第7話 ようこそ、幻想の世界へ ~ 開幕:1



 ……予兆は、存在していた。



 『原作』という知識の中、或いは朧気な記憶の中、はたまた様々に散りばめられた結果の中……そして、日常の至る所に。



 知っていたはずだ。



 失敗した探索者プレイヤーがどんな末路を辿るかなど。



 分かっていたはずだ。



 迫っていたその刃が一刀で自分の首を落としてしまいかねないことを。














 ―――そしてその先で失うのは、いつも「自分」なのだから。



・・・



「―――おいおい、もうお終いかァ!?クソガキィッ!!!」


「クッ―――ソ、がッはぁっ!?」



 眼前に迫る剣を両手に構えていた槍の柄でなんとか抑え込む……が、がら空きになった腹に容赦ない前蹴りが突き刺さる。


 腹を押しつぶされ、内臓がごと中身が飛び出していきそうになりながらも、蹴られた勢いをそのままに後転し、いくつかの衝撃と追撃を誤魔化しながら、距離を取る。


 だが、そんな緩慢で大きな隙を見逃してくれるほど眼前の「」は甘くない。



「―――だから甘ぇッてんだよッ!テメェはッ!!!」


「ぐッ!?」



 即座に距離を詰められ、再度振り下ろされた剣を再度回避しようと後方へと体を動かすそうとしたが、それはいつの間にか背後に迫っていた壁によって阻止された。



「―――ッらァッッッ!!!」


「~~~ッ!?」



 そんな僕に容赦なく振り下ろされた剣は、爆発的な踏み込みと大げさなほどに加えられたスウィングの遠心力によって先程とは比較にならない威力を持っており、咄嗟に突き出した槍の柄は中央から大きくひしゃげた。


 受け止めたはずの腕は衝撃を受け止めきれず関節から響く、みしりという嫌な音が骨伝導を通じて僕の耳に届け、痺れるように全身に伝わる痛みと衝撃に、「逃げなければ」という思考を無視して思わず動きが止まった。


 そして、その瞬間―――



「―――じゃあな」



 ―――破壊的な威力を持った突きが、僕の頭部目掛けて一直線に突き立てられた。



・・・



「う~ん……」



 ある日の朝、いつも通り朝食後の日課である朝トレーニングを終えた僕は、思わず悩ましげな唸り声を上げていた。


 その理由は―――




――――――――――――――――――――――――――――――

名前:ルドス・ティーツァ

種族:人間

年齢:15

性別:男


流派:―


基礎能力値


精神:35 魅力:18 技術:25

俊敏:10 筋力:20 生命:12

知性:20 体格:15 教養:25


HP:41/41

MP:27/27


所持技能


【共通語 7/10】【歴史 5/10】【経理 2/10】

【登攀 5/20】【跳躍 9/20】【隠密 6/30】

【捜索 5/20】【交渉 2/10】【諜報 7/30】

【拳 3/20】【キック 6/20】【投擲 5/20】

【魔力操作 7/20】【風魔法 4/10】【火魔法 2/20】

【槍術 9/30】【剣術 1/10】【応急手当 6/10】

【回避 4/10】【防御 4/10】【受け流し 8/30】



特殊技能


【雷魔法3/30】【現代知識 -/-】【日本語 -/-】


スキル一覧


【モンスター】【善人】【努力家】【ド根性】【不屈】

【役割演技】【転生者】【原作知識】


技一覧


【拳】

〈ぶん殴り〉


【キック】

〈ハイキック〉〈ローキック〉〈前蹴り〉〈回し蹴り〉

 →【投擲】派生:〈シュート〉


【槍術】

〈突き刺し〉〈二段突き〉〈薙ぎ払い〉〈ピアッシング〉〈フェイント〉

 →【投擲】派生:〈投槍〉〈ピアッシングシュート〉 


【剣術】

〈振り下ろし〉


【風魔法】

〈エアブレッド〉〈エアカッター〉〈バックドラフト〉


【火魔法】

〈ファイアブレッド〉〈ファイアボール〉


【雷魔法】

〈掌雷〉〈装雷〉



――――――――――――――――――――――――――――――




(やっぱりこっちでも「才能ゼロの壁」はあるのかよ……) 



『FW』では「才能ゼロの壁」と呼ばれたこの現象は、全ての探索者がブチ当たる事になる序盤の難関の一つである。


 これは、先程も触れたように技能熟練度が一定値……つまり「9」の倍数から動かなくなる現象のことなのだが、これは『FW』での【技能】という要素の一つの節目となるのが10の倍数であることが起因している。


 そもそも【技能】にはそれぞれ「才能限界」というものが設定されており、これは文字通りその【技能】が到達できる熟練度の限界を示している。


 限界値が【0~10】であれば「非才」、【0~20】なら「凡才」、【0~30】なら「逸材」といった具合に、名称分けが成されており、各々のキャラクター毎に成長速度や成長限界が異なっている。


 この仕様はプレイ毎に毎回同じステータスにならないために実装された仕様であり、一部は「来歴」などで固定させることが出来るが、9割以上がゲーム開始時にランダムで決定されるのだが、当然こんなガチャみたいな仕様であれば、リセマラ勢を生み出すことになるのは明白だった。


 そんなひたすら目当ての「才能」持ちが来るまでひたすらニューゲームを繰り返す様から「才能ガチャ」なんて揶揄されていたりもしたが……まぁ、それは今の僕にはどうしようもないことであり、気にしないほうが身のためなので割愛しよう。


