第15話★納得できない戦いは士気を下げる。そこに追い打ちをけかる撤退命令の意図は何か。

ヴァンフィーネル・ダヴィリーエSide


 この西側に配属されて3ヶ月後に言い渡されたことは、王女メリアングレイスの護衛だ。この戦に王族が出てくる意味があるのか?何を正義に掲げているのかわからないこの戦に。

 その王女メリアングレイスは色々問題を起こし今や孤立している状態だ。だが、声を掛けられれば無視するわけにもいかず、おざなりに相手をするに、とどめていた。


 そして更に1ヶ月後、デューク副官がリラの最後の手紙というものを持ってきた。


「団長!妹から最後の指示というものが来ました。撤退命令が出れば直ぐに行動できるようにしておくようにと」

「撤退命令?この状況下でか?」


 この状況下で撤退だと!上は何を考えているのだ。いや、今は上層部がまともに機能していないと捉えたほうが無難だ。

 だが、このまま引くに情報が足りない。


「他に情報は無いのか?」

「これだけです」

「·····」

「·····」


 無い。リラは彼女は何を思ってこの手紙を送り付けてきたのだ?

 隣国との停戦が整ったということか。それともリラが敵としている者との決着が着いたということだろうか。


 ····戦況が変わるということか。戦場が辺境の地から王都にと言うことか。 


 そこに俺の思考を邪魔する存在が割り込んできた。王女メリアングレイスだ。


「ヴァンフィーネルさまぁー」


 はぁ、俺は王女のお遊びに付き合っている暇はないのだが、邪険にすることもできない。

 王族にはあるまじき色を持つ王女に視線を向け、何の用かと問おうとすれば、俺と王女メリアングレイスの間にデューク副官が割り込んできた。


「王女メリアングレイス様。如何がなさいましたか?」

「お前には用はないのよ!このモブが!」


 以前、王城で挨拶をしたことがあったが、ここまで品のない言葉遣いをすることはなかったはずだ。まるでここに来て、中身が入れ替わってしまったようだ。

 中身が入れ替わった?


 そう考えた瞬間、王女メリアングレイスの背後に茶髪の王女メリアングレイスと同じ年頃の少女の姿が浮かんできた。これはなんだ?まるでこれは彼女と同じではないのだろうか。

 だが、茶髪の少女は彼女と違い、王女メリアングレイスと同じ行動を取っていた。そう、表面的に取り繕うこともなく、ただ、自分の本心を相手にぶつけているだけだ。


 そんな現象に困惑し意識を取られていると、王女メリアングレイスがデューク副官に対して命令を出してきた。


「私に逆らうお前はクビよ!前線に行けばいい!」


 もう、この戦場では王女メリアングレイスの権限は既に剥奪されている。それは決定事項として上層部から回ってきたものだ。決めてはファエンツァ公爵令息の死だった。やはり、王位継承権を持つファエンツァ公爵令息の死は上層部からすれば痛手だったのだろう。


 王女メリアングレイスの言葉を否定しようとするとデューク副官が首元から2つ首のドラゴンが描かれたペンダントを取り出し王女に見せつけた。それは王族の血族だということを現す身分証のようなものだと、以前説明をうけたが、デューク副官はこのペンダントを使うことはないだろうと、以前言っていた。恐らくそれはリラが幼い頃から問題視していた第一夫人の問題が関わってくるからだろう。


 ペンダントを見せつけられた王女メリアングレイスは青い顔色をしてふるふると震えており、背後の茶髪の少女は『あの男』と口が動いていた。

 そして、この場には居たくないと言わんばかりに慌ててこの天幕から出ていった。あの男と言うものが誰かはわからないが、きっと王族の血族の誰かのことなのだろう。


 デューク副官にそのペンダントを王女メリアングレイスに見せてよかったのかと問えば、言い訳をしていたが、一番最後に


「それに俺は妹に殺されたくありません!」


 と言った。なぜ、そこにリラが関わってくるのだろうか。俺は意味が分からず首を捻ってしまった。


 それから、数時間後には本当に撤退命令が出た。それも全騎士団の撤退命令だ。上層部は本当に何を考えているのだろう。


 この辺境にいる者たちは皆同じ考えを持っていたようで、本当に撤退していいのか迷っているようだ。

 だが、もし戦況が変わるとなるとすれば、早めに王都に戻ったほうがいいだろう。俺は第3騎士団の者達を引き連れて早々にこの辺境の地を後にした。


「団長、この事態をどう思いますか」


 俺と共に轡を並べているデューク副官から問われた。この事態か。はっきり言って意味がわからないのが本音だ。


「それは第3騎士団長としての意見を聞きたいのか?」

「両方で」


 両方か。俺はこの第3騎士団長として、国の命令を実行する立場でもあるが、この騎士団の者達を生きて王都に帰す立場でもある。騎士としては矛盾していることだが、俺はそう思っている。


