第8話 ようこそ、幻想の世界へ ~ 開幕:2


 それは、とある日の夕食の終わり際。


 家族とメイド二人……ラウラとアルが集うリビングで、父さんが切り出した話題が発端だった。



「―――領内で立て続けに殺人事件が……?」


「あぁ、どうやらそうらしい」



 この世界……『FW』は比較的オーソドックスなファンタジー世界、という設定上、やはりあまり治安がよろしくない。


 モンスターの存在から、村や街ですらそれなりの防衛費……傭兵や用心棒を雇うため……が発生するし、ところにもよるが小さな農村などではたった一度の害獣被害や不作で一気に困窮し、それによって食い詰めた者たちが匪賊化ひぞくかするなんてことはよくある話だ。


 あとは……税金として、アホなのかと疑うレベルの徴収量を国や領主に差し出し出さなきゃならないせいで生活することすらギリギリだとか、奴隷の人身売買のタネ・・を作るために、国とか領主がグルになって村一つ身売りさせたり……まぁ、ファンタジーとしてありがちなことはだいたい抑えている。


 因みに、各国の首都はこれでもかっていうぐらい賑わっている印象を受けるが、実際は貧困層なんかをスラムに全部押し込んで、表面上では体裁を保っているためそういった問題は全く取りざたにされることはない、という見せかけの虚栄であったりするが……ティーツァ領はこれらには当てはまらない。


 徴収も少なく、自然が豊かでどこであってもそれなり以上に作物が育つし、気候が穏やかであるため家畜も飼育しやすい。


 だから小さな農村などでも、ある程度の余裕は常にあるし、万が一食い詰めるような自体があれば、周りの村町と協力して自体を解決させる。


 そのためティーツァ領は匪賊化による人的災害が極端に少なく、賊の被害があったとすればそれは外的要因によるものである事が殆どだ。


 だから今回のように犯罪の増加というのも、外敵の仕業なのだろうが―――。



「それだけなら傭兵や、探索者、私兵を派遣すれば終わることだが……どうやら、今回はそれほど簡単な自体ではないらしいんだ」

 


 極めて平和なティーツァ領ではこういった話はすぐに対処が施され、あっという間に沈静化するが、今回はそうではなかった。


 対処にあたった者たちは被害のあった村や町に調査して判明したのは、やけに手際が良いのにもかからず、その犯行に全く一貫性がないこと。


 家へ押し入って住人を一刀で殺害、その後物色することもなく家に保管されていた金品には全く目もくれず、被害者の財布を抜き取り、食料品が飲み食いされた跡があっただけ。


 もしこれが賊による被害であれば、家中めちゃくちゃに荒らされ金品などは根こそぎ持っていかれているだろうが、今回の犯人は小銭と多少の食料を得るためだけに殺人を行っている。


 かと思えば、別の場所で行われた犯行では屋内が原型を留めないほどにぐちゃぐちゃに破壊されていて、盗られたであろう金品は纏めて村長の家へ投げ込まれた、など目的も手口も意味不明で不気味なものが多い。


 しかも何が恐ろしいって、初めの犯人は殺人を犯した後、その現場……たった今自分が殺した死体が横で転がっている中、何食わぬ顔で食事を行っていたり、わざわざ目立つように炊事の火を着けたままにして小火ボヤを起させるようにしてから、その場を去っているそうで非常に気味が悪い。



(どんなイカれたサイコパスだよ……)



 そしてどの犯行も現場に残っていた足跡から、一人の人間によって実行されていると分かったそうだが、どうにもその後の足取りも巧妙に隠しているそうで、未だにしっぽもつかめていない。



「しかも質が悪い事に殺人が起こる時刻はてんでバラバラな上に、あちこちで見境なくやってくれているものだから、噂もあっという間に広まってしまった」


「……なるほど」



 今回のことに気が付けなかったのは、基本的に僕の人との交流が家の中で完結してしまうせいもあったのだろう。


 でなければこんな非常事態、すぐに耳に入っていたはず……いいや、その前兆は確かにあった。


 最近外をランニングしている時に人を見かけることが少なくなっていたし、クソガキ共がよく集まって遊んでいる広場も誰も人が居なくてがらんどうだった。


 それに家族の前では必死に取り繕って居たようだが、最近の父さんには以前まであったような朗らかな余裕が薄れていたのも、これが原因だったのだろう。


 このまま賊の被害がさらに広まればその噂が人々を恐怖させ、混乱を呼び……最悪、収拾がつかない程の騒動が発生するかも知れない。



 ……いや間違いなく、する。



 ティーツァ領は良くも悪くも平和すぎるせいで、こういう事態に耐性がない。


 そして領主が優秀な事もあって、自分だけで対処することを忘れかけてしまっているため、現状でそれなりに噂が広がっているのにもかからず、未だに日和見してばかりで根本的な解決に動いていないのがいい例だろうし、父さんがこうしてこの場でこの事について話したのは、もうそういう・・・・段階ではなくなっているからだ。 



(不測、未知の事態に弱い……個人ならそれでいいんだろうけど、大きい組織ならもうちょい柔軟に出来なかったのか?いや、ただ結果論言うだけじゃ意味ないし、これも根本解決には程遠いただの誤魔化でしかないことだしなぁ)



 結局、僕たちは当事者ではなく報告などから俯瞰で物事を眺めている傍観者に過ぎないのだ。


 こういった事態を解決へと歩を進めるにはやはり、リスクを恐れないアクションが必要であり、このまま現状維持が続くのであれば……碌な事にはならないだろうことは容易に想像できた。



(……潮時、だろうな)



 僕はいつも準備していたのはこういう自体を想定していたから……ではなく、遠くない未来に始まるであろう「原作」を見据えてのものだった・・・


 ……されども全く考えなかったわけでもない。


 今僕が抱えている停滞はこのままではきっとどうにもならない。


 そしてこのまま停滞を続けたのなら、その行く末はきっと……現状と同じだ。


 それならば―――

 


(―――やるしか、ない)



 ―――僕も覚悟を決める必要がある、ということなのだろう。



・・・


 ありえなかったはずのその脚本。


 そこに名を連ねた彼は、本来はなんの役割も持たないただの悲劇の観衆であった。


 それどころか、存在し得なかったはずの彼女すらも、一緒に並び立っているという正にイレギュラーと言える彼の初めての演目チュートリアルは、様々な偶然と必然によって過剰なほどに演出されていく。



 ……既に、開幕のブザーは鳴った。



 こうして台本通りにただなぞられるだけだったはずの悲劇の舞台袖にひっそりと立った彼は、既に幕の上がった舞台で何を為すのか。



















  …………存分に、見物してみようじゃないか。




―――1st.シナリオ 『ようこそ、幻想の世界へ』―――


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