第14話★『うささん』と声無き言葉を口にする彼女の言葉に俺は折れるしかなかった

ヴァンフィーネル・ダヴィリーエSide


 そして、数年が経ち、今の俺の前には死屍累々が転がっていた。ここ最近のモヤモヤを消化すべく、訓練をつけていたが、全く集中できない。

 死屍累々共に後片付けをするように言いつけて俺は今は俺の執務室になった団長室に戻る。


『だから、僕はリラちゃんがどうしているのか聞いているんだって!』


 団長室の中からギルバート顧問の声が聞こえてきた。思わず扉を開けるノブを折りそうなほど力が入ってしまった。


『昨日、『初代うささんがご臨終されてしまいました』と大声で叫んでいるのは聞こえてきましたね』

『え?ご臨終?』


 昨日!ということはリラはシュテルクス侯爵邸にいるということか。デューク副官の話を聞くべく、滑り込むように室内に入る。


「確かピンクのベルベット生地で作られた3歳の子供より少し小さめの、うさぎぬいぐるみです。あれは取られないように、常に持ち歩いていたから、良く覚えています」

「ああ、マーガレット様にってことだね。ヴァンフィーネル、戻ってきたのなら、さっさと、そこにある書類を片付けてくれないかなぁ。新米副官が僕に仕事をさせようとするからね」


 気配を消して入ったつもりだが、さすが団長····いや長年シュテルクス侯爵の副官を務めていただけあって、ギルバート顧問にはバレていたらしい。


 何事もなかったかのように、積み上げられた書類を処理すべく、自分の席に座り、書類に目を通していると、目の前にギルバート顧問の顔があった。それも呆れたような顔を俺に向けてくる。


「ヴァンフィーネル。リラちゃんと何かあったのかな?」


 ギルバート顧問に聞かれたが、何もない。


「何もありません。ギルバート顧問」

「ふーん、喧嘩したわけでもない?」

「ありません。···なんですか?ギルバート顧問」


 俺はギルバート顧問に何が言いたいのかという視線を向ける。


 はっきり言えば俺の方が聞きたい。今まで一ヶ月とおかずに第3騎士団に顔を出していたリラがある日を境に姿を見せなくなった。


 いつも通り何かと理由をつけて、前夜祭に出かけようと誘ってきたのだ。確かに王女の誕生祭の日は連日警護が入っており、リラと出かけるのは断っていたが、俺が断れないように王女の命令という、女王のサイン入りの王家の紋章が入ったカードを出してきたのだ。これはよく最近使われてきたものだった。


 黒髪の女性の年齢に近づいてきたリラは美しくなっていた。ただ、黒髪の女性はその姿は変わらず、コロコロと表情を変えて俺を惑わせる。


 あの日も屋台で買い食いをするかと聞いてきたリラの後ろでは黒髪の女性はキラキラとした目をして、祭りを楽しみたいというオーラを出していた。


 ある時ふと気がついたのだ。同じ年頃だった女性は今は年下となっていた。リラが黒髪の女性の年齢に達したとき、黒髪の女性はどうなるのだろうかと。

 消え去るのだろうか。リラと共にあり続けるのだろうか。いや、彼女はリラだから消え去る訳では無い。彼女はリラの心だ。

 だが、しかし···自分自身が愚かなのは理解している。俺は名も知らぬ黒髪の女性に恋をしている。それはリラの心の姿だと理解はしている。

 恐らく過酷な幼少期を耐え忍ぶためには心の彼女が必要だったのだろうと推測できた。


 だが、もし彼女が突然消えてしまったらと思うと、リラを拒否してしまう自分がいる。違うことは理解している。自分が愚かなのも理解している。もし、リラの心である彼女と話ができたのであれば···何を考えているのだろうと自笑してしまう。


