第18話■王女はバッドエンドに進み続け、魔女の策略は竜人の暴力の前に潰され、その先に差し込む光に二人は手をのばす


メリアングレイスside


 目の前に広がるのはキラキラした世界だったの。煌めくシャンデリア。私の手を取ってダンスをする金髪の王子様のような青年。ああ、なんて素敵な夢なの。


 あれ?夢?でもこの顔どこかで見たような気が····。


「メリアングレイス。どうしたのかな?少し疲れてしまったかな?」


 え?メリアングレイス?それって私のこと?

 目の前の青年が私に向かってメリアングレイスと呼んだ。私はそんな名前じゃない。私は···あれ?私の名前は何?


「そうだね。少し休憩をしようか、今日は注目の的だったからね。人魚の涙なんて貴重な品物を身につけられるなんて、リラシエンシアに感謝をしないとね」


リラシエンシアだって!あの悪魔的に強いリラシエンシアのこと!ということは、ここは『戦慄の慟哭』の世界だってこと!!


 最悪だ。今はどのタイミング?選択肢って出ないの?取り敢えず、目の前の誰だっけ?ああ、婚約者のレイモンドね。

 レイモンドが邪魔ね。


「少し疲れてしまったわ」


 私は首を傾げて、レイモンドに言ってみた。王女の話し方なんてわからないけど、これでいいでしょ。


「わかったよ。控室まで送るよ」


 そう言って、レイモンドは私の手を取って歩きだし、私に色々話しかけてきたけれど、全く耳に入って来なかった。私はどう行動することがいいのか。必死に考えていて、私にレイモンドの言葉が届いていなかった。そう、一番肝心なリラシエンシアが誕生日パーティーに参加していなという言葉を聞いていなかった。


 控室に連れてきてもらい、メイドみたいな人には少し一人にして欲しいと言って、部屋から出て行ってもらった。これで、ようやく一人になれたと大きくため息を吐くことができた。


 これは世に言う異世界転生というもの?でも、こんな誕生日パーティーの最中に記憶が戻らなくても、普通は頭を強打するとか、寝て起きたらというのが、お約束でしょ!


 フラフラと猫脚の高級そうな長椅子に腰を落とす。そして、目線を下に向け、再びため息を吐く。


 このピンヒール、足がもげそうなんだけど?よくこんなかかとの高い靴を履いてダンスを踊っていたよね。

 しかし、ここで悠長にしているわけにはいかない。一番肝心なリラシエンシアとのイベントを成功させないといけない。


 私の護衛についているはずのリラシエンシアの過去の話を聞いておかないと、王家に復讐するリラシエンシアを止めることができなくなる。ここでイベントを成功させれば、リラシエンシアを味方に引き込むことができる。逆に言えば、ここを逃せば、リラシエンシアは王家に牙を向く獣と化すの。


 この『戦慄の慟哭』は二人と言っていいかわからないけど、二人の女性の復讐を止めて共に国を作ろうというゲーム。そう、慟哭という言葉は二人の女性に掛けられた言葉なの。


 一人は先程言ったリラシエンシア。彼女は侯爵令嬢であり、この国の剣としての役目がある。だけど、6歳の時に母親を亡くし、次いで父親のシュテルクス侯爵を亡くしたことで、彼女は継母である第一夫人から酷いいじめを受けて成長していくの。

 そして、彼女は母親が王族によって殺されたと勘違いしていく。何故か、シュテルクス侯爵には三人の妻がいるけど、その内二人が王からの命令で嫁いで来たことを知り、平民である母親が唯一、父親に望まれて婚姻したことで、第一夫人と第二夫人に虐められ、精神を病んで死んだことに対して、王家に対して逆恨みをしたの。だから、彼女に母親を殺したのは王族ではないことを証明しなければならない。


 もう一人(?)はこの国の地下深くに封じられた魔女。彼女は女王に成るためにこの国を破壊して、自分が自由になるために死の国を作ろうとするのだけど、これにはリラシエンシアの力が絶対に必要で、彼女が居ないと魔女の思惑を潰すことができなくなるの。


 だから、ここが一番肝心!よし!庭の何処かにいるリラシエンシアを探して見せる!


 と意気込んで立ち上がった時に、足首がグキっと折れた。やっぱり、このピンヒール高すぎだって!


