第13話★彼女はいったい何者なのだろうか。そんな彼女から目が離せない俺はおかしいのだろうか。

ヴァン様視点になります。時系列の総集編みたいになりましたが、思ってたんと違うと感じた方はそのままそっと閉じてください。

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ヴァンフィーネル・ダヴィリーエSide




 ある日ギルバート副官から、デュークヴァラン・シュテルクスを俺の従騎士として充てがわれると報告を受けた。確かに毎年この時期になると騎士団の入団試験を合格した者の中から従騎士が選ばれる。しかし、シュテルクスとはこの第3騎士団の団長の家名でもある。

 俺は内心期待していた。あの、英雄の血族であるシュテルクスの嫡男を俺の従騎士として充てがわれたのだ。そのシュテルクスの凄さを身近に感じられると。


 だが、紹介されたデュークヴァラン・シュテルクスを見て俺は期待していた俺自身を嘲笑った。いったい何を期待していたのだと。団長のご子息が必ずしも団長の様ではないと。


 その日の夕刻にシュテルクス侯爵家に招待をされた。そのご子息の祝賀会を行うというのだ。

 しかし、俺は身分不相応だと断ったのだが、団長が家族だけだから気にすることはないと強引にご子息と共に侯爵家に向かうことになったのだが、道中に思ったことは、これは団長自身がご子息と二人っきりになりたくなかっただけでは?と感じてしまった。なぜなら、ご子息は何かと団長に話しかけてはいるが、団長の返答がおざなりに答えていると感じたためだ。普段はこのような方ではない。


 そして、団長の家族の方々を紹介されたが、その中でもひときわ目を引いた人物がいた。団長と同じ白髪で赤い瞳を持つ、正に英雄の色を持った幼いご令嬢だ。名をリラシエンシアだと紹介された。

 この時俺は確信した。団長のシュテルクスの血はこのご令嬢に受け継がれたのだと。団長から紹介された時、そのご令嬢を前にして膝を折り、自然とこうべを垂れたい心境にいたったのだ。これこそ英雄シュテルクスの者だと。


 そのご令嬢は俺に挨拶をする時にとても嬉しそうな笑みを浮かべて言ったのだ。


「リラシエンシアと申します。ダヴィリーエ様、私を貴方のお嫁さんにしてくださいな」


 これは何を言われたのだろうか。団長を伺い見るも、そのご令嬢に対し、不可解な者を見るような視線を向けている。

 そして、ご令嬢は団長の側に居たシュテルクス侯爵第一夫人に呼ばれて背を向けてい行ってしまった。


 あの言葉は何だったのだろうか。


 その後は普通に会食が始まり、終始和やかな雰囲気だった。ただ、その会食が終わりに差し掛かってきた頃に、ご令嬢がすっと動いたのだ。気配を消し、しかし堂々と壁際まで歩いていく、その姿を団長は視線だけを向けて、執事の側でその執事と同じ様に壁際に立ったところで視線を外していた。その執事に用があるのだろう。


 口の動きで話の内容を伺おうとするも、ご令嬢の口はほとんど動いておらず、執事の者もほとんど口は動いてはいなかった。シュテルクスに仕える者たちは特殊な一族だと言う噂は本当のことのようだ。


 何かしらの話がついたのか執事は目線だけで幼いご令嬢に敬意を払い、ご令嬢は満足そうに笑みを浮かべ、先程座っていた席に戻っていく。

 そのときにご令嬢と視線が合った。赤い瞳に見つめられ心臓がドキリと脈を打つ。そして、ご令嬢はふわりと笑みを浮かべ、人差し指を口元に持っていき立てていた。黙っているようにという仕草だが、ふとその背後に大人の女性の姿が重なった。

 ご令嬢とは似ても似つかぬ黒髪の女性だ。


 黒髪。はっきり言えば、ほとんど存在しない。この国の者たちは元々リアスヴァイシャス神教国の神官だった者たちだと言われている。そして、ほんの一部に外から来た者たちが入っており、その血筋の者達は黒に近い色を持っていると言われている。