「騎士団をまとめるものとしては、国の命令を実行するそれだけだ」


 体裁的にはこれが一番だろう。だが、元々この戦には意味があったのだろうかと今でも疑問に思ってしまう。やはり、情報が足りない。


「一番この事態の理解をしているのは、リラだ。そして、恐らくギルバート顧問も何かしら掴んでいるだろう」


 そう、ギルバート顧問だ。彼は言っていた。死んだとされている王妃も王子も療養中だと。ただ、俺は第二王子に王城で会っており、生きていることは知っていた。ギルバート顧問も独自の情報網でそれを掴んでいたのだろう。

 ここで一番怪しい者は王族の中で唯一生き残っている。第四側妃と王女メリアングレイスだ。だが、王女メリアングレイスはこの不可解な事に振り回されている感じがしたので彼女ではないだろう。

 騎士の上層部がこれに一枚噛んでいると内心思っているが、これは口に出すことはできない。


 それに普通では倒せない魔物の突然の出現。南と北に出現した強大な力を持つ魔物もシュテルクス侯爵とリラが倒したと情報を得ている。恐らくそれ以外にもシュテルクスの方々は動いていたのだろう。


 もし、シュテルクスの方々が動いていなければ、この国は魔物の手によって滅んでいたことだろう。


 だが、この半年の間で魔物という脅威は全てシュテルクスの方々の力によって排除された。これはきっと敵にとっては予想外のことだったのではないのだろうか。

 だから、このタイミングで撤退指示が出された。




 10日の道のりを経て王都にたどり着けば、俺の予想が外れていなかったことが、証明された。

 王城や貴族街から黒煙が上がっていたのだ。恐らく魔術で攻撃されたのだろう。


 さて、これからどう動くべきか、王都の門兵はなぜか楽観的な言葉が返ってきたようだが、どうやら情報統制がされているようだ。


 遠目から観察するに、どうも騒ぎの中心は王城のようだ。

 王城か。北門から水路を通って第1騎士団の詰め所に抜ける道が一番敵の目に止まらず進めるだろうが、それから王城となると、山道を通って西側の使用人が出入りする門を通り抜けるか。

 それだとやはり、小隊規模での行動が一番無難だろう。


「シュテルクス副官。小隊規模で隊を編成しろ。北門から王城に向かう」


 俺が、デューク副官に命じると思ってもみない言葉が返ってきた。


「団長。第1騎士団に出るのと、王城の中の離宮に出るのとどちらがよろしいですか?」

「その2択だと離宮に決まっているだろ」


 離宮かこれは王族の血筋であるデューク副官だからこそ出てきた選択肢だろう。これだと、一気に王城の側まで行ける。



 デューク副官の案内で王城の直ぐ側まで来ることができた。道中で、デューク副官が知らない王城へ続く通路を見て敵は何者だろうかと問われたが、恐らくここを使えるとすれば、王族の誰かだろう。死んだこととされている。第一王子か第二王子ぐらいだろう。第三王子は当時幼かったからこの通路は教えられていないと考えられる。

 しかし、このことを口にすることはない。ここには他の団員もいるだ。

 だから、俺はデューク副官に足を進めるように促す。


「シュテルクス副官。急ぐぞ」


 デューク副官が言っていたように本当に王城の側に建っている離宮の庭園の岩に擬態した扉から外に出ることができた。これは都合のいい場所だ。恐らくここは外からの出入りが不可能な場所と伺える。それは敵も味方も欺ける場所だ。誰もここから侵入する者などいないと思い込んでいるだろう。

 その時、王城の外壁から爆音と共に煙が立ち上る。位置的には玉座の間だろう。


「今、空いた穴から突入する」


 俺の命令で40名の騎士は玉座の間に空いた穴から王城に突入した。



 そこには白髪に喪服のような黒いドレスを身にまとった者が剣を振り上げ、床に倒れて振り上げられた剣を見つめる国王陛下とその背後にはピンクゴールドの髪の女性がいた。第四側妃だ。その第四側妃に向けて剣を振るおうとしているリラだが、その手前にいる国王陛下が邪魔をしているようだ。これはどういう状況だろうか。


