第17話□女王はただ愛するものと共に生きることを願う。王は友と共に生きる欲望を抱え死地に向かった。

*補足回です。



 王女メリアングレイスは500年前に統合されたリアスヴァイシャス神教国の血を受け継ぐ者だ。

 母ジュリアンナに言われ続けられてきたことがある。


『本来なら貴女は女王になる者だったのですよ』


 と。その理由はアンファング家がリアスヴァイシャス神教国の王家の血筋だからだ。しかし、崇める神を邪神とされ、邪教を信仰し悪害を広める邪教徒と迫害をされた。レイシス王国とオストゥーニ国の双方から侵略され、リアスヴァイシャス神教国は国の存在を消滅した。しかし、彼らは各地に散らばろうとも、彼らの意志は唯一つ。

 アンファング王家の復興と女神イーラの復活だ。

 女神の復活。いや、女王イーラティーミアの復活だ。


 ····ここでおかしな食い違いが発生しているかと思われるだろうが、何も違わない。


 少し、女王イーラティーミアの···いや、女王に成れなかったイーラティーミアの話を語ろう。そして、イーラティーミアを封印した者の話も少しだけ語ろう。



 リアスヴァイシャス神教国は強大な国土を所有していた。

 王女イーラティーミアは次代の女王に成ることが決まっていた。正確には内定していた。公に公表できないのにはわけがあった。それは王女イーラティーミアには愛する者がいたのだ。しかし、王配にするには身分が足りない。ならば、他の者を王配にすべきなのだろうが、それはイーラティーミア自身が許さなかった。なぜ、我が儘が言えるのかといえば、イーラティーミアは膨大な魔力を有し、神に遣える大神官の地位についており、リアスヴァイシャス神教国では王に次いで高い位にいた。

 ならば、そのまま大神官の地位に居てもらえばいいと、声が上がるのは必然的だった。しかし、イーラティーミアは女王に成りたかった。なぜなら、大神官という者は婚姻ができなかった。そう、大神官は神に遣える立場であるが故、婚姻は禁忌とされていた。


 だから、王女イーラティーミアは考えた。反対する者達を全て始末してしまえばいい。そう、極論的な考えに行き着いたのだ。いや···行き着いてしまったのだ。


 まずは一番邪魔な一番上の弟を毒殺した。イーラティーミアは毒の混じったお茶を飲んで苦しんでいる弟を見てほくそ笑んだ。思ったよりも簡単だったと。


 二番目の弟は呪詛で呪い殺した。いつもイーラティーミアのことをトロくさい姉だと嘲笑っていた二番目の弟をジワジワと苦しむように呪い殺したのだ。


 そして、次にと標的を定めようとしたところで、イーラティーミアは辺境の地の地下牢に閉じ込められてしまった。月の光も届かぬ闇の中、彼女は呪いの言葉を吐き続けた。私はただ王に成りたかっただけだと。あの人と共に生きていきたかっただけだと。


 そんなイーラティーミアの元に届けられたモノがあった。


 ソレを見たイーラティーミアは冷たい床から顔を上げ、乾いた唇を少し開け微笑んだ。


 ああ、彼が来てくれた。


 鉄格子の向こうには、愛する男の顔があったのだ。イーラティーミアは彼の側に駆け寄り、檻の隙間から手を伸ばし彼に触れた。その彼がイーラティーミアの手の中に落ちてきた···落ちてきた?


 改めて見た彼の姿は苦悶の表情を浮かべた首だけの彼だったのだ。イーラティーミアは発狂した。彼のために彼だけのために王になろうとしたというのに。彼が居ない世界なんて····世界なんて壊れてしまえばいい。


 この瞬間、ただ一人の者に恋をし、行き過ぎた考えを持った王女だったイーラティーミアが、復讐を心に掲げた魔女イーラティーミアに成り下がったのだった。


 それからのイーラティーミアは死の国を作り上げた。そう、まずはイーラティーミアを隔離していた古城の住人を皆殺しにした。その死体から魔の物を召喚し、その地に住まう民を蹂躙した。今度は多くの民の死体を贄にして大型の魔物を召喚した。


