 楽しそうな声と表情。

 全体的に見渡せる特等席だと彼女は思う。

「たしかにね」

 エルも認める。

「役に立ててよかった。エルのおかげだけど」

 とアイリが言う。

「ふふん」

 エルは笑うと、

「じゃあちょっとサービス」

 闇の虚空に向けて彼女は投げキッスをする。

「……いまのは祝福?」

 アイリは何となく察した。

「まあね。ちょっとはいいことあるんじゃない?」

 エルは何でもない口調で答える。

「ちょっとですむのかな?」

 アイリは不安を抱く。

 彼女の見立てではエルは力のある妖精だ。

 その祝福となると、村の手には負えないかも。

「……さすがにないかな」

 浮かんだ仮説を彼女は自分で否定する。

 エルからは邪悪さは感じない。

 ただ、人をからかうのが好きなだけ。

 きっと村人が喜んで終わるだろう。

「そろそろ寝よっと」

 アイリは立ち上がる。

 彼女は夜に強くない。

「じゃああたしも」

 エルも彼女についてくる。

「おや、魔女ちゃん様。もう寝るのかい?」

 ターニャとよくいっしょにいるおばさんに話しかけられる。

「すみません、眠くて」

 アイリが力なく笑うと、

「まだ子どもだもんね。おやすみ」

 引き止められなくてホッとした。

 ただ、子どもあつかいされたのは若干悔しい。

「魔女ちゃん! 様! 起きてる⁉」

 翌朝、早々にターニャの声でアイリは起こされた。

 何やら切羽詰まった響きに、彼女の心が引き締まる。

「どうかしましたか?」

 アイリが顔を出すと、

「早朝からごめん」

 ターニャはまず勢いよく謝った。

「いえ、平気です」

 とアイリは微笑む。

 もともと早寝早起きするタイプなので影響はすくない。

「ありがとう。さっそくで悪いんだけど、来てもらっていい?」

 とターニャは頼む。

「はい?」

 事情を説明されると思っていたアイリは首をかしげる。

「見てもらったほうが早いと思うんだ」

 とターニャに言われて、

「承知しました」 

 アイリはハテナを浮かべつつ、彼女に従う。

 歩き出すとエルが当然という顔で、アイリの肩に乗る。

「おはよう」

「おはよー」

 アイリと違いエルは眠そうじゃない。

 妖精はもともと寝なくても平気だからだろう。

「あ、魔女ちゃん様! ターニャが呼んでくれたのか?」

 道中、何人もの男性たちに遭遇する。

「おかしいわね」

 アイリは疑問を抱く。

 いくら村の朝が早いからと言って、こんな人数がいるだろうか。

 また何かあったみたい。

 ターニャのことと併せれば考えざるを得なかった。

「ここだよ!」

 ターニャに連れて来られたのは村の入り口、お粗末な柵がある付近である。

「見ておくれ」

 と指さされた場所には、アイリが来たときには影も形もなかったはずのピンク色の花がいくつも咲いていた。

「この花は何だろう? 見たことがないんだけど」

 とターニャが心配そうに聞く。

「ああ、これなら心配ないですよ」

 アイリはホッとしながら答える。

「え、そうなのかい?」

 目を丸くしたターニャにうなずいて見せた。

「これはフェアリーアークっていう花です。幸運を呼ぶ力があるって、言われているんですよ」

 とアイリは話す。

 見た目はピンクの薔薇だが、別の種である。

「本当は別の名前があるらしいんですけど、妖精たちが好むって意味の呼び方のほうが有名になっちゃったんです」

 妖精の存在は人々にとってそれだけ大きい。

「へえー、そうなんだね」

 彼女の説明にターニャは感心し、エルを見た。

「これも妖精様の力かな?」

 アイリに聞いたのはやはり遠慮のせいだろう。

「たぶんそうです」

 アイリは即答する。

 間違いなく昨日のエルの投げキッスが原因だ。

 朝になってすぐ結果が出るあたり、さすが大地の娘と言うべきだろう。

 エル自身は素知らぬ顔を決め込んでいるが。

「ならみんなに知らせないとね。不安がってるから」

 とターニャは腕まくりをする。

「ですよね」

 いきなり見たことがない花が咲いていれば、仰天するのが普通だ。

 アイリだって知っている花だったから冷静に説明できただけ。

「人騒がせですよね」

 と彼女がエルを見ると、

「とんでもない! こっちが勝手に騒いだだけさ!」

 ターニャはあわてて否定する。

 素朴な村人にとって、妖精を責めるのは論外だった。

「フェアリーアークならトカゲ芋との相性も悪くないですし、心配することはないと思いますよ」

 アイリは切り替えて微笑む。

「ならよかった。ありがとう、魔女ちゃん様」

 ターニャにも明るい笑顔が戻る。

「あの、その呼び方……」

 アイリは遠慮がちに指摘する。

「さあ、よかったら今日もうちに食べに来ておくれ! 歓迎するよ!」

 声が小さかったのでターニャには聞こえなかった。

 腕まくりをして彼女は元気よく歩き出す。

「とほほ……」

 またしても失敗し、アイリはしょんぼり彼女の家にお邪魔した。

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