 痛みに悶えていると、メイドが入って来てあれやこれやと騒ぎ出して、リラシエンシアを探しに行くどころじゃ無くなってしまった。今行かないと駄目なのに!!


 医者のおじいさんには3日安静と言われてしまった。


 翌日レイモンドにその間にこの書類を処理してしまおうかと、私の部屋に紙の束を持って来られたけれど、書いてあることがさっぱりわからない。

 書いてある文字は読めるよ?だけど、意味がさっぱりわからない。


 もう早々にさじを投げた。私には無理だと。


 そして、リラシエンシアにここに来てもらえないかと、その辺にいるメイドに頼んでみると、『いつも通り手紙を出されたらよろしいのでは』と言われてしまった。


 手紙?リラシエンシアは私の護衛でしょ?もしかして、何かイベントの時にしか来ない特別な護衛だったりする?確かにゲームでもいつもいるのはレイモンドでリラシエンシアがいるわけではなかった。

 でも私、手紙の書き方がわからない。普通に『来てよね』だけでいいの?多分、駄目だと私でも理解できた。そう、メリアングレイスが残していた手紙の束の中を見てみれば、言い回しがまどろっこしい感じで書かれていたので、これも早々にさじを投げた。


 あ!孤児院の訪問ならできるかも!


 孤児院の訪問に行きたいと、その辺にいるメイドに言えば、変な顔をされて言われてしまった。『どこの孤児院ですか?』と。

 あれ?メリアングレイスが管理を任された孤児院があったはず。


 私が任された孤児院は無かったのかと尋ねれば、またまた変な顔をされてしまった。そして、『以前、孤児院に寄付するぐらいなら、人脈を集めるためにお金を使うとおっしゃっていたではないですか』と返されてしまった。


 あれ?おかしい。私が思っていることと違っている?


 中央教会に行きたいとメイドに言えばまたまた変な顔をされて、『神に祈るなら近場の聖堂がいいとおっしゃっていましたよね』と言われた。聖堂ってどこ!


 だけど、私はくじけずに中央教会に····ちょっと待って。私、神への祈り方がわからない。これも行くことを諦めた。でも、この時に中央教会に行かなかったことに、後悔するのだった。だって、この時点で喋る天使の絵は存在しなかったのだから。


 そして、何もしない日々が続いたある日、とある街の近くでスタンピードが起こったと報告を受けた。

 そう、私が何もしなくなったことで毎日グチグチと言ってくるレイモンドに。


 別にいいじゃない。私がしなくても誰かがしてくれるのだから。


 はぁ、本当ならこの時期ってリラシエンシアに真実を突き付けて、味方に取り込んでおかないといけないのだけど、ゲームと何もかも違うから、隣国との戦争も起こらないよね。


 はぁ、本当に何もやる気が起きない。頭がぼーっとしてく。五月病ってやつかな?



 数ヶ月後、隣国が宣戦布告をしてきたと言われた。勿論、毎日来ているレイモンドにだ。

 あれ?この流れやばくない?私、何もしていない。そもそも私って戦えるの?ステータスって存在するの?


 そう思っていると、半透明な四角い何かが目の前に現われた。



 Lv.10


 HP 60

 MP 32


 STR 10

 VIT 6

 AGI 26

 DEX 18

 INT 60

 MND 20

 LUK 100



 低い。とてつもなく低い。レベル10って何?何も鍛えていないじゃない!


 唯一LUKが100っていうことが救いかもしれないけれど、100も低すぎ!


 でも、戦場は騎獣に乗っていたから、大丈夫かも。ん?私って騎獣に乗れるのかわからない。



 レベルを上げないといけないのに、どうすればいいのかわからず、悩んでいると、王様に呼ばれた。あ、お父様ね。その横にはお母様がいる。二人はいつも一緒に居てラブラブね。 


「王女メリアングレイス。今のままでは到底、王太姫とは認められない。戦場で何かしらの功績を上げてきなさい。これはファエンツァ公爵からの要望でもある」


 え?そんなの無理だけど?

 ファエンツァ公爵って確かレイモンドのお父さんのことだよね?これは私がダメダメなのをレイモンドから聞いているってことだよね。


「護衛として、近衛騎士を付ける。そして、それでも足りない状況になれば、第3騎士団を頼りなさい」


 お父様はそれだけを言って私を追い出した。だから、無理だって!