 そして、辺境の地にいたイーラティーミアは国を縦断しながら、神都に向かっていったのだ。大群と呼べる魔物の群れと、最早災害と言っていい化け物を引き連れて侵攻していったのだ。

 神都までの街や村を飲み込み、死体が増えれば、更に魔物を喚び出し、各方面に解き放たれる。

 今まで見たことも遭遇したことのない魔のモノに対して人は為す術もなく生命を刈り取られていく。

 だから、一部の者たちはイーラティーミアの前に膝を折り、こうべを垂れ、命乞いをした。その者たちはイーラティーミア自ら生命を刈り取った。今までイーラティーミアに力を貸すこともなかった者たちなど信用ならぬと。


 そして、また新たな者達がイーラティーミアの前で地に伏し神都までの帰還の手助けをさせていただきたいと申し出てきた。この者達がアンファング家の者達だった。アンファング家それは代々大神官を排出してきた家系でイーラティーミアの母親の生家でもあった。


 その者達と共にイーラティーミアは神都に帰還し、民を、そして王族を殺していった。ただ、リアスヴァイシャス神教国で神職に付いていた者たちはその対象から外れていた。

 彼らは大神官として職を全うしていたイーラティーミアを慕っていたため、イーラティーミアが神都に帰還後直ぐにせんじて、イーラティーミアの前に膝を折ったのだった。


 結果として己を大神官として慕ってくれていた少数の人は生かして、それ以外を蹂躙し尽くしたのだった。




 そして、数百年の時が流れた。その時のイーラティーミアは生き神として崇められていた。イーラティーミアが暴走して国を破壊し尽くした時には、彼女を大神官として慕っていた者たちの中にも、一部の者たちは生き残るためにイーラティーミアに媚びを売り、生き延びた者たちも存在していた。

 神に遣える者たちであっても、上辺だけを取り繕い、イーラティーミアに頭を下げていたのだ。人とは己の欲に忠実なもの。それも生きたいという本能には抗いがたいものだ。

 最初は仕方がなくイーラティーミアの言葉に従っていたが、その彼らの子孫は最早イーラティーミアが居ないと生きていけない者達に変貌していたのだ。


 そう、死の国に変えられてしまったリアスヴァイシャス神教国は今まで崇めていた神を邪神と定め、イーラティーミアのみが崇める神だと。


 何が原因か。それは魔女イーラティーミアが用いた誘惑の毒の所為だった。魔物に蹂躙させても、生き残っている者達がいるかもしれない。ならば、反抗の意志を持たぬようにすればいいと、『誘惑の薬』を国中にばら撒き、反抗心を持たないように洗脳した。誘惑の薬によって、全ての生き残った民たちは洗脳され、イーラティーミアを崇めていたが、それが常識となれば、洗脳せずともイーラティーミアを神として崇めるようになっていったのだった。


 それはどういう事か。1年、2年という期間であれば、魔物に蹂躙された記憶も濃く残っているだろう。しかし、40年、50年と経てばイーラティーミアがまだ人であった事を覚えている民も少なくなり、100年も経てば、イーラティーミアを女神として崇める者たちしか居なくなる。魔女と成り果てたイーラティーミアにとって100年は短きもの。人の生きる時間を待てばいいのだ。

 そして、民たちは一神に対し一心を持って崇めたてまつるのだ。そこに何も疑問は生まれることは無かった。


 女神として崇められるイーラティーミアはそこに目的があったわけではない。一国を治める立場に座し、愛する男の魂を迎え入れるためであった。いわゆる、男の生まれ変わりの者を待つためであった。


 イーラティーミアは根拠のない確信を持っていた。己ならば愛しいあの方の魂を見つけられると。


 そうして、数百年の時をイーラティーミアは待ち続けたのだった。豊かだった国を死の国に変貌させ、生きる人はほんの一握り。死しても肉体が朽ちるまで、動く人であった者たちが国中を徘徊し、人の生命を脅かす魔物が我が物顔で国土のあちらこちらで居座り、死の王が神都で監視の目を光らせている。そんな国を作ったイーラティーミアは満足げに己を女神として崇める民に歪んだ笑みを見せながら待っていたのだ。