 俺が都合のいい幻覚を見ているだけなのかもしれない。


 ここ1、2年程もやもやとしていたところ、その前夜祭を最後にリラは姿を見せなくなった。


 ただ、その日はいつもと違うことが一つあった。もう聞き慣れたリラの言葉だ。


『好きです!私を貴方のお嫁さんにしてください!』


 と。だから、俺もいつも同じ言葉を返す。


『悪いが君の想いに応えてやれない』


 と。

 団長の地位に就任したことで、伯爵位を承ったが、俺は所詮黒髪の貴族だ。英雄の血筋であるシュテルクス侯爵令嬢を妻に迎えるには功績が足りない。貴族というものは面倒な者たちが多い。それを黙らす程の功績を俺は成しては居ない。


 ただ、この日はいつもと違った。リラはいつも『諦めませんわ』と答える同じ顔で『残念ですわ』と言ったのだ。その後ろにいる黒髪の女性はまるで戦に赴く騎士のような表情を一瞬だけしたのだ。本当にほんの一瞬だ。

 すぐに笑顔になり次に行こうと言葉にした。この時は気の所為かと思ったが、この3ヶ月一度も顔を見せないとなると、何かあるのかもしれない。


「じゃ、リラちゃんの方が心変わりしたってことかな?」

「あ゛?!」


 リラの心が変わった?あの黒髪の女性が?


「君も素直になって、リラちゃんの婚約者に収まっておけばよかったんだよ。団長に昇進して伯爵位を賜ったときにさぁ。功績なんてリラちゃんは気にしないよ?だって、そのためにリラちゃんは第二王子との婚約を解消までもっていったんだし」


「「は?」」


 第二王子。確かにあの時···存在しないはずの第二王子と仲良く話していた。いや、リラには珍しく喧嘩腰ではあった。デューク副官はリラが第二王子を殺したなんて口にしているが、恐らく王子の方々が亡くなったとされている何かしらに関わっているのだろう。シュテルクスと王族とは切っても切り離せない関係だ。


 ギルバート顧問の話では本当にリラの婚約者候補であったようだ。

 しかし、話の内容を聞いていて、少し笑ってしまった。売られた喧嘩に対して、相手の心を根こそぎ折るような行い。リラの後ろでは彼女がしてやったりという笑みを浮かべている姿がありありと脳裏によぎった。


 ただ、あの国王が13歳のフェルグラント殿下が10歳のシュテルクス侯爵令嬢に私闘を申し込み、勝負をする前にフェルグラント殿下が逃げてしまったらしいという噂が流れるという醜態を許すとは思えない。恐らくその時には既に王城はきな臭いことになっていたのだろう。だから、王子方を死んだこととし、王城から脱出させたか。


「という話。リラちゃんのしたたかさがわかる話だよね」


 ギルバート顧問はそう締めくくったが、それは全て彼女の策略だろう。確かに彼女にはそのようなところはある。


「まぁ、気になる噂話を聞いてシュテルクス副官に確認したかったのだけど、君が知らないとなると、水面下で何かをしているってことなのかな?」


 やはり、彼女は何かをしているのか。あのとき一瞬垣間見た表情は間違いではなかったと。

 ギルバート顧問は独自の情報網で調べてきたことを話しだした。流石、この第3騎士団を管理するディアーノの一族ということか。


「リラちゃんの噂話じゃないけど、ここ最近話題になっている冒険者の話なんだよ。3日前に中核都市シャルドンの近くのダンジョンでスタンピードが起こったって報告が上がっていたよね」


 確か、中核都市シャルドンから西に4km行った先に上級者が潜るダンジョンがあるのだ。10日前にダンジョンから魔物が溢れ出し、丸3日間の戦闘となったらしい。元々上級者が潜るダンジョンであったために、それなりの手練の冒険者が集まっていたらしい。そこで中核都市シャルドンを背にして正に戦と言っていい戦闘が繰り広げたれたスタンピードのことだ。


