第9話「すごい子だったんだね」

 アイリが朝目覚めると、上に乗ったエルも寝ていた。

「おはよう」

 彼女が声をかければ、

「むにゃむにゃ」

 エルが声を漏らす。

「こういうところは同じよね」

 とアイリは微笑む。

「魔女ちゃん」

 そこにターニャの声が聞こえてからドアを叩く音がする。

「起きてるかい?」

「はい」

 アイリが返事をしたところでエルが目覚める。

「あれ、あたし寝ちゃったんだ」

「よく寝てたよ」

 アイリが言うと、

「まいったなー。寝顔見せる気はなかったのになー」

 と言いつつエルはケラケラ笑っている。

「魔女ちゃん? 誰かいるのかい?」

 ドアの向こうからターニャが当然の疑問を放つ。

「あっ……」

 アイリがしまったという顔でエルを見る。

「どしたの?」

 当の妖精はきょとんとした。

「隠れないの?」

 と彼女は問う。

 妖精は気に入った相手以外に姿を見せないことが多いからだ。

「いいわよ。何となくここ気に入ってるから」

 とエルはにこりと答える。

「そうなんだ」

 でなきゃいっしょに寝ないか、と彼女は納得した。

「体、起こしていい?」

「うん」

 エルがふわっと浮いたことで、ようやくアイリはターニャに顔を見せた。

「さっきから話し声が」

 ターニャはあいさつを飛ばして疑問をぶつけかけ、

「あっ⁉」

 すぐにエルの存在に気づく。

 ターニャは声が出ず口をパクパクさせる。

「妖精のエインセルです」

 ほかに言いようがなく、アイリは紹介した。

「やっほー」

 エルは能天気に手を振る。

「よ、妖精様⁉」

 ターニャは驚きのあまり声が裏返った。

 その反応からアイリはひとつの予想を立てる。

「もしかして、見るのは初めてですか?」

「当たり前だろ⁉」

 彼女の問いにターニャは叫ぶ。

 肝が太く落ち着いた女性という最初の印象が見る影もない。

「うるさいわね」

 エルが耳を抑えてターニャをにらむ。

「し、失礼しました」

 ターニャはビクッと体を震わせる。

「いきなり妖精を見たら、驚くのは普通じゃない?」

 とアイリが彼女をかばう。

「アイリは驚かなかったじゃん?」

 エルがアイリを指さす。

「わたしはほかにも会ったことあるし……」

 自分は例外だろうとアイリは思う。

「えっ⁉」

 彼女の発言を聞いてターニャがまた叫ぶ。

「ちょっと」

 エルの再度の抗議に、

「ご、ごめんなさい」

 ターニャは気の毒なまでに体を縮める。

 妖精相手だと委縮してしまうらしい。

「ターニャさん、ご用は何でしょうか?」

 とアイリは助け舟を出す。

「あ、ああ。朝ごはんはどうするのかなって」

 ターニャはようやく平常心を取り戻す。

「ありがたいです」

 アイリとしてはうれしい提案だったが、

「エルはどうするの?」

 知り合った妖精が気がかりだ。

「やることないし、ついていっていい?」

 エルに聞かれて困った彼女は、

「どうします?」

 ターニャに投げる。

「ひえ、そんな、恐れ多い」

 ターニャはおびえた顔でしり込みをする。

 これはまずい。

「ごめん、待っててちょうだい」

 とアイリはあわてて頼む。

「まあいいけど」

 あっさり了承された。

 信じられないものを見る目で、ターニャが彼女を見る。

 ほとんどにらみつける勢いだ。

「どうかしました?」

 理由がわからず、アイリは困惑する。

「い、いや……」

 ターニャは明言を避け、逃げるように去った。

「あ……」

 アイリは目でエルに頼み、彼女のあとを追う。

 ターニャは自宅の前で息を切らせていた。

「何かすみません。驚かせて」

 ひとまずアイリが謝ると、

「いいんだよ」

 ターニャはふり向く。

「妖精様って人間がどうこうできる存在じゃないからね」

 ぎこちない笑みを浮かべて、

「だからあんたが普通に接してるのが信じられなくてね」

 と言う。

 畏怖の感情がその瞳に宿っている。

「えっと……」

 アイリは言葉が見つからず目が泳ぐ。

「いいよいいよ」

 ターニャの顔にようやく明るさが戻る。

「魔女ちゃんってすごい存在だったんだね」

 と言われて、アイリは返事に困った。

 どこが?

 とはさすがに言えない。

 彼女だってまったく空気を読めないわけじゃない。

 それだけに

「魔女ちゃんってすごい子だったよ」

 とターニャがガズに語り続けるのはいたたまれなかった。

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