 しかし、何事にも始まりがあれば必ず終わりが来るもの。そんなイーラティーミアの足元から徐々に崩壊の兆しがあることにすら、彼女は気がついていなかった。いや、己の作った国の形に慢心していたのだ。己の存在は絶対となる存在であり、反攻する者など居ないと。




 オストゥーニ。彼はただの少年だった。何処にでもいる金髪碧眼の少年だが、ふとした瞬間に疑問を持ってしまった。自分たちは何を神として崇めているのだろうと。


 そこに気がついてしまえば、おかしなことに次々と気がついてしまった。生きている者と死んだモノが共存する国。死の王が我が物顔で王都の中を歩く国。全て女神イーラティーミアの言葉どおりに動く国民。

 誰もそこに疑問を感じていない事に気がついてしまった己自身。


 オストゥーニ少年はこの疑問に答えてくれる者を探しに旅に出ることにした。人が住まわぬ広大な国土をただ一人で行く旅だ。


 何年も何年もかけて苦難を乗り越えてたどり着いた先にあったものは、竜人たちが住まう土地だった。そこは自分たちからすれば、異形と言っていい姿の者達が住まうところだった。しかし、オストゥーニは表情が変わらぬ死者よりも、竜人たちの方に親しみを持つことができ、彼らの中に己の問に答えられるものがいるか、探したのだ。


 しかし、その答えは直ぐにわかった。


「ああ、それは魔女だ」


 そう答えてくれたのは、爬虫類のように毛がない頭部に、ギョロリとして瞳孔が縦に長い赤い瞳、口から見える歯はギザギザとノコギリのように鋭く、皮膚は硬く真っ白な鱗に覆われた己よりもかなり身長がある竜人だった。それも人と同じ二足歩行で衣服をまとっていた。強靭な鱗があるなら衣服は必要ないと思えるが、彼らは寒さに弱く、朝夕の寒さに耐えるために衣服をまとっているのだった。


 魔女だと答えてくれた竜人はシュテルクスと名乗った。これが、オストゥーニとシュテルクスの出会いである。そして、オストゥーニはシュテルクスから沢山のことを学び、魔女の力を削ぐべく動き出した。


 まずは王都以外に隠れ住んでいる者達の洗脳を解いていく。これはとても困難を極めた。常識を覆されて、そうですかと頷く者なんていやしない。

 死した者達がいるこの国がおかしいと。死しても身体が朽ちるまで生き続ける彼らが憐れだと。自分自身も身体が土に還るまで生き続けたいのかと。皆に問いかけていったのだ。確かに長く生きることは誰しも望むことかもしれない。しかし、屍となった者たちは一様に苦悶の表情を浮かべているのだ。苦しみながらも生き続けたいのかと問われれば、その問いに否定する者たちは一定数いることだろう。そして、苦しみながらも生きる事に···いや、この世に留まることを願うものもいるだろう。


 オストゥーニは己の考えに共感した者達を連れ、二箇所に分けて隠れ住まわした。なぜ二箇所か。一箇所だと魔女に見つかった場合に全滅し、複数あると管理把握しきれないからだ。


 そして次に、邪神とされてしまった、その昔崇めていた神の力を取り戻すために、布教を始める。


 魔女の力の源は何は分からないが、オストゥーニは神と崇められるイーラティーミアに対して、神の力にすがろうとしたのだ。

 それが、間違いか正しいのかオストゥーニには判断できなかったが、魔女が死の王都であぐらをかき、己に歯向かうものなど既に居ないと慢心していた間も、死した者達を本来の姿に戻すべく、魔女からの呪いから解放していったり、あちらこちらに存在し人々の生命を脅かす魔物を駆逐していったり、己に付いてきた人々が隠れ住むこと無く街を作り出し、人が人として住まう環境が整って来たところで、天啓が降りてきた。