「リラシエンシア!!」


 デューク副官が声を荒らげた。その声にリラは剣を下ろし、こちらに視線を向けて笑みを浮かべた。ただ、黒髪の彼女は第四側妃を警戒しているのかこちらをみようとはしていない。


「お兄様、お久しぶりですわ。ですが、挨拶は全てが終わってからでよろしいでしょうか?」

「リラ!お前は本当に裏切っていたのか」


 デューク副官はそのようなことを口にしたが、あの噂を信じていたのだろうか。リラは彼女はこの国のために動いていた。ここまで行動を共にしてきて、デューク副官は気がついていなかったのだろうか。


「何を持って正義とするのか。それは自分自身で決めること。私がこの場で剣を振るうことを、英雄シュテルクスの血族として、この国に誓いました。それが裏切りというならば、私は裏切りものなのでしょうね」


 その言葉と共に黒髪の彼女はこちらを見て誇らしげな笑みを浮かべた。そう、この言葉が全てを物語っているのだろう。大切な者のためになら剣を持つことを厭わないと言った幼いリラと名前も知らぬ彼女。


 そこに割り込んでくる侵入者。本当に王女メリアングレイスはタイミングが悪い時に邪魔をしてくる。


「ここでしょ!」


 王族らしからぬバタバタした足音を立てて、入ってくる王女メリアングレイス。俺たちより早く王都に入ったにしては、ここにたどり着くのが遅かったな。


「この裏切り者のリラシエンシアを打ちなさい!王を弑逆しようとする隣国の犬です!そこの騎士!何をしているのです!さっさとこの女を殺しなさい!」


 声を荒らげる王女メリアングレイスに対してリラは抜身の剣を手にしたまま黒いドレスを少し上げ王族に対する礼を重んじるように頭を下げた。


「王女メリアングレイス様。お久しぶりですわ。前夜祭の日以来ですわね」


 リラはそう言葉にして王女メリアングレイスに向き合っているが、やはり黒髪の彼女は第四側妃を警戒しているように、厳しい視線を向けている。

 その第四側妃が動きを見せると、直ぐ様動きを止めるように第四側妃のドレスを床に縫い止めた。 

 この一連の事柄に関わっていたのが第四側妃だったということだろうか。


 やはり、直接聞くべきだろう。俺はリラに向かって足を進める。ただ、彼女が警戒している第四側妃がどういう行動を取るかわからないので剣を抜いておく。

 そう少し気になることがある。はっきりとではないが、第四側妃から人とは思えない気配が漂ってくるのだ。何が起こっても対処できるようにしておかなければならない。


「貴女の正義とはなんだ?それは貴女が剣を取るほどのことだったのか?なぜ、何も話さないまま去った」


 俺の言葉に苦笑いを浮かべるリラと彼女。

 その彼女の横をソロリソロリと移動していく第四側妃。リラはその第四側妃の足を引っ掛け、倒れた第四側妃の背中を踏みつけて行動不能にさせた。


 リラのその行動に王女メリアングレイスが騒ぎ立て、第四側妃が更に動きを見せたところをリラが剣で牽制したところで、国王陛下が動きを見せた、リラと国王陛下の間に入ろうとしたところで、彼女がパクパクと口を動かす。


『来てはいけない』


 と。これは、意識があるように思えない国王陛下が動いていることと関わりがあるのだろうか。

 そして、リラは同じことを王女メリアングレイスに叫び、国王陛下に羽交い締めされそうなところを、腕を振り払い国王陛下を壁際まで吹き飛ばした。

 成人男性を軽々と吹き飛ばすことができるのは流石シュテルクスということなのだろう。


 そして、俺は見てしまった。第四側妃から黒い何かが飛び出て、王女メリアングレイスの中に入って行ったところを。


 その王女メリアングレイスは母親である第四側妃の側に寄ろうとしていたはずだった。それが、立ち止まり、姿勢を正し、こちらを見て笑った。正確には俺の前で剣を構えているリラをだ。

 その三日月を浮かべたような笑みは、心の底から恐怖を呼び起こす笑みだった。そして、こちらを見る瞳は深淵を写したかのように漆黒に染まっていた。


 思わず剣を握る手に力が入る。アレは何だ?


