第11話

 十月三十日、日曜日。

 ついにこの日がやってきた!

 というか、興奮しすぎてろくに寝れないまま午前六時を迎えてしまった。その割には、意外と眠くない。アドレナリンが分泌しているんだろうか。ハイというやつだな。


「小林さん、朝だぞ。起きろ」

「うーん……。日曜なんだから、もう少し寝かせてください」


 隣で爆睡している小林さんを揺らすが、不機嫌そうな表情で腕を払われた。

 仕方ない。ギリギリまで寝かせるとして、私は先に支度をしよう。

 寝室からリビングに出ると、カーテンを開けた。天気予報通り晴れていて、安心した。今日一日、雨は大丈夫らしい。よかった。

 私は朝シャンを浴びた後、いつも通り朝食を作った。

 小林さんから、パーク内で朝食をしようと提案があった。そのような楽しみ方も実際あるらしいが、時間が勿体ない。ちゃんと朝食まで済ませて、万全の状態で行くのが礼儀だと思う。


「おはようございます……」


 六時半頃、小林さんが眠たそうながらも起きてきたので、朝食を食べさせた。

 その後、着替えた。

 私は昨日、小林さんが実家に帰っている間に、新しい私服を買ってきた。流石にスーツで行けないし、以前買った一着をずっと着るのは嫌だし、仕方なくだ。

 濃紺スキニーデニムを履き、白のカットソーを着た。さらに、黒のロングカーディガンを羽織った。……まあ、無難な感じだろう。


「沙緒里さん、見てください! ヤバくないですか?」


 リビングで化粧をしていると、アミの部屋から小林さんが出てきた。

 ……私は思わず、手に持っていたリップを落としそうになった。

 まず目に入ったのが、赤いリボンタイだった。ブラウスの襟に、緩く付いていた。その下には、赤のチェック柄のスカートが――丈の長さと知能は反比例するのか? というぐらい短い。スカートから伸びる脚はナマであり、黒いアンクルソックスを履いていた。見ているこっちが寒くなる。

 ここまでくればブレザーかカーディガンだが、アウター代わりはピンクのフード付きパーカーだった。カジュアル感があるというか、かろうじてセーフ感がある。ガチの格好だと、マジでアウトだろう。

 いやいや、既に余裕でアウトだな。


「なあ……TPOは弁えようって言ったよな?」


 何のコスプレかは聞いていなかったが、まさか学生服だとは思いもしなかった。予想の斜め上をこられて、私はドン引きするしかなかった――何の格好であれ、結果は同じような気もする。

 何かデジャヴのある制服だと思ったら、妹の美結さんがこの前着ていたことを思い出した。パーカーではなく、ブレザーだったが……。なるほど、これを借りに昨日は実家に帰っていたのか。


「だから、TPOは弁えたじゃないですか。もしかして、露出高いやつ期待してました?」


 可愛いでしょ、と小林さんはスカートの裾をちょこんとつまんでみせた。ああ、ウザい。

 リビングのテーブルに向かって座ってる私には、見上げるとスカートの中が見えた。花柄が特徴の、青いショーツだ。可愛いには可愛いが、大人カワイイというやつだ。十代はたぶん、こんなの履かないと思う。

 確か、百貨店か通販でしか買えないランジェリーブランドだっけ? 小林さん、愛用してるって言ってたな。


「露出というか……公然猥褻罪だろ、それ」

「どこがですか!」


 どうでもいいパンチラの感想じゃない。


「二十三の女がしていい格好か?」


 いやー、キツい。キツすぎる……。

 露出が多いわけじゃないのに、セックスシンボルみたいに見えるのは、どうしてだろう。

 流石にここまでラインを超えると、逮捕されると思ったまでだ。こんなのもう、ただの猥褻物じゃないか。人様に見せるものじゃない。


「えー。わたし、まだ十代に見えませんか? そのへん歩いても、全然違和感無いでしょ?」


 髪をゆるふわに巻いたり、ナチュラルな出来栄えながらも化粧がモロにわかったり、そんな十代が居るか――と思ったが、巷のJKは確かにこんな感じが多い。スカートの中も、案外そうなのか? 怖いな。私の育った地元じゃ考えられない。

 拭いきれないコスプレ感は、小林さんという先入観が私にあるだけで、他人からはそんなに違和感無いのかもな。

 いや……ひとつだけ、どうにもならない点があった。


「小林さん……十代はもっと肌にハリがあるよ」

「それは言わないでください。……わかってますんで」


 私は哀れみの目を向けると、小林さんは気まずそうに視線を外した。

 この子もまだ二十三だから、どちらかというと十代寄りなのに……生活習慣かな。


「なあ……マジでそれで行くつもりなのか?」

「当たり前じゃないですか! こんなに可愛い彼女ちゃんとハロウィンデートできるなんて、沙緒里さんは幸せ者ですよ!」


 念のため訊ねるが、どうやら本気らしい。私も、キミぐらい頭の中が幸せならいいんだが……。

 まいったな。私としては、千年に一度ぐらいの感じで珍しくテンションが上がってるのに、ここで揉めては下がりかねない。それに、時刻は七時半――そろそろ出る時間だ。

 まあ、世間はハロウィンらしいから、大目に見るとしよう。仕方なく、私が折れることにした。


「いいか? 絶対にパーカー脱ぐなよ? よし、それじゃあ行くぞ!」

「はい!」


 私は、ベージュのバッグを肩にかけた。

 これを持つのも、何年ぶりだろうな。というか、数えるほどしか使ってない。引っ越しの際に私服は処分したが、これはちょっと高かったから捨てられなかった。バッグに付いているブランドマークは、ブランド創業者のイニシャルらしい。