 人々のために尽くしていたオストゥーニに神が応えたのだ。天啓といっても、とある山脈の頂上にある洞窟の中にある水晶が魔女を封じ込めるものとなるという導きだった。

 ただこの時すでにオストゥーニは70歳を超えていた。もう死期が目の前に迫っているという歳だったのだ。


 しかし、これが己の最後の務めだと、オストゥーニは己を奮い立たせた。そして、少年の時から長年の友で居てくれたシュテルクスを仰ぎ見る。

 彼は竜人であるが故にか、出会った頃と変わらぬ姿をしていた。


「なぁ。シュテルクス」

「なんだ?オストゥーニ」

「俺の最後の頼みを聞いてくれないだろうか」


 オストゥーニは長年の友に己が死んだ時のことを頼みたいと言葉を口にする。


「最後ってなんだ?まだまだ元気だろう?」


 神妙に言葉を紡ぎ出したオストゥーニに対してシュテルクスはノコギリの様な歯をギラリと見せて笑った。いや、シュテルクス自身もわかっていた。年々衰えていく友の姿をみて、先は長くないと。


「いや、最後だ。恐らく、これが俺ができる最後のことだ。道行く半ばで行き倒れるかもしれない。目的の物を手にしても、魔女を封じるところまでたどり着けないかもしれない。だから、シュテルクス。俺の子供たちが困っていれば助けてやってくれないか?」

「ん?それはオストゥーニ。お前一人で行くつもりか?」


 シュテルクスは機嫌が悪そうにオストゥーニに言った。今まで友として側にいるのに、最後は突き放す気なのかと。

 しかし、オストゥーニはシュテルクスのそんな言葉に苦笑いを浮かべた。


「シュテルクス。天啓をもらった場所は万年雪に閉ざされた山頂だ。お前には無理だろう?」


 寒さに弱いシュテルクスを気遣って、オストゥーニは一人で行くと言ったのだ。そして、厳しい旅になることは目に見えていることから、家族にも誰にも言わず旅立とうとしていたのだ。


 友に気遣いを見せたオストゥーニに対して、シュテルクスは不貞腐れたように低い声で反論する。


「おい、オストゥーニ。俺が己の弱点をそのままにしておくと思うか?」


 そう答えたシュテルクスの姿が変化する。

 鱗に覆われた皮膚は人のように柔らかな皮膚になり、爬虫類の頭部は真っ白な白銀の髪に覆われ、ただ、瞳だけは変わらず赤い瞳に縦に長い瞳孔をオストゥーニに向けた筋肉質の男が存在していた。


「これだと、力は制限されるが、寒さには人並みに耐えれる」


 そう言ってシュテルクスは二カリと笑った。


「その笑い方を見るとシュテルクスだと実感できるよ」


 オストゥーニは衰えた己とは違い、青年の姿のままで人の姿となったシュテルクスの肩を叩いた。そして、オストゥーニは己の中の嫉妬心に気がつく。ああこれが、長く生きたいという欲望かと。友と共に、まだまだあり続けたいという欲。


 その欲望にオストゥーニは蓋をし、魔女を封じるための最後の旅に出たのだ。



 結論から言えば、彼らは魔女に勝った。最後はオストゥーニの心に彼が魔女からの解放した民達が応え立ち上がり、オストゥーニ国となった民達が、レイシス王国となった民達が一心となって、魔女イーラティーミアに立ち向かったのだった。


 魔女イーラティーミアは己の肉体を魂の檻とされ、地下深くに封じられ、女神イーラティーミアを狂信していた民たちはバラバラにされた。


 だが、狂信者たちは女神イーラティーミアに優遇された生活が忘れられないでいた。そう、神都で働くのは死の王に操られた死者であり、自分たちは働くことなく、悠々自適な生活を遅れていたのだ。


 だから、彼らは願った。


 リアスヴァイシャス神教国の復活を。

 神官であり王族であったアンファング王家の復興を。


 そして、己達に素晴らしい国を与えてくれた女王イーラティーミアの復活を。



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