 だけど、着々と準備は進んでいき、私の騎獣まで用意されてしまった。リラシエンシアはどこにいるのよ!一度も私のところに顔を出さないって有り得ないでしょ!私の護衛なんでしょ!


 ああ、もうこれは、リラシエンシアが裏切っているに違いない。だって、そうとしか思えない。私の護衛のくせに、一度も顔を出さないなんて。


 でも、どうしよう。このままだとバッドエンドまっしぐらじゃない。このゲームは一度しかしていないから知らないけれど、ネットでは王都が壊滅状態になるらしい。ネットに上げている人は解決策が見いだせないと嘆いていたけど、そもそも誕生日パーティーの選択肢で間違っていることに気が付かない時点で駄目ね。


 はぁ、でもリラシエンシアが居ないこの状況じゃ。どうあがいても駄目ね。あとは魔女を味方に付けるしかないのだけど、魔女とも全く接触することができない。

 今回のことで戦勝を祈るために聖堂ではなく、私のわがままで中央教会で儀式を行ってもらったのだけど。回廊にあるはずの天使の絵が見つけられなかった。

 もう!本当にどうなっているの!


 私の独り言が誰かに聞かれていたようで、王城ではリラシエンシアが隣国と通じているという噂が立ってしまっていた。あの···私は別に隣国と通じているなんて一言も言っていないのに。ああ、でもそうなのかもしれない。ここまで、姿を見せないのなら、敵国に通じているのかもしれない。いや、きっとそうだと思う。だって、王女の護衛のだというのに、職務放棄しているもの。


 そして、とうとうレイモンドと護衛の近衛騎士たちと共に西の辺境の地まで来てしまった。

 そこはかなり後方らしく、けが人が収容された救護所がある地点だった。大きなテントの中で第3騎士団長という人物を紹介されたけれど、この人知ってる。使い勝手のいい騎士の人。

 中々強かったのを覚えているけど、リラシエンシアほどじゃなかった。だから、あまり使うことも無かったなぁ。初めてレイモンド以外に出会ったゲームキャラに対する感想なんてそんなもの。


 それに私は何か功績を残さないと、王都には帰れないもの。ここに来る前に何度もお母様に言われた。『貴女は女王になるのだからしっかりと務めを果たしなさい』と。


 確かゲームでは、戦場に来たばっかりの頃は、小競り合いのところばっかり行かされるのだったよね。でも詳しくは覚えていない。だって、ゲームではなんとかなったもの。



 実際になんとかなってしまった。私が出る戦場は全て敵が劣勢となり、数時間の戦闘後に敵は引いて行った。

 私ってすごくない?ここ二ヶ月の間、負けなしなんだよ!


 私は有頂天になって予定されていなかった戦場に駆けていった。だって、私が戦場に出たら勝てるんだよ!


 違った。現実はそう甘いものじゃなかった。所詮、私が行った戦場は選ばれた戦場だった。勝つために、勝つ布陣を持って挑んでいただけだった。

 私は敵陣の前に躍り出て矢面に立ち、総攻撃を受けた。だけど、無事だったのは口うるさかったレイモンドが、かばってくれたからだった。

 なんで?いつもあんなに私に対して文句を言っていたのに。


 私はレイモンドと近衛騎士十数人を犠牲にして後方陣地に戻ってきた。


 人が死んでしまった。もしかして、これはゲームじゃなくて現実?でも、ゲームのキャラクターいるよ?でも、レイモンドは死ぬこと無くメリアングレイスの王配に収まったはず。なんで?私が悪いの?でも、私は王女なのだから、守られて当たり前。でも。でも。でも···。


 いつの間にか私が勝手に戦場に出ないように、私の騎獣が何処かに追いやられてしまった。それに近衛騎士たちからの視線が冷たい気がする。


 だた一人、第3騎士団のヴァンフィーネルだけが、私に対して態度を変えなかった。彼なら、私を甘やかしてくれる?

 何かと文句ばかり言っていたレイモンドだけど、女性が少ない戦場で何かと側にいてくれた。私は望まれてこの戦場にいると思っていた。だけど、食事を用意してくれる女性でも、身の回りのことをしてくれる女性でも、私にあんな目を···邪魔者を見るような目を向けてくる。今までレイモンドが彼女たちの間に入ってくれていたから、私が疎まれているなんて知らなかった。

 物資を運んでくる業者は私のことを舐めるように見てきた。近衛騎士たちとの連絡もレイモンドがしてくれていたため、私は必要な時以外自分に充てがわれたテントから出ることが無かったので、人からどういう目で見られているのか、知らなかったし、今では近衛騎士達が私のことを親の仇のような目で見てくるの。

 でも、ヴァンフィーネルは私と話していても普通だった。だから、私の側に居てもらおうと考えた。

 そして、何度かヴァンフィーネルと接触を持とうとしたけれど、いけ好かない金髪の副官に全部邪魔をされてしまった。私は王女なのよ!女王になるのだからね!