「流石、王族ねぇ。このあふれる魔力。全盛期には程遠いけれど、いいわねぇ。さっきは油断したけれど、今度はこちらの番ね」


 そう、言葉を放つ王女メリアングレイスの身体を乗っ取った何かに、肌が粟立った。アレは人ならざる者だと、本能が告げる。

 そのモノの魔力が大きく動き出す。これは危険だ。


 王女メリアングレイスの姿をしたモノがいったい何者だろうか。恐らく彼女は知っているはずだ。ずっと第四側妃を警戒し、近づくなと忠告していた。その第四側妃から出てきて王女メリアングレイスの中に入り込んだもの。そのモノの所為かわからないが、茶髪の少女の姿はこの目では確認できなくなっていた。


 流石にこの状況は無視出来ない。


「リラシエンシア嬢。これはいったいどういうことだ?」


 俺はリラの背中に向かって質問をした。そして、この空間には練り上げられたような禍々しい魔力が満ちてくる。


「シュテルクスが英雄となったきっかけの人物ですわ。女王イーラティーミア。若しくは魔女イーラと言えばわかりまして?」


 魔女イーラだと!あれはおとぎ話の話ではないか!子供に言うことをきかすための脅し言葉。『悪い子は魔女イーラに食べられるぞ』というありふれた文言に使われる魔女の名前。そのような者が実在しただと!


 禍々しい魔力が集まりだし形を成していく。赤い炎と言えばいいのだろうが、赤と黒が交じるなんて禍々しい魔術の炎なのだ。それが、王女メリアングレイスの肉体に入った黒い影の魔女イーラが作り出したものなのだろう。


 リラがデューク副官に命令を出している。やはり、地下道を通って王城を出入りしていたのは二人の王子だったようだ。この国の窮地に···いや、敵にトドメを差すべく戻って来られたのだろう。

 シュテルクスと王族は切っても切り離せない関係だ。


 リラは兄であるデューク副官に操られることになれば、容赦なく殴ると言っているが、やはり国王陛下は魔女イーラに操られているのだろう。

 その国王陛下をデューク副官は荷物のように肩に担ぎ、この場を去っていった。意識がないとはいえ、国王陛下をそのように扱うとは、後で叱っておかねばならない。


 リラが張った結界により、禍々しい炎の刃は襲って来ないが、ここに長居はできない。

 ここまで魔術を乱発されると、この城自体が崩れるかもしれない。


 だが、もう一度俺はリラに聞いておきたいことがある。そして、彼女にも。

 俺は視界を遮るフルフェイスを脱ぎ去り、結界を張っているリラの背後から近づいていく。


「俺はリラに何も相談されないほど頼りないということなのか」

「そんなことはないです!」


 直ぐ様リラは俺の方を向いて言葉を返してきたが、リラの視線はオロオロと困惑を現していた。

 何のための第3騎士団だ。シュテルクスの方々から信頼されない団長の俺など、この地位にいる意味などあるのか?あのまま団長が第3騎士団を仕切ってくれていれば、よかったのではないのだろうか。


 リラの心である彼女に視線を移すと、頬を赤くして口をパクパク動かしている。『また、リラって言ってくれた』と。ん?リラの行動と彼女の言葉の意味を計り知ろうとしていると、よく知っている気配が近づいて来る。シュテルクス侯爵だ。

 しかし、リラは気がついていないようだ。


「ヴァン様。リラはヴァン様のお嫁さんになるために頑張っているのです。それで私をお嫁さんにもらってくれる気になりました?あ、さっき聞き逃したので、もう一度リラって呼んで欲しいですわ!」


 と言っているリラの頭を近づいて来たシュテルクス侯爵が叩いている。


「馬鹿娘。お前はこの状況がわかっていないのか?」


 叩かれたリラはシュテルクス侯爵を睨みつけているが、リラの言っている意味が理解できなかった。なぜ、この事が俺の妻になるための行動に繋がるのかわからなかった。


 そして、魔女イーラから攻撃を受けている中、俺たちはリラの転移によって聖堂に場所を移したのだった。






「それで、説明してくれるのだろうな」


 俺はリラのこの状況の説明を求めた。だが、リラの侍女がリラの前に出てきて、俺に邪魔者だという視線をぶつけてくる。


「クソ虫。お前は知る必要はない。お嬢様にはこのアリアがいればよいのです」


 そして、この場には成長された第一王子と第二王子もおられた。実際お目にかかって、やはり生きておられたのかと実感できた。この度の事は本当に長きにわたって、起こっていたのだろう。王子たちの死の偽装の前から事は始まっていたのだ。


