第6話 自己肯定感の低い子は甘やかすに限る。
『FW』と言うゲームの目的を端的に言えば「生存」である。
様々な事件に関わり、巻き込まれ、結末を迎える。
その際、傍観者のような立ち位置で居るのか、それとも事件解決のため動くのか……そんな選択は普通にプレイしていれば後者一択となるはずだが、この『FW』において、普通なんてものは意味を成さない。
そしてここからが『FW』と言うゲームが
自分から積極的に事件に関わっていった結果、犯人に勘付かれ、逃げられてシナリオ終了なんてのはザラで、もっとひどい時は罠にはめられて殺されたりもするが、そんな
「ロードしてやり直そう」
このゲームも他のRPGと同じくセーブ機能は搭載しているし、そういう考えに至るのは至極当然の思考だろう。
だが、そんな思考はタイトル画面にたどり着いた瞬間に打ち砕かれることになる。
前回のセーブポイントの直前から再開するはずの「
なぜ?どうして?
その理由は簡単だ。
―――このゲームで死亡したキャラクターは「
これが『FW』が賛否される要素の一つである「キャラロスト」。
どこまでもリアルな思考に寄せられたTRPGというゲームは、一度死亡してしまったキャラクターは使用できない
TRPGというゲームに置いて常に付き纏うPLにとっての最上級のリスクとなるその要素は、やはりと言うべきかこのゲームにも搭載されていた。
しかもこのゲームはセーブデータが一つしか残らない仕様であるというのもあり、実質的にゲームオーバー=データ初期化というハードコアにもほどがある仕様が出来上がったのである。
ただし「キャラロスト」というルールに関してはプレイヤーとゲームマスターの間でどうするか取り決める、一種の
かくいう僕もこの仕様は大好物である……が、当然ながら批判的な声もあったのもまた事実であり、いくらなんでも厳しすぎるとか、せめてセーブデータは分けさせてくれとか、様々な意見がGMの元へと寄せられ、後に「3つ」のキャラクターデータを保存できるようになるというアップデートが施された。
だが別にこれで「キャラロスト」が避けられるようになった訳ではなく、単純に「3キャラ別々に一つづつデータ枠が取られた」だけであり、みんな口を揃えてこういった。
「違う、そうじゃない」と。
ぶっちゃけガチ勢は各自でバックアップを取っていたので、この「キャラロスト」の仕様に怯えるようなことはなかったのだが……今のこの世界にもこの
現実における「
バックアップなんてものはない、正真正銘の一発勝負。
……まぁ、「転生」なんていうインチキで生きながらえている僕は、
それはRPGというゲームであれば当然の選択肢の一つである、「
探索、戦闘……これらの中でもさらに細分化された【技能】と【スキル】が多数必要な場面も多く、どうあっても
故に、複数人である程度役割を分担することが前提であることが多い。
だから殆どの一般的なTRPGは
そこで『FW』はプレイヤーを積極的にキャラクターと交流させるために実装されたのが、ネームドNPCと好感度システムであったりするのだが、まぁこれはまた別のお話だ。
そんなこんなで、ある程度自分のステータスが育った時点で僕は、第一目標を交流にしていたのは、有望そうな仲間をスカウトしようとしていたという、なんともまぁ身も蓋もない理由だったわけだが……正直、実際に同年代の交流を図ろうとして判明したのは自分がどうしようもないコミュ障だったということで。
そもそもマイナスに傾いていたはずのところに追い打ちをかけるように不正解を引き続けるのは最早才能としか言いようがない。
実際、僕が所持しているとある【スキル】の中には対人能力が低下するものがあったりするが、それも同時にとある【スキル】で帳消しにしているはずなので、これは単純に僕がポンコツという事実は変わらない。
だから、同年代とのコミュニケーションを諦めかけていた中でアルくんと出会えたのは本当に幸いであり、この子も相当拗らせていてコミュ障な上に、唯一僕の今の立ち位置で悪印象を持たれたておらず、性格的に多少強引に詰めてやるぐらいがベストであ、そして、僕には対子ども用の切り札である「菓子」が毎日供給される。