 ギルバート顧問の話によると、どうも赤髪のメイド服を着ている口汚い者がリラの侍女だと推測をつけたらしい。そこから、黒のフルプレートアーマーを着ている女性がリラだと。確かに黒は彼女の色であるから納得はできる。


「白銀のフルプレートアーマーの人物は誰だってなるわけ、もうこうなるとリラちゃんは君に見切りをつけて新しい男に·····」


 俺は殺気を交えてギルバート顧問をにらみつける。


「僕を睨みつけてもねぇ。さっさと動かなかった君が悪いんじゃないのかな?」


 俺が悪いか。だが、シュテルクス名は大きすぎるのだ。矮小な自分などその名の前には羽虫同然。だから、リラの侍女にも言われてしまうのだろうな。


「まぁ、皆が気にするのもわかるね。その白銀のフルプレートアーマーを身につけている人物の剣が、どう見ても伝説の剣グランレイザードにしか見えないっていう噂だからね」

「····あ!!」


 デューク副官が何かを思い出したように声を上げた。その声に俺は立ち上がり、デューク副官に詰め寄る。


「知っていることを全部話せ」


 俺の後ろからギルバート顧問も同じ様なことをデューク副官に言う。


「シュテルクス副官。知っていることを洗いざらい話してね」


 デューク副官は歯切れが悪そうに視線をオロオロさせて声を出す。


「恐らく白銀のフルプレートアーマーの人物は父上です」

「え?そうなの?当たり前過ぎて面白くない」


 ギルバート顧問。そこは何も問題ないだろう。シュテルクス侯爵が動いているのであれば、何も心配することはない。そして、デューク副官はポツポツと語りだした。どうもその伝説の剣を与えたのもリラのようだ。それもシュテルクス侯爵が団長を辞職するきっかけも作ったようだ。確かにあのときは突然俺を次の団長に指名してきた。理由を聞いても答えてもらえなかったが、この分だと王城で起こっていることと何か関わりがありそうだ。


 しかし、伝説の剣グランレイザードか。それも暗黒竜バハムートを倒した剣と言いながらも、最後に暗黒竜バハムートを封じた剣だと悪びれもなく言っている。その時の彼女はどんな顔をしていたのだろうか···。


 はぁ。かなり重症化しているのは自覚しているが、彼女に会えないことがつらい。


「シュテルクス副官。リラシエンシア嬢が昨日屋敷に居たということは、今もいるっていうことでいいのか?」


 先程の話ではリラは昨日はシュテルクス侯爵邸に居たはずだ。


「妹は俺が出ていくよりも早く屋敷を出ていったので、数日は戻ってこないでしょう」

「数日?どういうことだ?」


 聞いてみるとリラはぬいぐるみ切れというものを起こして戻って来ているらしい。彼女のぬいぐるみ好きは昔も今も変わらないようだ。ならば、俺はデューク副官に一つ頼み事をしよう。きっと彼女は喜んでくれることだろう。


「では、シュテルクス副官。リラシエンシア嬢が戻ってきたら私に連絡をするようにしてくれ」

「了解しました」


 しかし、頼んだ物が手元に来ても、彼女と会える機会は全くなかった。それどころか、この国に隣国レイシス王国からの宣戦布告が出されたのだ。そして、それに合わせるように各地で魔物の被害が増えていった。


 北側の国境でレッドグリズリーが暴れているだとか、西側の国境付近は隣国との戦が混戦を極め、死者が大多数に上っているだとか、南の湖に氷魚が現れ湖を凍らせているだとか、東の国境でヒュドラが現れ、毒の大地を作りだしているだとか、東西南北全ての国境に問題が発生しているのだった。


 そして、第3騎士団である俺たちは毒の大地と化している東のヒュドラの討伐の担当になった。実際に目にしたヒュドラは巨大であり、毒の沼の中央に陣取っているため、倒すのも一筋縄ではいかないだろうことは見て取れた。だが、無理ではない。


