第19話「ティターニア」

 その日の深夜、アイリは何とく目が覚めた。

 家の中にエルの姿がない。

「……あれ?」

 彼女が離れているのは初めてだと怪訝に思う。

 自分だけしかいないとなると若干不安になる。

「妖精には珍しくないけど」

 妖精は好奇心旺盛な個体が多い。

 エルみたいに一個人から離れないほうがレアだ。

 レアな存在が珍しい行動というのは、彼女に引っかかる。

「行ってみよう」

 もしかしたらまた吉事かもしれない。

 だけど、断言はできないものだ。

 アイリはきゅっと手を握りしめて、真っ暗な外を出る。

 普通の魔法が苦手な彼女は、夜でもよく見えることはない。

 せいぜい魔法が使えない人よりはマシ程度。

 それでもおそるおそるエルの居場所を探る。

「……こっちかしら」

 彼女は己の予感に従って、フェアリーアークが咲いた場所へ向かう。

 予感が正しいことはやがて証明された。

 片方はエルで、もう片方は見たことない存在。

 何やら会話をしている。

 妖精のお友達が遊びに来た?

 という考えが最初に浮かぶ。

 なら話しかけないほうがよい。

 アイリがそっと踵を返すと、

「あ、あの子だよ!」

 エルの大きな声が耳に届いて固まる。

 彼女がゆっくり顔を動かすと、エルたちがふわっと飛んできた。

 話し相手は氷の刃を思わせる綺麗な顔立ちをした妖精だった。

「初めまして、ニンゲンさん」

 とニコッと微笑むさまは可憐だ。

「は、初めまして」

 アイリがおっかなびっくり返事をすると、

「なるほど」

 彼女はじっと彼女の全身を見回す。

「エインセルが気に入ったのはあなたですか」

「え、えっと」

 肯定できるほどアイリは自信がない。

 エルに助けを求めて目をやる。

「ま、アイリらしいかな」

 エル自身は苦笑いして、

「この子、ティターニアだよ! あたしの友達!」

 すぐに元気よく紹介する。

「ティターニアです。よろしく」

 ニコリとする妖精に対し、アイリはぽかんとする。

「ティターニアって……もしかして妖精女王、ですか?」

「それはニンゲンさんが呼んでるだけですけど」

 ティターニアは微笑み、否定しなかった。

 妖精女王ティターニア。

 いろんな国の物語に登場する存在だ。

「実在の妖精だと師匠から聞いていましたが……」

 まさか会えるなんて。

 アイリは感動で胸がいっぱいになる。

「ちょっと、何でこの子にはそんなていねいなの?」

 納得できないとエルが横から口をはさむ。

「え、えっと……」

 アイリは返事に窮する。

 感覚的な問題なので言語化は難しい。

「妬いちゃって。エインセルかわいいわね」

 とティターニアは余裕の笑み。

「ムキーッ」

 エルはアイリの顔を自分の体で隠し、彼女に向かって舌を出す。

「そんな妬かなくてもとらないわよ」

 クスクスとティターニアは笑う。

「むー」

 エルはそれでも威嚇する。

「仲良しなんですね」

 とアイリは評した。

「は? 何で⁉」

 エルが信じられないと彼女をにらむ。

「だってあなたがそんな感情を表に出すなんて初めてだから」

 きっと気の置けない仲だ。

「そうですね。わたし、唯一のお友達です」

 とティターニアが認める。

「あ、あたしはあんたと違って友達多いもんね!」

 エルは対抗心を露わにした。

「ええ、そうですね」

 ティターニアはおっとりと肯定する。

「……あの、このあとどうするんですか?」

 話が途切れた瞬間を狙い、アイリは質問した。

 ティターニアの目的次第で、自分の行動が変わる。

「よければしばらくここに滞在したいのですが」

 と妖精女王と呼ばれる者はにこやかに申し出た。

「わ、わたしじゃわかんないです」

 答えるアイリの顔は引きつっていた。

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