 だが、その黒髪の女性はこの国にいる者たちとは顔立ちが少し違っていた。姿で大人の女性とわかるが、その容姿は幼く見える。

 ご令嬢の微笑みとは違い、黒髪の女性ははにかんだ笑みを浮かべていた。まるでイタズラが見つかってしまったような感じだ。その笑みに先程の心臓の高鳴りとは違う音が響き、思わず顔を背ける。


 貴族からはこの黒髪は疎まれる。貴族らしくないと。だから騎士の道に進んだのだが、まさか俺と同じような黒髪の女性がいると····いや、あの女性は実際には存在しているようには見えなかった。ならば、彼女はいったい何者なのだろうか。




 会食が終わり、団長がシュテルクス侯爵邸でお休みになられるのかと思っていたが、これから第3騎士団に戻ると言ったのだ。普通はこのままシュテルクス侯爵邸に留まらないのだろうか。

 そのような事を考えながら、団長の後に付いてシュテルクス侯爵邸を後にしようとすれば、団長の行く手を阻む者が現われた。


 幼い白髪のご令嬢だ。

 

「お父さま!お兄さまだけ、何かいただいてずるいですわ。私もふわふわのくまさんのぬいぐるみが欲しいです」


 ご令嬢は子供が駄々をこねるように頬を膨らませ、クマのぬいぐるみが欲しいと言っている。


「はぁ、リラ。あれはデュークの従騎士になった祝の品だ。それにどれだけぬいぐるみがあれば気が済むんだ?もう必要ないぐらいにあるだろう?」


 確かにデュークヴァラン侯爵子息に団長は一振りの剣を与えていたが、ご令嬢には何も渡されてはいない。しかし、それはご子息への祝の品物だ。普通であれば、ただの子供の我侭と捉えるべきことだろう。


 だが、ご令嬢の後ろに立つ黒髪の女性は真剣な目をして、団長を見つめていた。それは戦に赴く騎士のようにも見える。


 そして、ご令嬢は団長にぬいぐるみはこれ以上必要ないと言われたことに、苛立ちを顕わにして団長に言い返している。第3騎士団長であり、シュテルクス侯爵である父親に普通のご令嬢はこのように言葉にすることが出来るのだろうか。これもシュテルクスの血族だからなのだろうか。


 団長はご令嬢の言葉に言い返せないのか、そのままご令嬢の脇を素通りしようとし、それもご令嬢に引き止められている。

 しかし、言い合っている内容がぬいぐるみと剣とは少し子供っぽいと思ってしまったのは、団長には内緒だ。団長の剣の収集癖は有名だからな。


 俺がそんなことを考えているとご令嬢が俺に視線を向け、ニコリと笑いかけてきた。そして、後ろの黒髪の女性もだ。


「ダヴィリーエ様。申し訳ございませんが、父には仕事をしてもらいますので、お見送りは執事クロードがいたしますわ」


 まぁ、元々一人で退席するつもりだったので、そこは問題ないのだが、いつも真面目に仕事をこなしている団長が、侯爵としての仕事から逃げている?騎士団での団長と侯爵としての団長はどうも違うらしい。

 だから、騎士団の方に戻ろうとしていたのか。

 ただ、この時はまた直ぐにシュテルクス侯爵令嬢に会うことになるとは露程にも思っていなかった。





 翌朝、朝日が昇る時間帯から始まる訓練に向けて準備をしているときだった。周りがざわざわとざわめき始めた。何があったのだろうと、周りの騎士たちの視線をたどっていくと、団長が騎獣に乗って騎獣舎に向かって行っているところだった。