 俺がさっさと頭を潰してしまえばいいと提案すれば、ルクシーオ第4騎士団長は頭を抱え込んでいる。何が困ることがあるのだろうか。さっさと終わらせるのが一番だ。この話し合いと言えないこの場に入ってくる者が居た。第4騎士団の者だ。


 どうやら冒険者たちが手を組まないかと言ってきているらしい。冒険者か。もしかしたら、彼女の噂でも手に入るかもしれない。そう思い代表者というものを天幕に呼び寄せたのだ。


「お初にお目にかかります。自分はラウドシャルというクランの代表をしております。ベルウッドと申します」


 優男の剣士という風防の男であった。防具としては最低限胸当てだけを身につけ、あとは恐らく魔術的な防御が施されているであろう衣類と外套を身にまとっていた。ああ、かなり有名なクランが出てきたな。冒険者ギルドも今回のことはかなり問題視しているようだ。


「実はですね。冒険者ギルドからの依頼を受けてこの場に来たのですが、相手が相手だけに戦える者がクランの中でも私だけというのが現状なのですよ」


 確かに見た感じではかなりの実力者に見えるが、シュテルクスの者ほどではない。人としてはかなりの者だということだ。いいだろう。その話に乗ろう。

 ベルウッドと名乗った者に了承の意を伝えようとすれば、思ってもみない言葉が彼から出てきた。


「そこに今巷で噂になっている『お嬢様に付き従え糞虫共が!』のチームが来ましてね」


 どこかで聞いたフレーズが混じっている。この近くに彼女が!俺が立ち上がろうとすれば背後からデューク副官が止めに入ってきた。

 確かに話は聞く必要はあるだろう。俺は早る心を押さえ込み、目の前の人物の話に耳を傾ける。


 どうやら、彼女の侍女はヒュドラの首を同時に4つ切り落とさなければならないという理由から、人を貸して欲しいと言ってきたようだ。だが、有名クランだとしても、ヒュドラの毒の沼を抜け、更にヒュドラの首を切り落とすとなると、実力的に目の前の男のみだということだったらしい。

 ならばと、俺がその4人目に名乗り出た。


「こちらからは私が行きましょう」


 立ち上がり、ベルウッドと名乗った者を見る。その男も満足そうに頷いた。

 しかし、ヒュドラを討伐する前に彼女と少し話がしたい。それに渡したいものもある。


「それで、冒険者の····残り二人と話をすることができますか?」


 ベルウッドもそれは必要なことだと了承し、共に騎士団の天幕を出た。後ろからは大きな背嚢を背負ったデューク副官が付いてくる。


 天幕から出て、少し離れたところに冒険者らしき集団とは別に存在感がある二人が目に入った。一人は銀色のフルプレートアーマーを着たシュテルクス侯爵だ。あの方の存在感は全身を鎧で覆っても隠しきれるものではない。そして、黒いフルプレートアーマーを着た小柄な人物だ。その横には黒髪の彼女が黒いドレスを着て黒い剣を持って立っていた。なぜ、貴女が剣を持っているのだろうか。その姿に俺の心が痛みを覚えた。


 赤髪のメイド服を着た彼女の侍女が一言作戦という物を口にした。


「取り敢えず、4人で同時にあの首を切り落としてください」


 それしかないのだろうな。わかっていると、俺はうなずき返す。俺たちなどシュテルクスの血を引く二人に比べれば、虫けら同然だ。

 だが、ベルウッドは受け入れきれないようだ。


「いくらなんでも作戦もなしに突っ込むのは、よろしくないと思いますよ」

「ふん!お前とそこの羽虫が息を揃えれば、あとは、あの方々がタイミングを合わせますので問題はありません」


 侍女の中ではシュテルクスの方々が一番なのだ。それしか結論がないと。

 別にそれは構わない。俺はシュテルクス侯爵の後ろに隠れて見えなくなってしまった彼女に視線を向ける。


「彼らと話をさせてもらえますか?」

「羽虫にはその資格などありません!」


 資格か。そうかもしれない。だが、ここは譲ることはでいない。俺はデューク副官に視線を向ける。その視線にデューク副官はため息を吐きながら、背嚢から油紙に包まれた大きな物を取り出してきた。