 ああ、本当にこの副官が鬱陶しい。だったら命令して前線に行かせればいいじゃない。だって私は女王になるのだから。


 私は堂々とその副官に言ってやった。副官なんてクビよ!前線に行ってくればいい!と。


 すると、いけ好かない感じの金髪の副官は首元から丸いペンダントを取り出してきた。

 そこには二つ首のドラゴンの紋様が描かれていた。王家の紋章は三つ首のドラゴン。だったら、この二つ首のドラゴンは····思い出した。

 いいえ、これはメリアングレイスの記憶。目の前のいけ好かない金髪の男とよく似たおじさんの顔が浮かんできた。そのおじさんは目の前の物と同じ紋様のペンダントを幼いメリアングレイスに見せて言ったのだった。


『これは王家の血族だということを現す紋章だよ。これが意味することがわかるかな?王女では決して持つことが許されない男性王族のみに渡される紋章。

何故かって?国を魔女に乗っ取られないためだよ。そうそう、おとぎ話に出てくる魔女イーラは実際に存在している。だけど、今は身動きが取れない状態だからね。でも、その内魔女は自由を得ることになるだろうから、その自由になった魔女にこの国を奪われないための、布石だね。

これは色々なモノの鍵であるから、これを持たない者は王にはなれないという証。

え?なんで君にこの話をするのかって?だって君って国王の血なんて一滴も入っていないのに、王女としているのが、滑稽だと思ってね。それに僕のかわいい妹のじゃないか。本当に滑稽だよ可愛いメリアングレイス』


 ああ、目の前の男をいけ好かないと思ったのは、子供だったメリアングレイスの世界そのモノを壊した人物に似ていたからだ。


 私は、メリアングレイスは王の血が流れていなかった。なぜ、お母様は私に言ってくれなかったのだろう。なぜ、私に女王になると言ってきたのだろう。


 私は一人ぼっちのテントに戻り、ウダウダと考えを巡らせてみるけど、何故かっていう答えは出てこない。そんなの当たり前、だって私はお母様じゃないもの。


 そんな私がいるテントに近衛騎士の一人が声をかけてきた。どうやら王都に戻れるらしい。

 やっと···やっと帰れる。こんなところに3ヶ月も居たんだから頑張った方だよね。さっさと王都に戻ろう。



 王都までは順調に戻って来たけど、何故か王城の方から煙が出ているし、あちらこちらからで煙が出ている。

 もしかして、火事?それにしては、王都の人たちが馬車に乗った私に向けて手を振ってくる。なんで?

 ああそうか、王城から下の街までかなりの距離があるから、火の手がここまで来ないと思っているんだ。でも、みんな笑顔で私に手を振ってくれるのね。そうよね。私は女王になるのだか···あれ?私、女王になれないのに、まだ成れると思っている。変な私。


 王城の前までたどり着いたのに、中々、王城の城門の先に進まない。


 いったい何をしているの!私は王女メリアングレイスなのよ!

 城門が開かないですって!門番は何をしているの!早く開けなさいよ!



 馬車の中で5時間も待たされるなんて最悪。なんでも、城門を開くのに必要な歯車の一つが欠けていて動かなくなっていたらしい。重すぎて人力で開けられない扉に何の意味があるの!もう少し頭を使いなさいよ!


 本当に何もかも上手くいかなくてイライラする。


 馬車を降りて、王城の中に入るとなんだか、爆発する音が頻発に聞こえてくる。何?爆弾か何かに引火しているの?早く逃げた方がいいよね。城門が開いて王城から逃げる人から話を聞いた近衛騎士によると、お母様はまだ王城に残っているらしい。お母様を探して一緒に避難をしないと!


 お母様の部屋に行っても誰もおらず、中庭を探してもおらず、お父様の執務室には鍵がかかって入れなかったので、他にお母様が行きそうなところはどこだろうと、考えていると、かなり近いところから爆発する音が聞こえてきた。もしかして、音がするところにお母様がいるの?