 とこんな感じに、明確に「10」の倍数で才能つよさが区分されている関係上、その境となるその「あいだ」は非常に高く設定されている。


 その分「壁」を超えた瞬間、探索者はひとつ上の段階レベルに上がったと言われるほどに強くなる。


 ……とはいえ「壁」なんて存在しないとでも言うような規格外チートも居たりするが、まぁ僕には関係のないことだ。


 とにかく、今の僕はこの「才能の壁」に見事にブチ当たり―――実に1年・・もの間、【跳躍 9/20】、【槍術 9/30】で停滞してしまっており、毎日毎日今日もどうせ上がってないんだろうな~という諦めと、ほんの僅かな淡い期待を込め、ステータスをチラ見しては毎度こうして消沈するというのを繰り返している。


 だがしかし、その他は成長していないわけでもなく、寧ろ良好に成長していると言えるだろうが……僕がこの「解欄板」を貰ってからもう既に5年・・が経ち、なんにせよこの停滞は少なからず僕の心へ、確実に焦燥という火種を燻ぶらせ続けていて―――。



「ご、ご主人さま……?だ、だいじょうぶですか……?」



 そんな僕の焦りは傍らで手拭いと水筒を用意しながら、ずっと僕の様子を窺い、トレーニングが終わるや否や、そっと側に訪れ、額の汗を甲斐甲斐しく拭ってくれている彼女・・にも伝わったていたらしい。



「あぁ、いや。別になんてことはないんだ。大丈夫、平気だよ」


「ほ、ほんとです、か……?」


「本当だとも」


「んぅ……」



 自分の心内を出来るだけ悟られぬようにして、アル・・の頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めて静かに僕の手を受け入れている。


 いつもながら柔らかくもふわふわ、それでいて独特の弾力があるケモミミはとても触り心地がよく、こうして何かに付けてアルの頭を撫でる癖がいつの間にやらついてしまった。


 というのも、更に5年という時間が経過してなお、僕にはアル以外の友達は居ないのである。


 それはアルも同じことが言えるのだが……重要なのはそこではなく、5年という時間を掛けて、随分とお互いに心を許せる関係―――つまり友人関係・・・・となったわけだが、そんな僕たちは他に友達がいないもんだから必然的に二人っきりで過ごすことが多くなった。



 なんたって「友だち」という言葉のルビは「アル」で固定されるから。



 結果、アルはうちの家族にも周知されることとなり、今ではよくウチに泊まりこんでいて、殆ど身内みたいな感じになっている。


 ……因みにアルの家庭は少々複雑で、父親は生死不明で行方不明、母親はアルを育てるためにうち経由で働き詰めであり、アルの面倒を見られないことが多いため、こうしてアルをうちに預けられるのは、彼女としても助かっているらしい。


 そんなアルだが、父さん母さんにもよく可愛がられているし、なんならラウラにも色々と教わったりしているようで、最近ではなぜかラウラの呼び方が「メイド長」になっていたり、普段着にメイド服を着て居るし、僕のことを「ご主人さま」って呼ぶし……これもしかしなくてもアルちゃん、メイドとして雇ってるだけじゃね?


 うん、まぁ……それを加味しても感覚的には妹が出来たようなもので、僕としては話し相手が出来て嬉しい限りなのでそれでも良いのだけれども、友人としてはご主人さま呼びは少々複雑であり、しかも本人は頑なにご主人さま呼びを止めてくれないし、呼び方については殆ど諦めていたりする。


 が、それよりも重要なことがある。



 ……それは当然、アルの性別のことだ。



 幼少期の頃は『FW』の時と同じような耳に掛かるぐらいのショートヘアで、原作と同じく中性的な見た目をしており、服装も女の子が好むようなひらひらした可愛らしいものではなく、男の子が着るようなシャツとズボンという出で立ちで、唯一女の子らしいと言えた特徴は丸みを帯び、透き通るような甘ったるいソプラノボイスぐらいなものだった。


 んでもって「原作」によって先入観を刷り込まれていた僕は、アルのことを勝手に男だと思いこんでいたわけだが、彼女が成長期に入ってすぐにその認識が間違いであったということはそれはもう嫌というほどに理解らされることとなった。



 ―――そう、アルは一次性徴を迎えたのである。



 平坦でなだらかだった胸は女性らしさの象徴たる膨らみを作り、耳に掛かるほどしかなかったショートヘアーは、いつの間にか肩口まで伸びた銀髪はふんわりとやわからな膨らみを持ったロブとなった。


 それによって以前の中性的だった容姿は一気に女性らしさを含むようになり、一見して性別が判断できるほどに変化したのである。


 とはいえ、僕は殆ど毎日アルと交流を重ねていたため、その変化になかなか気が付く事ができず、ようやくその事実を知ったのは一緒に風呂に入った時が初めてだったぐらいなのだ。


 もうね、あの時の衝撃たるや凄まじかった。


 だってずっと男だと想って接してた友達が女の子だったんだから。


 ラノベなんかではわりとありがちな設定だったりするが、実際に体験する側になったらびっくりするなんてレベルの衝撃じゃない。


 僕なんてあんまりにも衝撃がでか過ぎてその場でぶっ倒れたほどだ。


 しかもその後、いきなりぶっ倒れたもんだからアルが心配して、全裸のまま膝枕したままぼろぼろ泣いてたり、何事かとラウラが血相変えて飛び込んできたり、もうぐっちゃぐちゃだった。


 まぁそれも今ではいい思い出であり、こうしてアルとの関係は少しの変化がありつつも、根本的な部分は何も変わっていない。



 そんな些細で嬉しい変化と、停滞気味な不変に焦りの他に―――もう一つ。



 僕たちの日常を変化させる自体が静かに動き始めていた事に、この時はまだ気付いていなかった。

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