 俺はそれを受け取り、更に中身を取り出す。


「あ!うささん!」


 リラの声がシュテルクス侯爵の後ろから聞こえてきた。これはリラが大切にしていたという、うさぎのぬいぐるみを再現してもらったものだ。執事にも確認してもらったが、全く同じだと言われたので問題ないだろう。


 リラがシュテルクス侯爵の後ろから出てきたので、俺は話が出来るように、この場から距離をとる。そこにぬいぐるみに釣られるようにリラもやってきた。


 リラはうさぎのぬいぐるみ受け取ろうと手を伸ばすが、俺はぬいぐるみを頭上に掲げ、リラでは手が届かない距離にぬいぐるみを持つ。


「なぜ、何も言わずに姿を消したのだ?」


 俺の言葉にリラはビクッとし、後ろの彼女は目をオロオロさせている。


「いったい何をしているのだ?相談をしてくれてもよかったのではないのか?」


 彼女はパクパクと口が動いているが、その言葉を読み解くに『うささん』と言っている。


「答えてくれたら『うささん』を渡そう」


 すると、彼女は不服だと言わんばかりに頬を膨らませている。そして、リラはと言うと背伸びしても手が届かないことから、ジャンプをして取ろうとしている。


「う~。言えないのです」


 やっと答えたと思えば言えないという言葉のみ。


「何故だ?」

「国王陛下との約束です」


 これはあのときの事か?王城で国王陛下と話していたときの。あれは何年前の話だ?6年前か?···6年も前から?いや、これはもっと前から動いていたという感じがする。


「それはリラが剣を持たなければならないことなのか?俺は言ったよな。貴女が剣を持つときは我々騎士が役立たずになったときだけだと」


 リラは動きを止め、うつ向いてしまった。フルプレートアーマーを着ているためリラの表情はわからないが、黒髪の彼女の顔は耳まで真っ赤になって、『リラって呼ばれたリラって』と口が動いている。

 ん?ああ、確かに今までリラとは呼んだことはなかった。


 そして、彼女は真っ赤な顔をしたまま俺に視線を向けて口をパクパク動かす。


 はぁ、まいった。俺はリラにぬいぐるみを手渡す。



 彼女もシュテルクス侯爵もこの度の不可解なことが表面化する前から動いていたようだ。それが、シュテルクスという者たちなのだろう。


 そのシュテルクスの者たちと共に戦地に立てるということは、光栄なことだ。

 ヒュドラがばらまいた毒の所為で辺り一面が毒の大地となっているところを、まるで花畑でも散歩をしているかのような足取りで、進んでいっている。原因は俺に父親であるシュテルクス侯爵の愚痴を言っているリラだ。

 もう少し自重して欲しいと言っているもののその隣でシュテルクス侯爵も破壊しすぎて地下で生き埋めになったのは誰だと突っ込んでいる。それに対しリラは魔剣で一山ふっ飛ばしたお父様に言われたくないと反論し頭を叩かれている。


 なんだか、懐かしい感じだ。シュテルクス侯爵が団長だった頃はよくこの様な光景を目にしたものだ。そして、黒髪の彼女はどうやって父親の揚げ足を取ろうかと策をめぐらしているのだ。それが成功する時もあるし、失敗する時もある。

 今のように母親の事を出して、シュテルクス侯爵に投げられいた。

 団長!!その方向はヒュドラの方向です。


 はっ!なんだか、昔に戻ってしまった錯覚に陥ってしまった。気を取り直して、リラを追いかけながら、ヒュドラの首を狙い定める。


 リラの存在に気がついたヒュドラは大きく口を開けるが、リラの魔術で作り出した茨に口を封じられた。そこにシュテルクス侯爵がヒュドラを蹴飛ばし、宙に浮いたところを叩き落し、ヒュドラの背を地に付けた。


