第10話「かくれんぼ」
ガズはむっつりとしたままなのは救いだが、その分ターニャの熱量が上がっていく。
夫婦で言われるよりはマシ。
アイリは恥ずかしさにもだえつつ、自分に言い聞かせる。
「あ、あにょっ」
何とか空気を換えたかったのに、彼女は舌を噛む。
わりとあることだが、顔が熱くなる。
「今日、わたしはどうしたらいいですか?」
何か仕事をしたい。
村で居場所を作るためにも、この空気から逃げるためにも。
アイリの思いは切実だ。
「ええっとね……」
ところがターニャは即答しない。
「やってほしいことならあったけど」
過去形を使われたことにアイリは気づく。
「それはいったい?」
すがるように聞くと、
「それよりも妖精様のほうが大事だろ」
とターニャに言われてしまう。
「たしかに」
ガズが妻を支持する。
「妖精様を怒らせるとおそろしい。違うのか?」
彼に問われて、
「間違ってはないです」
とアイリは答えた。
エルが「大地の娘」なら、怒ったら凶作は覚悟しなければならない。
「なら、妖精様を何とかしてくれ。ただでさえ、いま困ってるんだ」
とガズは言う。
「困りごとですか?」
アイリが聞き返す。
「ああ」
ガズはうなずいて、
「お前が詳しいなら頼りたいほどだ」
とまで言う。
「よっぽどなんですね」
昨日来たばかりのよそ者に相談を持ちかけるなんて、明らかにただごとじゃない。
アイリは不安でいっぱいになる。
「申し訳ないですが、自信はありません」
と正直に答えた。
「ならかまわん」
ガズは淡々としている。
もともと期待してなかったらしい。
リエルやサーラがこの場にいれば、とアイリは思い罪悪感を抱く。
「気にすることじゃないさ」
とターニャが励ましてくれる。
「魔法で解決できるなんて保証もないんだからね」
「はあ……」
アイリはあいまいにうなずく。
具体的なことは結局言われず、彼女はエルと合流する。
「ちゃんと待ってたよ?」
エルは得意そうに胸を張る。
「えらいえらい」
と彼女が言うと満面の笑みになった。
まるで幼児を相手にしているようである。
「これからどうしたい?」
とアイリは聞く。
夫婦に言われた通り、エルのお相手をするつもりだ。
「んー、お外を見て回りたいなあ」
妖精は無邪気に希望を告げる。
「お外かあ」
ターニャの様子を思い出すと、ほかの村人の反応が怖い。
ターニャを見たあとだと余計に。
だが、エルの希望をかなえないのもまずい。
「じゃあ行ってみる?」
一瞬だけ考え、アイリは応じる。
ターニャたちが話せば結局大して変わらない。
「うん!」
エルは輝く笑顔を浮かべる。
よっぽど退屈していたらしい。
ふたりが外に出ると、昨日の子どもたちと遭遇する。
「あー、お姉ちゃんだ!」
女の子がうれしそうにアイリを指さす。
「みつけた!」
男の子も声をあげる。
「わたしを探していたの?」
アイリは首をかしげた。
朝からということは、もしかして気に入られたのだろうか。
「うん、そんちょーさんに家を聞いてきたところだったんだよ」
と女の子が彼女を見上げて言う。
その背後に浮かぶエルの存在に気づいて固まる。
「な、なに、そのひと?」
混乱しているのは明らかだ。
「エルはエルだよ」
エルは少女の反応を楽しむようにニヤニヤしている。
「しゃ、しゃべった!?」
子どもたちがいっせいに驚く。
ターニャと違い、妖精とは気づいてない。
大人と子どもの差をアイリは感じる。
「え、なになに?」
子どもたちはおびえるどころか、好奇心をむき出しにしてエルとアイリを円で囲む。
「エルは妖精だよー」
エルはニコニコして浮いたまま手を振る。
「妖精⁉」
「わぁ、本物⁉」
子どもたちが驚いて固まったのは一瞬だ。
たちまち歓喜に包まれる。
ターニャさんたちは畏怖してたのに?
アイリは若干引っかかった。
だが、子どもは怖いもの知らず、で納得できる。
「ニンゲンの子どもはかわいいわね」
とエルは上機嫌だった。
村に来たのは子ども目当て?
なんてアイリが考えたくらいに。
「子どもたちと遊ぶの?」
とアイリが提案すると、
「いいわね! 何する?」
エルは乗り気になる。
「かくれんぼ!」
「鬼さがし!」
子どもたちは早口に希望を言って聞き取りづらい。
「エルがやるの?」
アイリは小声で疑問を言う。
妖精は人間よりハイスペックである。
子どもたちだってすぐに差に気づくだろう。
「ちゃんと加減するわよ」
とエルは言うが彼女は信じない。
というか妖精の感覚は人間とズレている。
「ならいいわ」
指摘しなかったのは、言葉じゃ納得されないからだ。
「まずはかくれんぼにしない?」
とアイリはケガしにくそうなものを選ぶ。
「わーい!」
提案した子どもが手を叩いてはしゃぐ。
「あたし、隠れたい!」
子どもみたいに手をあげてエルが主張する。
「あなたはわたしと一緒に鬼かな」
アイリは制止する。
妖精が本気で隠れたら魔女でも見つけにくい。
子どもでは余計見つけられるはずがなかった。
彼女がエルと組むのが無難だろう。
「えーっ、いいよ」
エルはびっくりしたわりに、即快諾する。
「おねえちゃんたちが鬼?」
と少女が聞く。
「うん、そのほうがいいと思うの」
アイリは微笑む。
妖精を知らない子どもたちに説明しようとは思わない。
「わかった」
「お姉ちゃんで俺たちを見つけられるかなぁ?」
生意気な発言が聞こえるが、アイリは笑みを崩さない。
「ルールを決めましょう。隠れる範囲とか」
と彼女は提案する。
「そうだね」
子どもたちとわいわいルールを確認していく。
童心に返って楽しい──とはならない。
彼女といっしょに遊ぶ子どもなんて妹くらいしかいなかったので。
「じゃあ目を閉じて五十数えてね」
と言って子どもたちは散っていく。
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