 音がするところに駆けつけてみると、そこは玉座の間だった。なんでこんなところに?

 しかし、人の声がするのでここだと思い、私は勢いよく扉を開け放った。


 玉座の間はゲームでしか見たことなかったけれど、そこはかなり破壊されたところだった。壁は大きな穴が空き、土埃が舞ったように光が浮遊物を反射する光の道を作り出したところには、黒いドレスを着た白髪の女が剣を抜いた姿でいた。私はひと目みてわかった。あれがリラシエンシアだということを。


 その奥には鎧を着た騎士の者たちがリラシエンシアと距離を置くように立ちすくんでいる。

 そのリラシエンシアを見て私は確信した。やはり彼女は裏切っていたのだと。そう、彼女の足元にはお父様がいたから。これは揺るぎないほどに確定的な王の暗殺の場面。


 だから、私は鎧を着た騎士達に向けて堂々と命令した。


「この裏切り者のリラシエンシアを打ちなさい!王を弑逆しようとする隣国の犬です!そこの騎士!何をしているのです!さっさとこの女を殺しなさい!」


 だけど、騎士たちは腰に下げている剣をリラシエンシアの血で染めようとはしない。お父様とその女のどちらが大事なのよ!王様の方が大事でしょ!

 私がイライラしていると、リラシエンシアは優雅に黒いドレスを広げ、頭を下げてきた。そして、私に向けて謝るのかと思えば、余裕な顔をして私に挨拶をしてきたのだ。それはまるで、日々の延長上の挨拶を言っているみたいに。


「王女メリアングレイス様。お久しぶりですわ。前夜祭の日以来ですわね」


 久しぶりも何も、あんたは私に会いに来なかったじゃない!それに前夜祭ってなによ!

 私はこのイライラをぶつけるようにリラシエンシアに言い返してやった。


「この裏切り者!よくものうのうと私の前に顔を出せるわね!」

「裏切り。それはどれのことをおっしゃっているのでしょう?」


 リラシエンシアは私の言葉など、意味がないと言わんばかりに、はぐらかした。なんて性格が悪い。私がイライラしているとリラシエンシアと騎士が勝手に話をしだす。今、私が話していたじゃない!なんで、勝手に話を始めているのよ!


 『ひっ!』という、女性の悲鳴が聞こえてきて、そこに視線を向けると、四つん這いになっているお母様のドレスの裾に透明な矢が刺さっている。


 え?お母様?

 なぜ、お母様がそこにいるの?しかし、リラシエンシアはお母様まで殺そうとしているなんて許せない!


「お母様まで!!なんて酷い!そこの騎士!何をしているの!さっさとそこの女を殺しなさい!」


 鎧の騎士が腰の剣を抜いて、リラシエンシアに向けた。やっと王様とお母様を助ける気になったのね!遅すぎよ!さっさと動きなさいよ!


 だけど、その騎士は剣を抜いてもリラシエンシアの血でその剣を染めようとはしない。それよりも、王様や私の方を警戒しているみたいに鋭い視線を向けてくる。なんで?私は王女なのよ?


 そして、リラシエンシアはお母様を足蹴にした。私のお母様に何をするのよ!

 思わずお母様に駆け寄って·····そこで、記憶がプツリと途切れた。まるで電源が落ちてしまったアンドロイドのように。



 気がつけば、私だけが砂埃が舞っている玉座の間に突っ立っていた。え?なんで?意味がわからない。みんな私を放置をして何処かに行ってしまった?

 私は王女なのに?王様も騎士もお母様も私を置いて何処かに行ってしまった。


 なーんだ。結局誰も私のことなんて見ていなかったんだ。そうよね。私は何もしていなかったもの。


『あの娘は始末しておかなければならぬ』


 私の中から私の声が聞こえてきた。あの娘?


『あの人ならざる人の皮を被った化け物は危険』


 そうだね。リラシエンシアはヤバイよね。


『早く見つけて殺さねばならぬ』


 それはキツイと思う。だってリラシエンシアだよ?