 朝の挨拶をすべく、足を向けようとしたところで、皆がざわついている原因がわかった。

 昨日のご令嬢が団長の膝の上に乗っていたのだ。シュテルクスと言うべきご令嬢。この騎士団にいるデュークヴァランは違うと皆が理解したざわめきだったのだろう。


 俺はそのまま団長の元に赴いていく。


「これ以上、口にするとぶっ殺すぞ!」


 親子喧嘩の最中だった。何がどうなって団長がその様なことを発言したのかわからないが、昨日のご令嬢との話し合いが上手く行かなかったのだろうか。


「モゴモゴモゴモゴ!」


 ご令嬢は団長の大きな手に口を押さえられ何を言っているのかわからないが、後ろの黒髪の女性の口は『受けて立ちます』と言っているので、そういうことなのだろう。

 団長の脅しにも屈しないご令嬢に団長は更に脅しを掛ける。


「このまま首をへし折ってもいいのだぞ」

モゴモゴモゴモゴできるものならモゴモゴモゴモゴしてみるといいですわ!」

「ああ゛?!」


 団長の目は既に敵と見定めたものを見る目をしていた。シュテルクス特有の赤い瞳が光を宿し、縦に瞳孔が伸びている。流石に団長がご令嬢を手に掛けたとなると、色々問題があると、俺は止めに入った。


「あの····団長。ここで殺気を振りまいて、子供の殺人宣言をされるのも如何なものかと」


 俺の言葉に今まで怒りで周りが見えていなかったのか、団長は辺りを見渡し大きくため息を吐いた。


「はぁー。リラ、先程の言葉を実行しようものなら、部屋のぬいぐるみを切り刻むから覚えておきなさい」


 ん?これは····昨日と同じでなないのだろうか。しかし、昨日とは違い団長の発言にご令嬢の殺気が膨れ上がった。そして、団長と同じシュテルクスの瞳を宿したのだ。

 その姿に周りの者たちが、いっそざわめき出す。


「ふふふ、お父様。言い返しますが、そのようなことを実行しようものなら、コレクションの剣を全て叩き折って差し上げますわ」


 売り言葉に買い言葉。ご令嬢が団長のコレクションを破壊すると言葉にした瞬間。団長からも殺気が膨れ上がる。


 そう言えばギルバート副官が、『ランドルフとシュテルクス侯爵の喧嘩は放置するのが一番だったね。あれは犬も食わないよ』と笑っていたが、これは流石に止めるべきだろう。 


 俺が動こうとしたところで、団長は俺に視線を向けてきて、ご令嬢の首根っこを持ち、こちらに向けて放り投げてきた。いや、ご令嬢は猫ではないと思うのだが。


 背を向けて落ちてくるご令嬢を受け止めるが、やはり黒髪の女性は触れることはできなかった。


「ヴァンフィーネル。馬鹿娘を送ってくれ、それから、未だにこの場に居ない馬鹿息子を殴っておけ」


 団長はそう言って、騎獣に乗ったまま騎獣舎に入っていく。確かに昨日一通り従騎士を集めて説明をしたと聞いていたが、この場に居るのはシュテルクス侯爵令嬢であり、従騎士デュークヴァランではない。


「私の言ったことを絶対にしてくださいね!」


 ご令嬢はそう団長の背に向けて叫んでいることから、やはり昨日のぬいぐるみが欲しいというのは建前で、団長に頼み事をするために団長を引き止めたのだろう。


 そして、ご令嬢は団長の背中をひと睨みしたあと、俺に視線を向けてきて困ったような顔をしながら言ってきた。


「ダヴィリーエ様。下ろしてくださいませんか?帰りは自分で帰ると言っておりますので、送ってくださる必要はありませんわ」


 帰るとご令嬢は言っているが、幼子であるご令嬢が一人で騎士団からシュテルクス侯爵邸に戻ることは困難だろうと思う。と、感想をもっているが、俺の視線はご令嬢と重なるように見える黒髪の女性に釘付けになってしまった。