 小林さんは、アウトドア寄りな感じのシンプルなリュックを背負った。確かにJKが使ってそうというか、小道具まで細かいなと思った。



   *



 電車は、日曜だろうが吐きそうなぐらい混んでいた。

 心が折れそうになるが気を確かに持って、揺られること四十五分。午前九時過ぎに到着した。

 入場ゲートでも、あまりの人混みに目眩がしそうだった。

 ハロウィンということもあり、それ用のメイクや、このテーマパークのキャラのコスプレ客が目立つ。露骨な感じに、うわーって思う。そういう意味では、小林さんはまだTPOを弁えてる方かもしれない。……それでも、余裕でアウトだが。

 いや、現在はそんなことよりも――


「出遅れたか……」


 私の計画では、九時前――開園前に到着しているはずだった。少し焦りながら、小林さんとふたりで列の最後尾に並んだ。

 私は、スマホにインストールしておいたテーマパーク公式アプリを開いた。小林さんから受け取ったチケットのQRコードを出した。


「こんなの出遅れたうちに入りませんから、落ち着いてください」


 私が準備しているのに、小林さんは他人事のように素っ気なかった。折り畳み鏡を片手に、前髪をイジってる。

 この子は、全然緊張感が無いな……。ぱっつん前髪が、そんなに大事か? 流石の私も、ちょっとイラッとした。

 私は公式アプリからリマインダーのアプリに移ると、リストを小林さんに共有した。


「ちょっと見てくれ」

「……え? 何ですか、これ」


 小林さんは自分のスマホ画面を見ると、軽く引いた。

 この四日間、私はとにかくこのテーマパークを調べ上げ、待ち時間の計算から今日一日を事細かに計画した。完璧にこなせるとは思ってないが、無駄なく楽しむための軸としては充分だ。


「わたし達、軍隊じゃないんですよ? ていうか、遊びに来たんですよね?」

「バカ言うな! これは遊びじゃないんだぞ!」

「何言ってるんですか! 浮かれすぎて、変なテンションになってるじゃないですか! 落ち着いてください!」


 JKのコスプレしてる小林さんに、そんなことを言われるとは……心外だ。

 確かに浮かれていたかもしれないが、私は何も間違ってない。何事も計画を立てて動くことは、至極正しい。

 そんなことをしている内に、ゲートを通過してパーク内に入れた。小林さんも、あの格好で意外と入園できた。どう見ても、猥褻物なのにな。

 幼い頃から耳にしていた有名な曲が聴こえて、私はテンションが上がってきた!


「よし。まずは――」


 少し出遅れたが、計画通り、混むアトラクションから並ぶことにしよう。地図はもう、頭の中にある。急流すべりの方へと向かおうとするが――小林さんから腕を掴まれた。


「まずは、写真ですよ!」


 小林さんは中央に位置する、テーマパークのシンボルでもある白い城を指さした。

 実際、入園直後の客のほとんどがその背景、もしくは待ち構えていた着ぐるみと一緒に写真を撮っている。だからこそ今の内に向かうのはチャンスなのに、どうして分からないんだ?


「でも、その前に……。とりあえず、定番のやつ買っちゃいましょう」


 私は小林さんに連れられて、最寄りの売店に入った。

 店内のレジは既に列が出来ていた。皆、手にしているものは同じだ。私達も、それを買った。

 ……この時点で、私は計画をほぼ諦めた。


「やっぱり、これ着けないと始まりませんよね! ハロウィンバージョンなんて、初めて見ました」


 店を出た後、小林さんから頭に載せられたものは、ネズミの耳を模したカチューシャだ。リボンまで付いてる。小林さんはカラフルな色のものを、私は紫色のものだった。

 ……自宅の着ぐるみと同じだ。

 物凄く嫌だったが、いざ装着すると謎にテンションが上がる。とはいえ、自宅と違ってこの場で開放するわけにもいかないため、抑え込んだ。

 小林さんから言われてた通り、結果的には入園前より落ち着いた。


「似合ってますよ。ハロウィンなんですから、沙緒里さんもちょっとはコスプレしないと」

「私としては、この私服でコスプレ気分なんだが……」

「え? それマジで言ってます?」


 着慣れない私服に、まだ違和感があるのは本当だ。マジで言った。

 にも関わらず、小林さんは苦笑だけして、さらりと流した。歩きながら、リュックから自撮り棒を取り出した。そして、手慣れた様子で、スマホを装着した。


「ほら。撮りますよ」


 混雑した広場で城を背景に立つと、小林さんは私に密着して、ピースした。……片手で自撮り棒を操作してるんだから、器用だと思った。

 私のためにわざわざ小道具まで用意してくれたんだから、付き合ってあげないと失礼だ。仕事の愛想笑いと違って、ぎこちなくも精一杯の笑顔で、私もピースした。


「沙緒里さん、血走った目で変顔するのやめてください」


 撮った写真を見た小林さんが、爆笑した。

 私も見ると、確かにひどい絵面だった。テンションが上がったと思ったら、これで下がって、もうしんどい。


「今すぐに消せ!」

「えー。消すこと無いですよ。これも、大切な思い出なんですから」


 もしも、いつものように小悪魔じみた笑みなら、その写真を人質に取られたと思っただろう。

 だが、小林さんが無邪気な笑顔だったから――言葉に信憑性があるように、私は感じた。少なくとも、そのように疑うことはなかった。

 そうだ。私の計画が速攻で頓挫したように、何もかもが上手くいくことなんて無い。これまでも、この子には格好悪いところを散々見られている。

 浮き沈みの激しいテンションの中、少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。

 空は晴れ渡っている。パーク内はもう既に混雑しているが、今日はまだ始まったばかりだ。

 小林さんとなら、それなりに楽しめそうな予感がした。一緒に今日の楽しい思い出を作りたいと、少しだけ思った。

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