「おい!宝物庫になんて無かったぞ。怪力女!」

「フェル。命の恩人にそのようなことは言ってはいけないよ」


 宝物庫。先程もシュテルクス侯爵の口に上っていたが、何か探しているのだろうか。


「リラどうするつもりだ?」


 そのシュテルクス侯爵はこの場で指揮を取るのではなく、娘のリラに全権を委ねているようだ。

 デューク副官が言っていたようにシュテルクス侯爵を巻き込んだのは、リラの一存で行われたのだろう。


「取り敢えず、お茶にでもしましょうか?アリア。皆様のお茶の用意をお願いできるかしら?」

「かしこまりました」


 そのリラと言えば、ため息を吐き侍女に命じている。彼女はデューク副官に手当をされている国王陛下に視線を向けている。国王陛下の出方を探っているのだろうか。



 俺のような者が王族と席を共するわけにはいかないと、断ったのだが、国王陛下から、『私の保身のために席について欲しい』と言われてしまった。なぜ、俺が席につかないと国王陛下の身に危険が迫るのかわからないが、国王陛下から命じられれば、同じ席につかねばならない。


 そこで聞かされた話は俺の予想を遥かに超えたことばかりだった。


 王女メリアングレイス血筋のことは有名であったため、驚くには値しなかったが、まさか、デューク副官を王に立てるために、シュテルクス侯爵第一夫人とシュテルクス侯爵の弟君が計画したものに、あのファエンツァ公爵がその計画を横取りしたと。

 それは、騎士団の上層部は真っ黒だ。


 そして、一番不可解な魔女イーラ。この事は詳しくこの場では語られなかったということは、王族とシュテルクスの方々の中では周知の事実ということなのだろう。


 今問題になっていることは、その昔魔女イーラを封印したという、依り代を結晶化し、魂をそのまま封じ込めるという物を探しているようだ。

 古文書に残された文言から宝物庫にあると考えていたが、宝物庫には存在しなかったために、どうすべきかとなっているようだ。


 確かに、ここまで王族とシュテルクスの方々が関わった事件を俺如きには教えられるものではないのだろう。だが、俺は第3騎士団に席を置いているのだ。違うな、これは俺が不満に思っているだけだ。


 今まで毎月来ていた彼女が何も言わずにパタリと姿を見せなくなったことへの憤り。困っていることがあるのであれば、一言でも言ってくれても良かったのではないのだろうか。

 その黒髪の彼女を伺い見ると、聖堂の天井を見上げていた。半円状に作られた天井を不可解なものを見つけたような目をして見つめていたのだ。


「お父様。私を天井の中央まで投げてくれません?アレが水晶か見てきたいのです」


 突然、リラは隣に席について微動だにしていないシュテルクス侯爵に声を掛けた。

 こんなところに封印の水晶が?リラが指している天井の中央に視線を向けると、確かに何か光を反射する物があるが、全体的に金色に彩られた天井では見分けがつかない。

 だが、このようなところに?いや、普通ではないシュテルクスの方々には何か通じるものがあるのだろうか。


 シュテルクス侯爵に天井まで飛ばされたリラは天井から一抱えするほどの大きさの青みがかった水晶を持って降りてきた。本当にそれが封印の水晶なのだろうかと、疑問に思っていると。


「これで間違いないと思いますよ。オストゥーニ家の青ですね。見る方向によって色が違って見えますから」


 第一王子がそのように言葉にされた。····が、近すぎないか?俺はリラの側に行き、リラの腕を引き寄せる。


「クスクス。それで、どのように魔女を封印するつもりですか?」


 第一王子は俺を見て笑いながら、リラに話している。何か問題だろうか?


 リラはこの封印を使うと、王女メリアングレイスという存在を失うことになると、国王陛下に進言している。だが、国王陛下は丁度いいと答えた。王族と言っても、先代の王弟の血筋であり、この事の発端となった西の辺境の地を治めるアンファング辺境伯爵の血筋である王女メリアングレイスなど、必要ないと。いや、都合のいい依り代がいたのだから、そのまま使ってやるといいと言わんばかりだ。

 国王陛下も今回のことはご立腹らしい。やはり、きっかけは王妃様のことだろうな。お二人は王族には珍しく恋愛結婚だったと言われているからな。



 その時禍々しい気配がこちらに近づいて来た。

 シュテルクス侯爵もそれに気が付き、腰にある噂の魔剣を抜いている。


「リラ。来るぞ」


 その言葉に俺は、戦う者の思考に切り替わる。やはり、俺は団長の元で剣を振りたいと内心思ってしまった。


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