 耳まで真っ赤になって、視線をオロオロさせている。可愛らしい人だ。


 もしかして、この女性は、ご令嬢の心なのだろうか。貴族のご令嬢は何かと体裁を求められる。だから、表面上は冷たい感じに思ってしまう。


「あの?下ろしていただけないでしょうか?」


 同じことを言われてしまった。恐らく誰もこの女性のことを見えていないのだろう。そして、ご令嬢自身も気がついていない。だから、俺は違うことを口にする。


「シュテルクス侯爵令嬢。貴女も団長と同じなのですね」

「はい?何がでしょうか?」


 同じ。我々を魅了する、シュテルクスの赤き瞳。


 ご令嬢は歩いて帰ると言っていたがそれは流石に許容できるものではないので、否定しているご令嬢を俺の馬竜に乗せて送り届けることにした。従騎士デュークヴァランを迎えに行けという団長の命令もあるが、俺は可愛らしい黒髪の女性が気になって仕方がなかったのだ。


 俺が抱えたまま騎獣に乗っている幼いご令嬢は表面上は取り繕ってはいるが、重なって見える黒髪の女性は項垂れていた。俺に背を向けているので、その表情は伺いしれないが、否定したのに強引に騎獣に乗せた俺のことを怒っているのだろうか。


 だが、ご令嬢は団長と同じと言われたことに不満を思ったのか、『父と同じとはどういうこと』かと聞いてきた。やはり、気がついていなかったようで、シュテルクスの瞳になっていたことを教えてあげると、驚き、その後少し不満気な表情をした。


「ダヴィリーエ様、シュテルクスという名で呼ばれることには慣れておりませんので、リラと呼んでくださいませんか?使用人たちもお母様方もリラと呼びますのよ?」


 どうもシュテルクスと呼ばれるのが嫌なようだ。確かに英雄という名はご令嬢には荷が重いのかもしれない。だが、流石に気安く呼ぶには抵抗がある。あの英雄シュテルクスの血族は現在の世でも英雄なのだ。


「シュテルクス家の方々をその様に名で呼ぶことは、できかねません」


 すると、白髪のご令嬢と黒髪の女性が不満気な顔を私に向けてきた。おや、珍しく二人の表情が揃った。


「ダヴィリーエ様、私は英雄ではありませんわ。私は何も功績を成していない子供です。その子供の我儘だと私のお願いを聞いてもらえないでしょうか?」


 ご令嬢の言っていることは正論だ。ご令嬢は過去の英雄でもなく、今現在功績を挙げているのはシュテルクス侯爵である団長だ。

 しかし、子供のお願いか。ご令嬢を見て、黒髪の女性を見る。少し、かまをかけてみようか。ふと、いたずら心が湧き出てきた。


「シュテルクス侯爵令嬢は失礼ながら、中身と外見がチグハグですね」

「は···?」


 すると、白髪の令嬢はポカリと口を開け固まってしまい、黒髪の女性はオロオロと視線を漂わせ、頭を抱えてしまった。


「私が知るシュテルクス侯爵令嬢と同じ年頃の子供は、自分をどれだけ大人と同じ様に見せようかとしているものですが、シュテルクス侯爵令嬢はその違和感がないのです」


 違和感がない。というか、同じ年頃の女性と話しているときと、何も遜色がないぐらいに話せる。普通であれば、子供と話していると話があちらこちらに飛び今は何のことを言ったのだろうと考えることがあるが、ご令嬢と団長との話を聞いてみても団長の弱点を見抜きそこを突いてくるというのは子供らしくないと言えるだろう。


「貴族の令嬢らしくない私は何なのでしょうか?」


 あ。そういう意味で言ったわけではないのだが、口から出てしまった言葉を戻すことはできない。


「あっ!失礼しました。決して貶す言葉ではなく。それこそが英雄シュテルクスの血統だと感じたのです」


 すると、ご令嬢は寂しそうな笑みを浮かべた。そして、黒髪の女性もだ。抱きしめたいという衝動に駆られたが、そこはぐっと我慢をする。相手は侯爵令嬢だ。


「ふふふっ。ダヴィリーエ様。英雄が英雄たらしめるものは何だとお思いでしょうか?その力でしょうか?血統でしょうか?しかし、英雄という言葉を履き違えれば、ただの大量殺戮者に過ぎません。私はね、英雄とは人々が作り出した幻想に過ぎないと思うのです。ダヴィリーエ様」