 決着は一瞬だ。俺は剣を抜き一つの首に狙いをつけ、叩き斬る。シュテルクス侯爵は首を切り落としたというのに、そのまま胴体まで真っ二つにしている。リラは体勢を空中で変え、横一線に首を落とし、ベルウッドは剣に魔術を纏わし焼き切っていた。

 叫ぶことも許されなかった魔の物は、そのまま巨体を毒の大地に沈めていった。


 そして、リラが長剣を大地に突き刺したかと思えば、黒と紫が混じったような濃色だった大地が赤茶けた大地の色に変化をした。その後ろでは彼女が光り輝いている。彼女の使う聖魔術だ。本当に彼女は美しい。


 その彼女が駆け寄ってきた。リラが俺の腕を抱きかかえるようにしているが、その横では彼女が嬉しそうに笑みを浮かべている。

 彼女が嬉しそうにしているのならいいか。ヒュドラには冒険者たちがたかっているので、距離を取るために、デューク副官と侍女の元に足を向ける。


「ヴァン様、リラは今日はとても幸せです。会えると思っていなかったヴァン様に会えて、うささんのぬいぐるみまでいただくことができたのですもの」


 そう言うのであれば、きちんと理由を話して欲しい。手伝うことがあるのであれば、手を貸すことも出来るが、何も言われないのであれば、俺は何もすることが出来ない。

 シュテルクスとして命を与えてくれれば、どのようなことでも動く。元々第3騎士団はそのために存在するのだ。シュテルクスの露払いとして在る騎士団。


「リラシエンシア嬢。いい加減に私の質問に答えてくれないか?君はいったい何をしているんだ?」

「ふふふっ。それは秘密です」


 リラは含み笑いをしながら、俺から距離をとり、シュテルクス侯爵の元に行く。


 そして、振り返って俺に言ったのだ。


「ヴァン様。私はヴァン様のことが大好きですわ」


 彼女が声に出して言わなかったことをリラが言った。いや、彼女はリラの心だ。彼女の言葉はリラの言葉なのだ。


 そう言って、リラとシュテルクス侯爵と侍女の姿が消えた。その場に居たはずが気配も何もなく消え去ったのだ。ただ、リラの魔力がこの場に残っているのみ。


 リラの後で彼女が転移と口にしていたことから、これが今では失われてしまった魔術である転移なのだろうか。


「もしかして、転移というものを使ったのか?」


 思わず声に出てしまうほど、驚いてしまった。彼女は本当にすごい。

 ただ、この時俺は彼女から真実を聞き出さなかったことに後で後悔することになった。


 余りにも不可解な事が起きていたからだ。


 そう、問題の西側の辺境の国境の戦だ。国の旗を掲げないこの戦にどのような意味があるというのだ。


 隣国の者たちは俺たちを蛮族だと罵る声が聞こえてくる。そちらから戦を仕掛けてきたのに蛮族とはどういう事だ。隣国との間には古き盟約があったはずだ。それを反故してまで戦を仕掛けてくることがあったのか。

 強いて言うのであれば、王妃様のことだろうが、ギルバート顧問からの話では、王妃様は死んだこととして、療養しているらしいから、そのことで諍いが起きたわけではないだろう。

 国王陛下にも色々噂が流れているが、シュテルクスとしてリラが動いているので、噂のように王が愚王になった訳でないだろう。


 そして、敵の動きを見てきたかのように行動を指示されたリラからの手紙。正直これには助けられた、普通ならそのまま突っ切るところを進路変更をして、助かったこともあった。お陰で俺の功績は上がったが、それはリラから与えられたものであるので、大見得を張るものではない。


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