これらの情報と道具を駆使して、このケモショタに人間の優しさを理解らせてやり、彼の抱えるトラウマの一つの解消ならびに、クッソ面倒くさい【人嫌い】と【人間不信】を今のうちにどうにかしようという魂胆で、僕はこうして毎日アルくんの元へと駆けつけ、餌付けを行っているというわけである。
いや、改めて僕がしていることを並べたらヤバい匂いしかしないんだが……まぁ如何にアルくんがゲボかわショタであろうと、僕はケモミミが好きなだけの至ってノーマルな人間であり、別にやましい気持ちを感じる事はないのだ。
「ぁ、あ……ぁの、こ、これ、おぃしぃよ……?」
「あぁ、ありがとう。そうだ、喉乾いてないかな?お茶も持ってきてるんだ」
そんな思考に浸っていた僕を現実へと引き戻したのは、ちょいちょいと服を引っ張るという非っ情に控えめな自己主張であった。
きっと考えに浸るばかりで全く菓子に手を付けない僕に遠慮したのだろうが、元より僕は菓子に手を付けるつもりはないし、気にせず平らげてくれたらそれで良かったのだが……。
やっぱり、こういう細かいところに気を使えるアルくんは、本当に性格の良さが出ているなぁとしみじみ思いながら、用意していた魔法瓶の蓋にお茶を注いでいくと、こぽこぽと音を立ててカップに見立てた蓋にほんのりと湯気を放つ薄い茶色の液体が満ちていく。
「悪いね、ホントは紅茶だったら
「ぅ、うぅん……。あ、ありがと……」
ウチの領地では無駄に広大な土地を使って紅茶の生産をしており、そこそこ評判のいい銘柄として「ティーツァ領」の名産品の一つとして有名であるそうだが、その紅茶の生産時に出る……まぁ、商品の規格から弾かれた葉っぱが安価で流通しており、基本的に家庭毎でその葉っぱを購入し、手作りしたモノ……所謂、番茶が一番一般的に飲まれる。
貴族といえど基本的に庶民と変わらないような生活をしているウチは、やっぱり
なんというか、お茶一つに面倒なことだと思わなくもないが、中世と近世のちょうど中間ぐらいの文化水準のこの世界ではこういった嗜好品はまだまだ高級品であり、手作りしてでもお茶をいただけるというのは実は領民たちにとっては素晴らしいことなのだろう。
因みに、この世界でのお茶を飲むという文化は公国が発祥で、一般家庭でも日常的にお茶をいただくのは公国だけの文化らしい。
豊かな生活というのはこういう小さなことの積み重ねの上に成り立っているのだろうが、常に娯楽に溢れていた現代に生きていた自分の感覚では、やはりというかなかなかに噛み合わないことも多かったりする。
……とまぁ、
カップに注いだお茶をアルくんに手渡すと、しばらく湯気の立ち上るお茶をしばらく見つめてから、そのまま彼はおずおずとカップを僕の方に差し出した。
「ん?どうかしたかい?」
「こ、これ、ひとつしか、な、ないから……」
あぁ、なるほど。
一体どうしたのかと思ったが、なんとも彼らしい気遣いだが僕は菓子に一度も手を付けていないし、特に喉が渇いているわけでもない。
「いや、僕に遠慮なんてしなくていいんだ。一人分しか持ってこなかった僕が間抜けだっただけさ」
まぁ実際、この菓子もお茶も全て彼のために用意したものであって、自分の事を全く考慮していなかったのが悪いのだ。
「だから、それは君が飲むと良い。分かったね?」
「ぁ、ぅん……」
そんな自分の失敗をごまかすように、カップを差し出したままのアルくんの頭を撫でてやると、彼はこそばゆそうに、しかしどこか心地よさそうにしながら、カップの中身を少しだけ飲み込んだ。
・・・
こうして流れていく穏やかな日々は、二度目の……いいや、今まで送ってきた人生の中で最良の時間であったと確信できる程に、緩やかで穏やかな幸せに満ちていた。
その幸せに触れる度に、僕は少しずつ、
―――この世界が、どれほど意地悪で陰湿で悪質で理不尽なものであるかを。
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