 英雄が人々の幻想だと言う、ご令嬢は右手を天を掴むように空に手を伸ばした。そして、透ける大人の女性の手もだ。


「この小さな手に剣を持って戦いを強要されますか?」


 確かご令嬢は5歳だと伺った。5歳のご令嬢に剣を?それは些か···ああ、だからご令嬢は英雄という名を好んでいないのか。それは余りにも重すぎる英雄シュテルクスという名。


「え?流石にそこまでの事は言いません。英雄シュテルクスの血を受け継ぐシュテルクス侯爵令嬢に剣を持って戦えと言うことは違うと思います。戦うのであれば、それは我々騎士の仕事ですから」


「ダヴィリーエ様!ありがとうございます!そのようなことを言ってくださるなんて、リラはとても嬉しいです!!」


 白髪のご令嬢と黒髪の女性が満面の笑みを向けて、お礼を言ってきた。その笑みに俺の心臓の鼓動が早まる。


「うっ····」

「父も兄も私に剣を持つように言ってくるのです。それがシュテルクス侯爵家に生まれてきた者の定めだと言わんばかりに。私は英雄になりたいわけではありません。でも、それはシュテルクス侯爵としての父も国も許さないことでしょう。いずれ、私も剣をこの手に握ることになるでしょうね。でも、大切な人のためになら喜んで剣を手にするでしょう」


 大切な人の為なら、喜んで剣を取るという小さな手と透けた大人の手をそっと包み込む。この手を血で染めることはない。


「シュテルクス侯爵令嬢。貴女が剣を持つようになる日が来るのであれば、それは我々騎士が役立たずだと言っているようなものです。我々騎士が役立たずになるまで貴女が剣を取る必要はないと、私は思います」


 そう、貴女が剣など持つ必要はない。


「ダヴィリーエ様、私を貴方のお嫁さんにしてください。私に剣を持たなくていいと言ってくださる方なんてダヴィリーエ様ぐらいですわ!」


 え?昨日のあれはご令嬢自身の言葉だったのか?これは困った。はっきり言って、身分というものは覆せない。


「はぁー。シュテルクス侯爵令嬢、私は確かに第3騎士団の副団長の地位にはいますが、所詮子爵家の出の者です。侯爵家のご令嬢が嫁ぐ者ではないのです。申し訳ありませんが、シュテルクス侯爵令嬢のお言葉を受けるわけにはいかないのです」


 そう、俺は所詮子爵家の者だ。団長の地位に就任すれば、伯爵位を貰い受けることができるが、第3騎士団の団長は変わることはないだろう。なぜなら、シュテルクスという名は絶対的だからだ。


「そうですか、今回はそうですわね。私のことをリラと呼んでくださったら、一旦引きますわ」


 落ち込ませるかと思っていたが、ご令嬢は代わりに名を呼ぶことで、申し出を引き下げると言ってきた。これもまた難しい事をおっしゃる。

 黒髪の女性はこれならどうだという顔をしている。可愛らしい人だ。


「リラシエンシア嬢でよろしいでしょうか?」


 すると、白髪のご令嬢も黒髪の女性も不服そうな表情をした。本当に可愛らしい人だ。黒髪を撫ぜようしたが、俺の手は女性を通り抜け、白髪が指の隙間を抜けていった。やはり、触れることができないのか。

 不服そうな表情も可愛らしいが、やはり貴女には笑っていて欲しい。


「そういうお顔をされると、子供らしいですね。私のことはヴァンフィーネルとお呼びください。そして、剣の代わりにぬいぐるみをお贈りしましょう。確かクマのぬいぐるみでしたか?」


「ヴァンフィーネル様!とても嬉しいです!リラは大きなくまさんのぬいぐるみが欲しいのです!昨日は父を何度殴ろうかと思っていたのですが、今日は嬉しい事ばかり!ここまで送ってくださってありがとうございました」