『お前は力を得た。あの反抗的なオストゥーニの血と神官であったアンファングの魔力。それとわらわ。その力があれば邪魔なリュージンなど簡単に始末できる。あの時もリュージンが居なければ勝てた』


 ん?リュージンってなに?よくわからないけど、リラシエンシアを止めればいいってことね。それぐらい簡単。だって真実を突きつければいいだけ。




 けれど現実は甘くは無かった。私の身体は私の意志以外で動いている。迫りくる剣に魔法っていうのかな?それで戦っている。


 おかしい。もう、全部がおかしい。なんでリラシエンシアは私の言葉に跪かないの?

 だってリラシエンシアの母親は第一夫人の命令でリラシエンシアの叔父に毒殺された。リラシエンシアを置いて父親と第三夫人と共に領地に戻っているときに毒殺された。そして、父親であるシュテルクス侯爵は狂ったように領地の隅々まで破壊しつくして自ら生命を断った。まるで、妻を殺した犯人を探すために無差別に殺し尽くしたように。


 そして、悲しみの淵にいるリラシエンシアに唯一手を伸ばして励ましたのが、第二王子だった。だから、リラシエンシアは彼に依存していく。だけど、ある日第二王子は視察中に滑落事故に遭い、馬車とともに谷底に落ちて生命を落としてしまった。

 それはシュテルクス侯爵の第一夫人が己の子を王位に付けるために、第一王子から第三王子まで殺す計画を実行したからに過ぎなかった。しかし、その息子もファエンツァ公爵の手の者によって殺されてしまい。第一夫人の計画は頓挫してしまったのだった。そう、レイモンドの父親が息子を王配にするために、シュテルクス侯爵の第一夫人を蹴落とし、己が政治に口を出すために···あれ?でもファエンツァ公爵ぐらいなら、私に王位の継承の紋章を受け取っていないことぐらい知っていそうだけど?


 ああ、もしかして私に王様の血が流れていないことで、ゲームの流れから変わって来てしまったのかも知れない。なんだ。そういうことだったんだ。


 それにしても、私の身体リラシエンシアにボロボロにされていない?痛みは感じないけど、切り落とされた腕が再生していっているし、首を落とされても自分でくっつけているし、なんだか気味が悪い。


 いい加減に私の身体を返してよ!これは私の身体なんだからね!


 動かない身体を動かそうとしていると、『邪魔をするでない!』と言われた。邪魔するよ!だってこれは私の身体。私だけの身体。魔女なんかに····魔女!そうか私の中にいるのは魔女だったんだ。ああ、それなら····


「あんたって好きだった奴の生まれ変わりを待っていたんだよね。実はアドラってヤツの生まれ変わり、あんたの目の前にいたのわかってた?」


 私の身体の動きが止まった。そして、リラシエンシアの攻撃をサンドバッグのように受けてしまっている。


「あんたを封印したオストゥーニの始まりの王様だよ。まぁ、王様っていうより反乱分子の率いた英雄って言い換えた方がいいよね」

『オストゥーニ···』

「だってさぁ。あんたって偉い人だったんだよね。確かあんた言っていたよ『アドラだけが、わらわを普通の人として見てくれた。あやつだけが、わらわの間違いを正してくれた』ってね。オストゥーニだけが、あんたのやっていることにおかしいと気がついたんだよね」


 これはゲームで魔女が語っていた言葉。実は今の時代にそのアドラの生まれ変わりが存在する。いや、正確にはした・・だ。

 実はその生まれ変わりというのが、レイモンドなのだけど、彼は王配になってそのアドラの記憶を思い出し、魔女と語らうシーンがある。そこで語られた言葉だった。


 もしかして、レイモンドが私に口うるさかったのって、アドラの質だったってことかな?もう、彼はこの世に存在しないので、私が彼の真意を知ることはできない。


 ああ、なんだかすごく身体が重くなってきた。そうだよね。リラシエンシアにボコボコにされたら、身体も疲れちゃうよ······ね··






··········


········


····!·····


 何かが聞こえる。なんだろう?


『何じゃ?やっと意識が戻ったのか?よく眠っておったのぅ』


 魔女の声が聞こえてきた。私、眠っていた?


『そうじゃ、封印されて500年ぐらいかのぅ』


 500年!500年ってなに!


『フフフフ。わらわ達を見つけられぬようにと遺跡の地下深くに封じたようじゃが、人の好奇心というものを考えなかったあやつらの落ち度じゃな』


 魔女の楽しそうに笑う声が耳をかすめてきた。人の好奇心ってなんのこと?