 ご令嬢は····いや、リラシエンシア嬢は恐ろしいことを口に出して笑顔で、馬竜から飛び降りていった。


 ご令嬢に殴れる団長って想像できない。


 これも流石、シュテルクスの血族だと言えばいいのだろうか。いや、これを口にすると黒髪の女性が嫌な顔をしそうだ。





 それからというものリラシエンシア嬢は何度か第3騎士団に顔を出している。普通の令嬢であれば、騎士団なんかに出入りなどしない。


 これは恐らく団長に何を頼み事をしているが、それが上手くいっていないのだろう。何かと団長から追い出されている姿を見かけ、その度に団長から押し付けられ、リラシエンシア嬢を猫の子のように渡される。


 ああ、先日リラシエンシア嬢の力を見定めようとしていた従騎士共は、そんな事をする暇があるのならと訓練を倍増しておいた。その後は訓練場に屍が転がっていたが、自業自得だ。




 そんなある日、ギルバート副官が俺の執務室に駆け込んできた。なんだ?必要な書類は先日提出したばかりだが?


「ヴァン君。面白いものが見れると思うから中庭に出てくるといいよ」


 この人が面白がっているということは碌な事がない。行きたくないというのが本音だ。


「なんですか?私は明後日の討伐指令の準備をしなければならないのですが?」


 業務があるので行きたくないとギルバート副官に言う。すると、ギルバート副官の笑みがニコニコからニヤニヤに変わった。これは完璧に碌な事がない典型的な笑いだ。


「え?見に行かないの?ランドルフとリラちゃんの決闘だよ?」


 その言葉に腰を上げた瞬間、窓からの閃光が眩き視界を奪い、すぐ側で雷鳴が響きわたった。何が起こったと窓の外をみれば、イカヅチに囲まれた二人の人物が見える。

 慌てて部屋を出る俺にギルバート副官は『割り込むと死んじゃうから駄目だよ』と言ってきた。だが、5歳のリラシエンシア嬢と団長では決闘にもならないだろう。



 しかし、俺の予想は最悪にも外れていた。雷をまとったと言っていいほど雷電を発しているリラシエンシア嬢は団長に対して、突きの攻撃を繰り返していた。それも常人では行動不可能な速さだ。俺も目で追うのが精一杯だ。


 この騒ぎに第3騎士団の者たちが集まってきていた。流石、シュテルクス同士の戦いだと口々に言っているが、これは戦いというものではない。


 これはどうしたものかと考えていると、剣を突きつけられたリラシエンシア嬢の侍女が連れてこられてきた。

 その侍女の側に寄りどうにはできないかと尋ねる。


「侍女殿、リラシエンシア嬢を止める方法はないのか。あれではリラシエンシア嬢の方が保たない」


 そう、リラシエンシア嬢は己が出している速さに身体が悲鳴を上げているにも関わらず、団長に攻撃をし続けているのだ。だが、侍女の答えはただ一言。


「私はお嬢様のお望みを叶えるお手伝いをしてるだけです」

「しかし、あれではリラシエンシア嬢が···」

「ダヴィリーエ様、お嬢様はお嬢様の大切な方のために、旦那様に立ち向かっておられるのです。ここで剣を収めるということはお嬢様にとって大切な方を守れないということになってしまいますので、お嬢様はその生命を持って旦那様に立ち向かっておられるのです」


 確かに以前そのような事をリラシエンシア嬢は言っていた。だが、それは己の生命をかけてまですることではない!