「父ちゃん!ここ凄いよ!千年前の遺跡が綺麗に残っているなんて奇跡だね!」


 若い女性の声が聞こえてきた。


「そうだな。やはり入り口が土砂崩れかなにかで塞がれていたのが良かったのだろうな」


 少ししわがれた男性の声が聞こえてきた。遺跡?土砂崩れ?


「これで父ちゃんは有名人になれるね!こんな凄い遺跡を見つけたんだから!」


 すごく楽しそうに話す女性の軽やかな足音が聞こえてくる。自由に動く身体を持っているなんて、羨ましい。私の身体は未だにピクリとも動かないのに。


『何じゃ?新しい身体が欲しいか?』


 欲しい。自由に動く身体が欲しい。


『まぁ、相性というものがあるが、ここから出て人の街に行くぐらいまでは保つじゃろう。わらわもここに居るのは飽きたので丁度よい』


 相性?何の話?


「父ちゃん!こんなところに聖棺があるよ!すごく綺麗に三つ首竜の紋章が残っている。ここって王族の誰かの墓なのかな?」


 石と石が擦れるような重い音がゴゴゴっと聞こえてきて、仄かな灯りが隙間から漏れてきた。

 光!


「何が入っているのかな?」

「ん?それを開けるのは待て!ここに記された言葉は!!」

「何?父ちゃん?」


 ガコンっと重いものが地面に落ちた音が鳴り響き、私の魂の目が年若い女性の姿を捉えた。


「『自由な身体新しいうつわ』」!!


 私の魂の手と魔女の魂の手が、女性の肉体を捉えた。


「魔女の魂の檻がふう····ヒッ!」


 私と魔女は····いいえ、ワタシは父親と思われる男に向かってニコリと笑みを向けた。神として崇められ民達に向けた笑みを、王女として慕われ、民達に向けた笑みを浮かべたのだった。




_____________


 ここまで読んでいただきましてありがとうございます。王家の血縁関係が複雑に絡まった話になっております。


 そして、補足の補足としまして。本文から気づかれたかもしれませんが、メリアングレイスとレイモンドは叔母と甥の関係です(;゚Д゚)

 そして、メリアングレイスとリラシエンシアの叔父は兄妹です。


 ということは先代の王妹と先代の王弟の子がリラシエンシアの叔父カルロディアンです。

 元国王の王妹であるマーガレットと叔父カルロディアンとの間に生まれたデュークは正に王族の血を一番濃く受け継いた人物になるのです。これが、デュークの独白で皮肉にも王家の血を一番濃く受け継いているという言葉を表しているのです。

 ですから、マーガレットは己の子であるデュークを王にと画策するのですが、魔女からの支援が途切れ、ファエンツァ公爵の横槍が入そうだという時にリラシエンシアに全てを邪魔されたのでした。



 王女である者の記憶ではゲームでハッピーエンドしか結末を迎えていなかったのです。

 リラシエンシアを仲間にいれ、魔女さえも味方に引き込み結末では大団円で終わったため、王都も破壊されず、隣国との戦いも解決することができた。そう、全てマーガレットが悪いという体裁を整えられ、彼女は処刑される。そんな記憶。ただ、一つ訂正するのであれば、レイモンドは王配と言っていますが、メリアングレイスは王家の紋章を持っていないため、王には立てず、レイモンドが実質王に立つことになりました。これがファエンツァ公爵の狙いだったと言うわけです。しかし、戦場でレイモンドが命を落としてしまったために、計画を取りやめ、メリアングレイスを王都に呼び戻し再起を図ろうと画策していたところに、リラシエンシアに襲撃されたのです。


 そして問題のリラシエンシアの記憶ですが、初めから、バッドエンド一直線でした。彼女の頭の中には初めから最後までヴァンフィーネルのことしか頭に無かったので、誕生パーティーでリラシエンシアを探すよりも、ヴァンフィーネルを探していたのでした(笑)そんなリラシエンシアですから、バッドエンドの中でも活路を見いだせたのでしょうね。


思ったよりも長くなってしまいましたが、『どうしても勝てない中ボス令嬢に転生してしまった』はいかがだったでしょうか?

楽しんでいただければ、幸いです。



 ご意見ご感想等がありましたら、応援コメント欄を開いて入力していただければ、ありがたいです。


 ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どうしても勝てない中ボス令嬢に転生してしまった〜推しのためになら剣を取りましょう〜 白雲八鈴 @hakumo-hatirin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