 自分の力に耐えきれず、血を流しているリラシエンシア嬢を見る。どうにか介入出来ないものか。しかし、団長とリラシエンシア嬢を囲むようにイカヅチが邪魔で割り込めそうにない。

 ん?先程から侍女がリラシエンシア嬢とある一点のみに視線を向けている。よく見るとそこは人一人分···いや、侍女である彼女が滑り込めそうな隙間がある。それ以外は縦横無尽に雷電が走っていた。そうか、いざとなれば、侍女がその隙間から介入することになっていたのか。

 やはり、貴女は素晴らしい。シュテルクス最強の竜人はこの国の誰もを魅了する。


 俺は結界のように囲んでいるイカヅチに近づいていき、小さな隙間に腕を差し込み、神速と言っていい速さで近づいてきたリラシエンシア嬢を引きずり出した。


「何をしているのですか!」


 血の涙を流し、口からもポタポタと赤い糸が垂れ、四肢のあちらこちらの毛細血管が悲鳴をあげ、満身創痍のリラシエンシア嬢を抱え込む。黒髪の女性は何が起こったのか理解出来ていないという風に呆然と地面を見ていた。


「リラ。お前はそこまでして何がしたいんだ?」


 イカヅチの結界が消えたことで、団長がこちらに足を向けてきた。

 恐らく、団長に動いて欲しいことがあったのだと思っていたが、それが全く団長に伝わっていない感じだ。

 その団長の言葉にリラシエンシア嬢は顔を上げて団長を睨みつけた。


「お父様は大っ嫌いです!我儘ばっかり!」


 ん?もしかして、これは普通に親子喧嘩の延長だったのか?

 だが、その言葉に続いて出てきた令嬢の言葉は唖然とするものだった。


「私は···私は···私ではお母様の心は守れないのです!今まで沢山の傷を癒やしてきました!魔術の勉強をしてムチに打たれても痛くないように肌に沿うような結界も張っていますし、毒も呪いも排除してきました!ですが、毎日毎日嫌味を言われ続けるお母様の心は守れないのです!だから、お母様が壊れる前にお母様をお祖父様の元に帰したいと言っているのに、全然理解してくれないお父様は大っ嫌いです!!もう時間がないというのにお父様はのらりくらりと避けるばかり!だから····」


 それも団長は最後までリラシエンシア嬢の言葉を聞かずにそれこそ先程のリラシエンシア嬢を彷彿させる動きで目の前から消え去った。

 これはリラシエンシア嬢でなくても、怒りそうな内容だ。


「人が話しているというのにどこに消えたのですか!!」

「お嬢様、恐らくミランダ様の元にかと」

「なんですって!今すぐ戻ってお父様を止めますわよ。お母様の今の状態がマーガレット様やカトリーヌ様にバレると殺されますわ」


 殺される!リラシエンシア嬢の母君の状態がどのようなものかわからないが、第一夫人と第二夫人に殺されるとは些か物騒過ぎる。だから、リラシエンシア嬢はこのような無茶なことをしたのか。


 リラシエンシア嬢は俺がついて行くことを拒んだが、何かと理由をつけリラシエンシア嬢が帰る馬車に乗り込んだ。


 自動治癒オートヒールを掛けてあるというだけあって、今は血糊はついているが、新たな出血は見られなくなったリラシエンシア嬢は俺の腕の中で眠ってしまった。そして、今は黒髪の女性の姿も消えてしまった。やはり、黒髪の女性はリラシエンシア嬢の心の姿なのだろうか。


 目の前の侍女にはどの様にリラシエンシア嬢が写っているのだろう。気になって聞いてみれば、思っていたことと違う言葉が返ってきた。

 

「お嬢様がどのような方かですか?嫌なことは旦那様と同じくのらりくらりと躱す方です」


 団長の新たな一面を知ることができたが、そうではない。


「それもですが、私は姿かたちが器に収まっていないそんな違和感を感じるのですが、貴女はどうですか?」


 しかし、これにも別の言葉が返ってきた。


「リラシエンシア様は御自分の立場をよく理解しております。何れ、剣を手にしなければならない日が来ることも理解しておられます。私はリラシエンシア様を信じ付き従うのみです。そこが戦場でも荒れ果てた荒野でも世界の果てでもリラシエンシア様のお側に立つ、それが私の使命です」


 それは侍女という姿では無く、騎士に付き従う従騎士のような考え方だ。いや、シュテルクスに仕える者たちは特別な者たちだ。その考えを否定することはない。

 結局、目の前の侍女からは俺が望んだ答えがもらえることはなかった。



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